表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世話焼き魔王の勇者育成日誌。  作者: 鬼まんぢう
新世界編
372/492

第三百六十六話 すれ違い



 目覚めた俺は、自分が自宅のベッドの上にいることに気付いた。

 ふと視線を動かすと、俺にすがりつくような感じでヒルダがうたた寝をしていた。


 その頬に涙の跡を見付けて、罪悪感がこみあげてくる。



 ……ごめん、怖い思いをさせちまったみたいだな。



 アルセリアが姿を消して、俺までぶっ倒れてたんだから、さぞ心配かけたことだろう。

 乱れたヒルダの髪を撫でて整えると、その感触に彼女は瞼を開けた。


 

 「………………………」

 「……おはよう、ヒルダ」

 「……………………………」


 ……あれ、まさかの無反応?それとも……怒ってる?


 「え…っと、その……おはよ」

 「……………………………………」

 「…ヒルダ…?……どうし」

 「おにいちゃん!!」


 しばらく無言でフリーズしていたヒルダが、いきなり飛びついてきた。俺の首に腕を回して、力の限り抱きしめ………って苦しい!苦しいってばヒルダ!!


 「ちょ……ヒル…ダ……ギブギブギブ!」


 もがもがやってたら、ようやくヒルダも気付いてくれたようだ、腕の力が弱まる。小柄な彼女のどこにこんな力があったのやら、危うく永眠してしまうところだった。


 が、彼女の顔を見たとき、好きなようにさせてやれば良かったと思ってしまった。


 怒っているような、不貞腐れているような、泣き顔。普段どちらかと言えば無表情なヒルダがこんな表情をすることなんて滅多にない。

 大切な妹にそれだけ辛い思いをさせてしまっただなんて、俺は万死に値する愚か者だ。



 「お……おにい…ちゃ………の、ばかぁ……」

 「うん、うん、ごめんな。ほんと、ごめん」


 ヒルダの背中をさすりながら、俺は謝ることしか出来ない。ほんと、不甲斐ない兄貴でゴメン。


 「……おにいちゃん、アルシーが……いなくなっちゃった」

 「ああ、分かってる。まずは、みんなに話さなきゃな、色々と」


 こうなってしまった以上は、本当に全てを話さなくてはならない。グリードだけでなく、ベアトリクスやヒルダ、キアにも。



 ヒルダを伴ってリビングに降りてみると、そこにはお通夜みたいな顔をした面々が勢揃いしていた。


 途方に暮れたようなグリード(滅多に見れない表情だ)、沈痛な面持ちのビビとキア、険しい表情のルガイア……って珍しい組み合わせだな。



 「あー……取り込み中悪いんだけど」


 俺の足音に気付いてルガイアがこちらを振り返ったのと、俺がおずおずと声をかけたのはほぼ同時。そして俺の声を聞いた途端、残りの三人も物凄い勢いでこっちを見た。


 その表情に何やら恐ろしいものを感じて、俺は少々たじろいでしまう。



 「あー……その、えっと………寝過ごしたゴメン」


 「……………………」

 「……………………」

 「……………………」

 「……………………」


 

 あ……あれ?なんか、痛いよ?無言の視線が痛いよ?俺の無事を、喜んでくれたりはしない……の?



 「寝過ごしたとは……職務怠慢と言わざるを得ないね」


 ……え、や、待ってくれ猊下ボス、これには深ーい事情が……


 「寝起きが悪いとは知っていましたが………こんなときに不謹慎ですね」

 「冗談にしては、タチが悪いと思う」

 

 えええ、ビビとキアまでも!声が酷く冷たいよ!?重苦しい空気を和ませようと思っただけじゃん!


 「陛下、ご無事で何よりでございます」


 ……あ、これ一番痛いヤツだ。クソ真面目なルガイアのクソ真面目な反応、俺の逃げ場を容赦なく奪う感じで一番痛い。


 

 「……あー、えっと……とりあえず、迷惑かけたのはゴメン。で、これからのこと…なんだけど」


 ゴホンエヘンと咳払いで誤魔化して、俺はさっさと話題を進めることにする。今は、悪ふざけしている場合ではない。



 これから俺が話すのは、この世界の行く末に大きく関わってくることだ。地上界のみならず、魔界、天界も全てひっくるめて。


 俺は話し始める前に、魔界との通信も開いた。

 俺が無事であることに泣きむせぶギーヴレイを宥めるのはかなり骨が折れたが、それでも冷たい反応を見せてくれた他の連中からすると、なんだか安心出来るような、寧ろ気まずいような、不思議な気分だった。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 「まず、一番最初に伝えておく。……創世神エルリアーシェが、復活した」


 俺の第一声に、その場にいる全員…鏡の向こう側のギーヴレイ含め…それほど驚いた様子はなかった。嫌な予感が的中してしまった…と言わんばかりの険しい表情に、俺はどうやら彼らもその結論に達したのだと気付く。


 「…なるほど、知ってたか。……なら、補足情報だ。復活と言っても、完全なものじゃない」


 現在のエルリアーシェは、バラバラに散らばった欠片と残留思念を継ぎ接ぎして、新たな器に格納したもの。限りなくエルリアーシェに近いが、本当の意味でのあいつじゃない。


 「残留思念の集まり……か。では、不完全なものだと考えてもいいのかね?」


 グリードの口振りはまるで、創世神の復活を喜んでいないかのように聞こえた。

 事実、そうなのだろう。察しの良い彼のことだ、それが手放しで喜んでいいものではないということに、おそらく気付いている。


 「不完全……安定性に関しては、そう言えなくもない。…けど、もともと俺たちって最初は意思そのものだったわけだから、完全とか不完全とかいう存在でもないんだよ。……で、重要な点は二つ」


 創世神の復活、という出来事だけ見れば、それはとても素晴らしい奇跡なのだ。天界と地上界は、主と仰ぐ神に再び仕えることが出来るし、俺だって、自分の片割れが憎いわけじゃない。


 けど、そんな呑気なことを言っていられる状況ではなかった。



 「一つは、彼女の器について。……エルリアーシェが自分のために用意した器……それが、神託の勇者だったわけだ」


 俺の言葉に、ビビとヒルダ、キアが飛び上がった。グリードも、目を丸くしている。


 「……これに関しては、完全に俺の落ち度だ。まさかエルリアーシェがそこまで企んでるとは思わずに、アルセリアが聖骸を入手するのを手助けして、ご丁寧に活性化までしちまった。知らず知らずのうちに、あいつの思惑どおり……あいつの掌の上で、踊らされてた…………」

 「…あ……」


 ビビが、何かを思い出したように声を漏らし、口に手をやった。

 俺も思い出していた。いつだったか、ビビが創世神の視線を感じると言っていたことを。


 あのときは俺もビビも、見守っていてくれている的な捉え方をしていた。まさか、あれこれと裏で画策し俺たちを監視してただなんて考えてもいなかったし、考えたくもなかった。


 ……が、結局あの時のビビの感覚は、正しかったのだろうと思う。



 「まさか、聖骸がそのような役割を果たしていたとは………」


 聖骸地巡礼を提案した本人として、グリードは忸怩たる思いを隠せないでいる。彼にしたって、まさかこんなことになるだなんて思っていなかったに違いない。

 ただ、勇者の成長と箔付けを目的とした修行…程度の認識で。


 それまで聖骸地巡礼を成し遂げて来た他の偉人には異常はなかったのだから…それは勿論、彼らが神託の勇者ではなかったからなのだが…それを予測するのは困難というもの。

 しかし、グリードは自分の判断が引き起こした事態について、ひどく後悔している。


 ……後悔具合で言えば、俺なんか彼の比じゃないんだけど。



 「…聖骸、か。…だったら、アリアは……?」

 「あいつは、エルリアーシェとグルだな」


 キアの質問に、俺は断定口調で答える。

 マリス神殿でアルシェと再会したときのアリアの様子を考えれば、彼女が全てを知っていた…少なくともあの時点では知らされていたのは間違いない。


 「アリアは、創世神から世界の行く末を見届ける役目を任せられている。それがどんな結末だろうと、あいつは遂行するだろうさ」


 元来が生真面目な上に創世神に対する敬愛は人一倍なアリアのことだ、情よりも役目を優先させることは分かっている。



 俺はマリス神殿であったこと…創世神が言っていたことを含め、皆に話した。

 聞き終えた彼らは、皆一様に口をつぐみ考え込んでいた。


 困惑、戸惑い、疑問。そして、不安。

 それは少なからず俺の中にも生じている感情。


 このままいくと、俺は再びアルシェと対決することになるのだろう。

 彼女が考えを改めてこの世界と共に生きていくことにしてくれない限り……


 ……いや、違うな。この期に及んでそんな優しい言い方をするもんじゃない。

 正確に言えば、彼女がまだしばらくの間この世界で我慢することにしてくれない限り、だ。


 あの時の、無邪気なアルシェの笑顔を思い出す。

 悪気もなく、素敵なことを思いついたから試してみよう、と言わんばかりに輝いていた眼差しを。


 昔はその瞳がとても好きだったのに。

 悪戯好きで茶目っ気があって、好奇心が強くて何にでも興味を持って。


 彼女が変わってしまったわけではない。その性質は、今も昔も同じだ。

 変わってしまったのは、俺。日本での十六年間を通じて、人間としての感覚を知ってしまった。


 

 そんな俺に、今の彼女と分かり合うことなんて、出来そうにはなかった。




 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ