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世話焼き魔王の勇者育成日誌。  作者: 鬼まんぢう
復活と出逢い編
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第三十五話 慈悲深き魔王

この話と次の話は、つじつま合わせの説明回だったりするので、飛ばしても問題ナッシングです。

その場合、「まあエルネストとルガイアは再会出来て改心もして、めでたしめでたし」という風に読み替えていただければ。要約するとほぼそんな感じです。



 ルガイア=マウレにとって、“螺旋回廊”の実現は、さほどの意味を持たないもののはずであった。仮に、父があのような死に方をしなければ、むしろ冷めた目で、研究に没頭する父を見ていたことだろう。


 自分に母の違う弟がいると知ったのは、いつのことだったろうか。物心がつくかつかないか、その頃には既に、父は自分のことも母のことも認識しなくなっていた。


 その頃のフォンセ=マウレが見ていたのは、ここではない場所。夢見ていたのは、自分たちではない相手との未来。


 不完全とは言え、異空間回廊を実現させたフォンセ=マウレは、本来ならばその偉業を称えられてしかるべきだった。しかし、彼はその功績を一族にすら隠し、妻ではない女性との逢瀬を重ね続けた。

 それが、せめて魔族であったなら。地上界の、廉族でさえなければ。


 

 人間の女性との間に関係を持ったことが一族に知られ、そのことに激怒した重鎮たちの手によって回廊は破壊され、フォンセの研究も全て取り上げられた。魔界屈指の名家であるゆえに保守的な一族において、人間と通じるなど、たとえ当主と言えども許されざる行為だったのだ。


 己が情熱を全て捧げた回廊と、己が心を全て捧げた女性とを一度に失い、フォンセは壊れた。

 ルガイアが知っているのは、日がな一日虚ろな瞳で、自分の知らない女性の名前をただ呼び続ける父の姿。


 彼の母は、彼に父の殺害を命じた。


 夫は、一族の恥だと。その恥を雪ぐことが出来るのは、嫡子であるルガイアだけなのだ、と。

 そして彼は、生まれて初めて握った剣で、父の命を奪った。


 弟と()()()()()のは、ちょうどその頃。


 最初は、時折声が聞こえるだけだった。何かの拍子に、一言、二言。やがて、相手も自分の()を聞いていると知り、わずかな時間語り合うことも出来るようになった。

 常に繋がっているわけではなく、互いに意識が同調したときのみ可能な「会話」だったが、見えない弟と話しているときだけは、父の死や母の癇癪、一族の重圧から解放された。

 

 利害とは無縁の兄弟間で、多くを語り合い、多くを知った。弟が、父の血を引くが故に苦しんでいるということも、母親を亡くし、天涯孤独の身の上だということも。


 それと同時に、彼は父の研究を密かに継承することを決心していた。理由は彼自身にもよく分からないまま。

 ただ、父がなぜそれほど地上界へ憧憬を募らせたのかという疑問と、自分が父の未来を断ったのだから、その遺志は継がねばならない、という強迫観念にも似た決意だけが、原動力となった。


 その思いはいつしか、弟に会いたい、という願いに深く絡みつき、やがて両者は切り離せなくなっていった。


 だから、弟を巻き込んで…利用したと言ってもいい…“螺旋回廊”の建設を進めた。少しずつ、少しずつ。一族にも気付かれないように、周到に計画を練り、あともう少しで完成というところまで漕ぎ着けたのだ。


 あちら側の協力者である集落に見返りとして物資を提供するため、子飼いの商隊を手配し、回廊を繋ぐための儀式を行う術士たちもかき集めた。


 当主の座についてもう久しい。既に母も、煩わしいかつての重鎮たちもいない。粛清し尽して、今や自分に反旗を翻せる者は西方諸国連合には存在しない。

 

 

回廊が繋がってしまえば、こっちのものだ。



 そんな折もたらされた、魔王復活の報。

 彼や彼の同世代にとって魔王とは、もはや御伽噺の中の存在のようなもので、寝物語に心躍らせた幼少期を過ぎてしまえば、その実在さえ疑わしい。

 そんな魔王が、今さら復活を果たした、と。


 西方諸国連合の盟主として、そして魔族の一人として、それを無視することは出来なかった。だが、安易に近づく危険も冒したくはなかった。

 

 だからその手腕を確認するまでは、距離を取ることにしたのだ。それなのに。


 魔王は、こともあろうに地上界への干渉を禁じた。


 それは、彼の今までの行いを全て無に帰する命令で、承服しがたいルガイアは、その真意を正そうと魔王への拝謁を願い出た。


 そして知ったのだ。

 地上界への不干渉が、「干渉する理由がない」という程度の理由で決定されたこと。

 魔王と呼ばれるその存在が、自分とは異なる次元に立つものだということ。


 納得出来なくても、理解出来なくても、従う以外に道はないということ。


 いかに魔王からも隠れおおせて計画を進めるか。それが、これからの最大の難関になるはずだった。

 

 

 

 覚悟を新たにしたルガイア=マウレだったが、再び魔王城へ参内せよとの命を受け、動揺を抑えきることが出来ないでいた。

 

 彼に、魔王に対する忠誠心はない。ただ、西方諸国連合と一族の繁栄のためには、表面上だけでも従うフリをする必要がある。

 それを、見抜かれたのだと思った。


 確かに、拝謁の際に誓った。絶対かつ永遠の忠誠を。命あらば即座に馳せ参じると。

 だが、いくらなんでも早すぎる。まだ、つい数日前に拝謁したばかりなのだ。いつでも馳せ参じる、と言ったからとて、昨日の今日で呼び出しを受けるのはあまりに不自然。


 忠誠心を、試されているのか。


 ならば、再び自分を偽るしかない。あの、全身を無数の氷の刃で貫かれるような空気の中で、従順な配下を演じるしかないだろう。


 自尊心プライドと一族の未来を天秤にかけ、彼は当主の責務を果たすことにした。


 だが。





 「マウレ卿よ、何か申し開きがあれば言ってみよ」


 前置きも何もなく、開口一番魔王にそう言われたルガイアは、背中に冷たいものが流れるのを感じた。

 それでも、顔には出さない。カマをかけられてボロを出すような無様な真似を見せるほど、自分は愚かではない。


 シラを切れ。どのみち、証拠など何処にもない。


 「恐れながら陛下、それはどういうことにございますか」

 自分が一体何を咎められているのかさえも分からないていで話を進める。彼は、目に見える形で魔王への叛意を示したことはない。ならば、魔王は何に言及しようというのか。


 問題ない。いくらでも釈明のしようはある。


 「なるほど、心当たりはない、ということか。ならば、これが何なのか、我に説明をしてはもらえぬか?」

 魔王の言葉と共に、ルガイアの眼前に一つの映像が投射された。

 石組みの、祭壇。


 …やはり、“螺旋回廊”の件が嗅ぎ付かれていたのか。おそらくは、魔王の側近中の側近であるギーヴレイ将軍の仕業。


 「…ご説明申し上げます。それは、霊廟にございます」

 「……霊廟、だと?」


 予想外の単語に、魔王は怪訝な顔をする。


 「左様にございます。我が父フォンセは、とある浅慮な行いゆえに一族から除名され、死にました。そのため、一族の墓に入ることすら許されず。ですので、せめて子である私は父の弔いをしたいと思ったのです」


 実際、“螺旋回廊”のための祭壇は、外見だけを見れば墳墓のようにも見える。しかも、それが回廊であるかどうかは一方からだけでは分からない。

 入口の他に、対を為す出口があって初めて、そうだと判別出来るのだ。


 ならば、このまま押し通す。大丈夫、何も問題はない。ここで堂々と受け答えをしていれば、魔王はこれ以上追及出来ないはず。

 追及するための材料など、持っていないはず。


 「そうか。除名された父をも弔いたい、と。…貴様は随分と家族思いのようだ」

 魔王の口調が和らいだことに意外なものを感じながらも、これで乗り切れた、と思った。だが、続く言葉に思考が停止する。 


 「マウレ卿よ、貴様に、弟妹はいるか?」


 「……!な、何をいきなり仰せでしょうか……」

 心臓を鷲掴みにされたような驚愕に、仮面を被ることを忘れてしまう。

 だが魔王は、ルガイアの狼狽に気付く振りも見せずに続ける。

 

 それは、奇妙な告白。


 「一つ、つまらぬ話をしようか。我にはな、妹がいたのだよ」

 「……………!?」

 想定外の事実は、ルガイアをさらなる混乱へと引き摺り込む。

 「我は、“魔王”として復活を果たす直前、わずかな間ではあるが、異世界にて人間として生きていた時代がある」

 「………そ、それは…俄かには信じがたいことではございますが……」

 「で、あろうな。我もまた、己が人間として家族に情を注ぐなど、少なくとも二千年前は想像すら出来なんだ」

 記憶を辿る魔王の表情は、どことなく、愛する者を呼び続けた父のものと似通っていた。

 「弟妹とは、いいものだ。あるいは兄姉もそうなのだろうか。親子とも違う、友とも違う、分かり合えるようで分かり合えず、それでいて互いを自然と受け容れる…」

 だが次の瞬間には、再び冷徹な君主が戻っていた。

 「……貴様にとってのエルネストも、そうであったのか?」


 それは正に、驚天動地。取り繕うことすら忘れて、ルガイアは息を呑んだ。

 「なぜ…その名を……」


 “螺旋回廊”の件については、疑われているという想定はしていた。魔王の命に密かに背いているということも、忠誠が偽りであるということも。


 だが、エルネストの名が、魔王に知られているはずがない。弟と声を交わせるのは自分だけ。その存在は、広い魔界にあって自分以外には決して知られることはない。

 回廊も未だ開通してはいない。その時点で、「こちら」と「あちら」を結びつけるのは不可能。


 そもそも、自分に弟がいるという事実は、母でさえ知らなかったのだ。


 それなのに、何故。

 

 ルガイアは、魔王を見る。その、冷徹な瞳を。自分を弄ぶかのような、残忍な微笑を。


 ……全て、知られている。自分の企みも、弟の存在も。

 魔王は、全て知っている。と、言うことは…


 「地上界に建設されていた祭壇は、既に破壊した」

 …当然のことだろう。だが、彼の懸念はそうではなく。


 「弟は…エルネストは………どうなったのでしょうか……?」

 魔王が弟のことを知っていて、そしてここに魔王がいる以上、聞くまでもないことだと分かっていた。魔王が、自分に逆らうものに容赦するはずがない。

 「アレには、贖罪が必要だった」

 その一言で、充分だった。


 「ルガイア=マウレよ。謀反のかどで、貴様を拘束する。また、西方諸国連合の盟主の座を剥奪、マウレ一族にはルガイア=マウレの一族追放を申し渡す。……異論は、あるか?」


 

 この瞬間、ルガイアは全てを失った。長年推し進めてきた計画も、弟も、盟主の座も一族の名も。そしてそれが、魔王の恩情だと彼は知る。そして、そうなった以上、自分に残された道はたった一つだと。


 「ならば陛下…今の私は、西方諸国連合とも、マウレ一族とも無縁の、ただの一人の魔族に過ぎないのですね…」

 「そうだ。…不満か?」

 「いえ……陛下のご厚情、心より感謝いたします」


 ゆらり、と立ち上がると、ルガイアは虚空に右手をかざした。魔力で描かれた魔法陣から生み出されるは、黒銀の錫杖。彼はそれを握りしめると、体の前に掲げた。


 魔王の面前で、武器を手にする。それが何を意味しているのか、分からないはずもない。


 西方諸国とも、一族とも無縁になった今ならば、この行為でそれらが咎められることはない。これは、ただの何者でもない一人の魔族が犯した、愚かな過ち。


 彼は今まで、魔王を冷徹怜悧、残虐非道な君主だとばかり思っていた。だがどうやらそれは思い違いで、目の前の王ならばきっと自分を弟と同じところへ送ってくれる、今ならばそう確信することが出来た。


この兄弟、思った以上にメンタル弱すぎです。

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