第三百五十九話 再び、邂逅。
俺は、地上界へ戻る前にギーヴレイに全てを話した。
勇者がいなくなったことも、今までの出来事で俺が抱いている不安も、全て包み隠さずに。
今さら君主ぶって強がるつもりはなかった。全てを吐露しても彼ならば俺から去って行くことはないと、信じてもいた。
ただ一つ、俺が抱いている中で最も大きな懸念に関しては、どうしても言い出すことが出来なかった。が、どうやらギーヴレイは、それ以外の情報と俺の様子から、それを察したようだった。
聞き終えたギーヴレイは、しばらく考え込んだ後に言った。
「……あまり、猶予はないと思った方がよろしいでしょう。現在即応状態にあるのは武王軍のみですが、場合によっては全軍を動かす必要が出てくる可能性も……いえ、おそらくそうなるかと」
「考えたくないことだが……そうだろうな。二千年前といい今回といい、お前には迷惑をかける」
魔界の実質的な統帥権はギーヴレイにある。天地大戦のときも、俺は創世神の相手で手一杯だったから、彼に全てを委ねていたのだ。
そして……おそらく今回も、そうなる。彼には本当に悪いと思うが、頼りにさせてくれ。
「何を仰せですか、陛下。以前にも申し上げましたが、御身の望みが我が望み。何なりとお申しつけ下さい」
ほんと、俺なんかには出来過ぎた臣下だ。彼がいなければ、どうしていいやら分からなかったことだろう。
「頼りにしているぞ」
「勿体ないお言葉にございます。して、陛下は勇者を探すおつもりなのですね?」
ギーヴレイに問われて、俺は胸の奥にちくりと罪悪感の針を感じた。
この状況で魔界を離れることは、果たして正しいのだろうか。何を置いても、魔族を守るべきではないのか。
俺は魔王……魔界を統べる者。であれば、優先すべきが何なのか、おのずと決まっている。
……の、だが。
現状としてアルセリアが消息不明で、そして彼女が一体何者なのかを考えると、この状況を看過することは出来ない。
それは、魔界を守るためにも必要なこと。
「……神託の勇者は、創世神の……神威の体現者などとも呼ばれている。両者の結びつきは予想以上に強く、そしてその彼女が消息を絶ったという事実は大きい。一刻も早く対処する必要がある」
もしかしたら、ギーヴレイには言い訳のように聞こえたかもしれない。そう思ったのだが、彼の表情は穏やかで柔らかなままだった。
「承知いたしました。魔界のことはお任せください。しかしながら陛下、無礼を承知で申し上げますが、くれぐれもご油断召されぬよう」
……う、痛い。流石はギーヴレイ先生、俺の詰めの甘さをよーくご存じあそばしている。
まぁ、今まで散々後手後手だったから、仕方ないよね。
「……肝に銘じておこう」
だからそう答えたし、そうしようと心に決めたのだけれども。
…………なかなか現実は上手くいかない……具体的に言うと、自分に言い聞かせたからってそう簡単に変わることなんて出来ないのだと、すぐに痛感することになったのだった。
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俺は、地上界に戻って来た。と言っても、自宅ではない。降り立ったのは、ルシア・デ・アルシェの地下深く、原初の聖地、マリス神殿。
もしかしたら、アリアが帰ってきているかもしれないと思ったのだ。
「……む、リュートではないか。どうした、随分と難しい顔をして」
予想どおり、アリアはそこにいた。いつもどおり呑気な顔で………
いや、いつもより嬉しそうだ。浮かれている……ようにも見える。
「なぁ、アリア。勇者アルセリアがいなくなっちまったんだけど、聞いてるか?」
ルシア・デ・アルシェの地下に住んでいるとは言っても、人間たちと一切接触しようとしない彼女は、聖教会側の異変なんて知る由もない。
が、彼女は聖骸の守護竜。そして、世界の行く末を見守る者……その役割を、創世神から与えられた存在。
知っていてもおかしくない……否、知らなければおかしい。
案の定、アリアに驚いた様子はなかった。
それどころか、ひどく呆れた様子で。
「いなくなった…だと?何を馬鹿なことを言っておる」
……って、馬鹿なことって酷いな。こっちは真剣に深刻だってのに。
「馬鹿も何も、いなくなったのは本当なんだから仕方ないだろ」
「だから、そこが馬鹿なのだ。いなくなってなどおらんだろ?」
……………へ?
いや、だからいないんだってば。
「だって、どこを探しても……」
「おらんのであれば、貴様の後ろにいるのは誰だ?」
…………………?
…………………………!!
「え…えぇ?」
アリアの言葉につられて振り返った俺の背後に、いつの間にか立っていたのは………
「アルセリア!?お前……どこ行ってたんだよ、どんだけ皆心配したと思ってやがる!」
ものすごくいつもどおりな感じの、アルセリア=セルデンだった。
なんだよもう、心臓に悪い!黙ってふらりといなくなるなんて、猫みたいな真似はほんとやめてほしい。
てっきりてっきり、「あの御方」の手中に落ちてしまったのではないかと思ったじゃないか。
けど見たところ、怪我もなければ消耗している様子もない。寧ろいつもより元気そう。
急に気が抜けて、俺は思わずアルセリアを抱きしめた。
「何も言わずにいなくなるもんだから、何かあったかと思ったじゃねーか……」
抱きしめられたアルセリアは、何も言わなかった。
何も言わずに、ただ微笑んでいた。
その表情は、普段どおりで、とても懐かしい感じがして。
…………………………あれ?
何か……何か違う。
違和感に身体を離した俺を、彼女は不思議そうな目で見た。事実、不思議だったのだろう。
創世期からずっと、結局のところ俺たちが離れることなんてなかったのだから。
彼女の瞳。ゆらゆらと碧い光が煌めく、俺が知る限り世界で最も綺麗な宝石。
穏やかで、理知的で、でもどこか茶目っ気があって…………
そのことに気付いた俺に、次は彼女が抱きついた。
そう、いつだったか真っ白な空間で、久方ぶりの再会を果たしたときと同じように。
「…………アルシェ……」
ぽつりと呟いた俺の言葉に、彼女はにっこりと笑って応えた。
二千年前と同じ、それよりももっと前から同じ、変わらない笑顔で。
創世神エルリアーシェ=ルーディアは、慈母の如き微笑みで、俺を抱きしめた。
はい、ようやく黒幕?登場です。これだいぶ前から考えてたんですけど、ビミョーに匂わせるってのが難しかったです。……匂ってたかな……?




