第三百五十八話 消えた勇者
「……陛下、どうかなさったのですか!?」
俺の姿を見るなり、珍しく狼狽えた声を上げるギーヴレイ。表情に出していたつもりはないが、内心の焦りや諸々が漏れ出ていたのだろう。
…が、悠長に説明している余裕なんてなかった。気ばかりが急いて頭の中身がぐちゃぐちゃなまま、俺は城の地下へと足早に降りた。
城の地下に設けられた広大なスペースに、それはある。
“天の眼地の手”……森羅万象、星の命の観測装置。俺はそれを起動させると、出力最大で観測を始めた。
……落ち着け、冷静になれ。以前も同じパターンで、結局あいつらは無事だったじゃないか。
きっと今回も、どこかで無事にしているはず……。
逸る心を強引に落ち着かせ、僅かな見落としもないように目を、意識を凝らす。探すのは、アルセリアの魔力、彼女の気配。
魔界、地上界、天界。それだけじゃなくて、空間に生じた僅かな裂け目の痕跡に至るまで、蟻一匹見落とさないつもりで、俺は世界中を探した。
探しに探しまくって……結局、彼女の足跡を見つけることが出来なかった。
くそっ、アルセリアの奴、何処に行きやがったんだよ。家で待ってろって言ったのに。
あの場所にいたなら何があっても安心だけど、自分の足で外に出られたんじゃ打つ手がない。残った三人の話によると、最近のアルセリアはたびたび一人で…キアすら連れず…外出することが多かったという。
行き先は大抵、教会。そんなタマかよと思ったが、静かな場所で一人で考え事をしたかったのではないか、というのがキアの見立てだった。
それでもいつも数時間もすれば帰ってきていたので、彼女たちはそれほど気にすることもなかったそうだ。
しかし、その日アルセリアは帰ってこなかった。特段の異変があったわけではない。ただ、行ってきますといつものように言い残して、彼女は行方をくらませた。
…さぁ、どうする。
「あの御方」の仕業なのかアルセリア自身の意思なのかは、まだ分からない。いつもだったら間違いなく前者を疑うのだけど、最近のあいつの様子を思うと、後者の可能性も排除し難い。
それに、もしこれも「あの御方」の仕業だとすると、今回もまた俺は裏をかかれたことになる。今までとは違い、充分に警戒していたに関わらず…だ。
あーーーーーもう!こんなんばっかかよ。いくらこの世界の管理権が俺にはないと言っても、仮にも神の一柱がここまで翻弄されまくるってどうなのよ。
俺は今日ほど、創世期に世界のことをエルリアーシェに任せきりにしていた無責任な自分が恨めしいと思ったことはない。
だが不思議なことに、サン・エイルヴのときと違って、アルセリアが死んでしまったのだとは思わなかった。
あのときのような破壊され尽くされた光景を見ていないから実感が湧かないだけなのかもしれない。あのときも無事でいてくれたから今回も…と、期待したがっているのかもしれない。
だが、それでも自分の中の魔王の直感が、彼女は生きていると主張していた。
自分に都合の良い予感は信じない方がいいというのが鉄則である。が、ここで悲観的になっても何の生産性もないことは分かっているので、俺は彼女の無事を信じることにした。
……そうだ、情報屋のところにも行ってみよう。普段とは違う方向からのアプローチで、「あの御方」に関する新たな情報も得られるかも。
依頼してから時間も経っているし、なんとなくミルド爺さんなら結構有用な情報を入手しているんじゃないかという、根拠のない確信もあった。
だから俺はその足で下町に行き、例の如く胡散臭い路地裏の胡散臭い店を訪れたのだが。
「………あれ?」
古びた扉を開けて店の奥に目を凝らした途端に視界に入って来たのは、いつものカウンターに座る、見慣れぬ若者…少年と言った方が近い…だった。
「…いらっしゃい」
ミルドとは違って、一応は客に対する最低限のマナーは持ち合わせているらしい。読んでいる本から目を上げることもしないが、そして不愛想ではあるが、まあ日本にだってこの程度の店員さんは探せば見つかるわけだから、魔界にしては十分なホスピタリティだと思う。
「…なぁ、ミルド爺さんは……?」
「お客さん、爺ちゃんの知り合い………いや、客か?」
ミルドの名を出すと、ようやく若者は本から俺へ視線を移した。面差しが、少しだけミルドに似ている。爺ちゃんってことは、彼の孫…なのか。
「あ、うん。少し前に、仕事を頼んでたんだけど……」
もしかしたら、まだ調査中?だとすると随分と時間がかかって…
「それは災難だったな。爺ちゃんならもういないよ……死んじまったからな」
………………………………………!?
「え………それ…本当に……?」
確かに、ミルド爺さんは高齢だしお世辞にも健康とは言えない見た目だったけど、魔力の流れとか量とか、何よりふてぶてしさとか、とても死ぬような感じには見えなかったのに……
「死んだって、それ……病気……とかじゃないよな」
こんなタイミングで、情報屋が死ぬ。
その死因が、穏やかなものだとは思えなかった。
問われた若者は、俺を探るような目つきで眺めまわし、感情のこもらない声で忠告してくれた。
「……あんたも爺ちゃんの客なら、分かるだろ?これ以上の深入りはマジでヤバいってわけさ」
……………………………………。
なんてこった。まさかミルド爺さん、「あの御方」に近付き過ぎて口を封じられた……?
だとすれば、彼の死の原因は俺にある。
「あ…………その」
遺族(かと思われる)の若者にどう言ったらいいのか口ごもる俺に対し、彼はどこまでも平静なままだった。
「気にすんなよ、これも情報屋の運命ってやつさ。ただ、こうなっちまった以上は……分かるよな?」
こうなってしまった以上は、ミルドへの依頼は諦めるしかない。その件については、手を引くしかない。
若者は、そう俺に言いたがっている。
「………ああ、そうだな。悪い、邪魔した」
だから俺はそう言って、大人しく店を出て来た。
ここで彼に反論したり食い下がったりするのは礼儀に反するし、無駄なのだ。彼が無事だということは、ミルド爺さんは孫には自分の掴んだ情報を伝えていない。
俺は考えを整理したくて、下町を闇雲に歩き回った。
ミルドは「あの御方」に口を封じられた。そこは確信がある。そしておそらく、アルセリアの失踪に関しても、ヤツの仕業。
……とすると、次はどう出る?ヤツの狙いは?どう動けば、ヤツの裏をかける?
いつの間にか、脚が止まっていた。
「あの御方」の目的は、魔王なのだろうか。それにしては、あまりも遣り方がまどろっこしすぎる。おそらく、ヤツの力であれば俺に直接喧嘩を売ることだって可能なはず。
だったら、他の目的が……?
共通項を、考えよう。ヤツが今まで仕出かしてきた(と思われる)出来事に共通しているものを。
俺が思うに、「あの御方」が間違いなく絡んでいるのは少なくとも、天界の異変と、サン・エイルヴ侵攻、フォルディクスへの干渉、ディートア共和国でソニアを唆したのもそうだろうし、“神託の勇者”に代わる聖戦士とやらの選別にも関わってる(要するに、天使族のやらかした不自然な行動はヤツの差し金だということ)。それと…もしかしたら、“魔王崇拝者”の一件にも、「あの御方」の思惑が働いていたのかもしれない。
……………………。
共通項…なんてあるか?
強いて言えば、魔王への嫌がらせ………?
けど、天使族に欲心を吹き込んだところで俺が困るわけじゃないし、聖戦士つっても雑魚じゃ話にもならない。
…………やっぱり、愉快犯にしか思えない。
それとも、俺の気付かないところでも色々と手を回してたりするのか。
まずいな、手詰まりだ。
俺の貧相な頭では、今後の策が出てこない。アルセリアの不在のせいで冷静さを失っているせいもあるかもしれないが、どう考えてもオツムの中身は俺よりも「あの御方」の方が上だ。
だが、俺には非常にハイスペックな外付けCPUがあるのだな。本体なんかよりもよっぽど優れた頭脳が。
ということで、はい。下手の考え休むに似たり。さっさと帰って、ギーヴレイ大先生にお知恵を借りることにしよう。
……他力本願じゃないからね。有能な部下の有用な使い方…だからね。
大体黒幕の見当がついてきてるので、思いの外魔王さんは落ち着いてますね。落ち着いてる場合かよ。




