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世話焼き魔王の勇者育成日誌。  作者: 鬼まんぢう
新世界編
362/492

第三百五十六話 ジュリオの一手



 悪人には、二つのタイプがあると思う。

 一つは、生まれながらにどうしようもなく、あらゆる枠組みから逸脱してしまっている者。サイコパスなんてその典型だ。

 そういう連中は、罪悪感とは無縁。勇者が人助けをするのと同じくらい自然に、息をするように罪を犯す。当然、反省も後悔もするはずがない。何がいけないのかも分かっていないから、咎めようが罰しようが我が道を貫こうとする。

 善悪なんて文化やそれに根差した常識で結構簡単にひっくり返ってしまうものなので、彼らを悪だと断じてしまうのも悪い気がするが、それにしたってこのタイプの悪人はどんな社会であろうと結局は罪を犯すことになる。自分の欲望に忠実すぎるためだ。逆に、自分の欲望と社会の利益が完全一致した場合には英雄と呼ばれることになるのかもしれないが。


 もう一つは、ごく普通の悪人。不遇な生まれ育ちやちょっとした出来心、他人よりも楽をしたいというしょーもない理由で悪事に手を染めてしまった者たちで、自分が何をしているのか…それが罪であることにも…きちんと自覚を持っている。

 最初のうちはそれなりに順法意識も、後悔もあるだろう。だが罪も繰り返すうちに刺激を失っていき、そのうちに日々のルーティーンのように悪事を行うようになっていく。

 

 

 で、目の前のクルーツ司教はと言えば、きっと後者なんだろうと思う。そもそも、最初から悪事を働くことを目的に聖職者になる奴なんていないだろう。他人の金で美味しい思いをしたいのなら、もっと他に適した職業があるはずだ。そして、彼の周囲の同じ穴の狢たちも同様。

 ただ如何せん、彼らの所属する組織はその内部にドロドロと昼ドラ顔負けの欲望やら怨念やらが渦巻いている場所なので、朱に交われば何とやら、彼らも平気な顔でそのドロ沼に肩までずっぷりつかってしまうわけだ。


 グリードの掴んだ資金洗浄マネロンの手口を次々と暴露しながら、俺はそんなことを考えていた。一つ一つ挙げていく度に、クルーツ司教の表情が硬直していく。

 まだ白状するには至っていないが、内心ではどう言い逃れればいいのか分からずに相当焦っているに違いない。



 「三月前、すなわち赤翼月の24日にも、貴方の口座に200万イェルドの送金がありましたね。送金主はフォルヴェリア王国のアタルヴェルナ商会、送金目的は寄進とありますが、随分と離れた国からも寄進があるのですね。しかも、フォルヴェリア王国はエスティント派だったはず」

 「それ…は、その、我らの活動に特別に感銘を受けたということで、そのような話があったと聞いております……」


 …我らの活動…ねぇ。


 「それは、孤児たちの保護と里親への斡旋のことを言っているのですか?」

 「そうです、そのように受け止めました」

 

 クルーツ司教は必死である。が、そう言ってしまえばそれ以上の追及を受けることはないと考えているフシも見受けられる。おそらく彼は、グリード=ハイデマンの恐ろしさを知らない。


 「……余談ですが、フォルヴェリアの警察機構に捜査協力を願いまして詳細に調査した結果、アタルヴェルナ商会は短期間で国債の売買を繰り返している形跡がありまして」


 国債なんて普通、短期間のうちに売ったり買ったりするものではない。投機マネーとは違うんだから。

 せっかくの高金利も短期保有ではまったくの無駄だし、売買のタイミングによっては元本割れするリスクもあり、さらに売買の度に手数料がかかるのだから、何のメリットもないのだ。


 「それは……それを聞かされましても、私には何がなんだか……」


 これは、クルーツ司教がとぼけているだけなのかそれとも本当に分かっていないのか、どちらだろうか。()()()()のマネロン手法までは把握していないかもしれない。


 「さらに深く調べたところ、原資の出処はフォンセ王国のとある大富豪であることが判明しまして」

 「………!」

 「そうそう、話は変わりますが」


 俺は唐突に話題を変える。


 「その前の月に貴方は、スラム街に住んでいた子供二人を里親へと引き渡していますね?」


 俺がそう言った瞬間、ほんの一瞬だったがクルーツ司教がジュリオの方へ視線を遣ったのが分かった。

 しかしそれには気付かないフリをして、俺は続ける。


 「その子供らは、貴方によってスラムから連れ出された直後に、里親へと引き渡されています。が、これは本来ならばありえないこと。養子縁組という子供の将来に大きく関わる事案において、里親との相性も考えずトライアル期間も設けないというのは、後々のトラブルに繋がります。養護施設を運営されているのならば、当然ご存じだとは思いますが」


 ジュリオの話では、彼の仲間のうち二人はスラムを出た直後に連絡を絶った。教会に会いに行っても、既に里親に引き取られた後だ…と門前払いだったらしい。

 ということは、孤児を教会で保護をして、その後に里親希望者が現れた…というよりも、最初から()()()()()()で子供を欲している者がいて、丁度その希望に見合った子供がスラムで見つかったから連れ出して引き渡した…と考える方が自然ではないだろうか。


 俺は養子縁組だとか里親制度だとかについては門外漢だが、物品の売買じゃないんだからもっと慎重に行われるべきものだってくらいは分かる。

 施設と里親希望者との間で何度も遣り取りもするだろうし、その中でその里親が本当に信用出来る相手なのか、子供を幸せにしてくれる相手なのかを見極め、里親と里子の相性も確認し、万全とはいかないまでも不幸を避けるための手は出来る限り打って、ようやく契約成立…となるのではないか。


 …尤も、それが()()()()()であるならば、()()()()()()()の利益が一致するだけでいいのだが。


 余談だがその二人の子供たち、年は共に十二歳、血縁ではないが二人とも明るい金髪にエメラルドグリーンの瞳の、とても見目の良い容貌をしていたという。それについてはアマンダ女史の証言もある。



 さあ、クルーツ司教、どう答える?



 「…待ってください、私がスラムから子供を連れ出して里子に出したなどと、そのような事実はございません!」


 ……おお、最初っから全否定でくるか。記録が残っていないのをいいことに、しらばっくれる気だな。

 或いは、教会からではなくスラムから直接相手に引き渡したのであれば、その子らの記録はそもそも付けられていないのかもしれない。


 司教の言葉を受け、ジュリオが我慢できずに抗議の声を上げた。

 「嘘つけ!!お前は、エリナとジョアンを言いくるめて連れてったじゃないか!しょっちゅう食いモンとか服とかあいつらに持ってきて、それで気を引いて、あいつらを騙したんだろ!?」


 ジュリオの叫びに、傍聴人席が再びざわつき始めた。無秩序なさざめきの中から、誰が発したとも知れない「人身売買……」との一言が俺たちのところにも届く。

 クルーツ司教にもそれは聞こえていたに違いない。ますます彼はムキになって、


 「とんだ濡れ衣です!そもそも私は、スラムなどに立ち入ったこともありませんし、その少年が私を陥れるために大公閣下に言われて嘘を述べているに違いません!!」


 とうとう、ボロを出してしまった。


 「はぁ?お前何言ってんだよ、しょっちゅう来てたじゃねーか!オレのこと忘れたとは言わさねーぞ!」

 

 ジュリオの抗議を無視してクルーツ司教は俺とヴィンセントに訴えかける。


 「公国は、聖教会の管理から逃れようと、聖任を受けた私を追放しました。その罪を逃れようと、私を罪人に仕立て上げたがっているだけです。私は毎日のように教区を回るのが精一杯で、スラムに立ち入る余裕などありませんでしたし、それについては部下たちも証言してくれます。私は、そこの少年にも、審問官殿が仰る子供たちにも、会ったことさえありません!」


 スラムには、多くの人間がひしめいている。フードやら何やらで顔を隠し目立たぬように行動すれば、似たような者が多いその場所では注意を引くこともない。

 最初から売買目的で子供たちに接触するつもりであれば、それなりの準備もするだろう。目撃されないように、証拠を残さないように。


 ただ一人の証人であるジュリオの言い分など、子供の出鱈目だと片付けてしまえば、トルディス修道会の後ろ盾がある自分に分があるとでも思ったか。


 積み上げられたのは状況証拠ばかり(今頃もしかしたらグリードが物的証拠も掴んでるかもしれないが)で、それもこれも自分たちと敵対しようとする公国の陰謀だと主張してしまえばこの場は切り抜けられる。そうして、問題を自分から公国の信仰拒否へと移してしまえば。


 ルーディア聖教において、人身売買は大罪である。それに匹敵するのは殺人と、あとは例外として魔王崇拝くらい。

 …魔王崇拝が殺人やら人身売買やらと同列視されてるあたりは物申したい気もするが、この際それは置いておいて。


 しかし、それよりももっと憂慮される問題がある。

 宗教なんてものは、信仰あって初めて成り立つものであり、信仰が揺らいでしまえば教義などただの古紙の塊と化してしまう。

 だからこそ、異端は絶対に認めるわけにはいかない。


 言ってしまえば今回の件、クルーツ司教の人身売買と公国の信仰拒否、後者の方が聖教会的には大事おおごとなのだ。


 だからクルーツ司教が問題をすり替えてしまおうと思う気持ちはよく分かる。


 「…証人、ジュリオ=メイヤーズ。クルーツ司教はこのように述べていますが、貴方は彼と面識がありますか?」


 ヴィンセントの問いかけに、ジュリオは堂々と、そして憤慨した様子で言った。

 「何度もあるよ!そいつがエリナとジョアンに調子のいいこと言ってたところ、オレは見てる!」


 「出鱈目だ!そのような子供の言うことを鵜呑みになさるのですか!?」

 当然、クルーツ司教も負けてはいない。

 

 さあここで、会った会わないの水掛け論になるのか……と思いきや。


 ジュリオが、不敵な笑みを浮かべた。

 「なぁ、神父さん。お前はオレのことガキだからって舐めてるんだろうけどさ、証拠が何もないとか思ってんのか?」


 その口振りはまるで、ジュリオが証拠を握っているかのよう。それを聞いたクルーツ司教もそう感じたのだろう、顔色がサッと変わった。が、それを押し隠して、

 

 「一体何のことを言っているのか分からないが…子供の戯言に付き合うつもりはありません」

 と、ジュリオには目線も合わせず俺たちの方を向いて言う。



 その時のジュリオの顔…何か企んでいるような、勝ち誇ったような、抜け目なくそして自信に満ちた表情。

 さてはこいつ何か隠してるな、と察した瞬間だった。


 ジュリオは俺を見て、言った。

 「なぁ、リュート。オレこないだ言ったよな。こいつ…グリオに手を出した間抜けな神父が噛まれたって」

 「え…ああ、そう言えば」


 そう言えば…言ってたな、そんなこと。考えてみれば、よく騒ぎにならなかったもんだ。魔獣なんて、野生動物を飼うのとは訳が違う。当然、人を傷付ければ居場所を失う可能性だってあった…と言うか、まず失うことになっただろうに。

 噛まれた相手が余程温厚で情け深くない限り、グリオは人を傷付けた危険な魔獣として処分されていただろう…………って、まさか。


 噛まれたのって…クルーツ司教?


 思わず司教を見たら、その顔が真っ青になっていた。心当たりありまくりの様子である。

 ジュリオもそれを見ながら、まるで彼を試すかのように、


 「グリオの顎の力って強いからな。きっとまだ、噛み痕が残ってるはずだぜ?」

 ニヤリと笑って、そう言った。

 

 言われたクルーツ司教は真っ青ながらも必死になって、そのせいで顔色をほとんど青黒くして、叫んだ。

 「そ、そんなはずはありません!見ていただければ分かるはずですが、私の額には獣に噛まれた痕など何処にもありません!そうでしょう、見えますか!?」


 叫びながら、前髪を掻き上げて俺たちに額を見せつける。


 「痕が残っているはずと言うなら、これはどう説明するつもりですか?私に傷跡など、残っていない!!」


 お次は司教が勝ち誇る番だった。興奮のあまりか被告席から出てジュリオの目の前まで行く。制止しようとした警護の“暁の飛蛇エフェメリクス”を、俺は身振りで止めた。


 ジュリオの傍らに伏せていたグリオがのそりと起き上がって、クルーツ司教に唸り声を上げる。

 司教は一瞬それに慄き、一歩後ずさってそれでもジュリオに顔を寄せた。


 「…どうですか、少年?私の額に、噛み痕なんて見えますか?しっかりと見て、ここにいる皆さまに聞こえるように答えてください」


 

 ジュリオは、動じなかった。動じずに、クルーツ司教に問いかけた。


 「……なんで、おでこだって分かった?」

 「…………え?」

 「オレ、グリオが噛みついたのがおでこだなんて、一言も言ってないよな。手を出した噛まれたって聞けば、普通、手を噛まれたって思うよな。グリフォンに頭なんて噛まれたら、普通、死んじまうって思わないか?なんでおでこだなんて思ったんだ?」

 「………………!!」


 ジュリオの作戦勝ちである。クルーツ司教は、パクパクと口を動かしたが言葉にならない。


 「答えは簡単だ。お前はオレと会ったことがあるし、オレの棲み処でエリナとジョアンにも会ってる。そして、グリオに噛まれた。誰にも言わなかったのは、誰にも知られたくなかったから…なんだよな?」

 「ち……違う………違う!違うんです!!わ、私は、私は本当に何も知らない!!本当です信じてください!!」


 完全に取り乱し、次にクルーツ司教が来たのは俺のところ。縋り付いて自分の潔白を主張する。

 俺は、そんな司教をさりげなく自分から引き剥がした。

 正直、これだけでは証拠としては弱い。後になって証言を覆して、ジュリオたちには会ったが人身売買とは無縁だ、と主張することだって出来る。

 が、このあたりがクルーツ司教の限界だったのだろう。その点、彼はやはり後天的な悪党なのだ。しかも、ある意味ではまだマシな部類なのかもしれない。

 彼には罪の意識があり、嘘をつき続けることに対する後ろめたさも残っているのだから。


 本物の悪党であれば、こんなことで動じたりしないし最後までシラを切りとおすだろう。



 「落ち着いてください。ご存じのとおり、この場は事実確認のための審問。裁きを下す場ではありません。ここでの出来事、ここで判明した事実の全ては証拠として聖列裁判に提出されることとなりますが、我らは裁判官ではありませんのでご承知ください」


 冷たく見下ろしながら言ったせいか、クルーツ司教はその場にへなへなとへたり込んだ。茫然とした表情で、「違う…私は悪くない…何も悪くない……」とブツブツ呟き続けているが、それはガン無視することにした。


 「…では、次に移ります。先頃大公夫人によりなされた発言について、真意をお伺いしたいと……」



 その後は、大公夫人の「神さまなんて信じないもんね」発言についての審理が行われることになった。

 だが、その間も放心したクルーツ司教は、虚ろな目で座り込んだままだった。




 

 


 

 

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