第三十四話 片付けるのは散らかすより十倍は難しい。というか、めんどくさい。
しばらくの間、辺りは静寂に支配されていた。
めちゃくちゃになった牧草地と、胴体に大きな穴を開けて息も絶え絶えなエルネスト司祭と、村長だった竜人の死体と。
改めて見ると、どうしよう、この状況。
原状回復出来るのだろうか……絶対、牧場の人に怒られる。きっと、怒られるだけじゃ、済まない。
と、そんなことは後回しだな。
俺は、エルネストの元へ。流石は半魔族。瀕死ではあるが、まだ生きている。尤も、今はまだ生きている、というだけで、普通だったらもう助からないだろう。
「……そいつ、助けるの?」
アルセリアが傍まで来て、尋ねた。助かるの?ではなく、助けるの?と。俺ならば彼を救うことが出来ると分かっているのか。
「まあ…こいつ次第かな」
我ながら煮え切らない返事をすると、俺はエルネストを抱き起こす。
「…………に……にい…さ………」
「兄に、会いたいか?」
虚ろな目で兄を呼ぶエルネストに囁きかける。兄、と聞いた瞬間、彼の眼に光が、わずかにだが、戻った。
「お前に、選ばせてやる。このまま、半端者のまま死んでいくか、魔族として生きていくか」
「…………!」
驚愕に、死にかけの体が反応する。
「ただし、魔族としての生を選んだ場合、この一件の落とし前を付けてもらわなくてはならない。お前にとって、その方が幸せなのかは、保証出来ないぞ」
利用された形のエルネストを不憫に思わなくはない。だが、俺の立場上何もなかったことには出来なかった。まだ魔界ではマウレ卿の造反に対し何の手も打ってはいないし、地上界で片が付いたからといって、状況は解決していないのだ。
「…会いたい……兄さんに…………僕は………一人は、嫌だ…………会いたい…………兄さん…兄さん……」
うわごとのように繰り返すエルネスト。その望みは変わらないようだ。
それならば、いいだろう。俺は、お前を助けるよ。
俺は、エルネストの中に、静かに魔力を注ぎ込んだ。
ヒルダには出来なかったことである。人間である彼女にこんなことをすれば、彼女の存在は変質し、魔族とも人間ともつかないモノになってしまう可能性が高かった。
だが、もともと半分は魔族であるエルネストであれば、その心配は少ない。おそらく、ほとんど純血の魔族と変わらない存在になるだろう。
彼の兄と同じ、魔族に。
そうでなかったとしても、思いもよらない形に変質したとしても、おそらく彼は後悔しない。何を失ったとしても、後戻りが出来ないとしても、彼は、真に望むものを手にすることが出来るのだから。
「…と、いうわけだ」
エルネストの「治療」が終わり、俺は勇者たちに事の顛末を説明していた。
魔界での、マウレ卿の企みを巡るゴタゴタと、エルネストの告白。勇者たちにも理解しやすいよう、時系列を追って、噛んで含めるように懇切丁寧に解説してやった。
なお、エルネストはまだ眠っている。もうじきに目を覚ますだろう。
彼を魔界へ連れ帰る前に、勇者たちが事態を理解出来るように…という俺の心遣いだったんだが。
「…なんだよ、質問か?」
アルセリアが、何かを言いたそうな顔をして俺を睨んでいる。いや、これは睨んでるんじゃなくて、……呆れてる?
「あのさ、アンタ…いいの?そんな、自分のとこの内情をペラッペラ話しちゃって」
………………なぬ?
「……いいんだよ、別に」
「ちゃんとこっちを見なさい」
「なんでだよ。別にいいんだってば。お前らに知られたって、大した問題じゃないし」
そこにベアトリクスが割り込んだ。
「でも、魔界も一枚岩ではないということを知られるのは、あまり得策ではないのでは?」
………………………………。
「お兄ちゃん、おしゃべり?」
………………………………。
「それは、何か?魔界の内情不安定に付け込んで、お前らが派兵したり工作活動したり…ってことか?」
わざと語気を強める。
「前に言わなかったか、廉族が妙な動きを見せたら…って」
これ以上の脅しはない。敵対行動を取るなら排除する、と既に警告はしているのだ。
「べ、別にそんなことするなんて言ってないでしょ。ただ、アンタが馬鹿正直に話すもんだから…」
「ばーか。お前らが何を企もうと、痛くも痒くもないってことだよ」
……よし。誤魔化せた。こいつらが単細胞で良かった。
うっかりしてたー。こいつら、立場的には“魔王”の敵なんだった。部下に不穏分子がいるとか、気軽に話していい相手じゃなかった。
…まあ、こいつらになら話しても安心だ、という思いがなかったわけでもない。
「で、そんなことより、だ」
俺は話題を変える。
「俺は、とりあえずエルネストを連れて魔界へ戻らないといけない。あっちの片がまだ付いてないからな。で、こっちの後始末は、お前らに任せたい」
「……後始末?」
アルセリアの問いに、俺は黙って背後を指差した。
『…あ………』
三人の声がハモる。
俺が指差した先、彼女らの視線の先には、
荒れ果てた牧草地帯。
エルネスト、竜人との戦い、そして“魔王”の顕現。それらの超常事態により、長閑だった牧場は荒れ果て、退廃的な様相を呈していた。
「え?ちょ、任せるって、あれを?どうしろって言うのよ!」
「知らん!」
「何それ!そもそもほとんどアンタのせいでしょ!責任取りなさいよ!」
「知るか!んなこと言ったら、ここ一帯、村ごと消し飛ばなかっただけでも運が良かったと思いやがれ!!」
「開き直る気!?」
俺と勇者の言い争いに、ベアトリクスがのんびりと口を挟んだ。
「アレのせいに、してしまいましょう?」
……「アレ」?
にこやかにほほ笑む彼女が示したのは、竜人の死骸。
「この化け物が突然村を襲ってきて、それを私たちが退治した。司祭と村長は、行方不明。もしかしたら、この化け物に……。それで、いいじゃないですか」
…確かに、大筋は合っている。間違ってはいない。
間違っては、いないのだが…
「お前って…たまに怖いな」
「……あら何か問題でも?」
「いえ……ないデス」
聖女のような顔をして、けっこう腹黒なんだよなー。
まあ、どのみちそう説明するしかないか。そうじゃないと、下手すりゃ“魔王”のことまで言及する羽目になりかねない。
嘘ではない。全てを話さないだけだ!
……ということで。
村人たちへの説明は勇者たちに任せることにして、俺は再び魔界へと戻った。
叶うことなら、マウレ卿の目的も弟と同じであって欲しいと、願いながら。
片付け苦手です。出したらしまう、が出来ません。




