第三百五十二話 努力こそに意味があると言ってもらえるのは学生時代くらいである。
「クルーツ特任司教の身柄が確保された」
ペザンテ公国の外に陣を張っているヴィンセントのところに報告に行ったら、そう告げられた。
その口調は、安否が心配されている要人が保護された、と言うよりも行方をくらませた容疑者を確保した、という響きが強い。
則ち、ヴィンセントはクルーツ司教はクロだと判断しているということ。正確に言えば、それはグリードの判断なのだろうけど。
「本当か?そりゃ良かった」
勿論俺も、司教の身を案じていたわけではない(トルディス修道会の上司とやらに口封じされないかという懸念はあったが)。が、当事者に直接話が聞けるというのは大きい。素直に話すかどうかは別として。
彼が見つかったのは、ペザンテ公国の隣の隣、モルゼ王国というところらしい。国外追放されたのにロゼ・マリスに帰国しないあたり、後ろめたい事情があったと白状しているようなものだ。
「で、クルーツ司教は何て言ってるんだ?」
「公国から掛けられている嫌疑に関しては事実無根だ、と。公国は自国の不都合を全て自分に押し付けるつもりなのだと主張しているらしいぞ」
……事実無根だったらすぐにロゼ・マリスに帰れば良かったのに。
俺はそう思ったがヴィンセントも同感のようで、
「そうであれば身を隠すことなどせず、公の場で無実を主張すればいいだろうに。ほとぼりが冷めるまで隠れてやり過ごすつもりだったのだろうが、自らの首を絞めるような真似をするとは愚かな男だ」
おそらく、隠れてる間にトルディス修道会から助けの手が差し伸べられるのを待っていたんだろう。が、七翼の機動力を舐めてたわけだ。あと、グリードがトルディス修道会を牽制していたかもしれない。
…まぁいいや。彼が無実を主張しようが罪を認めようが、それが事実だろうが偽りだろうが、俺には大した問題ではない。
問題は、クルーツ司教そしてトルディス修道会と、「あの御方」との関係……関係してるのかしてないのか、である。
なんとなく、クルーツ司教のお粗末さを考えると……今回は「あの御方」、絡んでないんじゃないかって気もしてきたけど………早合点は危険だし、やっぱり自分で直接確認してみたい。
「なあ、クルーツ司教に直接話を聞きたいんだけど、こっちに連れてきてもらうことって出来ないかな?」
俺の唐突な要望に、ヴィンセントとイライザは驚くというより呆れた顔を見せた。
「何を言っている、彼の身柄はこのままロゼ・マリス……ルシア・デ・アルシェに送られることになっている。正当な審判がそこで下されるだろう。その際に公国側の証人も招聘されるだろうが、敢えて司教をここに連行する意味がない」
「そうよ、私たちの仕事は公国に対する異端審問なのだから、クルーツ司教の行いについて裁くことは出来ないのよ?」
……二人の言うことも分かる。俺たちはしょせん、しがない雇われ兵でしかないのだから。
しかし。
「それは分かってるんだけどさ。で、無理を承知でグリードに頼んでみたいんだけど」
「無理だと分かっているなら…………ああ、いや……そうか…………」
俺に突っかかろうとしたヴィンセントの勢いが急速に萎んだ。さてはこいつ、俺が何なのか今の今まで忘れてただろ。
「いやしかし、お前がそこまで言うのであれば……猊下もご了承くださるだろう」
「ちょっとヴィンセント、急にどうしちゃったのよ」
いきなり回れ右したヴィンセントに何も知らないイライザは戸惑うが、今回のリーダーはヴィンセントである。彼の決定には従うしかない。
ヴィンセントの表情は、諦めじみたものだ。俺相手に、何を言っても無駄だと、何を言おうと俺は自分の好きなようにしてしまうのだと理解している表情。
「だが、頼むから騒ぎだけは起こしてくれるなよ…」
とうとう、ヴィンセントにまで言われるようになってしまった。何故だろう。俺、そんなにやらかしそうな風に見える?自分としては心外なんだけど……
…ああ、でもヴィンセントには、思いっきり魔王姿を見られてるんだった。しかも、一番ブチ切れてるときの。それを思えば、心配される(警戒される?)のも当然か。
「分かってる。あくまでも、当事者双方の主張を聞きたいだけだよ」
そう答えつつ、敢えて大公夫妻やアマンダ女史と、クルーツ司教を対面させようと考えている俺は、やはりタチの悪い魔王だったりするのだろう。
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「……………なぁ」
「お帰りなさいませ、へ…リュート様」
「お帰りなさいませ」
「お、お帰りリュート。なぁなぁ、土産は?」
部屋に戻ってきて臣下二人と+αに迎えられ…たのはいいけれども。
「…なんでお前、またここにいんの?」
すっかり、ジュリオが我が物顔で部屋を占拠している。
俺用のベッドにグリフォンと一緒にゴロゴロしてる。
で、イオニセスとルガイアはと言えば、半ば諦め顔。その中に若干だが疲れも見える。俺がジュリオに手荒な真似をしないようにと命じておいたせいで、手を出すことも出来ずに子供らしい我儘に振り回されているようだった。
「え、別にいーじゃん。オレんち隙間風酷いし寝心地悪いんだよ。なぁなぁ、土産は?」
「……ここで寝る気満々なのと土産があるものとして疑わないそのふてぶてしさには脱帽だよ…これ食うか?」
そう言いつつ、魔界でセレニエレ用に作ってやったクッキーの余りを持ってきてやってる俺は、やっぱりどう考えても子供に甘い。
「何コレ?お菓子?なんか初めて見た!」
目を輝かせながらも、ジュリオはまず最初に一枚をグリフォンへ。毒見役?と一瞬思ったが、このガキは育ちの割に単純っつーか人を疑うことを知らないようなので(グリフォンに守られているという境遇のせいだろう)、多分、自分よりもグリフォンを優先しているだけなのだ。
その証拠に、グリフォンがクッキーを口にしてまだ呑み込む前に、自分も一つ口に放り込んだ。
今回作ったのは、ラングドシャ。サクサクほろほろと口の中で溶けていくバターの風味を満喫するがいい。
「……!何、これ!すっげー旨いじゃん!偉い人っていつもこんなんばっか食ってんの!?」
盛大に誤解された。
「んなわけないだろ。これはおやつだし、多分、教皇だって食ったことないぞ」
だって俺、教皇にはお菓子作ったことないもん(グリードにはあるけど)。仮に作ったとしても、彼がそれを食べるとは思えないけど。
「……マジ?じゃ、オレ、教皇より偉い!?」
…………ジュリオ少年の思考回路がイマイチ分からない俺である。
「あのな、ジュリオ。偉い人ってのは、旨いもの食って上等な服を着て広い屋敷に住んでるから偉いんじゃなくって、偉いからそういうことが許されてるだけなんだぞ?でもって、偉くなるには、それ相応の対価…努力だとか結果だとか色々が必要なんだからな?」
他人様のベッドにゴロゴロしながら与えられたクッキーを食しているだけで偉くなれるなら、教皇や各国の君主は自室から離れようとしない自宅警備員に徹することだろう。
「……ふーん。じゃ、リュートも?」
「は?俺?」
「リュートってさ、よく分かんねーけどそれなりには偉いんだろ?この人たちリュートに様って付けてるしさ。なんか頑張ってんの?」
「……………そりゃあお前、なあ?頑張っては……いるんだよ?」
ちらり、とルガイアに視線を送ってみたら、いつもの真顔で頷いてくれた。が、彼らの魔王評は若干(?)客観性に欠けることを俺は知っている。
…………俺、頑張って……るよな?今もこうして魔界と地上界を行き来して忙しくしてるし、天界でも暴君領主を懲らしめたり天魔会談を実現もさせたし、その前だって邪教集団を壊滅させたり色々………
…あれ?けどそれって、魔王の仕事……なのかな?全く無関係じゃないけど、ほとんど「勇者の補佐役」としての役割が大きいような……いやいやでも、天界でのあれやこれやは、補佐役には無理な話で……けど魔王の立場を強く意識してるかと言うとそうとは言い切れず…………
今も、ここにいるのって七翼の仕事だし。「あの御方」との関連を探るという目的がなければ、完全に魔王とも補佐役とも関係ないし。
………リュウト=サクラバとしては、頑張ってると胸を張って言える。が、魔王として俺が頑張ったことって……何だろう。
天地大戦…?あれは頑張ったとかいう類の話じゃないしな。アルシェが他のことばっかに構ってるから面白くなくて癇癪を起こしただけのことで。
じゃあ、その前は?魔界に王として迎え入れられて、そりゃ、魔界統一してやるーとばかりに色々やってたけど……魔族のことを思って頑張ってたわけじゃなかった。統一後の政は、ギーヴレイ始め臣下たちが面倒ごとを全部引き受けてくれてたし。
…………俺って、魔王だって敬われる資格…あるのかな………?
「え…と、気にすんなよリュート、なんかオレ、悪いこと言っちまったな。お前にも色々あるんだろ?」
しかも、空気を察したジュリオに慰められてしまった。情けない。
「それに、お前はこうしてオレたちの話聞いてくれるもんな!ここにいた司教たちなんて、頑張るどころか好き勝手やりたい放題で、そのくせ偉そうな顔でふんぞり返ってたんだから、あいつらなんかよりずっといいよ」
………フォローの内容が…比較対象が……あんまりだ。
この一件が終わったら……もう少し真面目に、君主の在り方……魔王の在り方?について、考えてみることにしよう。創世神の構築した理の上に成り立つ世界に対して俺がどこまで干渉していいのか今まで自信がなかったけど、悪い形での干渉でなければ許されるよな?
あいつがやるべきことを、あいつの代わりに引き受けたって、いいよな?
多分、それが出来るのは、俺だけなんだから。




