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世話焼き魔王の勇者育成日誌。  作者: 鬼まんぢう
新世界編
355/492

第三百四十九話 身の上話




 「……オレは、親の顔を知らない。孤児だからな」


 ジュリオ少年は、グリフォンの背中を撫でながらそう切り出した。撫でられているグリフォンは心地よさそうにしながらも、こちらに対する警戒を解く様子はない。


 「両親は、流行り病で死んだって聞いた。けど、ここじゃそういう奴は少なくなくてさ」


 …そう言えば、ジャクロフ五世も言ってたな。伝染病で大勢の国民が死んで、孤児も増えた…と。


 「物心つく頃までは孤児院に居たんだけどよ……ある日、気付いたんだ」

 「気付いたって、何に?」

  

 ジュリオ少年、グリフォンを愛おしげに見つめた。


 「理屈はよく分かんねーんだけどさ、オレ、魔獣にやたらと懐かれるんだよ」

 「…………それは…すごいな…………」


 素直に感心。魔獣の凶暴さってのは、一般の野生動物…虎やら獅子やら狼やら…とは比較にならないのだ。勿論、魔属性なので完全弱肉強食の理に従っている。自分よりも強い相手であれば、懐いたり従ったりするケースもなくはない。


 が、目の前の少年はどう見ても、グリフォンよりも強いようには見えなかった。

 グリフォンは、倒すだけならば遊撃士にも可能である…上位等級トップレベルであれば。しかし、手懐けようと思った場合、圧倒的な力の差を見せつけなければ無理なのだ。

 それが可能なのは……少なくとも中位魔族レベルは必要かな。


 と言うことは、そういった理とは別の要因で、彼は魔獣を手懐けているということになる。



 「でさ、それなら一人でも生きていけるんじゃねーかって思って……孤児院は窮屈だし厳しいし飯はマズいし……」

 「……それで、施設を飛び出した…とか?」


 俺の問いに、ジュリオは少しだけ気まずそうに頷いた。それに関しては俺がとやかく言うことじゃないから気にすることないのに。



 「孤児院を出て、()()()()に助けてもらって、下町で暮らすことにしたんだ。ありがたいことにさ、ここの連中はお節介な奴らばっかで、最低限の稼ぎがあればオレみたいな子供ガキでも何とか生きてくことは出来るんだ」


 下町人情…ってわけだろうか。それでもジュリオのような幼い子供が一人で生きていくのは並大抵のことではないと思うが、彼はよっぽどの自由人と見える。


 ジュリオはチラリ、とアマンダ女史(未だに玄関口で突っ立っている)に視線を遣って、


 「…まぁ、お節介すぎて施設に逆戻りさせようってするおばさんもいるけどさ……」


 言いつつ、嫌味な感じはなかった。アマンダ女史が厚意で行っていることなのだと、気付いているのだろう。


 「…そんで、遊撃士の真似事みたいなことやったりして、食うのにも困らなくなってきた頃に、孤児院の仲間も呼び寄せることにしてさ」

 「呼び寄せるって……ここに?」


 おいおい、ジュリオ少年幾つだよ?せいぜい、十二、三だよね?そんな面倒見のいいあんちゃんみたいなこと、よく出来るもんだなー。


 「金さえあればさ、ここの方が孤児院よりずっと楽しいんだよ。で、オレのいた孤児院が別のもっと大きなところに乗っ取られることになって、そのドサクサで逃げ出した奴ら五人と一緒に暮らすことにしたわけ」


 …大きなところに乗っ取られる…というのは、クルーツ司教による施設の統廃合のことか。


 「…その五人ってのは、何処に?」


 見たところ、ここにはジュリオ(とグリフォン)しかいない。五人も子供たちがいれば、隠れているにしても気配くらいはありそうなものなのに……


 「……………………」


 …あれ?俺、何か悪いこと聞いちゃったか?急に黙り込んでしまったぞ…?


 「…………いなくなっちまった……」


 …………ああ、そういうことか。

 アマンダ女史が俺をここに連れて来た理由は、()()にあったのか。


 「しばらく、自由に楽しく暮らしてたんだよ…オレたち。けどある日、教会から神父が来てさ。…なんでも、北のすっげー金持ちが、養子を欲しがってるとかなんとか」

 「北のすっげー金持ち…ねぇ。なんて国のどんな奴かは聞いたのか?」

 「聞いたけど…よく分かんなかった。国の名前とか知らねーしよ」


 そりゃあそうだろうな。施設にいれば最低限の教育は受けられたのかもしれないが、自由気ままに子供たちだけで暮らしていれば勉強の機会なんてない。

 彼らはそれでいいと思ったのかもしれないが…或いは勉学の重要性を理解出来ていなかったのかもしれないが、そのせいで上手い話を疑うことを知らずにきてしまったのか。

 しかも、お節介でお人好しなご近所と強力な魔獣のおかげで、真っ当に生きていくことが出来た。そんな子供たちだからこそ良くも悪くも素直な心を失うことがなかった…と。


 「…オレはさ、こいつらがいたから断った。金持ちっつったって、礼儀とか何とか厳しそうだし」

 「他の子供たちは、全員養子に?」

 「いや、全員じゃねーよ。その金持ちは、二人欲しいって言ってたから」


 けど、ここにはジュリオ以外、誰もいない。結局は、全員いなくなってしまった。


 「ただ、その神父が言うには、他にも子供が欲しい金持ちはたくさんいるんだって。で、自分たちの施設に来れば、優先的に里子に出してやれる…って」


 ジュリオの表情は、苦々しく歪んでいた。教会の神父…おそらく人身売買の斡旋人…が許せないと言うよりは、自分自身に憤っているように見えた。


 「……そのとき、止めるべきだったんだ。もともと施設が嫌で飛び出してきたのに、いくら養子に行けるかもしれないからってまた窮屈な施設に戻るなんてやめとけ…って、金持ちの家なんてつまらないからここにいろって、言えば良かったんだ」


 ジュリオはグリフォンの首をぎゅっと強く抱きしめて、グリフォンは慰めるように彼に頬ずりした。まるでジュリオの気持ちが分かっているみたいだ。


 「その後なんだ。教会の奴らが、子供たちをどっか遠くに売り飛ばしてるんじゃないかって噂が立ったのは………もっと早くに気付いてたら、あいつら……」

 

 唇を噛みしめて俯くジュリオ少年。彼は間違いなく、自分の責任だと思ってる。そんなはずはないのに、彼には止める力があり、そして自分一人が残った…残ってしまったことに、やるせない気持ちを抱いているのだ。


 ここは一つ、年長者として慰めてやらなきゃなんだけど……


 「…けどさ、お前の仲間が人買いに売られたとは限らないだろ?もしかしたら、本当にちゃんとした家の子供になれたかもしれないんだし…」

 「そんな上手い話があるかよ」


 ………ですよねー。


 「ちゃんと考えれば分かったはずなんだ。俺たちみたいな、学も無けりゃいい加減でっかくなった子供より、ちゃんと教育を受けてて大人から良い子だって言われてる奴らの方が、ほんとなら里子に向いてるじゃねーか。赤ん坊の孤児だっているんだしよ」


 ジュリオ少年は、確かに学は無いかもしれないが馬鹿ではなさそうだ。


 「ただ……あいつらを引き取りたいって言う金持ちからだって、神父たちは色々プレゼント持ってきてさ。あいつらはそれですっかり信じちまったし……俺も、こんなところより金持ちの家に行った方があいつら幸せになれるかもって……それに、そのときはまさか神父がそんなことするなんて思わなかったんだ」

 「そりゃ、そうだろうな。お前でなくたって、誰でも聖職者のことは無条件に信じがちだ」


 かく言う俺だって、初対面のエルネストのことを全く疑ってなかったわけだし。


 「……オレもさ、それでもあいつらは今も金持ちの家で幸せに暮らしてるって思いたいけど………ここを出る前に、みんな手紙書いてくれるって言ってたのに………一通も来ない」

 

 手紙が来ないからと言って、その子供たちが実は商品だったと言い切ることは出来ない。彼らが本当に金持ちの家に引き取られたと仮定して、そういった上流階級は自分たちの「身内」と下層階級が繋がることを良しとしない。そういう考えで、ジュリオとの縁を切らせるために手紙を書くことを禁じているだけだっていう可能性もなくはないのだ。


 だが……大公夫妻とアマンダ女史の話から考えると……正直、楽観視は出来なさそう。


 「オレ、自分から手紙を書きたいって思って、その神父のとこにあいつらの住所を教えてくれって頼みに行ったんだ。けど、個人なんとかだからって教えてくれなくて…」

 「そうこうしてるうちに、ボヤ騒ぎで子供たちの引き取り先の情報が燃えてなくなっちまったってわけか」


 ……本当は、そのクルーツ司教たちにも話を聞いてみたいんだけど、国外に追放されたって言うし難しいかな……そう言えば、確かヨシュアがその保護を命じられてたっけ。



 「なあ、アンタ、教会の人間なんだろ?あいつらどうにか出来ないのかよ!?」

 「あいつらって……クルーツ司教のことか?……どうにかって言ってもなぁ……」


 俺の審問対象は大公であって、追放された司教じゃないし……


 「そんな、なんでだよ!あいつらひでーことばっかりしてたんだぜ?神さまの使いとか言ってるのに、そんなんでいいのかよ!教会ってのはそんな奴らばっかなのか!?」


 ……返す言葉もありません…。

 

 大人の事情とやらを説明したところで彼が理解出来るとは思わないし、納得などもっての外。それに、彼らの言うことが真実であるとしたら、クルーツ司教たちの所業はとてもじゃないが「大人の事情」で片付けることは出来ない。


 

 俺は、大公夫妻とアマンダ女史を振り返った。彼らは、ジュリオ少年を直接俺にぶつけて、クルーツ司教の悪行に苦しむ人々の生の声を聞かせたかったのだろう。


 「彼のようにクルーツ司教の行いに憤る人々は大勢います。彼らが治療院で法外な代金を請求したせいで借金漬けになってしまった人や、逆にその代金を払えずに命を落とした人もいますし、司教の遣り方を拒んだ治療師が幾人も消息を絶っているという事実もあります。よければ、これからその当事者たちにも話を聞きに行かれますか?」


 感情を抑えたアマンダ女史の提案を、俺は聞き入れることにした。詳細は文書で渡してくれるとアマンダ女史は言っていたが、自分の耳で聞くことが重要だと思ったからだ。

 

 それらをまとめて、グリードに上げてみよう。

 俺は大公夫妻やアマンダ女史、ジュリオ少年から話を聞いて、彼らの方に感情移入してしまっているが、グリードならば公平な視点で調査し判断してくれるはずだ。



 「分かりました。では、その人たちからも話を聞いた上でハイデマン猊下に事実の確認を依頼することにしましょう」


 俺の承諾に、アマンダ女史が安堵したのが分かった。おそらく彼女らは、異端審問官も生臭坊主も同じ穴の狢だと思っている。


 ……が、そんな小悪党と一緒にしてもらっては困りますな。ここはきっちり、筋を通してやる。


 とは言え。


 

 きっとロクでもない腐れ聖職者のロクでもない悪行三昧をこれから嫌と言う程聞かされることになるんだろうなーと、少しばかり憂鬱な気分になってしまったことは否めないのであった。



ジュリオくん、自分のこと馬鹿だと思ってるフシがありますが、普段遊撃士の大人たちと接しているので言葉とか考え方とかしっかりした子です。

大切なのは、学校教育じゃなくて周囲の環境ですよね。

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