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世話焼き魔王の勇者育成日誌。  作者: 鬼まんぢう
新世界編
349/492

第三百四十三話 外見が威圧的な人って大抵中身もそうだよね。



 …危なかった。

 もう少しで、“影”の自動迎撃&防衛をONにするところだった。そのくらい、突然の乱入者は色んな意味で強烈だった。


 俺の後ろでも、ルガイアがちょっとたじろいでるのが分かった。



 「……聖教会からの使者とは、この方々のことですか?」


 ノックも無しにドアをずばーんと開けたその人物は、自己紹介も無しにずかずかと部屋の中に歩を進め、ジャクロフ五世の目の前で腰に手を当ててそう尋ねた。


 尋ねつつ、俺たちの方をチラリ。その眼光にトロール顔負けの猛々しさを感じて、思わずちょっと身震いしてしまう。


 それは、何と言えばいいのか……非常に、雄々しい人物だった。美形ではないとは言えない…わけではないが、こう…どこかM16で長距離狙撃しちゃう伝説のスナイパーを彷彿とさせる鋭い眼や意志の強さをうかがわせる太い眉といい、引き締まった口元といい、背丈は魔王時の俺と同じくらいだが肩幅や腰回りはずっと太い体格といい、見た目が良いとか悪いとかいう以前に強靭さが真っ先に目に付く…ような人物だった。


 しかし、おそらくその人物はジャクロフ五世の護衛でも騎士でもない。

 何故ならば。



 「メ……メイリーン、客人の前で不作法じゃないですか」


 狼狽えながらもジャクロフ五世に咎められ(にしては弱腰だが)、その人物は()()()()()()()()()俺たちの方に向き、再び翻してジャクロフ五世に向き直った。


 「教会の犬に対して守る作法など身に付けておりません!」

 「そんなことを言って………ああ、すみません、サクラーヴァ殿。()()は、ボクの奥方のメイリーンです」


 

 ……………彼女……奥方…?………メイリーンって面じゃないだろ…………。



 ジェンダーの概念に真向から疑義をぶつけまくるジャクロフ五世の奥方は、鼻息荒く俺たちに言い放った。


 「申し訳ありませんが、お引き取り下さい。貴方がたとお話することはございません!」

 

 あーそうですかぁ、それじゃ失礼しますー……って、そういうわけにもいかない。が、本心としては帰らせてもらいたい。そのくらい怖い。


 いやいや俺、たかが廉族れんぞくの女一人に気圧されるなんて魔王の名が廃るってもんだぞ。臣下がすぐ傍で見てるんだし、情けない姿は晒せない。



 「そういうわけにもいきません。丁度良かった、奥方様にもお話を伺うことにしましょう」


 内心のビクビクを悟られないように押し隠し、平静なフリをして提案する。奥方様にもお話を…のあたりでギロリと睨まれてしまったが、そして思わず目を逸らしてしまったが、それでもなんとか逃げ出さなかった俺、エライ。



 「…ですから、お話することなどないと」

 「まあまあ、貴女たちが聖教会に対して抱いている不満や不信でも結構です。お聞かせ願えませんか?」

 「…………よござんす、そこまでおっしゃるなら御覚悟あそばせ」


 ……………………了承しました、の一言がこんだけ威圧を放ちまくる人ってのも稀有だよな…。



 御覚悟あそばせ、と言われたので、しっかりと覚悟を決めて彼女の言葉を待つ。どうせ聖教会への苦情か罵詈雑言が待ってるんだろうなー…。



 「わたくし共は、こう考えております。…人は、神の支配から解放されるべきだ…と」


 …………はい?


 い…いきなり予想外の言葉が飛び出て来たぞ。話の方向性が、思ってたのと違う……


 「第一、実在するかどうかも分からない神だとか魔王だとかに何故振り回されなければならないのか、理解に苦しみますわ」

 「ちょ…ちょっとメイリーン、そんなあけすけに……」


 オロオロと、ジャクロフ五世が妻に縋る。

 …異端審問官の前で「神なんて信じないもんねー」と言っているようなものだから、慌てるのも当然か。寧ろ、堂々と宣言するメイリーン氏の豪胆さには脱帽だ。


 「旦那様は黙っていて下さいまし。殿方はこういうとき、すぐに尻込みするのでいけませんわ」


 ………いや、尻込みに男も女もないと思う……この奥方が怖れ知らずなだけだと思う…。


 「実在を疑ってらっしゃいますが、創世神と魔王の存在は事実ですよ……?」

 俺も一応、教会から派遣されてきた立場があるので、そう伝えてみるのだが……


 「それは過去のことでしょう。創世神は天地大戦後に消滅したと言われています。魔王にしても、封印から目覚めただのと聞きますが、まったく動きを見せないではありませんか」


 ……返答に困る。別に動いてないわけじゃないんだけど、考えてみれば魔王として地上界に干渉するのは最低限に留めていたから……実際、地上界で魔王おれのことを知っているのは勇者一行と聖教会上層部のみ。

 一般の廉族れんぞくからしてみれば、え、魔王?そんなのいたっけ?みたいな感覚なんだろう。



 「本当にいるのであれば、一度でいいから姿を見てみたいものですわ」


 …………いますよー、魔王、目の前にいますよー。



 「ま……まぁ、神と魔王の実在に関しては置いておいて、それでも創世神と聖教会が地上界の秩序維持に大きな役割を果たしていたのは事実ですよね?」


 と言いつつ、典型的無神論者の日本人だった過去を持つ俺にとっては、メイリーン氏の主張は受け容れ難いものではなかったりする。


 「そうですね、確かに創世期や天地大戦直後の混乱の時代にあっては、それらは重要な意味を持っていたということは認めます。が、もうそんな時代ではないと思いませんか?」

 「思いませんかって……それ、自分の立場じゃ肯定するわけにはいかないんですけど」


 …あれ、この言い方だと、俺が内心では彼女に賛成してるみたいに聞こえてしまう?


 「神の手を離れて久しく、それでも地上界は安定の下に繁栄を続けています。それを為したのは神でもなければ勿論魔王でもなく、我々人間自身です。我々には、神の手を離れて自分たちの足で立つことが、自分たちの力で生き抜いていくことが出来るだけの能力と叡智が備わっていると、私は信じております」


 …………神の手を離れて…か。

 確かに………そろそろ、全ての生命の独り立ちの時が来ているのかもしれない。


 「我々に必要なのは、祈りの時間ではなく手を、脚を動かす時間です。我々がすべきは、神に縋りその加護を求めるのではなく、己の力で未来を切り開くことです。嘆いて天を仰ぐのではなく、決意を持って前を見据えることなのです。黴の生えた教義など、我々を救ってはくれないのですから」


 メイリーン氏の口調がだんだん演説めいてきた。

 これはあれか、人間主義的な…?地球でも、ルネッサンスあたりであった流れだよね。日本人としては実に共感できる理屈なのだけれど………。


 「ましてや、腐敗と堕落にまみれた者たちが神の使徒を名乗り、欲望のまま自分たちに都合の良いように社会を動かそうとするなど、言語道断!」


 問題は、現在この地上界を実質的に牛耳っているのは、ルーディア聖教会なのだ、ということ。

 彼女の言い分も分からなくはないし、公国が教会の特任司教を追放した理由に共感出来なくはないけど、聖教会がそれを容認することはありえない。


 結局のところ、権力者たちの思惑で動いている組織であることに違いないのだから。



 「人身売買に手を染める悪党が聖職者の法衣を纏っている事実が、現在の聖教会の本質を示しています。私たちは、これ以上そのような紛い物とあやふやな存在に振り回され支配されることを是とはいたしません。貴方がた聖教会には、そのことをようく含め置きいただきますよう」



 さて困った。俺は、どう返答すべきだろう。

 いや、“七翼の騎士セッテアーレ”としては返答など決まり切っている。

 神は存在する、その加護も恩寵も健在である、それを否定し拒絶するは大罪である、捨て置くことは出来ない…と最後通牒を突きつけるのみだ。


 彼らが白旗を上げて聖教会に正式な謝罪を申し出て再び特任司教を受け容れるのであれば、幾許かのペナルティーはあるだろうが大目に見てもらえるだろう。

 しかし、脅しに屈しないのであれば………聖教会は、実力行使に出る。


 “七翼の騎士セッテアーレ”と“暁の飛蛇エフェメリクス”による異端審問、それで収まらなければ、教会騎士と従属国から集めた兵で構成された軍による侵攻。神の名の下に行われる、制裁。

 聖教会かれらはそれを、聖戦とでも呼ぶのだろう。


 ペザンテのような小国であれば、それに打ち勝つのは難しい…と言うか、まず不可能。

 大公は…そしてその妻は、そのことを理解しているのだろうか。



 「その……個人的には、貴方たちに同調出来る部分もなくはない…のですが、聖教会がその言い分を聞き入れることはまずないでしょう。このままでは、聖教会は公国を神への叛逆者と見なし、敵対することになります」


 俺の言葉に、ジャクロフ五世はたじろいだ。しかし、驚愕はしていない。メイリーン夫人は、動じなかった。

 二人の様子から、それも全て覚悟の上なのだということが分かった。



 「……本気ですか?国民全てを巻き添えにするのですよ、貴方たちの選択は…」

 「私共ではありません。寧ろ、国民の方が強くそれを感じております」


 きっぱりと言い切るメイリーン氏。その眼差しに悲壮さは全く見えず、ただただ力強い決意の炎が燃え盛っていた。


 ちょっとお宅の奥方、こんな無茶言ってるんだけど?

 ジャクロフ五世に視線を移すが、彼は何も言わない。妻の剣幕にオロオロしながらも、その言い分には全面的に賛成のようだった。



 「国民も…分かっていてやっているのですか?戦争が起これば、綺麗ごとを言う余裕もなくなりますよ」

 「果たしてそうでしょうか」


 意外なことに、俺に反論してきたのは奥方ではなくジャクロフ五世だった。

 オドオドと、しかし揺るぎなく、彼は言う。


 「今回の件は、ボクたちペザンテ公国とルーディア聖教会との間の出来事です。けれども、ボクたちと同じように感じている人々が他にいないと思っているのであれば、聖教会は世界のことが全然見えていないのだと言わせていただきます」

 

 やはり、ただ気弱なだけの君主ではなかったようだ。口調こそ弱々しいが、臆することなく俺を見据えている。


 「具体名は省かせていただきますが、既にボクたちに賛同してくれる国や貴族もあります。聖教会あなたたちは、自分たちの足元がそれほど強固な地盤ではないと気付くことになるかもしれませんよ?」


 …むむぅ。逆にこっちを脅してくるか。

 確かに、一介の異端審問官に過ぎない身では、即断は出来ないな、こりゃ。


 俺が考えている間にも、ジャクロフ五世は続ける。


 「妻の言い方は、少々過激すぎたと思います。それについては申し訳ありません。ボクたちは何も、神を信じている人々の信仰を否定するつもりはないんです。今すぐにこの国から教会と聖職者を一掃するつもりもありませんし、この国にだって信仰心の強い者はいるのですから、彼らの立場も守ってやりたいと思ってます。ただ…もう少しだけ、自由にさせて欲しいと……それだけなんです」



 そこまで言って、深々と頭を下げた。

 それから頭を上げて、先ほどよりもやや強い口調で。


 「……国民にも、会ってやってもらえますか?…彼らの言葉を、聞いていただきたい」


 そう言われては、断ることは出来そうになかった。



 

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