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世話焼き魔王の勇者育成日誌。  作者: 鬼まんぢう
新世界編
348/492

第三百四十二話 疑惑



 「まず初めに」


 俺は、自分から切り出した。会話の主導権はこちらに握っておかないと危険な気がしたからだ。


 「特任司教の国外追放の件に関してお伺いしたい」

 「ああああああの、その、あれはボクもやり過ぎだと思いましたごめんなさい!」


 のっけから、謝罪である。

 勢いよく頭を下げて、それからジャクロフ五世はそろりそろりと顔を上げてこちらを視界に収め、


 「ただ……ああするしかなかった…と、言いますか……」

 「それは、どういう意味でしょうか。外交官の役目も果たす人物を通告なしに国外追放する、という行為は随分と過激に思えますが」


 ペザンテ公国に派遣されていた司教は、所属はトルディス修道会ではあるが、形としては聖教会から遣わされていることになっている。

 宗教活動に加え、聖都ロゼ・マリスの外交官的な役割も担っていたということなので、今回の件は言わば、駐在大使をいきなり本国に突き返したのと同じ。

 そりゃ、外交問題になるに決まってる。


 「通告は……きちんとしました」

 「…………え?」

 「きちんとしたんですぅ!お宅の司教様は勝手が酷いから引き取ってくれって、そうじゃなければ他の派閥から代わりの人を寄越してくれって、出来ればエスティント教会あたりがありがたいですって、何度も言ったんですぅうう」


 半泣きながらも、言いたいことはきっちりと主張するジャクロフ五世。

 が、通告はしたって……どういうことだ?



 「そ…そもそもですね、最初からお話しますけど、ボクたちだって最初から彼に反感を持ってたわけじゃないんです……」


 ハンカチで涙を拭い、勢いよく鼻をかんでからジャクロフ五世は説明を始めた。彼の言葉が真実ならば、俺だって問答無用で追い出したくなるような内容だった。


 要するに、生臭坊主だったわけである。



 「……その、特任司教……クルーツ司教と、彼の部下として赴任してきた司祭たちは、聖教会の権威を盾に好き放題してました。貴族を抱き込んで公共事業にまで口を出してきたり、聖別や聖任にあたって賄賂を要求してきたり…」


 補足だが、聖別とは「この人はとても徳の高い人です」と聖教会がお墨付きを与えること。これがあると、その後の人生結構バラ色だったりする。聖任ってのは聖職者を役職に任命すること。

 本来なら厳格な審査が必要なことだったりするが、人が決めていることなのでやろうと思えばいくらでも不正が可能だったりする。


 「ウチ…我が国にも、聖職者はいます。けど、彼らとは派閥が別だと言うことでかなり活動を阻害されまして……」


 ……同業者の営業妨害か。普通の商売ならよくあることだろうけど、神の教えを説いてる連中もそんなことをするのか。

 まあ、布施も無限ではないわけだし、特にこんな小国で自分たちの懐を潤わせようと思ったら同業他社(他社じゃないんだけどさ、ほんとは)は邪魔でしかないよな。


 「とうとう、国営の治療院にまで口を出すようになってきたんです。経営を続けたいなら、トルディス修道会の認可を得ないとならない、とか」


 ………んーーー、認可問題か。それはちょっと俺、門外漢すぎてよく分からん。が、いろいろと面倒臭かったり煩わしかったりするもんだって、前にグリードが零してた。

 あのオッサンが辟易とするのだから、余程の面倒な案件なんだろう。


 

 それ以前に、トルディス修道会の認可って……それおかしいでしょ。聖教会から派遣されてきた司教なんだから、所属がトルディス修道会だからってそんなあからさまに聖教会をないがしろにしちゃうなんて。


 まぁ……色々と噂を聞いている限り、トルディス修道会ならそういう面もなくはない…と思えてしまうんだけど。聖教内で自分たちの勢力を拡大させようと躍起になってるし。


 「それと……色々と黒い噂も聞こえてきまして…………」

 「黒い噂?それはどういう内容でしょうか」


 俺の問いに、ジャクロフ五世は一瞬言い淀んだ。話してもいいものかどうか、迷っている。


 「その……証拠があるわけではないので、迂闊なことは言えないのですが……」

 「構いません。もし気になるなら、非公式オフレコということでお聞きします」


 実を言うと俺にそんなことを勝手に決める権限はなかったりするのだが(七翼セッテは任務中の出来事を漏らさず正確に詳細にグリードに報告する義務を持っている)、まあ別にいいだろ。どうせオフレコっつっても、その前提でグリードには相談するつもりだしさ。


 俺の言葉に、ジャクロフ五世はまだ躊躇を捨てきれなさそうではありつつ、ぼそぼそと話し始めた。


 「最近……小さな子供の失踪事件が多発してまして」

 「それは…物騒ですね」


 こんな田舎(失礼)でも、治安の維持って大変なんだなー。


 「その……姿を消した子供たちのほとんどが、孤児なんです。数年前に我が国では流行り病で多くの死者が出まして、親を失った子供たちも少なくありません」


 流行り病……そういえばグリードから渡された資料の補足部分にそんなことも書いてあったっけ。そういうこともあって、中央との連携を密にするためにも特任司教の赴任が決められたとか何とか…



 「そういった子供たちの生活の面倒を見ているのは、教会が経営する孤児院でして」


 ……うん?なんか、イヤーな予感が…………


 「クルーツ司教の横槍で、多くの孤児院が彼の傘下に統合されました。それまで多かった失踪者は統合後、減少傾向にあるのですが……」


 あ、思い過ごしだった……かな?


 「ただ、彼の経営する孤児院に入所した途端、里子に出される子供たちが急増したんです」


 …………やっぱり、思い過ごしじゃなかったかもしれない。


 「ええっと……親のいない子供たちが新しい家庭に引き取られるってのは、良いこと…じゃないんですか?」

 

 それでも、聖職者のなけなしの良心を俺は信じたい。魔王だけど。


 「確かに、それが本当ならとても喜ばしいことです。ボクたちも、最初はクルーツ司教の手腕に感動さえしていました。彼は、子を欲する子のない大人と、親を欲する親のない子供を結びつける天才だ…と。けど、引き取り先の情報があまりにも曖昧で………」


 聖職者の…なけなしの良心、を、信じたい。信じさせて欲しい。の、だが……


 

 「しかも、引き取り先というのが遠い場所ばかりなのです。原則として子供たちの生活環境を守るために、出来る限り近隣の地域が好ましいとされているのに……様子を見に行こうにもそう簡単には行けないような遠方ばかりで、しかも住所地もボクたちには明かされていないので…」

 「情報開示を求めてみたのですか?」

 「勿論。けど、個人情報の保護とかなんとか言って有耶無耶にされそうになってしまい……」


 …むむむ、伝家の宝刀プライバシー保護か。良い面と悪い面があるんだよなー。


 「国として強く問いただそうとしたら、ある日、教会でボヤ騒ぎがあったんです。それで、子供たちの引き取り先の情報が燃えてしまったと……」

 「嘘つけーーーーー!」

 「ですよね、ボクもそう思います!」


 思わず叫んでしまった。

 けど嘘でしょ。強制監査が入る直前にボヤ騒ぎて!それで肝心の資料が燃えたて!そんな都合の良い話があるかい!


 「でも証拠は何処にもありません。その後、里子に出される子供の数は減りました。けど、クルーツ司教はほとぼりが冷めるまで自粛しているだけだったとボクは思ってます」

 「それは……つまり大公閣下は」


 いや、ジャクロフ五世だけじゃなくてこの話を聞いたら誰だって疑いを持つだろうけど……


 「クルーツ司教が、人身売買に手を染めていた…子供たちを商品にしていた……と、おっしゃりたいのですね?」

 「先ほども申し上げたとおり、証拠は何処にもありません。そして証拠もなく公に出来るような案件でもありません。ですから、直接の資料は難しくても何か掴めないかと、少し強引かもしれませんが強制捜査に入ろうとしたのですが…」

 「トルディス修道会から圧力がかかった…ですか?」


 俺の言葉に、ジャクロフ五世は目を丸くした。


 「よく分かりましたね、そのとおりです。さらにトルディス修道会は、聖職者の倫理規範遵守のため、という名目で自前の監査団を寄越してきまして……」

 

 あーーー、よくある、「当事者による第三者委員会」…みたいな?それ意味ないじゃん、ってやつな。


 「折に触れて、聖教会にはクルーツ司教の交代を求めてきました。けど、いつも返答は曖昧なままで、まったく中央は動いてくれなくて………それで、とうとう国民の堪忍袋の緒が切れてしまったんです」


 聖教会が公国の要望を無視し続けた…か。それが聖教会の意図なのかトルディス修道会の隠蔽なのかは分からないが……ないがしろにされ続けた小国の民がブチ切れちゃったわけね。


 

 「かねてより、クルーツ司教の振舞いのせいで国民の反発は相当なものでした。公然と賄賂を要求したり、高額の布施を要求したり、治療院でも高額の治療費を請求したり、寄進の額であからさまに民の信仰心に序列を付けたりしているのですから、当然のことですよね。さらに、国民の中にも、子供の失踪事件と彼を結びつけて考える者が少なくありません」


 ………ううーむ。そりゃそうだよな。教会への襲撃とかがなかっただけでも、まだマシ…なのかも。


 「それで、その……とうとう、クルーツ司教の罷免もしくは追放を嘆願する声が大きくなってきまして…」


 それまで、クルーツ特任司教の悪行に憤った様子のジャクロフ五世だったが、だんだんトーンダウンしてきた。


 「その…お恥ずかしいことに……ご存じだとは思いますけど、ウチは小さな国です。ボクも、大公なんて言ったって、それほど大きな権力を持っているわけでもなく……国民の信がなければ、とてもやっていけません」

 「それで、国民の声に押し切られる形で、彼とその部下を追放した……と?」


 ジャクロフ五世、最初のうじうじマンに戻ってしまった。


 「うう……すいませんそのとおりです。だってそうしなきゃデモとかストとかすごいし、怒った民衆が城にまで殴り込んできそうだったしぃいい」


 ううーん。ビシッと「彼の悪行ゆえに私は彼を追放したのだ!」とか格好つけてくれればいいのに、情けなくも正直な御仁である。

 それとも……責任逃れの一手か?



 俺は、またもや頭を抱え始めたジャクロフ五世から視線を外して、自分の後ろを振り返った。

 直立不動で控えている“暁の飛蛇エフェメリクス”…に扮した、俺の臣下。


 ルガイア=マウレと、その横に立つ盲目の男……イオニセス=ガラント。


 最高幹部である六武王を地上界に連れてくるのはどうかとも思った。が、このイオニセスという男、盲目ゆえの鋭さか、あるいは呪術師としての性質によるものか、とかく感覚に優れている。

 匂いや気配、相手の心情の動きに至るまで。

 内心の動揺は魔力マナの流れにも影響するから、そのあたりから判断しているのかもしれないが、要するに、嘘を見分けるのが得意なのである。


 目が見えないはずなのに俺が自分に視線を向けたことが分かったのか、イオニセスは静かに首を横に振った。

 ジャクロフ五世の言葉に嘘はない…少なくともイオニセスはそれを感じ取れなかった、という合図だ。


 となると、ジャクロフ五世自身は、「あの御方」との関わりはなさそうだな。

 


 後は……民衆側と、クルーツ司教側…下手するとトルディス修道会も…か。そのどれかに「あの御方」の息がかかっているか否か。

 民衆やクルーツ司教個人だったらまだいいけど、もしトルディス修道会にまで入り込まれてたりしたら…厄介だよなー。下手すると、ルーディア聖教全体に…って可能性も考えなくてはならない。


 グリードに頼んで探ってもらうことは出来るけど、相手が「あの御方」となると、腹黒さにかけては随一の彼をしても分が悪い。危険な目には遭わせたくないし…



 ……ディアルディオあたりを送り込むか。けど単独行動させるのは危なっかしいから……


 いやいやその前に、目の前の案件も片付けなきゃいけないんだよな。さてどうするか……



 目の前のこととその先のことに頭を悩ませていると、俺の悩みなんて宇宙の彼方に吹っ飛ばしそうな勢いで、バーン!と部屋の扉が開け放たれた。

繋ぎ程度にするつもりだった公国編ですが、思いの外長くなっちゃいそうな気がします…。

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