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世話焼き魔王の勇者育成日誌。  作者: 鬼まんぢう
新世界編
347/492

第三百四十一話 君主とは



 ペザンテ公国は、峻険な山脈と渓谷に囲まれた天然の要塞である。

 さらに、僅かな平地には国境沿いに外壁が国を囲むように続いており、外部からの侵入は容易ではない。


 今回俺は正攻法として、きちんと門から入国することになっている。

 

 俺一人で…と言っても、聖教会から正式に派遣された異端審問官って立場なので、当然のことながら供はいる。

 素知らぬ顔で「“暁の飛蛇エフェメリクス”の隊員でーす」と言わんばかりに俺にくっついてきた五人は、実は全員“戸裏の蜘蛛アラクニール”の面々。

 怪しまれることなく“暁の飛蛇エフェメリクス”にすんなり入り込めてるあたり、流石は魔王の御庭番である。



 「……陛下、御自らお出ましにならずとも………」

 「我が目で直接確かめたいことがある」


 ルガイアを遮って外門へ。予想はしていたが、門は固く閉ざされている。だが、そこに門番と思しき数名の兵の姿を見付けた俺は、迷わずそちらへ歩いて行った。


 門番は当然警戒するが、俺が身分証と七翼セッテの証である黒い円聖環セルクーを提示して訪問の目的を話したら、ひどく慌てた様子で何処かと連絡を取っていた。しかし、問答無用で排除しようとはしない。

 いくら何でも、きちんと手続きを踏んで派遣された正規の使者を門前払いするわけにはいかないようだ。


 とは言え、歓待されるというはずもなく、しばらくその場で待たされた。どこか部屋に通されるわけでも茶の一杯も出るわけでもない。

 遊びに来たわけじゃないんだからいいけどさ…。



 「……お待たせしました、こちらへ」


 体感的には一時間くらい待たされた頃だろうか、ようやくお呼びがかかった。門番とは別の、いかにも騎士!って感じの男がやって来て、俺たちを門の中へ招き入れる。


 格好からすると、それなりの地位にいる騎士と思われる。一応挨拶くらいした方がいいかなーと思ったのだが、その男は立ち止まることも俺たちの方を向くこともなく、さっさと歩き始めた。


 多分、俺たちなんかとはおしゃべりする気にならないんだろう。慌てて後を追いながら、自己紹介は大公に会うまで取っておくことにした。



 歩きながら、さりげなく街並みを観察。こじんまりとしたレンガ造りの建物が多い。土地が狭いからか、それぞれの家の敷地面積も小さめ。窓際やベランダ、玄関先にはプランターの草花が飾られていて、全体的に可愛らしい印象を受ける。


 いかつい騎士に先導される俺たちはちょっと好奇の目に晒されている。地域柄、余所者は少ないだろうから珍しがっているだけなのか、もしくは異端審問官の存在を怖れているのか。



 ピリピリした空気の中、騎士が俺たちを連れて行ったのは大公の居城。

 見るからに古城といった感じで、古びた石造りの外壁にはツタが這い、城壁には所々に崩れた個所が見られる。


 何と言うか……シルエット的にはドラキュラ城って感じがする……。



 騎士が案内してくれたのは城門のところまでだった。その後を引き継いだのは年老いた執事っぽいお爺さん。っぽいと言うか、執事だと思うけど。


 「大公閣下がお待ちです。どうぞこちらへ」


 ……と、彼はそう言ったんだと思う。ただ入れ歯が合ってないのか活舌が絶望的に悪いのか、もひゃもひゃとしか聞こえなかったから勝手に脳内変換しておいた。



 …………つーかこの爺さん、大丈夫かよ。腰の曲がり具合は直角に限りなく近いのに杖の一本も持ってないし、なんかプルップルしてるし。足元が覚束なくて、今にも転倒しそうでヒヤヒヤしてしまう。



 執事の爺さんは一つのドアの前で立ち止まるとノックを二回、それから「旦那様、お客人をお連れしました」と部屋の中へ声をかけた。

 やっぱりもひゃもひゃとしか聞こえなかったけど、きっとそう言ったに違いない。何故なら、ドアの向こう側から「入ってもらいなさい」という返答が聞こえてきたから。



 重いドアを開けようと爺さんが四苦八苦してるのが何だか可哀想だったので、不躾だとは思うが自分で開けさせてもらった。爺さんはもひゃもひゃ言っていたが、それが礼だったのか抗議だったのかは、結局分からずじまいだった。



 部屋に入ると、そこには一人しかいなかった。小国とは言え立派な独立国なのだから、もう少し大勢で待ち構えているとばかり思ってたんだけど……



 俺は、そのたった一人を見据える。背は普通だが、ひょろひょろと痩せていて何と言うか……風采が上がらないと言うか…うだつが上がらないと言うか…覇気がないと言うか………


 一言で言ってしまうと、エルネスト以上にパッとしない男だった(エルネストごめん)。


 と言うか、この男が………大公?



 「ああああああの、その、は、初めまして……ボク、あ、いや、私が、ペザンテ公国の大公、ジャクロフ五世です。その、あの、よ…よろしくお願いいたします」


 ぴょこぴょこと、コミカルにさえ見える仕草で頭を下げる男…ジャクロフ五世を見て、俺は一瞬、「君主ってなんだろう…」とか熟考してしまうところだった。

 そのくらい、威厳も貫禄も皆無の大公だった。



 「え…と、自分は聖央教会“七翼の騎士セッテアーレ”が一翼、リュウト=サクラバと申します。今回、貴国の聖教会に対する行いについての審問のため、聖教会より参りました」

 「…………………………」


 ジャクロフ五世、沈黙。

 七翼セッテが来るということは門番からの報告で知らされているはずだし、ここで驚いて言葉が出ないというわけではないだろうが……なんで黙り込んでる?


 「…あの、大公……」

 「あああああああああ!そうですよね、やっぱりそうですよね!そうなんですよね!?」

 「え、あ、あの?」


 いきなり頭を抱えて悶え始めた。急に大声上げるもんだからビクッとしてしまったじゃないか。で、後ろに控えてるルガイアが思わず臨戦態勢を取りそうになってたじゃないか。


 俺たちの当惑をよそに、ジャクロフ五世はなおも悶えながら叫んでいる。


 「あーーーー、これでウチも終わりなんですねーーーー、なんてことだご先祖様に申し開きが出来ないぃーーーー」

 「あの……話を……」

 「だから言ったんですよもう少し待つべきだって!けどみんな聞いてくれないし強引だしもう嫌だぁ」

 「その…少し落ち着いて……」

 「だから大公なんて嫌だって言ったんですよなのにみんなボクに押し付けてーーーー」

 「ちょ……」

 「そんで責任まで押し付けるつもりなんだきっとそうなんだぁああ」

 「やかましいわ人の話はちゃんと聞きやがれこのウスラトンカチ!!!」


 …つい怒鳴ってしまった。


 「ごごごごごごめんなさいぃ」


 怒鳴られた大公、頭を抱えてうずくまってしまった。プルプルしてる。なんなんだよ、もう。


 えーー、なんかこいつ、めんどい感じですか?敵意とかはまっっったく感じないんだけど、それ以上にめんどくさい人ですか?

 つか、大公のくせにペットショップのチワワみたいになってるのってどうなのよ。



 「あの、大公閣下。とりあえず落ち着いて話をしませんか?」


 今の俺は、泣く子も黙る“七翼の騎士セッテアーレ”の一員。もう少し厳格にと言うか、威圧目的もあるわけだから冷淡にいくつもりだったんだけど……


 なんか、そうしたら泣いちゃいそうだよね、この人。既に涙目だし。


 声と口調を和らげて提案してみたら、大公は恐る恐る顔を上げてこっちを見た。上目遣いが完全にチワワだよ。


 「……お、怒ったり…しませんか?」

 「しませんしません。それが目的ではありませんので」


 あれ、おかしいな。俺は、聖教会に反旗を翻した…或いは翻そうとしている国に異端審問に来たんじゃなかったっけ?


 「で、でも………七翼の騎士セッテアーレって、聖央教会の処刑人………ってああああああ何でもありませんボクは何も言ってません!!」

 

 ……出たよ物騒な二つ名。なに、七翼セッテってばそういう呼び方もされてるわけ?そりゃ怖がられて当然だよな。



 「あの…」

 「ひゃ、ひゃい!!」

 「とりあえず、座って話しませんか…?」


 どうしよう、すっごく不安になってきた。

 こんなことなら、聖教会の犬め!とか言っていきなり襲い掛かってきたり、これも全て「あの御方」のご命令なのだ!とか言っていきなり襲い掛かってきたりされた方が、よっぽど気楽じゃん。


 子供ならまだしも、怯えるいい年した成人男子を慰める趣味なんて持っていないんですけど。


 俺は思わず、背後のルガイアを振り返っていた。


 「なあ…俺さ、帰ってもいいかな……?」

 「本気でおっしゃってるわけではございませんよね?」

 「うう……はい、冗談です……」


 冷めた目で見つめられてしまったよ。エルネストと違って茶化してこない代わりに大真面目に返されると、それはそれで痛い。



 プルプルしたまま長椅子にちょこんと座るジャクロフ五世(絶対名前負けしてるだろ)の向かいに勝手に腰を下ろし、半ば無意識に深い溜息が出た。


 その溜息に何を感じ取ったのか、ジャクロフ五世のプルプルに()()()()が加わってしまった。


 「あ、あの……ほんとに怒らない…ですか?ほんとのほんとに?」


 ………久しぶりにイラっとくる奴だな。


 「怒ってほしいならそうしますけど?」

 「いいいいいいいえ決してそういうわけではなく!」


 はーーーーっ。なんか疲れた。まだ何もしてないのに疲れた。もうほんと、帰りたい。


 だが仕事は仕事。何より、今回の件に「あの御方」が絡んでいるか否かを探るまでは、例え聖教会から撤退命令が出たとしても帰るわけにはいかない。


 

 意を決してチワワ大公…じゃなかったジャクロフ五世の目を見たとき、俺は気付いた。

 ………この男、ただ臆病なだけの君主ではない。


 怯えていることは間違いなさそうだが、その中でもこちらを冷静に見定めようとしている。彼の双眸に浮かぶ恐怖や狼狽といった感情の向こう側に、理性の光が隠れているのが一瞬見えた。


 どうやら、見た目どおりの人物ではないようだ。侮らずにかかるとしよう。



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