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世話焼き魔王の勇者育成日誌。  作者: 鬼まんぢう
天界騒乱編
340/492

第三百三十四話 多様性は大事だと言うけど全部尊重しようと思うと結構大変だったりする。



 魔界での準備諸々を進めている間、勇者一行には地上界に帰還してもらった。

 消息不明…おそらく生存は絶望的…と思われていた“神託の勇者”一行の無事に、聖教会の喜びようは生半可ではなかった。

 が、歓迎ムードで祝宴だ何だと騒ぐ枢機卿たちを尻目に、俺はさっさと魔界に帰ってきたのだ。


 補佐役でしかない俺が出張るのも変な話だし、魔界での準備もあったし、アルセリアたちにも親しい人々との水入らずの時間が必要だと思ったからだ。


 で、俺が地上界…ルシア・デ・アルシェに向かったのは、会談を三日後に控えた日。魔界側の同行者はギーヴレイとアスターシャ、数名の武官。後は密かにルガイア率いる“戸裏の蜘蛛アラクニール”から数名。だが前乗りは地上界の人々を怯えさせてしまうので、彼らが来るのは前日だ。



 今回、会談はルシア・デ・アルシェの隣、迎賓館で開催される。サファニールから会談を通達された際に、グリードが進言したらしい。

 ルシア・デ・アルシェで行うのは怖いけど自分たちのテリトリーから離れるのも怖い…というとこか。あのオッサンのことだから、他に思惑があるかもしれないけど。


 チラッと様子を見てみたら、こちらの準備も着々と進んでいるようだった。俺は“七翼の騎士セッテアーレ”ということで内部に入ることも許されたのだが、豪奢だが華美ではない、上品さと荘厳さが相俟った会場は、今回の会談にうってつけに見えた。



 「……あら、リュートじゃないの」


 迎賓館を出たところで、声をかけられた。懐かしい声に振り向くと、イライザがいた。


 「久しぶり。元気してたか?」

 「ちょっとそれどころじゃないでしょ?」


 軽く挨拶しようと思ったのだが、イライザは思いの外真剣な顔をしている。


 「貴方、大変だったそうじゃないの」

 「……へ?あ、ああ……うん、まあね」


 ……そう言えば、サン・エイルヴ壊滅からこっち、俺の状況とかってどういう風に説明されてるんだろう?

 流石に、魔王だってことを広めるとは思えないし、彼女の反応を見てるとその心配はなさそう。


 「本当に……最初に聞かされたときは、心臓が止まるかと思ったわ」

 「え……と、心配…かけて?すまなかったな」


 仕方ない、後でグリードに聞くことにして、今は適当に話を合わせよう。


 「それで、もう大丈夫なの?」

 「俺?ああ、うん。大丈夫大丈夫」


 ……?俺って、もしかして死にかけてたことにされてたりする?

 まあいいや。ボロを出す前に話を変えよう。



 「それにしても、ビックリだよなー、天界と魔界の会談だなんて」

 「ええ、本当に」


 強引な話題転換だったが、イライザは付き合ってくれた。それだけ重大事件だからかな。


 「けどこれで、天地大戦の再現は避けられるわけだし、地上界としてはめでたしめでたし…ってところだよな?」

 「そう簡単な話ではないと思うわよ」


 イライザが、突然に声を潜める。……ああ、彼女の得意分野の話というわけか。


 「…どういうことだ?」

 「今回の一件、世界中にお触れが出たんだけど…」


 そう、サファニールと意見の一致で、魔界と天界の間で会談が行われることを広く周知することになったのだ。

 そうすることで、世界は平和へと第一歩を踏み出すことになる…というメッセージを伝えるため。


 「やっぱり、魔族と慣れ合うことに関して面白く思わない連中はいるみたいよ」

 「何か、動きでも?」


 力を持たない廉族れんぞくであればなおのこと、魔族を信じ切れないだろう。魔獣の襲撃を魔族のせいだと思い込んでいる人々も少なくないくらいだ。そういう連中の中には、反対勢力が現れてもおかしくない。


 「今は取り立てて何も。けど、聖教会に強い抗議はあったみたい。ひょっとしたら、私たちの出番が来るかも」

 「俺たちの……って」


 イライザが自分と俺を指して「私たちの」と言うってことは……


 「七翼セッテの任務……?」

 「そういうこと。本任務ってのは随分と久しぶりだけど……貴方は初めてよね」


 ……“七翼の騎士セッテアーレ”の本任務…って、異端審問…だよな?

 聖教会の方針…この場合は天界・魔界の相互不可侵…に反対する勢力の、排除ってわけか。


 出来ればそれ、辞退したいけどなー……これ以上、俺のキャパが追い付かないよ。



 「ま、グリード猊下が上手く収めて下さると思うわ。一応、覚悟だけはしておいてね」

 

 ウインクするとイライザは、意味深な視線を残して去って行った。あれは多分、今夜のお誘いが含まれているのだろう。



 俺も迎賓館を後にして、次に向かったのはグリードのところ。

 諸々の正式な報告はまだしてなかったし、彼にも「あの御方」のことを伝えておこうと思ったのだ。


 今までは隠していたが……そろそろこちらも攻勢に出たい。となると、グリードには事情を知ってもらった方がいいに決まってる。

 

 おそらく俺が、地上界で最も信を置けるのは、あの腹黒中年だ。



 「ちょっとリュート、今までどこほっつき歩いてたのよ!?」


 グリードの執務室を訪れた瞬間、もう何度聞いたか分からないお決まりの言葉がぶつけられた。

 当然、それをぶつけてきたのは我らが勇者、アルセリア=セルデン。


 「なんだよ、お前らも来てたのか」


 ビビとヒルダも一緒だ。キアもいる。神格武装の紹介は終わったのかな。



 「やあ、リュート。今回の件ではご苦労だったね」


 相変わらず、人を食った表情のグリードである。ご苦労なんてレベルの話ではなかったが、シレっとそう言ってしまうのが彼という男なのだ。


 

 「えっと……こいつらから報告受けたんなら、俺のは省略でいい…?」


 面倒臭いのでそう言ってみたのだが、


 「そんなわけはないだろう。君は七翼セッテの任務を何だと思ってるのかね」


 あっさりと却下されてしまった。


 仕方なく、詳細を報告。長くなりそうだと悟った勇者一行は退室した。彼女らも今回の会談で、地上界の代表者…立会人として出席するということで、色々と準備があるそうだ。

 


 「なるほど…水天使の暗殺に、クーデター…か。それはまた随分と、タイミング良く起こってくれたものだねぇ」

 「そうとも限らない」


 俺は、自分の懸念をグリードに打ち明けた。今回の事のみならず、今まで抱いていた漠然とした思い…得体の知れない気配のことを。


 聞き終えたグリードからは、いつもの飄々とした感じがナリを潜めていた。


 「……ふむ。魔王きみの目をかいくぐって暗躍する存在…か。それはちょっと…警戒しておいた方がいいだろうね」


 グリードは、俺の懸念を正確に理解してくれた。やはり、出来る相手と話をしているとそういう点が助かる。


 「地上界に関しては、アンタらに任せるよ。ただ……()()()のことは、アンタの腹一つに留めておいてもらいたい」

 「……聖教会に、間者がいると?」

 「聖教会に限らず、どこにいるとも知れない」


 グリードの表情が、一層険しさを増した。脅すようで気が引けるが、それでも実際にどこでどう「あの御方」の目が光ってるのか分からない以上、全てを疑ってかかるしかない。


 「そういうことならば、やむを得ないね。立場上、教皇聖下にあまり隠し事はしたくないのが本音だが…」

 「後ろめたい思いをさせちまうのは悪いと思うけど、全部解決したら打ち明けてもいいからさ、頼むよ」


 頼まれなくても、グリードなら分かってくれるだろう。こいつは、物事の優先順位を決して間違えたりはしない。



 「それじゃ、俺は行くよ。まだ準備も残ってるし」

 「そうかね。では次にこちらに来るのは会談の当日…ということかな?実は、天界と魔界の和睦という歴史的快挙を祝って、会談後に祝宴が計画されているのだが……」

 「せっかくだけど、それはパス」


 俺は、グリードの申し出を断った。今まで反目し合っていた相手と仲良く会食だなんて、多分臣下たちの頭がついていかない。


 「まだそこまで一気に距離を詰めるのも怖いしな。こういうのは、時間をかけていかないと」

 「…ふむ、確かにそのとおりだね。では、祝宴はまた今度の機会ということにしようか」


 ここで、だったら廉族れんぞくと天使族だけで楽しむことにする、と言わないあたりは流石グリードである。そんなことをしたら、天界と地上界が結託してるのではないかと、魔界側に要らぬ憶測を呼ぶことになると分かっているからこそ、あっさりと独断で中止を決定してしまった。三日前となったら祝宴の準備もだいぶ進んでいただろうに、それを無駄にすることも厭わないわけだ。



 俺はグリードの部屋を出ると、魔界へ戻る…前に、ちょっと寄り道。

 ルシア・デ・アルシェの最奥部、マリス神殿へ。


 別に、これといった用事があったわけじゃない。ただ、そこは俺が知る限り地上界で一番創世神エルリアーシェの気配が色濃く感じられる場所。なんとなく、足が向いたのだ。



 アリアが戻ってるかと思ったら、マリス神殿には誰もいなかった。長い間引き籠もっていたから、しばらくは戻りたくないのかな?

 まあ、一人になりたい気分だったし、丁度いいかな。



 祭壇の前で、壁に掛けられた創世神アルシェの像を見上げる。その顔は、笑っているようにも泣いているようにも見えた。


 「なぁ、アルシェ。なんかお前がいない間に、世界こっちはけっこう大変になっちまってるんだけど」


 語りかけても返事なんて返ってこないことは分かっていながら、思わずそう呟いていた。

 そしてやっぱり、像はうんともすんとも言わなかった。



 ……俺は、何を期待していたんだろう。彼女がもう何処にもいないことは、誰よりもよく分かっているはずなのに。

 それでも、俺が語りかけたのなら応えてくれるかもしれないと、心の何処かで思っていた…或いはそう思いたかったのかもしれない。



 …………なんか、阿呆らしくなってきた。多分あれだな、ちょっと弱気になってるんだよ。色んなことがありすぎてキャパオーバーで、誰でもいいから同じ目線で話せる相手が欲しかったんだ。で、誰でもいいからと言いつつそんなのはアルシェ以外にはありえないわけで。


 …………やっぱ、お前がいないと淋しいよ。



 そろそろ帰ろう。いない相手に縋っていても仕方ない。俺には、待っててくれる奴らがたくさんいるんだし。


 そう思って踵を返したら、



 「……何してんのよ、こんなとこで」


 アルセリアと、ばったり出くわした。



 「何って…そりゃこっちの台詞だよ。って、お前一人?」


 さっきまでビビとヒルダも一緒だったのに。今は、アルセリア一人…腰には神格武装キアも吊られてるけど。



 「んー、うん、ちょっとね。なんか、ここに来たいなって思っただけ。よく分かんないけど、やけに落ち着くのよね」

 「………そっか」


 そう言えば、こいつは“神託の勇者”、神威の体現者なんだったっけ。ポンコツ過ぎて忘れてたけど。やっぱり、俺と同じで創世神の気配を恋しく思ったりするのかな。


 …あ、そうだ。

 俺は、うっかり忘れかけていたことを思い出した。



 「アルセリア、これ渡しておくわ」


 俺は、()()()()()()二つの聖骸を取り出して言った。


 「それって……」

 「そ。ディートア共和国の、魔族の末裔たちの隠れ集落にあったやつ。そろそろ浄化と安定化も終わったから、お前が持ってた方がいいだろ」


 創世神アルシェ魔王おれの、対になった石像に隠れていた二つの聖骸。長く霊脈に触れ続けていたせいで、他の聖骸よりも遥かに強い力をアルセリアに与えてくれるだろう。


 「……けど、アンタはいいの?」

 「………俺?」


 急にアルセリアが、こっちを気遣うような視線を向けてきたもんだから面食らう。今までこんな顔見せたことなかったくせに。


 「だってさ、聖骸って……要は、創世神さまの形見…みたいなものじゃない。だったら、本当はアンタが持ってるのが一番なんじゃないかって、最近になって思うのよ」

 「………それは、どう…なんだろうな」


 アルセリアの言葉は素直に嬉しいが、それでも俺は首を縦には振れなかった。


 「多分だけど……俺には、その資格がない。だから、お前に託したいと思ってる」


 詳しい説明は省いたが、それでもアルセリアはなんとなく察してくれたみたいだ。


 「分かった。アンタがいいなら、私は構わない。ただ、後で返せって言っても知らないわよ?」

 「言わねーよ」


 誰がんな安っぽいことするかっての。



 俺は、いつもみたいに聖骸を活性化させて、アルセリアへと注いだ。小さな灯が二つ、彼女の中に吸い込まれていく瞬間のアルセリアの表情は、すごく穏やかで満ち足りているように見えた。



 「…と、これでよし。俺は魔界に戻るけど、お前らはどうする?」

 「私たちだって色々準備があるのよ。立ち合いったって、ほんとにただ突っ立ってるだけじゃないんですからね」


 ……ほう、自分たちに課せられた重責を理解しているのか。今までのこいつだったら、「え、立ち合い?ただ立ってればいいのよね?」とか抜かしてただろうに。


 

 …………うんうん、成長したなー、こいつも。補佐役として、魔王として、感慨もひとしおだよ。



 「………なんかバカにしてない?」

 

 ……しまった表情を読まれた。


 「いやいや、してないしてない。流石は勇者だなー、頼りになるなーって思ってたんだよ」

 「……魔王に頼りにされても…………」


 ごもっともです、はい。



 そんな他愛のない話を続けていて、俺はふと、自分が存外に緊張していることに気付いた。

 

 ……緊張?いや、違うな。力んでしまってる、と言うべきか。


 まあ、天界との相互不干渉が正式な場で約定されれば、歴史的な大変換点になるのだ、無理もない。魔王だって、ここ一番ってときには緊張もすれば肩に力も入るんだよ。


 まー、あれだな。これが終わったら、また温泉にでも遊びに行こうか。で、聖骸地巡礼も再開させて、アルセリアを何処に出しても恥ずかしくない立派な勇者に育て上げてやろう。

 


 もう、魔王としてどうなんだとか、自分にツッコむのもやめにする。

 



 

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