第三十二話 顕現
実を言うと、結末は何となく想像出来ていた。
俺の目の前には、いつぞやほどではないが、満身創痍の勇者一行が。
「なんなのよ、あいつ……」
アルセリアが毒づくのも分かる。人間の感覚からすると、規格外なのだ。
「おやおや、仮にも勇者さまともあろうお方が、まさかこの程度とは仰らないでしょうねぇ?」
今の自分が、勇者をも超える力を有していると分かっている竜人は、皮肉たっぷりに嗤う。
「随分威勢のいいことを言っていたのですから、もう少し頑張ってくださいよ」
実際、彼女たちは頑張った。
だが、竜人はヒルダの魔導術を無効化し、アルセリアの剣を難なく受け止め、ベアトリクスの【聖守防壁】すらものともしない威力で、竜の息吹を繰り出した。
竜の因子を取り込んだヤツは、エルネストと同じように“霊脈”に触れている。そこから汲み上げられる魔力は、彼らの基準からすれば無尽蔵と言ってもいい。
勇者たちの如何なる攻撃も、防御も、今のヤツの前では用をなさない。両者の魔力量にあまりに差があり過ぎて、何をしても無効化されてしまうのだ。
それはさながら、燃え盛る焚火にマッチの火を投げ入れるような。
「ちょっと、こんなんあり?どうしろって言うのよもう」
彼女たちに、俺と戦ったときのような絶望はない。手応えが、まったくないわけではないのだ。何をどうしてもどうにもならない、という状況ではなく、もしかしたらどうにかなるかもしれない、けどなかなか手が届かない…という力量差は、逆に彼女らの焦りを招いていた。
「どうしろ、と言われましてもねぇ。諦めてください、としか、言いようがありません」
にたり、と嗤う竜人の醜悪な笑顔に、
「あのさ、舐めないでもらえるかしら。これでもね、魔王と戦ったこともあんのよ」
…………ボロ負けだったけどな。ツッコミは、心の中だけにしておく。
そして彼女らは再び動く。
ヒルダの【爆炎雷渦】からの、ベアトリクスの【来光断滅】、そしてアルセリアの、【天戟】。
おお、3コンボ、決まった。だが……無駄だろうな。
法術の光が収まったそこには、アルセリアの聖剣を、その鎧のような鱗に覆われた腕で防ぎ止めている竜人の姿が。
「うっそ…まじ?」
茫然と呟くアルセリアに一撃を加えようと、鉤爪を振りかざす竜人。だが、間髪を入れずヒルダが放った【炎獄舞踏】がその注意を乱し、アルセリアに後退の猶予を与えた。
「火遊びは、いけませんよ」
ヒュドラの体を焼き爛れさせた炎の舞踏も、竜人には本来の用途、牽制程度にしか通用していない。奴が鋭く両手を振ると、無数の炎球が全て一瞬で掻き消えた。
流石に、ノーダメージというわけにはいかなかったのか、竜人の腕にはアルセリアの剣による線がくっきりと残り、そこから滴った血が地面を汚している。体からも煙がくすぶっていて、それなりに痛そうだ。
だが、彼女らの必殺コンボでこの程度、なのだ。やはり、実力差が大きすぎる。
「しかし、この程度で魔王と渡り合ったというのですか?」
……いや、渡り合ってはいないよ!?
「俄かには信じられませんねぇ……。偽物とでも戦わされたのではありませんか?」
……むか。
「或いは、魔王といっても所詮はその程度………ということですかな?それならば、私が魔界の覇者となるのも面白いかもしれませんねぇ」
…………ぷち。
こいつ、言いやがったな。よりにもよって、知らないとはいえ、この俺の目の前で。
こともあろうに、魔界の覇者となる、だと?
「そうしたら、その後地上界も支配して差し上げますよ。いずれは天界も……?ふふふ、考えただけでも楽しいですねぇ」
身の程を知らない戯言を並べ立てる竜人に、俺の堪忍袋の緒が切れ……
「ふ…ふっふっふ」
…る前に、アルセリアが不気味な笑い声を上げた。
おいおいおい。それ、悪役の笑い方だよ?なんか表情とか目つきも、勇者っぽくないよ?一体どうした?
「おやおや、勝ち目がないと思い知ってとうとうおかしくなりましたか?勇者と言ってもやはり小娘、案外脆いものですねぇ」
「ふふっ。とうとう、切り札を使うときが来たようね…」
「な、何!?」
追い詰められているのにかかわらず、突然余裕を現した勇者に、竜人は初めて警戒を見せる。
俺も驚いた。まだ切り札なんてもんを隠し持ってたのか、こいつは。だったら、さっさとそれを使いやがれ。
「き…切り札…ですと?…ふん、負け惜しみを。戯言で時間を稼いだところで、貴女がたに勝ち目はありませんよ。本当にそんなものがあるのなら、ぜひ見せていただきたいものです」
「それはどうかしら?吠え面かいても知らないからね。……言われるまでもなく、とくと御覧じろってね」
そして勇者は息を大きく吸うと、
「さあ、行きなさい、リュート!!」
……高々と、俺にそう命じた。
「……………………………………………………」
「……………………………………………………」
「……………………………………………………」
「ちょっと、何してんのよ。行けって言ってるじゃない」
……おい。ちょっと待てい。
「お…お前なあ……自分が何言ってんのか、分かってる?」
勇者が、魔王に助力を求めるって………
「分かってるわよ。いいから、ほら、さっさと」
「あーのーなー……」
俺たちがもだもだやっているうちに、あっけにとられていた竜人がようやく我に返った。
「…は、ははははははは!やはり、気が触れましたか!こんな若造に、何が出来るというのですか?」
おかしくてたまらない、という風に笑い転げる竜人。
だがアルセリアはその嘲笑を無視し、
「この状況、見て分かんないの?」
「いや、分かってるけど」
充分に分かってる。て言うか、そもそもエルネストも竜人も、最初から俺が相手するつもりだったのだ。それをこいつらが横からかっさらっただけで。
だから、戦うのはやぶさかではない。ではないのだが…
「なんでお前に命令されなきゃいけないんだよ!」
そこが、気に食わない。
「もー、ちっさいこと言ってんじゃないわよ。だいたい、これって魔族が仕出かしたことよね?」
黒幕は村長だと言えなくもないが、確かに、マウレ卿の企みから始まったわけで…
「ま…まあ………そう…だな」
だから否定出来ない。
「部下のやらかしは上司の責任。違う?」
「ち……違わない…です」
畳みかけられ、俺は思わず肯定させられた。
彼女の眼差しが、まっすぐに俺に突き刺さる。
なんだろう、この、有無を言わさぬ感じ。
「分かったら、さっさとやっちゃなさい!!!」
「あ…アイサー!!」
勢いに負けて、応えてしまった……。
仕方ない、やるとするか。言っとくけど、勇者に言われたからやるわけじゃないんだからな。もともと、そうするつもりだったんだからな。
だから、そんな生暖かい目で見るのはやめて、ヒルダ!
ここは、アレだ。格好いいところを見せないと、「兄」の沽券に関わるぞ。
「これはこれは、リュートさんが一体何を見せてくださるのか、楽しみですねぇ。お願いですから、一瞬で死ぬような真似は、やめてくださいよ?」
竜人の挑発を、俺は鼻で笑う。
笑われた竜人は、気分を害したようだ。
「…随分な余裕ですね。身の程を知らない虫けらごときが」
竜人の言葉の途中だったが、構わず俺は、“星霊核”への接続を始める。
一瞬にして、俺はそれと同期した。
星の生命そのもの。万物を巡る、全ての生命の素。世界の根幹をなす、力の奔流と。
光が、生まれた。眼で見える光ではない。それは、魂に刻まれる光。その場にいた全員が、無駄だと知りつつ思わず目を閉じるのが分かった。
そして光は消え。
そこに顕現したのは、リュウト=サクラバではなく。
魔王、ヴェルギリウスだった。
ようやくリュートの出番です。飯炊き係からの昇進なるか!?




