第三百二十九話 日頃の行いが悪いと全部自分のせいみたいに思われてしまう。
地天使と風天使の会合は、執政館の一室で行われた。
クーデター派は、地天使と数人の幹部らしき天使たち。こちら側は、地天使とイラリオ、俺に加えて、アリアたちもちゃっかり参加している。
あんまり大勢でうろちょろされても、話がこじれるだけだと思うんだけど…。
「…なあ、リュート。何してるんだ?」
「へ?何って……」
イラリオが、怪訝そうに尋ねてきた。俺はただ、お茶を淹れて全員に配っているだけで、そんなに妙なことをしているつもりはないんだが。
この部屋に来る途中で、給湯室とでも呼べばいいのか簡易的な厨房を見付けたので少し物色してみたら、お茶もお茶菓子も揃っていたので、せっかくなら使わせてもらおうと思ったのだ。
膝突き合わせて話し合うのに、お茶の一杯もあった方がリラックス出来るだろ?
そう思ってわざわざお茶を淹れてやったってのに、グリューファスの表情が、何て言うか、もんのすごく不審なものを見る感じになってる。
なんだよ、魔王の淹れたお茶が飲めないってのか?
じろりと睨み付けてやると、慌てて目を逸らしてカップを手に取った。なーんだ、遠慮してただけか。
地天使たちは、俺のことをグリューファスの従者だと思い込んでいるようで、俺にはまったく注意を払っていない。このままうまく誤魔化せればいいんだけど…。
「まず始めに、私の見解を述べてもよろしいですか?」
お茶を一口飲んでから、地天使ジオラディアが言った。
グリューファスは無言で頷いて、先を促す。
ジオラディアは一つ息を吐くと、意を決したように顔を上げた。
……って、なんだよ?そんな重大発表でもするみたいに……
「私は、中央殿…水天使の背後には、魔王がいたのではないかと疑っています」
ぶふぉ。
ななななななな、なに?え?なに?今、何て言った?
思わずお茶を吹き出してしまった俺だが、幸運にも地天使の爆弾発言に驚いただけだと解釈された。尤も、俺の横にいる奴らはちゃーんと分かってる。
ビビの視線が、視線が痛い!冷たい!
けど俺、知らないよそんなの!
グリューファスが、ちらり、と俺を見た。その表情が、「やはりそうだったのか…」って語ってる。
違いますほんと。濡れ衣です信じてください。魔王、関係ないからね!!
「な、なんでそんな見解になったのか、聞かせてもらえますか!?」
俺が前のめり気味に訊ねると、地天使が僅かに眉を顰めた。多分、従者如きが口を挟んでくるんじゃねーよと思っているのだろう。こっちはそれどころじゃないんだっての。
しかしそれでも、お前は黙ってろと突っぱねることなく説明してくれた。
「ここ数年、リュシオーンは何者かと頻繁に連絡を取っているようでした。そして、その頃から今までに増して独善的な振舞いを見せるようになっていったことに、其方は気付いていましたか、グリューファス?」
「…かつてに比べて、遣り方がますます強権的になっているとは感じていたが…」
チラチラと、グリューファスの視線が突き刺さってくる。いつ、「やっぱり黒幕はお前だったのか!」って襲い掛かってくるかと気が気じゃない。
「誰と連絡を取り合っているのか探りを入れても、リュシオーンは決してそれを明かそうとはしませんでした。セレニエレも、おそらくは気付いています。そして問題は、リュシオーンが己の意思ではなくその者の指示に従っているのではないか、ということでした」
ここまで来ると間違いようもない。リュシオーンが連絡を取っていた相手ってのは、「あの御方」だ。奴と繋がっているのはセレニエレだけじゃなかったわけか。
「……だからそれが、魔王だと…?」
「天界の頂点である四皇天使、その筆頭であるリュシオーンが従う相手です。本来ならば、それは御神以外にはありえない、許されざること。しかしその同格たる魔王であれば、道を踏み外したリュシオーンが首を垂れるのもまたありうることでしょう」
……ちょっと何ですかその論理の飛躍は。肝心の魔王の言い分を聞いて欲しいよ全く。
「逆に言えば、四皇天使筆頭を従わせることが出来る存在など…」
「御神亡き今、魔王しか考えられません」
ちょっとーーーーーー!ちょっと待ってよ!!「しか考えられない」って何さ!少し考えただけで思いつかなかったからって、短絡的にそこに結びつけるのってどうなの?それは思考の放棄じゃないか!
四皇天使筆頭は、天界で一番偉いヒトです。そのヒトが言うことを聞く相手は、もっと偉いヒトしかいません。でも今はもう創世神はいません。だからそれはきっと魔王に違いありません。
…………いや、道理としては破綻はしてないけどさ。でもって、それがこじつけだとは言えないくらい四皇天使の権力や地位ってのが絶対だってのも分かるけどさ。さらに水天使の独裁はどちらかと言えば魔族じみていたりするってこともあるんだろうけどさ。
その、悪事はみんな魔王のせい、っていう考え、ちょっと酷くないですか?
「リュシオーンの振舞いは、わざわざ天界の秩序を乱そうと望んでいるとしか思えないものでした。民衆への圧制も弾圧も、自身に都合の悪い者の排除も、力ある者の欲望を刺激するだけです。そこに道理はありません」
そう言えば、天界に来てからずっと感じていた。二千年前のイメージとはあまりにかけ離れた様子。それは単純に、外からしか天界を見ていなかったからなのかと思っていたのだが…
創世神の理想から、遠ざかる一方の天界。
それが、創世神の不在によってのみ引き起こされた自然現象ではなくて……何者かの思惑が働いていたのだとすれば。
そしてその何者かとは、「あの御方」なんだろうけど。
もしかしてもしかしたら…という漠然とした疑いは、俺の中で確信に変わった。
……のはいいんだけど、まずはその誤解をどうにかして解かないと。
けど、どうやって?
「私が確証を得たのは、つい先頃のことでした。地上界への攻撃…そして、べへモス召喚計画です」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!それは、魔界へ攻め込むための計画でしょ?魔王がなんでそんなこと…」
思わず割って入ってしまった。言ってから、重要機密であるべへモス召喚計画を俺が知っていると白状してしまったことに気付くが、今さらである。
しかし地天使は、そのことについては触れなかった。大方、グリューファスから聞いたものと思ったのだろう。
「それこそが、魔王の謀計です。第一、なぜ今になって魔界へ攻め込む必要がありますか?戦になれば、御神の加護を失った我らが圧倒的不利であることに疑いの余地はありません。にも関わらず、戦を強行する理由はなんでしょう?」
……おお、現実を正しく認識してる奴がここにいた。
「魔王は、戦の口実を作ろうとしていたのです。天界が先に侵攻してきたと、自らの正当性を主張しようという腹でしょう」
「いや、魔王が正当性とかって…」
「我らが知る伝承とは、違うことをしようとしているのです」
……言い切られてしまったよ?自分のことなのに、他人に言い切られてしまったよ?
「伝承にある魔王は、ただ闇雲に世界を手中にせんと欲し愚かな戦いを続けていました」
…………いや、俺にもそれなりに言い分ってもんが……まあいっか、続きを聞こう。
「しかし、復活を遂げた現在の魔王は違います。地上界に干渉し、なんでも“神託の勇者”とかいう聖戦士に近付き、地上界で世界に不満を抱く者たちに自分を信奉させ…」
え、ちょっと待って「信奉させ」って、それまさか“魔王崇拝者”のこと?そんな情報まで持って…っていやいやそうじゃなくて、それこそ濡れ衣なんだけど?
「そして天界では、水天使を意のままに操り、御神の理念を失わせ、天使たちを甘言で惑わし欲望を増大させ、秩序を破壊せんと画策しました」
めっちゃ羅列されてる。魔王の悪事と称して、好き勝手言われてる。
けど確かに、勇者たちのご飯作ったり暴走を止めたりご機嫌取ったり甘やかしたり我儘に振り回されたりするよりも、そっちの方がよっぽど「魔王」らしいって思う自分がいたりする。
もしかして俺、魔王としては道を誤ってしまったのだろうか。
「現在の魔王は、非常に狡猾な上に世界を混乱に陥れて楽しもうというタチの悪さを持っています。ただの破壊や殺戮では、満足出来なくなったのでしょう」
破壊や殺戮で満足…って、怖いな魔王!
………俺のことか。
「ですから、私は魔王の傀儡と成り果てたリュシオーンを排除せねば、と思いました。確かにこのような強引な遣り方、御神が望むところではなかったかもしれません。犠牲も小さくはありませんでした。しかし、事態は急を要するのです。このまま座視すれば、天界は完全に魔王の支配下に置かれることとなっていたでしょう」
話だけ聞いていると、地天使の言い分は至極真っ当なものである。魔王の魔の手(ちょっと駄洒落?)が迫ってる中、グリューファスの方針では悠長過ぎる。兎にも角にも、魔王から天界を切り離さなければ。そしてそれには、魔王の言いなりになってる水天使と水天使の言いなりになってる中央殿を崩さなければならない。
……うん、真っ当なんだけど。
肝心の、「魔王の傀儡」ってのが、そもそも間違いだからね?
まあ……「魔王」を「あの御方」にそのまま置き換えれば、おかげで天界は「あの御方」の支配を逃れられた…或いは逃れる機会を得た…ということになるわけか。
それは、俺としても悪くない流れなんだけどね。
「単刀直入に聞きます。グリューファス、其方が中央殿の支配体制に疑念を抱いていたことは知っています。ですが、仮に其方も魔王の意を汲む者だとすれば、我らは共に歩むことは出来ません。其方は……魔王と繋がりを持ってはおりますまいね?」
「………………」
何て答えたらいいのか分からなかったのか、グリューファスは無言で俺を睨み付けて来た。
勿論、言いたいことは分かる。
全部説明してもらおうか、って表情が語ってる。
……どうしよう。
地天使にまで全部白状して、釈明するしかない?
でも地天使だって、それをすんなり理解してくれるとは限らない…と言うか、絶対理解してくれないに決まってる。
魔王のことを悪逆の権化みたいに思い込んでるんだもん、そんな魔王が世界平和を説いたところで、何を企んでるんだって言われるだろうなー。
仕方ない、再び我が秘剣、アルティメット・ハリセン(今名付けた)の出番ということか!
俺が腹を括ったそのとき。
救いの手は、意外なところから降って来たのである。




