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世話焼き魔王の勇者育成日誌。  作者: 鬼まんぢう
天界騒乱編
333/492

第三百二十七話 無口な人って大概怒らせると怖い。



 「……あら?雷でしょうか」


 三毛猫を撫でる手を止めて、ミシェイラが窓の外に目を遣った。確かに遠雷が聞こえたような気がしたのだ。

 しかし窓の外には秋晴れの空が広がっていて、天気が崩れるようにも見えない。


 「にゅ、なーお」


 膝の上の三毛猫が、何かを言いたそうに顔を上げてミシェイラの手を鼻でつついた。彼女はそれを、催促だと思い込む。


 「もう、ご飯は食べたばかりでしょう?仕方のない子ね」


 その口調に全然仕方なさそうな響きがないことから、彼女はねだられれば際限なく甘やかしてしまうタイプの飼い主と思われる。



 「………どこかで、また騒ぎが起こっているのかもしれんな」


 ウルヴァルドは、その遠雷と共に絶大な魔力マナが空中に迸ったのを感じ取っていた。かなりの距離があると思われるのに、はっきりと分かる。

 しかし娘を心配させたくなくて、敢えて気にしていないフリをした。



 「なー、なーお、なあーお」

 「にゃにゃ、ふにゃにゃ」

 「にゃーににゃー」


 三匹の猫は、まるで何かを話し合っているかのように鳴き合う。しかしその言葉を理解出来ないローデン父子と家令エウリスは、きっと大きい音に怯えているのだろうと早合点していた。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 一方、ピーリア・シティでは。



 「………いくら何でも、やりすぎではないでしょうか……?」


 質問というよりも抗議の意味で、ベアトリクスが空を見上げながら言った。

 その視線の先には、猛々しくも美しい、空色の竜が。


 「ふん、殺してはおらんのだから、構わんだろう」


 その竜…アリアは、眼下を見下ろしながら言う。一瞬前まで彼女と相対していたはずの高位天使は、今は黒焦げになってピクピクしながら地面に突っ伏している。



 「そ……そんな………クーレン様が…………」


 茫然としながらアリアと黒焦げクーレンを交互に見遣るクーデター軍の兵士は、さりとて上司の仇!とアリアに立ち向かう勇気もないようで。


 しかし戸惑いを隠せないのはその兵士だけではない。出来る限り穏便に、地天使軍と協調路線を取りたいと思っていたイラリオもまた、この状況に頭を抱えていた。


 「ア…アリア殿!なんてことを………」

 「む、何が気に喰わんのだ?貴様もこやつの愚弄に激昂しておったではないか」


 アリアは、しれっとしている。激昂しながらもそれを必死に抑えていたイラリオの苦労など全く分かっていない。


 「これでは、彼らと完全に敵対することになってしまうじゃないですか…」

 「別に構わないのではありませんこと?」


 我慢してたのも全部台無しだ、と嘆くイラリオに、呑気に言ったのはマナファリア。


 「か、構うに決まってるでしょう!地天使様と敵対するなんて、こんな勝手をして閣下にどう報告すればいいんですか!彼らと戦う余裕なんて、我々にはないんですよ!?」


 全く事の重大さを理解していなさそうなアリアとマナファリアに流石に苛立ちを抑えられず、イラリオは食ってかかる。が、マナファリアはやっぱり何が問題なのか分からない、といった風に首を傾げて、


 「ご心配には及びませんわ。この程度の者たちなど、リュートさまの敵ではございませんし」

 「…………は?…リュート…?」


 さも当然、という感じに断言するマナファリアに、イラリオはちょっとこの娘頭大丈夫なのか?と考える。


 「なんでそこでリュートの名前が……と言うか、彼の戦力をアテに出来るはずないだろ…」


 一度もリュートの戦いを見たことがなく、彼は飯炊き要員だと認識しているイラリオにとって、マナファリアの言葉は荒唐無稽にさえ聞こえるのだ。



 「まあ、何を仰いますの。知らないということは怖いで」

 「…姫巫女、そのあたりで」


 得意げになっているマナファリア(何故リュートのことでマナファリアが得意げになるのかは分からない)を遮ったのはベアトリクス。


 それは、リュートの正体を口走られては堪らない、という理由もあるが、それだけではなく。


 

 「……これは実に珍しい……」


 静かな声で誰にともなく呟きながら、クーデターの首謀者…地天使ジオラディアが、現れたからだった。





 

 真っ先に動いたのは、イラリオだった。



 「お、お初にお目にかかります。私はイラリオ=エイヴリング。風天使グリューファス様の下で中央殿の独裁を覆さんと抵抗運動を続けて来た“黎明の楔”の一員にございます!」


 とりあえずこれ以上争いごとは御免だと、ジオラディアに対して跪いて名乗った。後ろの三人は不躾にも突っ立ったままな上、アリアに至っては未だに上空から彼らを見下ろしているのだが、それを気にする余裕は彼にはない。


 「……“黎明の楔”…レジスタンスを標榜する者ですか。そのような組織があるらしいとは聞いていましたが…やはりグリューファスが絡んでいたのですね」


 言ってから、ジオラディアは足元で黒焦げになって気を失っている部下と、悠々と上空を舞うアリアに目を遣り、再びイラリオに視線を戻した。


 「して、この状況は一体…?」

 「そ、それは……」


 イラリオは、どう言い訳したものかと額に汗しながら釈明を試みる。


 「その、見解の相違…と言いますか、少し、行き違いがありまして……」


 しかし、その程度のことしか言えない。



 

 「ヒルダ、姫巫女、いつでも離脱出来るようにしていてください」


 ベアトリクスが、二人に囁く。

 目の前にいるのは、天界最高位の四皇天使クァティーリエなる存在。明らかに自分たちにどうにか出来る相手ではなく、またさしものアリアであっても非常に厳しい戦いになるだろう。

 何より、地天使と天空竜が本気でぶつかり合う現場に巻き込まれた場合、自分たちは無事では済まない。


 この状況で、地天使が寛容さを示してくれれば助かるのだが……

 


 「貴様が地天使とやらか?」


 なのにアリアときたら、相変わらず偉そうな口調で言いながら地面に降り立つ。いくらなんでも、魔王がいない状況でその振舞いはマズい、とベアトリクスはヒヤヒヤするのだが、アリアは何も気にしていない。


 「いかにも、地天使…いえ、元・地天使、ジオラディアと申します」


 ジオラディアは、怒っているようには見えない。が、表情が静かすぎて内心が窺い知れない。


 「それで、これは其方の仕業…ということですか?」

 「うむ。そ奴は我らを愚弄した。それで少しばかり灸をすえてやったというわけよ」


 ……愚弄されたのはイラリオたち“黎明の楔”であって、決してアリアではないのだが。



 「そう…ですか。それはお詫び申し上げます」


 驚いたことに、ジオラディアはアリアに頭を下げた。

 これには、イラリオ始めこの場の全員が驚愕である。最高位天使であるジオラディアが、竜族に頭を下げるなど、普通ならばありえないことだ。


 しかし驚きながらも、ベアトリクスは密かに胸を撫でおろしていた。確かにアリアはやり過ぎではあったが、ジオラディアが自分たちの非を認めてくれるのであれば、なんとか事態を収めることが出来るのでは…と希望を抱いたのだ。



 しかし。


 「ですが、このような暴挙を見過ごすわけにはいきません。己が行いの報いは、受けていただきましょう」


 どうやら、勘弁してくれる気にはならなかったらしい。相変わらず物静かなままなので分かりにくいが、その視線の鋭さから、アリアと一戦交えるつもりだと分かる。


 「ふん、御神でもない天使ふぜいが裁きを下すと?笑わせるな」

 「駄目ですアリア!この方と争ってはいけません!」

 「そうだアリア殿!!頼むから大人しくしていてくれ」


 ジオラディアを嘲笑したアリアを、ベアトリクスとイラリオが慌てて止めに入る。しかし睨みあう両者の間には刃のような闘気が渦巻いて、既に一触即発の様相を呈していた。



 「安心しなさい、慈悲により、命だけは取らないでおきましょう」

 「それはこちらの台詞だ。ま、しばらくは動けんだろうがな」



 口での応酬の後、ジオラディアは虚空に手をかざした。大気中の霊素マナが集まり凝縮し、一振りの巨大な刃が現れる。

 それは、戦斧と巨大な鎌を融合させたような、猛々しい武器。かなりの重量があると思われるそれを軽々と振り回してから、ジオラディアはその切っ先をピタリとアリアに向ける。

 物静かな雰囲気からは想像出来ないが、どうやらこの地天使は近接戦闘型のパワーファイターらしい。


 「ほう……霊素マナを圧縮し具象化させるとは……やるではないか」

 言いながら、アリアの全身が帯電を始める。黄昏を思わせる薄紫の電流が彼女の周りを舞い踊り、それはあたかも獲物を求める蛇のようにうねっていた。



 「ま、待ってくださいお二人共!!」


 イラリオが叫ぶ。しかし、ジオラディアもアリアも返事をしない。

 ベアトリクスは、“聖母の腕クレイドル”を最大出力で起動してアリアを援護しようとして…ジオラディアには全く影響を及ぼしていないことに愕然とする。存在値に違いがありすぎるためだ。


 戦いにおいては自分は役に立てないと察したベアトリクスは、即座に目的を変更した。合理主義者の彼女は、不可能なことに固執するより実現可能な道を模索する。


 則ち、


 「ヒルダ、姫巫女、気付かれないように後退しますよ」


 所謂一つの、戦略的撤退、であった。


 だが、ヒルダの手を取って下がろうとしたベアトリクスの足が止まる。彼女が足を止めたのではなくて、ヒルダが動こうとしなかったせいで足が止まってしまったのだ。



 「……ヒルダ?」


 この状況がマズいということはヒルダにも分かるはず。なぜ逃げることを拒否するのかとベアトリクスが疑問に思ったところで、



 「……ビビ、大丈夫。もう、大丈夫」


 ヒルダが、何かを確信して言った。


 「え…大丈夫って、何がですか?」

 

 全然大丈夫ではない。早く逃げなければ巻き添えを食ってしまう。気が急くベアトリクスに、ヒルダは(非常に珍しいことだが)にっこりと笑いかけて、再び「大丈夫」を繰り返した。


 例えば親に抱かれる幼子のような。或いは、堅牢な要塞に守られた城主のような。

 絶対に自分に危険が降りかかることはない、というそれは、確信というより確証。



 「もう、大丈夫。……お兄ちゃん、来てくれた」


 ヒルダが言った瞬間、空の色が変化した。

 


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