第三百二十四話 傀儡政権って、どこからどこまで傀儡なのかよく分からない。
「もうさ、お前が全部仕切っちまえよ、めんどくさい」
中央殿の最奥にある聖堂で、俺は風天使グリューファスに提案してみた。
これまでの経緯…水天使の殺害と地天使のクーデターに関して俺は全くの無関係であること…を説明し、強引にそれを信じさせた後のことである。
なお、これ以上邪魔が入ると面倒なことこの上ないので、思い切って中央殿全体を停止させてしまった。今この内部で動いているのは、俺とグリューファスだけである。
出来る限り、魔王として世界に干渉するのは避けたいとずっと思ってきたわけだが、ここまで来てそんなタルイことは言っていられない。今は緊急事態なのだ、と自分に言い訳して、遠慮なく力を使わせてもらった。
まあ、今さらじゃん……という思いがなかったわけでもない。
「私が、全部…だと?それはどういうことだ?」
提案されたグリューファスは、俺の言葉の真意をすぐには掴めなかったようだ。彼にとって俺は多分、未だに「狡猾な魔王」のままなのだから無理はない。
「だからぁ、四皇天使筆頭の水天使は死んだわけだろ?で、地天使は裏切って、火天使は……まあ、無事と言えば無事だけど一番無事じゃないと言えばそうなるわけだからノーカンで、あとはお前しか残ってないじゃん」
言いつつ、気を失って倒れたままのセレニエレをチラリ。ここで目を覚まされたらもっとめんどいことになるので、彼女も現在は停止させてある。
俺の視線につられてグリューファスもセレニエレに目を遣った。その真っ黒い翼を見て複雑そうな顔になり、すぐに目を逸らした。
性格的にこの二人が上手くいってたとは思わないけど、それでも同輩が堕とされてしまったことに思うところがあるのだろう。
「確かに……そのとおりだが…」
「まあ、なんだ。火天使が水天使を殺害して、姿をくらませた。緊急事態だから自分が中央殿を統括する…とか言っておけばいいじゃないか」
そもそも、ほとんど事実である。そして四人のトップのうち三人が抜ければ、残った一人が全ての権限と責を引き受けるのが当然だろう。
「お前、俺のこと信用してないんだろ?」
「……当然だ」
「で、魔王の傀儡になるつもりもないんだろ?」
「当然だ!」
「だったら、お前が天界を仕切ればその心配なくなるわけだろ?」
「…………それ、は……そうかもしれんが…………」
グリューファスの歯切れは悪い。俺を信用していない以上、俺の提案には裏があると思うしかないのだ。俺としては心外なのだが、信じる信じないってのは彼自身の問題であって、俺が口を出せることでもないし。
信じていようと信じてなかろうと、俺の障害にさえならなければそれでいい。
……………………ん?
あれ……これって、「傀儡」ってやつ?
…………いやいやいやいや、別に操ろうとか思ってるわけじゃない。そりゃ、自分の望み通りの展開に持って行こうとしているのは事実だけど……全権を握ったグリューファスが天界をどう支配しようと、それが天界だけに収まるものであれば…魔界や地上界に害が及ばない限りは…一切口を出すつもりはない。
だから、他時空界へ害を及ぼさない、という制限こそあるものの、天界は自由なのである。政治にも軍事にも経済にも、魔界は口も手も出さない。
ほら、これって、「傀儡」じゃないよね?俺に都合の良い展開なのは認めるけど、違うよね?
「…しかし、私がそれを宣言したところで、ジオラディア…地天使がそれを容認するとは思えん」
グリューファスの言うことも尤もだ。と言うか、そんなことを容認するような奴がクーデターなんか起こさないっしょ。風天使と仲が良かった…とかなら話は別かもしれんが。
「なあ、地天使って、どんなヤツなんだ?」
接点のない俺には、分からない。
「……実を言うと、私にもよく分からない」
接点のあるグリューファスにも、分からないようだ。
「掴みどころがない…と言うか、感情や主張を表に出すことがほとんどない。水天使に言われるがまま動く、人形のようなもの……と、思っていたのだが…つい最近までは」
…ふむ。唯々諾々と従うだけの人形が、突如反旗を翻した…ということか。
これはあれか、やっぱり「あの御方」が絡んでると見た方がいいのか?それとも、ずっと大人しく従っていたけど内心では鬱憤を募らせまくっていてそれが爆発した…とか?
流石に、会ってみないと分からないな。
「とりあえず、お前はさっきの宣言しておけ。でさ、その後でいいんだけど、地天使に会ってみる気はないか?」
「ジオラディアに……?」
「そ。腹割って話し合ってみろよ。案外分かり合えるかもしれないだろ?」
至極当然のことを言ったつもりなのだが、グリューファスの目が真円かってくらいに丸くなった。何を驚いてるんだよこいつは。
「……分かり合う、など……よもや魔王の口からそんな言葉が出てくるとは……!」
………なんかすごく誤解されてる気がする、俺。
「まあ、で、ちゃんと話し合って、一緒にやってけるようならそうするのが一番だろ?今までの天界の…中央殿の遣り方に疑問を持っていた同士なんだし。それでもし、どうしても相容れないっていうなら……まあ、そのときはそのときで腹を括るしかないだろうけど」
そしてその場合は、本格的な内乱となるのだろう。が、そこはそれ天界の中だけの話なので俺には関係ない。
二千年前だったら、この機に天界も牛耳ってやろう…とか考えたんだろうけどさ。
グリューファスは、しばらく考え込んでいた。俺の言うとおりにした場合に訪れる状況の中で最悪の事態は何なのか、頭の中でシミュレーションしているに違いない。
……俺としては、魔王の言うことを信じた結果訪れる状況の中で最悪の事態って、どう考えても一つしかないと思うんだけどね。
彼がその結論に至ったとしても完全に取り越し苦労なわけだが、仮に取り越し苦労じゃなかったとしても彼には他に選択肢はない。
「………貴様の言いなりになるのは業腹だが……残念ながら、それ以外に方法はないようだ」
……ほーらね。
こいつに俺を殺す力がない以上、そしてこいつ自身が秩序ある天界を望む以上、どのみちそうするしかないんだよ。
「だろ?安心しろ、お前と地天使の話し合いに首突っ込むつもりはないから。横で生温かーい目で見守っててやるよ」
「要らん!」
俺のありがたーい申し出なのに、グリューファスってば力いっぱい拒否しやがった。いいけどね、勝手についてくもんね。
「それじゃ、俺はまずセレニエレを魔界に連れてくよ。もう天界にはいられないだろうし」
「え?何、ちょっと待て!」
「だからちょっとここで待っててくれな」
グリューファスが慌てて俺を呼び止めるのを無視して、俺はさくっと“門”を開き、セレニエレを抱っこしてその中へ飛び込む。
“門”の向こうでグリューファスが何やら喚いていたが、まあいいや。どうせ停止させた時間を元に戻せとかここから出せとか(中央殿全体を停止させてしまってるので、動きある者は出入り出来ない。則ち、外部から入ることも、内部から出ることも出来ないわけだ)、そんなところだろう。
どうせ魔界に長居するわけじゃなくってすぐ戻るんだから、待たせておけばいいよね。
そんなことを考えながら、俺は随分と久しぶりの魔界に帰って来たのだった。




