第三十一話 黒幕は大抵説明好きなものだ。
ここ、リエルタ村の村長は、小柄で覇気のない、くたびれた中年男…だった。わずか十年で村を発展させたという手腕を聞かされても俄かには信じられないような、どこにでもいる平凡な男。
だが、そんな男はもうどこにもいない。
ここにいるのは、原型こそ変わりないが、こめかみから二本の角を生やし、銀に光る鱗で肌の半分以上を覆われ、神々しい翼を背にはためかせている、かつて人間だったモノ。
「村長……アンタ、竜を喰いやがったな」
俺の言葉を肯定するかのように、村長だったその男はにやり、と笑った。
驚いたのは、勇者たち。
「え?竜を食べたって…どういうことよ!?」
「あのヒュドラな、竜の守護者だったんだと」
俺は、ギーヴレイから聞かされた話を披露する。
「なんでも、竜ってのは孵化直前直後は弱いらしくて、それを守護するのが双頭のヒュドラだって話だ。なのに、ヒュドラの巣には卵も雛もいなかったから、おかしいとは思ってたんだよ」
そう、山を下りる前にヒュドラの巣を捜索してみたのだ。だがそこにあったのは、竜の繭の、残骸。
孵化したのかとも思ったが、どうやら違ったようだ。
「で、でも…竜を食べるって…」
「食べるっつっても、食材って意味じゃないぞ。そんなんで竜の力を手に入れられるなら、今頃竜料理が大流行だ」
おそらく、魔導技術と呪術の併用…か。専門知識がないので詳しくは分からないが、なんらかの儀式的なものを行って、村長は竜をその身の内に取り込んだのだ。
「ええと…貴方は確か、リュートさん…でしたかな?やけに詳しいようですが、そのとおりです」
「アンタ、魔導士だったのか?」
ただの人間に、そんな芸当が出来るとは思えない。だが村長は、今度は首を横に振る。
「いいえ。私はただの一介の村人ですよ。滅びゆく故郷を憂いる、そしてそれを守るためなら手段を選ばない、ちっぽけな一人の村人ですよ」
確かに彼は、手段を選ばなかった。
魔族と通じてまで“螺旋回廊”の建設に協力し、おそらくは、仲間のフリをしてエルネストを欺き続けたのだろう。それも全て、
「ですが、今はもう違います。全ては、このために。竜の偉大なる力を手に入れるために!この混じり物も少しは役に立ってくれましたよ」
「初めから、こうするつもりだった、と?一体いつから……」
自分の力を誇示したくてうずうずしている村長は、俺のその質問に待ってましたとばかりに、
「ですから、初めから、ですよ!!」
それはそれは嬉しそうに、語るのだった。
「山の奥深くで、ヒュドラを初めて見たのはまだ私が小僧の頃でした。絵本の中で、双頭のヒュドラは竜の守護者であると読んだことがあるのを思い出し、幼い私は喜んだものです」
竜に憧れる少年。それは、どこにでもあるような光景で。
「いつか、竜が目覚めてくれる。そうすれば、この土地も竜の力で豊かになると…そう信じていたのは、それからせいぜい数年、といったところでしたね」
確かに、竜のいる土地は豊かになるという話は聞いたことがある。それが“霊脈”の影響か、竜の力によるものかは知らないが。
「私が成人した後も、村は貧しいままでした。こんな辺境では、どこも同じなのでしょうね。しかし私は、納得出来なかった」
竜の眠る土地なのに、恵みを得られる土地であるはずなのに。
自分の住む土地は特別なのだという誇りと、それなのに恩恵を受けられないという失望。
「そんなとき、教会に派遣されてきたのが、エルネスト司祭…ここに転がっている混じり物、でした」
足元に転がるエルネストを足で小突いて、村長は嗤う。
「この男は、私の抱える、不条理な世界に対する鬱屈した思いに気付いたのでしょうね。実に正直に、持ちかけてくれましたよ。魔界と地上界とを繋ぐ回廊を設置したい。協力してくれれば、村に繁栄を与えてやる、と」
……エルネストにしてみれば、断られれば殺せばいい、くらいに考えていたのかもしれない。或いは、どうにもならない不条理さに憎悪を抱く者同士、分かり合えるとでも思ったのか。
どのみち、馬鹿正直に話してしまったせいで、村長の欲望に火を付けることとなってしまったわけだ。
「私は、これに取り入るために打ち解けたフリをし続けました。知っていますか?孤独に怯える者は、少し優しい顔を見せるだけで、それは簡単に懐柔することが出来るのですよ」
……なんとも外道な発言。エルネストは敵ではあるが、それでもただ兄に会いたい一心だったのだ。それを利用し、踏みにじる行為は、許されるものではない。
…否、許したくはない。
三人娘の方を見やると、彼女らも同感のようだった。今の今まで殺し合っていた相手とは言え、流石に不憫になったのか。
「私はこれが何かしら孤独を抱いているとすぐ勘づきました。そして、理解のあるフリをしてその懐に入り込み、信頼を得ていったのです。これがとうとう自分の出自を打ち明けたときには、勝った!と思いましたよ」
半魔族であるせいで迫害を受け続けていたエルネストにとって、それを打ち明けるということは最大限の信頼を示していたのだろう。そしてそれが、村長の狙い。
「魔族との混血だ、と聞かされても、私はこれに対する態度を変えませんでした。貴方に流れる血については、貴方には何の罪もない。今までさぞ辛かったでしょう、お気持ち、お察しします…今思い出しても笑えますよ、そう言ったときのこれの表情は!!」
村長は、悦に入ってしゃべり続ける。彼にとってそれは、武勇伝のようなものなのだろう。
「知ってますか?魔族には、異質なものと同化するための技術があるということを」
唐突に、話題を変える村長。
…って、え?そうなの?初耳なんだけど…………
三人娘が、「そうなのか?」という表情で俺に視線を送ってきてるが……俺は、そんなの、知らない。
いや、ひょっとして、マウレ一族の秘術か?
異質な世界と繋がるための技術を研究していたのだ、その過程で異質なものと交わる技術を開発したということも、有り得るのかもしれない。
「私は、それを聞いたときに狂喜しました。司祭からその方法を聞き出すために、色々とでっち上げましたよ。いつか自分も魔界に行ってみたい、出来ることならこんな不完全な人間を捨てて、魔族になってみたい、とかなんとかね」
………その嘘もアレだが、それを信じ込むエルネストもどうかと思う。
村長の話で大体分かった。多分、エルネストは、アルセリア並みに単細胞だ。
「なるほどね。で、アンタはまんまとその秘術を聞き出して、竜を取り込むことに成功した、と」
「厄介なのはヒュドラでした。ただの人間でしかない私では、太刀打ち出来ませんから。しかし、」
「お誂え向きに、こいつらが来たってわけか」
俺が勇者たちを指し示して言うと、三人は小さくなった。まさか、自分たちが村長の悪巧みにまんまと利用されたとは思いもよらなかっただろうな。
まあ、そこのところは俺だって同じだ。
まさか、うだつの上がらないこの村長が、黒幕だったとは。
「勇者さま方には、本当にお礼を申し上げないといけませんね。おかげでヒュドラはいなくなり、私は孵化直前の竜を手に入れることが出来たのですから!」
半魔族であるエルネストを手玉に取り、魔族であるマウレ一族をも利用して、彼は目的を果たした、というわけか。
彼にしてみれば、“螺旋回廊”などどうでもいいのだろう。いや、下手に魔界なんかと繋がってしまってはいくら竜でも危うい。
そう考えると、祭壇を破壊した俺の行為もまるでこいつの計画の内であったような気がして、それが非常に気に食わない。
だが、俺の気持ちなんてのは置いといて。一番大事なのは、
「なあ村長。それでアンタは、どうするつもりなんだ?」
竜の力を使えば、村を豊かに出来る。そうは言っても、それは意図的に行えるものなのか?なにより、
「その姿を見て、村人たちはどう思うだろうな」
人間の、異質なものに対する忌避感は、理屈でどうにかなるものではない。たとえ村のためだったとして、異様な姿となった村長がすんなりと受け入れられるとは、思い難い。
「連中がどう思おうと、関係ありませんよ」
だが、村長の口から発せられたのは、期待以上の下衆い言葉。
「こんな時化た村、私には相応しくありません。今の私は、一国の王にだってなれる力を持っているのですから!」
おーいおいおい。大言壮語出ちゃったよ。まあ確かに、竜レベルの力があれば一国の軍隊でも相手出来るだろうし、手に入れたばかりの強大な力にこいつが浮かれるのも仕方ないのかもしれないけど。
「景気づけに、ここの連中は全員私の糧にしてあげましょうかね。…これから色々と忙しくなりそうですし」
力を手に入れて、大切なものを見誤ったか、あるいはこれが、村思いのベールに隠されていた、村長の本性だったのか。
「あのね、村長さん。それを聞かされて、私たちが黙っているとでも思ったわけ?」
勇者が、聖剣をびし!と突きつけて言う。
ベアトリクスとヒルダも、その後ろで身構えた。
三人とも、ヒュドラ討伐に続き半魔族であるエルネストをギリギリまで追い詰めたことから、自信を強めている。
確かに、彼女らは短期間のうちに驚くほど成長した。だが、
「勿論、そんなことは思っていませんとも。ですから、貴女がたも私が喰らってあげますよ」
そう不気味に笑った瞬間。村長の体が、異変を見せた。
「………!なに、あれ……」
「…………変化……それとも、進化………?」
「……お兄ちゃん、怖い」
メキメキ、バキバキと、骨と肉のひしゃげる音がして、村長が変貌していく。体は二倍以上に膨れ上がり、鱗は完全に全身を包み込む。角はよりいっそう巨大に、鋭くなり、背中の翼もその輝きをいっそう強め。
そこに現れたのは、否、生まれたのは、竜でも人間でもない生物。もはや、村長だった頃の面影はない。
「………竜人ってとこか」
「呼び方なんて、どうだっていいわ」
怒気をはらんだ、アルセリアの声。
「確かなのは、あいつは邪悪だってこと。…そうよね、ビビ?」
「ええ、そのとおりです、アルシー」
目配せをし合うと、二人は自分たちを鼓舞するように笑った。俺の腕にしがみついていたヒルダが、一歩離れた。無言で杖を構えている。
「それじゃ、黒幕退治と行きますか!」
勇者の号令と共に、ラスボス戦が始まったのである。
竜料理が大流行。…ちょっとした早口言葉です。




