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世話焼き魔王の勇者育成日誌。  作者: 鬼まんぢう
天界騒乱編
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第三百二十三話 猫には魚だと誰が決めた?




 ピーリア・シティは、混乱のただ中にあった。

 元々、ロセイール近郊の中堅都市であり、経済力も軍事力も首都にこそ後れを取るものの、天界屈指の規模を誇る地域であり、しかしロセイール程の治安維持体制が敷かれていないことが、混乱に拍車をかけることとなっていたのだ。


 厳格な秩序の下に管理された首都ロセイールとは違い、ピーリア・シティの特徴は、長所も短所も同じく「自由さ、雑多さ」にある。経済も、物流も、人の流れも自由。法で定められた範疇を出ることは出来ないものの、堅苦しさのない空気が醸成されていて、抑えつけられることを好まない民は好んでピーリア・シティに移り住んだ。

 

 そういった背景があるせいで、ピーリア・シティにはリベラルな思想が根付いている。また、憲兵隊もロセイール程には権力を誇示することが出来ない。軍もまた然り、だ。

 自由を愛するが故に、住民の思想も様々。多様性に富むと言えば聞こえは良いが、裏を返せば統制が取れていないとも言える。


 そこに、眼を付けられたのだ。


 眼を付けたのは、地天使率いるクーデター軍。ロセイールで中央軍と衝突し、敗走した彼らが向かったのが、ピーリア・シティだった。

 ロセイールに程近く、大きな都市でありながら軍の力が弱い。クーデター軍が手中に収めようとするのも自然なことであった。


 


 「…あー、くそっ、本部とはまだ連絡が取れねーのかよ!」


 “黎明の楔”ピーリア支部長補佐、レメディが悪態を付いた。クーデター軍がピーリア・シティに押し寄せたのが三日前。中央軍には敵わなかったものの、四皇天使である地天使(最早その呼び名は過去形にした方がいいのかもしれないが)の率いる軍である、ピーリア・シティのお飾り程度の軍隊は瞬く間に蹴散らされ、交戦能力を奪われていった。

 今では、まるでゲリラのように散発的に動くくらいで、組織立った活動は期待出来そうにない。


 レメディは、選択を迷っていた。

 彼女ら“黎明の楔”もまた、中央殿の支配体制に疑問を抱き平等な世を目指して活動する反政府組織レジスタンスである。

 しかし、一般民の犠牲を厭わない武力行使を容認するものではない。それは、彼女らの長の意に反する。

 トルテノ・タウンの本部と連絡は取れず、判断を仰ぐことも出来ない状況でクーデター軍に与するか敵対するか。決断することが出来ず時間だけが流れ、クーデター軍はもう彼女たちの目の前に迫って来ていた。



 「……駄目だ、西門も占領されている。外に出ることは出来なさそうだ」

 外から戻って来たイラリオ(支部長はレメディではなく彼の方である)が、首を振って告げた。

 「腹を括るしかないかもしれないな」


 腹を括ると言っても、クーデター軍に与すれば中央殿への叛意を公にすることになる。そうなれば、今までのように隠れて活動することは出来なくなるだろう。また、クーデター軍に敵対するとなれば、地天使を始め彼の直属軍を自分たちだけで相手にすることになる。


 現在、ピーリア・シティに入り込んだクーデター軍は、およそ五百。都市を包囲しているのが、三千。とてもではないが、ここの支部員だけで対処出来る規模ではない。



 「なぁ、クーデターを起こした張本人が地天使サマだってのは、本当なのかよ?」


 未だに疑わしげなレメディが尋ねた先は、つい先頃“黎明の楔”に加わったばかりの、廉族のパーティーである(一名竜族がいるが)。ピーリア・シティにクーデター本軍が向かったという報せを受け、急遽トルテノ・タウンから駆けつけてくれたのだ。


 「はい。…と言っても、私たちもそう聞いているだけで、この目で確認したわけではないのですが」


 どうやらこの面子でのまとめ役らしい廉族れんぞくの神官、ベアトリクスが言った。


 「現在、リュートさんたちが状況を確認するためにロセイールに入っていますが、まだ連絡がありませんので……」


 「…っとに、大丈夫なんだろーなぁ、あいつら」


 レメディは、今一つリュートのことを信用しきれていない。竜族のアリアであれば戦力的に申し分ないと分かっているが、彼女にとってリュートは只の「飯炊き係」である。また、アルセリアやクォルスフィア、エルネストに至ってはほとんど付き合いがない。不安になるのもむべなるかな。



 「今は、信じるしかないだろう。それよりも問題は、こちらの方だよ」


 毎度のことながらレメディを宥める役割のイラリオであるが、表情は冴えない。リュートたちが情報を持ってくるよりも、クーデター軍が自分たちのところへ雪崩れ込んでくる方が早いだろうと危惧しているのだ。


 

 “黎明の楔”は、地下組織である。その存在は、地天使にも知られていない…はずだ。が、ある程度統制の取れた兵力を有する集団がピーリア・シティに存在していると勘づかれた場合、真っ先に排除対象として認識されてしまう恐れもあった。


 もし、メンバーの中に地天使の主張に賛同する者があらわれた場合は……



 「下手すると、地天使軍と全面戦争…かもしれないね」


 出来るだけ深刻にならないように口調に気を付けたつもりのイラリオだったが、彼自身深刻だと思ってしまっているのでその試みは成功したとは言えなかった。



 その時だった。



 「大変だ、イラリオ、レメディ!執政館が奴らに占拠された!!」


 メンバーの一人…リュートたちが天界に来て最初に出会った警備隊の一員でもある…が部屋に飛び込んできて叫んだ。


 「………なんだと!?守備軍は執政館に集結してるんじゃなかったのか?」

 

 残されたなけなしの軍隊は、ピーリア・シティの政治を執り行う執政館(中央殿の下部組織である)を最終防衛ラインに設定し、徹底抗戦を続けているはずだったのだが…。


 「駄目だ、都市の外を包囲してた中から援軍も来やがった、もうここは連中の手に堕ちたと考えた方がいい」


 がっくりと肩を落とし…急いで走ってきて息が切れているというだけではないのだろう…その男は言った。それからやおら顔を上げると、


 「……どうする?中央殿からは何の動きも見られないし、このままじゃ、ここを気取られるのも時間の問題だぞ」

 「…………彼らが、我々を敵と見なすかどうかは分からない」

 「だからって、その時になってお友達申請したって、遅いかもしれないだろ!」


 険しい顔のイラリオと、喧々諤々を繰り広げている。


 そんな光景を、ベアトリクスとヒルダ、アリア、マナファリアは手持ち無沙汰で見ていた。



 「……どう思いますか?」

 仲間に訊ねてみたベアトリクスだが、


 「どう…とは、我らのこれからの出方か?…ふむ、地天使とやらが敵意を見せてくるならば、取る道は一つよ」

 「……お兄ちゃん、遅い……」

 「私は、リュートさまのご指示に従いますわ」


 それぞれに好き勝手なことを言いつつ何の解決策も出さない面子であることに溜息を付いた。

 しかしそれは、彼女自身も同じことであり。



 「……アルシー、何やってるんでしょうか……」


 心配なんだか愚痴なんだか分からない思いを抱えて、幼馴染を待つのであった。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 「……あら、お魚は好きじゃないのでしょうか」

 「……にーににゃー」


 ロセイール・シティの、ローデン邸。

 ミシェイラ=ローデンは、家臣が屋敷の前で拾ってきた猫に餌を与えようとしていたのだが。


 魚の切り身をほぐしたものを差し出してみたのだが、三毛猫にそっぽを向かれてしまったのだ。



 「……ふむ、猫は魚を好むと思っていたのだが」


 父親であるローデン卿ウルヴァルドも首を傾げる。その膝の上には黒猫が丸くなって撫でられるに身を任せている。


 「考えてみれば、虎や獅子も猫の仲間だと言いますしね、肉の方がいいのではないでしょうか」


 そんな推察を述べたのは、三匹の猫を拾ってきた張本人の家令、エウリス。猫たちが魚より肉を欲しているのはそんな本能的な理由ではなく只の好き嫌いの話なのだが、彼がそれを知る由もない。



 「それじゃ、お肉を用意しましょうか。エウリス、まだ食糧庫に余裕はあったでしょう?」

 「はい、しばらくの籠城は問題ないかと。只今準備致します」



 屋敷の外では緊迫の状況が続いている。にも関わらず呑気な日常を繰り広げている三名だが、それは現実逃避と言うよりも猫という生物が有する特殊スキル「魅了チャーム」によるところが大きい。


 ……端的に言えば、猫っ可愛がりをしているわけである。



 「……私たち、こんなところでのんびりしていてよろしいのでしょうか…?」


 ウルヴァルドたちから聞けば「にゃにゃーにゃにゃにゃ」にしか聞こえないのだが、エルネストがアルセリアとクォルスフィアに尋ねた。

 そう言いつつ、撫でられてまんざらでもなさそうなのだが、自分を撫でる手の持ち主が筋骨隆々のオッサンなのだという事実はどうでもいいのだろうか。


 「いいも何も、下手に動くわけにも…ねぇ」


 マントルピースの上で伸びている白猫は、クォルスフィアだ。エルネストに負けず劣らずすっかりリラックスモードで、顔を上げることもしない。



 「とりあえず、ご飯よ、ご飯。腹が減っては戦は出来ぬってね」


 タシタシと前足で床を叩きミシェイラにおねだりをするアルセリアの頭にあるのは、食事のことだけである。さらに言えば、肉のことだけである。


 

 そんな彼女ではあるが、エウリスが準備している肉が、何の味付けもせずにただ湯がいただけのものであるという事実には未だ気付いていないのであった。




 



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