第三百二十二話 伝説の武器っていつから伝説って言われ始めるものなのか。
風天使グリューファスは、静かに俺を見据えていた。そして何を言っていいか分からずに硬直している俺に、問いかけた。
「…一つ問う、魔王よ。貴様は、以前私に言ったな、魔界は争いを望んではいない…と。あの言葉は、偽りであったのか?」
「それは違う」
静かだが厳しい問いかけに、俺は即答で返す。それだけは、誤解されては非常に困るからだ。
「あのときの言葉に、嘘偽りはない。魔界は、無為な争いは避けたいと思っている」
グリューファスは、信じてくれただろうか………なんだか、表情が固い。
何やら思い悩んでいるような、思い詰めているような、とんでもない困難に直面しているような。
そして、呻くように呟いた。
「そうか…やはり、そうなのか……まさかとは思ったが………そうだったか…」
……んん?何だか一人で合点してるけど……
「……貴様は…貴様が、魔王なのだな」
……………………!!
「へ、え、いや、俺は」
「魔王との呼びかけに、貴様は否定しなかった」
そ……そう言えば………………しまった!こいつ、嵌めやがったな!!
「あ、あれは…あれだよ、ほら、なんてーの?その、会話の流れを邪魔しちゃいけないから、違うんだけど敢えてスルーしたって言うか」
「魔王に対し度を超えた忠誠を示す魔族が、主と間違われてそれを否定しないはずはなかろう」
…………よく分かっていらっしゃる!
ワタワタする俺の姿を冷えた眼で見ながらグリューファスは、
「……まあ、確かに今の貴様を見ていると私の勘違いではないかとも思えるが」
……遠回しにディスってくれた。
………やばい、言い逃れ出来なくなってしまったぞ。
せっかく、上手く隠しおおせてきたと思ってたのに。
仕方ない、ここは腹を括るしかないか。どう誤魔化したところで、グリューファスは既に確信を持ってしまっている。
「……あー、まあ、なんだ。まあ、概ねその通り…なんだけどさ。まあ、それでも、天界や地上界と争うつもりがないってのは、本当だよ」
俺の正体に関しては諦めるとして、こればっかりは信じてもらわないと。
けれども、グリューファスの表情は晴れないままだった。
「……そうか、やはりな。魔王というのは、随分と狡猾な存在と見える」
「……へ、なんで?」
なんで俺、いきなり狡猾呼ばわりされてるの?
「“黎明の楔”に入り込み天界の体制転覆に加担し、それがなかなか進まないとみるや、地天使を唆しその混乱に乗じて水天使まで殺害……か。なるほど表向きは戦争など起こってはいないが、そうして秘密裏に天界を貴様の傀儡とするつもりだったのだな」
「は?いきなり何を言い出しやがるんだよ、なんで俺がそんなこと…」
「違うと言うのであれば、この状況をどう説明する?」
……………………?
この……状況?
…………………あ。
俺たちのいる場所。中央殿の最奥の聖堂。ここにいるのは、俺とグリューファス。それと、水天使の死体。赤チョーカーの死体(残りの四人は死体も残さず蒸発である)。変わり果てた火天使。
…………これ、は……ちょっと確かに言い逃れ出来なさそう………
「…って、待ってくれ!確かにセレニエレに関しては俺の仕業だが、ちゃんと理由があるんだって!それに、水天使を殺したのは俺じゃない!あと、地天使のことはマジで何にも知らないよ!!」
「魔王のその言を、この私が信じると思ったか?」
……いや、思わないけど!信じてくれってば!
「やはり、魔の者の言葉などを信じるべきではなかった。私の愚かさが、この事態を招いてしまったというのであれば……私は、その責を負わなければならない」
「いやいやいやいや、そんな思い詰める必要ないと思うよ?もっと自分に優しくなろう!」
俺としては、風天使とまで敵対するのは避けたいところだ。天界の支配権なんかに興味はない。と言うか、魔界だけでも大変だってのに、そんな余裕ない。二千年前は何も考えてなかったけど、俺、そこまでキャパ大きくない。
天界のことは天界の民が、地上界のことは地上界の民が、魔界のことは魔界の民が、責任を持って管理する。要は民族自決の原則である。
もう、天界に用はないのだ。ただちょっと、クーデター云々が気になったから様子を見てただけで、それに魔王として参加したり裏で働きかけたりってつもりはなかったんだ。
ただ、“黎明の楔”が本懐を遂げられて、ウルヴァルドやミシェイラやエウリスが(あと気に喰わないが一応シグルキアスも)無事なら、それで良かったのだ。
だから、グリューファスの言い分は完全に誤解。言いがかりもいいところだ。
「黙れ、最早貴様の甘言には惑わされぬ!!」
……いや、いつ俺がお前を甘言で惑わしたよ。
「この身と引き換えにしてでも、貴様の目論見は阻んでみせる!」
……だから、何も目論んでいないんだってば。
「先だっては不覚を取ったが、今回はそうはいかぬ。今、封じられし我が真の力を解放しよう!」
……まさかの厨二発言、出ちゃったよ。
「偉大なる創世神よ。我に力を、邪悪なる災厄の根源を絶つ力を与え給え……!」
……そこはかとなく、イラッ。
「おお……力が、溢れてくる……!これが、これこそが、秩序と正義を守護する力……」
……………………。
「覚悟するがいい魔王よ!そしてとくと味わえ!我が最大最強にして最終奥ぎっ」
すぱーーーーーーーん!!!
俺は、ここのところ愛用していてもう伝説の武器って言ってもいいんじゃないかって思い始めている最終兵器、その名もハリセンで、グリューファスの横っ面を張り倒した。
魔王が夜なべして作ったハリセンである。それには、神授の武器と同等の加護が宿っている。材質は厚紙だが、水濡れ対策に松脂を何層にも重ねて塗り込んである。一塗り一塗りに、丈夫になーれ、と念を込めておいた。衝撃で壊れないように神力コーティングも施してある。
だからこれ、ツッコミ用じゃなくて本気の攻撃で使ったら、それこそ本当に伝説の一頁に記されちゃってもおかしくない代物なのである。
そんなハリセンで張っ倒されたのだ、流石の風天使も無事では済まされない。いつぞやのエルニャストを彷彿とさせる勢いですっ飛び、壁にぶち当たってぺしゃんと落ちた。
「な………ハリセン…だと……?ふざけおって………」
お、グリューファスってばハリセンを知ってるの?
よろよろと起き上がろうともがくグリューファスの傍らに、俺はしゃがみ込んだ。
そしてハリセンで奴の頭をペチペチしながら言う。
「よう、グリューファスさんよ。あんまり物分かりの悪いこと抜かしてやがると、こっちにも考えってもんがあるぞ」
「な……何をするつもりだ……!」
抵抗しようとグリューファスは足搔くが、まだ起き上がることすら出来ていない。思いの外ハリセン攻撃は奴に大きなダメージを与えていたらしい。まあ、手加減しなかったけど。だって苛ついたんだもん。
この時点で、俺との力量差を痛感してくれてるはずだ。というか前回に痛感させたはずなんだけど…。
「そうだなぁ……例えば、床にこぼした牛乳をお前の羽根で拭き取ってやる」
「な………なんと残忍な!匂いが取れなくなるだろうが!!」
「それか、羽根全体にひっつき虫をくっつけてやる」
「なな………そんなことをされてはいつまでもチクチクするではないか!!」
「あとは……松脂をたっぷり塗ってやる」
「や、やめろ!ガピガピになってしまう!!」
残忍極まりない俺の言葉に、がっくりとうなだれるグリューファス。誇り高き四皇天使と言えども、これほど恐ろしい拷問をチラつかされては、抵抗を続けることなど出来はすまい。
「ま、それが嫌なら今から俺が説明することを大人しく聞くことだ。なーに、お前さんの不利益になることは何もないはずだから、安心しろって」
「く……私の負けだ、好きにするがいい…………」
渋々だが、グリューファスは降参してくれた。流石はハリセンだ、そのうち特殊効果でも付与して、魔界の秘宝にしちゃおうかな、なんて思ったりもした。




