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世話焼き魔王の勇者育成日誌。  作者: 鬼まんぢう
天界騒乱編
323/492

第三百十七話 見え隠れするモノ



 危ないところだった。

 本当に、危ないところだった。


 どのくらい危ないかと言うと、エルリアーシェとの対決を含め天地大戦のときですらこんな危機は感じたことない!ってくらい危ないところだった。


 

 俺は、再び訪問者(これも報告を持ってきた部下だろう)が入室してきた隙に、なんとか理性を振り絞ってシグルキアスの腕の中から逃れ、部屋を飛び出してきた。



 …いやー、ないわー。相手がシグルキアスとか、ないわー。



 よし、危機から脱出出来たこの勢いで、グリューファスを探そう。まかり間違ってもあいつが猫を撫でまわすことはないはずだ。…と、思う。



 さて、風天使がいるとしたら…執務室とか、議場とか、何かエライ人がいそうなところ…だよね。奴の執務室が何処にあるのか知らないし……とりあえず、奥の方に向かってみればいいかな。



 奥へ奥へと走っていると、少し雰囲気が変わって来た。

 それまで忙しなく行き来する天使たちの姿があちこちに見えていたのに、いつの間にか誰もいなくなっている。

 多分、中央殿のかなり奥まで来たのだろう。


 執政に使われている区画ではないような気がする。誰もいないし、ここにまで喧騒や緊迫感は届いてきていない。


 これ……神殿、かな。



 考えてみれば、天界は二千年前までエルリアーシェが暮らしていた場所。となると、中央殿ここが生活空間だったと考えるのが自然だ。

 俺が、魔王城で暮らしていたのと同じように。


 てことは、ここから先はもしかして、創世神のための空間……?



 今回の騒動とは無関係だと思いつつも、俺の足は自然とその先へ向かっていた。

 

 天地大戦直前に決別して以来、俺はアルシェがどんな風に過ごしていたのか知らない。

 何をして、何を考えて、誰と共に過ごしていたのか、知らなかったし、知りたくなかった。


 正直言って、今も知りたくない気持ちは大きい。けれど同時に、知らなくてはいけない、とも思う。

 アルシェあいつ亡き今…あいつに世界を託された今となっては、目を逸らし続けることは許されないのだ、と。



 マリス神殿にも似た、清廉で済み切った空気。

 どこかひんやりとしたその空気の中で、彼女はこういうのを好んでいたのだろうか?と疑問が生じる。


 どちらかと言うと、彼女はもう少し賑やかな、ごちゃごちゃっとした感じを好んでいたような気がするんだけど……



 創世神と崇められるようになって、意識に変化でも出たのだろうか。

 だとすると、少し寂しいような気がする。



 長い長い廊下を進み、開けた空間に出た。

 そこは多分、大聖堂。アルシェが生きてた頃は、謁見の間だったりしたのかもしれない。


 

 そこに、水天使がいた。そして、火天使も。

 向かい合っていて、老いた水天使の表情は…その瞳は、やけに虚ろで。


 口元から一筋の血を垂らし、虚ろな表情のまま……水天使は、床に崩れ落ちた。



 …………!?


 一体、何が………



 「あれ、にゃんこ?ダメじゃないかこんな所に来ちゃ」


 俺に気付いて振り返った火天使セレニエレの表情は、倒れ伏す水天使とは正反対に生き生きとした笑顔。

 足元でこと切れたリュシオーンに、動揺するどころか目もくれず。



 これは……この状況は、間違いなく…………



 「それとも、もう猫ごっこは飽きちゃった、()()()()()?」



 …………!!


 こいつ、気付いていた……俺の、正体に!?



 ここでシラを切っても意味がない。セレニエレが俺のことに気付いていたことは間違いない。分かっていて、俺を連れて来たのだ…同じ猫姿のアルセリアたちには興味も見せなかったのは、そのせいか。



 こうなったら、猫でいる理由もなくなった。俺は、即座に変化を解除し、元の姿へと戻る。

 それを見ても、セレニエレは驚いた様子はなかった。



 「やっぱり、あのときのおにーさんだ!そうだと思ったんだよねぇ」


 無邪気に言う表情からは、俺に対する敵意は感じないが……



 「…驚いたな、よく気付いたもんだ」

 「んー、なんかね、眼が似てるって思って。すっごく綺麗な、蒼と銀の眼。なんとなくだけど、あ、おにーさんだ、って思ったんだよ」


 

 何となく、で看破されたというわけか。干渉度合いを抑えていたとは言え、四皇天使侮りがたし…である。

 というか、この分だとグリューファスにもバレてたりして。



 「……そいつ…水天使、どうしたんだよ?」

 

 答えは予想出来るが、一応尋ねてみる。

 セレニエレの表情は、ずーっと貼り付けたような笑顔のままだ。



 「…ん、これ?気にしなくていいよ、役目が終わったご老体には、退場してもらっただけだから」


 そしてその無邪気な態度が、はっきりと示していた。


 「……お前が、殺したんだな…?」

 「うん、そうだよ!」


 否定どころか、さも当然だ、と言わんばかりに頷くセレニエレ。

 リュシオーンは随分とセレニエレに甘い感じがしたのだが、どうやら相思相愛には程遠かったらしい。


 

 ……しかし、このセレニエレの態度には引っかかるものを感じるが…それでも、彼女が水天使を殺害したということは…クーデター側に寝返った(或いは最初からクーデター側だった)ということか?


 であるならば、グリューファスとも組んでいる可能性がある。

 と、言うか……水天使が死んで、火天使・地天使・風天使が揃って寝返ったのであれば……



 ………あれ?これで、クーデター成功じゃん。

 リュシオーンを殺したってことは、セレニエレもリュシオーンの遣り方…今の中央殿の方針…が気に入らなかったってことだよな?

 天界の支配体制を、覆したいと思ってるってこと…だよな?



 ………もしかして、これで一件落着……?



 自分は何もしていないうちに状況が完了してしまったことに肩透かしを覚えつつ、それでもこれはこれで良かったじゃないか、とも思う。

 天界のことは天界の民で片を付ける。それが、世界にとっても一番良いような気がするのだ。


 だったら、こっちも事情を打ち明けて、グリューファスとも合流を……



 「それじゃあさ、あたしからも質問なんだけど」


 この先のことを考え出した俺に、セレニエレが問いかけてきた。


 「おにーさんは、さ。……何者なのかなー?」



 無邪気な問いかけだが、その笑みには凄みがある。

 さっき、「落っこちたら死んじゃうよ」と語りかけてきたときと同じ感じだ。



 「おにーさん、廉族れんぞくのはず…だよねぇ?けど、廉族れんぞく天使族あたしたちを欺ける変化を使えるなんて、ありえないよねぇ?」

 「…………」


 さて、どう答えるか。

 立場的には、こいつは敵ではない……と思う。“黎明の楔”に協力してくれるのであればこの上ない戦力になるわけだし、ここは友好的に……


 「けど、天使族でもないよね。……てことは、魔族……だったりするのかな?」


 しかし正体を誤魔化すのは不可能なようだ。セレニエレの言う通り、廉族れんぞく程度の魔力では高位天使を欺くことは出来ない。


 尤も、神託の勇者とかそのあたりなら不可能でもないかもしれないけど。



 「……まあ、似たようなもんだ」


 だから、素直に答えておいた。


 「だが、お前らに敵対する意志はない。これは魔界の総意だ」


 もちろん、敵じゃない宣言はきっちりしておく。ただでさえ、天使族の魔族に対する敵意は筋金入りなのだ、ここで分かってもらえなければグリューファスみたいにいっぺん痛い目見せるしかなくなる。



 だが、それを聞いたセレニエレの反応は、グリューファスとは少し違った。


 「…へーぇ。そっかー。やっぱり、そうなんだぁ。……ふふふ、面白いね、面白くなってきたね」


 まるで、夏休みのキャンプ前日の子供のように、ワクワクが止められない様子を見せる。

 なんだか、嫌な感じだ……。



 「あの御方の言うとおりだ。これから面白いことになるって、本当だったんだ!」

 「……あの御方?」


 セレニエレの言葉に引っかかるものを感じて、俺は問う。


 「あの御方ってのは、何者だ?お前らは、創世神だけを崇めていたんじゃないのか!?」


 そして創世神が滅亡した今、天界の頂点に立つ四皇天使が「あの御方」なんて呼ぶ存在があるはずはないのだ…本来は。


 けれども……ずっと纏わりつくように感じていた嫌な感じが、今もしている。どこからか、俺の…俺たちの動向をじーっと見張っている視線のような、得体の知れない気配。


 

 魔族の末裔である娘に魔王を騙って力を与え、唆した何者か。

 俺の臣下に妙な考えを吹き込んだ、何者か。

 央天使の存在を秘匿した、何者か。

 この天界で、創世神の整えた秩序を歪めた、何者か。


 それが何なのかは分からないが、ただ一つ分かっていることがある。


 その「何者か」は、この俺に…この魔王に、真っ向から喧嘩を吹っかける気満々だ、ということ。



 「…あれ、どしたのおにーさん?怒った?怒った?」


 いつぞやと同じように、俺を茶化すように繰り返すセレニエレ。

 しかし、その時とは違う俺の表情に気付くと、彼女から笑顔が消えた。



 「……へぇ、そんな顔も出来るんじゃない、おにーさん。そっちの方が、ずっとカッコいいよ」

 「そいつはどうも。……で、「あの御方」ってのが何処のどちら様なのか、教えてくれないか?」


 セレニエレの態度からすると、すんなり教えてくれるつもりはないだろう。分かっていながら、一応は尋ねてみる。


 これも一つの、慈悲なのだ。



 「んー……知りたい?そんなに知りたい?」


 苛つく調子のセレニエレだが、彼女の挑発には乗らない。

 たかが数十年しか生きていないヒヨッコの言うことに、いちいち目くじらを立てるのも馬鹿らしい。


 「ああ、知りたいな」

 「そっかー。そんなに知りたいなら………この前の続き、してくれる?」

 「…続き?」


 ……ああ、そう言えば、こいつの遊びに付き合わされてたんだった。

 てことは何か?今度こそ()()()()()()をやれとでも言うのか?



 「そ。遊んでよ。あたし、楽しいことが大好きなんだよ。だからさ……あたしを楽しませて?」


 彼女の嗜虐的な表情を見ていると、多分()()()()じゃないんだろうなー、と気付く。 

 そしてその予感は的中していたようで。



 「まずはさ、()()()()()と遊んでくれる?あたし、他の人が遊んでる姿を横で見るのも好きなんだー」


 微笑ましいはずの台詞が、これほど残忍に聞こえるのも珍しいことだろう。

 しかしセレニエレの脳裏に浮かぶ光景が、微笑ましい戯れではないことは、確実。


 何故ならば。



 彼女の言葉に応じるように突如姿を現した()()()…五人の、少女天使たち。

 その目には、爛々と戦意と殺意が燃え盛っていたのだから。

実のところ、魔王は性別に関してかなりアバウトな性格してますけどね。

でもやっぱり、シグさんはないわー、だそうです。

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