第三百十四話 ねこねこねこねこ
「納得いきません」
「……せつめーを、もとめる…」
「そうだぞ、このワタシを置いていって後悔しても知らんぞ」
「……酷いですリュートさま。また私は留守番なのですか?」
ビビとヒルダ、アリア、マナファリアが仏頂面で抗議してくる。
が、この人選はやむを得ないものだったりするのだ。
…結果、ロセイール・シティに侵入するのは、俺とエルネスト、アルセリア、キアの四名となった。
実を言うと、班分けが面倒になって、最初は自分一人で行ってしまおうと考えたのだ。
が、魔族であるエルネストを天使たちのど真ん中に置いていくのは気掛かりだ、という理由から、エルネストは同行に決定。
で、二人で行こうとしたのだが、それに異を唱えたのは我らが勇者。いくらなんでも、天界の中央都市に魔王とその側近だけで行かせるわけにはいかないと、駄々をこね始めたのだ。
それは単純に、自分も行きたいがための屁理屈だったのだろうが、言われてみれば尤もなことである。ということで、神託の勇者であるアルセリアも同行、そうすると自然とキアも…というわけだ。
なんというか、なし崩し的…と言うかやむにやまれず…と言うか、成り行きで決まってしまった班なのだけど、結果的にはなかなか良いバランスなんじゃないだろうか。
だって、ロセイール組は魔王・側近・勇者・神格武装の四名。字面がすっごいアク強い。が、アルセリア&キアの攻撃力にエルネストの超回復があれば、これ無敵だろ。
俺が前衛に立たなくても、充分な戦力だと思う。
で、残るトルテノ・タウン組。
前衛アリア、後衛ヒルダ、補助ビビ、そしてトリックスターとしてのマナファリア。
バランスとしては最高である。ちょっとマナファリアが何しでかしてくれるのか分からないのが怖いが、これまでのことを考えると、その働きには期待出来そう。
しかも、ビビの“聖母の腕”は、何も勇者一行だけに効果がある訳ではない。遣い手であるビビが味方だと認識した者全てに、その恩寵は降りかかるのだ。
仮に組織戦になった場合、ここの“黎明の楔”メンバー全てのパラメーターが大幅に向上するわけだ。効果範囲に距離的な制限がないので、戦争には非常にうってつけの能力。
これなら、仮に暴徒が押し寄せて来たとしても充分に対処出来るに違いない。
理屈は別として納得出来ない居残り組の抗議を押し切って、くれぐれも面倒ごとは起こすなと念も押して(守ってもらえるかは分からない)、俺はエルネスト、アルセリア、キアを連れて外へ出た。
こんな状況なので、もう周りを気にして馬車移動することもないだろう。俺は無造作に“門”を開く。行き先は当然、ロセイール・シティ。
例によって、一瞬だけ魔界を経由することになるのだが、今さら駄々をこねる勇者ではない。
とは言え、
「ちょ、ちょっと!いくらなんでもこんな人目につくところで…!」
いくら単細胞勇者でも、最低限のことは気にしているらしい。アルセリアが慌てて俺を咎めるが、
「大丈夫だよ、アルシー。人目にはついてないから」
俺より先に、キアが説明してくれた。
「人目についてないって……だってここ、人通りだって結構……あれ?」
言われて周囲を見回してようやく、アルセリアも気付いた。
行き交う人々は、道の脇、空間に突如現れた黒く揺らめく異常に、何の反応も見せていない。“門”も俺たちも目に入らないかのように、無関心。
「これも認識操作の一種だよ。俺たちは今、誰の目にも触れていないし誰の関心も受けてない」
このレベルの認識操作であれば、理への干渉も然程大きくなくて済む。流石に高位天使にはバレるだろうが、ここにいる一般市民ならばその心配もあるまい。
実を言うと、その気になれば半永久的に(効果を解除するまで)自分たちの存在を世界中全てから…例え相手が高位天使であろうと…隠しきることも不可能ではないのだが、多分それをやると彼女らの存在値ではそのまま本当に消えてしまう可能性もなくはなく。
認識操作は、暗示の上位互換と言える。幻覚ならば大した力も技術も必要ないし、暗示も卓越した精神系術士であれば使うことが出来る。或いは伝説級の術士なら、認識操作も可能だろう。
が、世界そのものの認識に触れるレベル…もうそこまで来ると認識操作ではなく認識支配と呼んだ方がいい…となると、それこそ“権能”のような超常の力が必要となる。
現状、それが使えるのは央天使(白サフィー?)と俺のみ。迂闊な行動は四皇天使に気取られる可能性があるから避けるべきだろう。
「…へぇ、便利なもんね」
「んじゃ、行くぞ。……と、その前に…」
俺は、向こうへ行ってから行動しやすいように、全員の姿を変えた。
何に変えたって、もちろん、猫である。
個体識別のために、毛色はバラバラにしておいた。
俺は茶虎、エルネストは黒、アルセリアは三毛、キアは白。
突然自分の姿が変わったわけだが、前に白サフィーとやらに姿を変えてもらったことがあるからか、アルセリアとキアもそんなに驚いていない。
エルネストに至っては、もう慣れっこになっているようだ。
「……なんか、視線が低いと変な感じだね。ちょっと怖いや」
しかしサイズが大幅に変わったせいで、戸惑いはあるようである。キアが不安げに呟いた。
「そうでしょうそうでしょう、私の苦労が少しは分かっていただけましたか?」
「エルにゃんはなんだかんだ言って楽しんでるじゃないか」
ここぞとばかりにエルネストが自分の不幸に同調を求めてみるが、キアには軽く一蹴されていた。
「はいはい、遊んでないで行くぞ、お前ら」
俺は“門”に飛び込む。
正直言って、俺も猫姿になったのは初めてで非常に新鮮な気分であるのだが、この小さく頼りない体で“門”をくぐるのはちょっと緊張した。
“門”の向こう側…ロセイール近くに降りると、次々と後の三人(三匹?)も続いて出て来た。
いくらなんでも、どこに高位天使がうろついているか分からないロセイールの内部に直接“門”を繋げる無謀は避けたかったので、ここから徒歩で侵入である。
都市をぐるりと囲む外壁に設けられた外門には、ロセイールに出入りする者たちで長い行列が出来ている。
普段ならばここの出入りはかなり自由で、行列が出来ることなどないのだが、今は検問が非常に厳しいためだ。
こんな中ロセイールを訪れるなんて物好きな…と思うが、やはり腐っても首都、どうしても中に用事がある者も少なくないのだろう。
ロセイールから出ようとしているのは、おそらくだが逃げ出そうとする民。外に縁者がいれば、それを頼って物騒な都市から避難したいと思うのは当然だ。
だが、入る者も出る者も、その希望が叶えられるのは半分に満たない。特に出ようとする者に関して言えば、ほぼ拒絶されている。
都市から出ることを、或いは都市へ入ることを拒まれた者はすごすごと来た道を戻る。ここで下手にごねる物分かりの悪い連中は、人知れず何処かへ連れてかれてた。その後彼らがどうなるのかは、あまり想像したくない。
「…ねぇ、ほんとに大丈夫?」
外から聞いたらにゃーにゃー言ってるようにしか聞こえない言葉で、アルセリアが尋ねた。
「ま、猫なら問題ないだろ」
俺も、にゃーにゃにゃーとそれに答える。
変にキョドると不信感を与えてしまう。出来るだけ自然体を心掛けて、俺たちは通りすがりの猫のフリをして人々の行列の横をすり抜け、検問のところまで。
門を守る憲兵(普段立っている番兵とは格好も迫力も全然違う)と、中へ入りたい旅人らしき天使との遣り取りが聞こえてきた。
「駄目だ、許可証の無い者を中に入れることは出来ん」
「そんな、ここには嫁いだ娘がいるんです。せめて会うだけでも…」
「駄目だと言っている。どうしてもと言うのなら、許可証を持って出直してこい!」
こんな感じで、その天使は門前払いをくらっていた。
その次に並んでいたのは、商人らしき一行。大きな荷馬車一杯の荷物と、供らしき廉族(獣人種だった)を連れている。
「許可証を見せろ」
「はい、これでございます」
問われた商人は、懐から手の平大の札を取り出して憲兵に見せる。それを確認した憲兵は、許可を出した。
「ベロンド伯爵の許可証か、問題ない。通れ」
許可を貰った商人一行は、門の中へ。
俺たちはその一行の足元に隠れるようにして、一緒に中へ入った。
憲兵は、伯爵の許可証…とか言ってたな。
多分、それなりの身分の貴族とかが保証人になってないと中には入れてもらえないってことかな?
大店の商人や貴族に縁故のある者ならまだしも、それだと一般市民はまず出入り出来ないということになる。
「……妙だな」
「妙だね」
「妙ですね」
「え、何が?」
はい、お約束。
街の様子に違和感を感じた三名と、まったく気にしていない一名。その一名が誰なのかは、もう説明する必要はないだろう。
街は、静まり返っていた。
普段は賑わっているはずの大通りにもほとんど人影はなく、店も軒並み閉まっている。
空気が、張り詰めているようだ。閉ざされた窓の向こう側から、こちらを窺う視線もいくつか。
全てが、息を潜めているような、そんな雰囲気。
暴動とか言うからてっきり、街のあちこちで衝突が起こっているのかと思っていた。が、戒厳令下の街ってのはこんなものなのだろうか。
外出が禁止されているのは、夜間だけだと聞いている。
しかし、こういった空気の中外出をしようと思う市民はきっといない。
時折、警戒中なのか数名の憲兵隊とすれ違った。俺たちが猫だから彼らは素通りしていくけれども、その視線の鋭い運びを見ていると、例え昼間だろうが意味なく外を歩いている者がいれば職質されそうだ。
「……随分と、静かね」
「静かだけど……何か薄気味悪いよ」
「やはり、この姿で入ったのは正解でしたね」
「目的は中央殿だが、その前に色々見て回ろうぜ」
にゃーにゃー言いながら、俺たちは静まり返った街を往く。猫語だと声を潜める必要もないし、色々と便利だ。これからもこの手は使えるな。
そろそろ全員、猫姿にも慣れて来たようだ。不自然さも居心地の悪さもなく、気ままに路地を覗いたり匂いを嗅いだり(変化したのは姿だけで、嗅覚には変わりないのだが)、塀に飛び乗って見たり(誰でも一度は、猫になったらやってみたいことだろう)。
「よし、そろそろ中央殿に向かうか。おそらく、風天使もそこにいるだろう」
ある程度探検を満喫したところで、肝心の目的を果たすことにする。
「合流してどうなさるのですか、陛下?」
「まずは、グリューファスの見解を確認する。奴が今回の騒動に対してどういうスタンスなのか、どう関わるつもりなのか、聞いてみないとな」
グリューファスにすれば、“黎明の楔”は気掛かりなことだろう。しかし地天使のクーデターが起こり各地の暴動を誘発している現状で、四皇天使の一角である自分がロセイールを離れるわけにはいかない。
彼がどちら側なのかは分からないが、中央殿にいることは間違いなさそうだ。
「確認して、彼らに協力なさるおつもりで?」
エルネストの言いたいことも分かる。勇者一行の保護とべへモス召喚阻止の両方が実現した今、これ以上天界に関わる必要もないし関わりたくない、と思っているのだろう。それは彼が魔族である以上、仕方のないことだ。
だから、俺も断言は出来ない。
もし彼らに協力するに値する理由があれば、そうしたいと思うし、逆に俺が手を出す必要もなさそうであれば、放置しても構わないと思っている。
それらを判断するためにも、状況を正確に把握しておく必要があるのだ。
「それは、これから考え…」
「あーーーーっ、にゃんこだ!!」
答えようとしたところで、突然子供の無邪気な声が俺の言葉を遮った。
こんなところに子供が…と思いながら後ろを振り返ったら……
……げげ、こいつ……なんで此処に!?
眼を輝かせて俺を見下ろしているのは、若草色のベリーショートの少女……四皇天使が一人、火天使セレニエレであった。
あのですね、ダラダラと話数ばっかり重ねてる弊害だと思うんですけどね、以前に出した設定とかド忘れしてることってあるんです。“門”の設定(天界や地上界だと一旦魔界を経由しないといけない)とか、今まですっかり忘れてました…てへ。
妙な矛盾見付けても、生温かい気持ちでスルーしてやって下さい。……ダメ?




