第三十話 本性
ちょっと説明臭い箇所が多いです。適当に読み飛ばしていただければ…。
魔界の雄、西方諸国連合の盟主であるエルネ=マウレには野望があった。
それは、おそらく魔族であれば誰しも抱く願い。
魔王の加護を受け、世界に君臨する。
彼は、魔王に心からの忠誠を誓っていたわけではない。だが、廉族はともかく、創世神の子飼いである天使族に対抗するためには、“魔王”の加護が不可欠だった。
だから、従った。魔王は、些事には関心を払わない。表面上は服従する姿勢を見せ、忌まわしき天界、そして地上界の住人を根絶やしに出来れば、それでよかった。
だが、その彼の願いは、天地大戦の終結とともに潰えた。“魔王”の封印によって。
加護が失われただけではない。廉族と違い、“門”の技術を持たなかった彼ら魔族が地上界へと侵攻出来たのは、ひとえに“魔王”の力があったため。
魔王がいなくなり、地上界へと渡る術を失った魔族は、いつしかその熱を失っていった。
王の不在によって生じた混乱。各地で頻発する小競り合い。
魔王の側近である六武王が秩序を保つために尽力してはいたが、中央から離れた場所は荒れ、地上界にまで注意を払うどころではなくなっていったのだ。
だが、エルネ=マウレは違った。彼は、諦めようとしなかった。
或いは、半ば自治権を持つことを黙認されていたからか、西方はそれほど混乱を見せることがなかった、ということも大きい。
彼は、自分たちだけでもなんとか地上界へ渡る術はないかと、研究を続けた。
廉族の用いる“門”の技術を取り入れ、自分たち魔族にも使用可能な、巨大な“回廊”の建設を推し進めた。
幾度も試行錯誤と失敗を繰り返し、研究は代々の盟主によって引き継がれていった。
そして、初代エルネから数えて十六代目にあたる、フォンセ=マウレの代になり、初めて実験は成功したのだ。
フォンセ=マウレは、変り者として有名だった。“回廊”の研究を進めたのも、地上界をどうこうするという目的ではなく、単純な学術的欲求からだ。
不完全とは言え完成した“回廊”を使って真っ先に彼がしたことは、自分一人で地上界に渡ってみる、という、軽はずみとも言える行為。
下手をすれば、天地大戦が再開されてもおかしくない。だが彼は好奇心を抑えることが出来ず、家臣にすら知らせず、密かに地上界へと降りた。
そして、出会った一人の女性。何一つ特別なものなど持たない、平凡な女性だった。
だが、まるでそれは最初から決められていた運命であるかのように、二人は自然に惹かれ合った。
西方諸国連合の盟主である彼は、既に一族によって妻をあてがわれていた。研究肌の自分とは違い、野心に溢れた女傑。穏やかな表現をするならば、夫を尻に敷くタイプの、行動力に富んだ女性だった。
家同士の都合で決められた相手。自分は子孫を残すという義務のため、彼女は盟主の妻という地位のため、愛情などないままに結ばれた二人は、夫婦としては最低限の営みしか行っていなかった。
彼が真に愛したのは、地上界で出会ったその女性だけ。
フォンセ=マウレは、自らが完成させた“回廊”を通り、魔界と地上界とを行き来して……
そして運命の皮肉か、なんの因果か、魔界と地上界、空間の断絶を挟んで、彼の血を引く命が、二つ同時に世界に誕生したのだった。
「そのうちの一人が、現在魔界にて西方諸国連合の第十七代当主を務めている、ルガイア=マウレです」
それまでずっと無感情に語り続けていたエルネスト司祭が、初めて表情を見せた。最初に会った時と同じ、人好きのする柔和な微笑。
「………で、地上界に生まれたっていうのが……」
流石の俺も、ここまで来れば察しがつく。
「はい。それが、私、エルネスト=レーヴェです。初代の名を頂きました。レーヴェは、母方の姓なのですけどね」
則ち彼は、マウレ卿の異母弟……ということか。
魔族と人間の混血……聞いたことも、考えたこともなかったが、まさかこんなことがありえるとは。
「父、フォンセはその後しばらくして亡くなったそうです。理由は知りません。ただ、その直前にせっかく設けた“回廊”が破壊され、父と母は二度と会うことは出来なくなりました。父の死は、そのあたりに何か原因があったのかもしれませんね」
そしてルガイア=マウレは新しい盟主として、西方諸国連合に君臨した……と。
「だけど、解せないな。アンタとマウレ卿の関係は分かったけど、いくら異母兄弟とは言え、会ったこともないような兄貴の計画にどうして賛成なんか」
「会ったことがないだけです!」
突然、司祭は語気を荒上げた。
「会ったことが、ないだけなのです。ずっと、声は聞こえるのに。言葉を交わすことも出来るのに。なのに、私はまだ、一度も兄の姿を見たことがない。ならば、会いたいと思うのはおかしなことですか!?」
興奮する司祭の様子も気になるが、今、それどころじゃないことを言わなかったか?
「声は…聞こえるって、どういう……?」
「理屈など知りません。ですが、私と兄は、決して交わらぬ場所にいながら、通じ合うことが出来ました。物心ついた頃から、兄だけが、私に寄り添っていてくれた………兄だけが、私の拠り所だった……」
それは、ありえるはずのない奇跡……と言ってもいいのだろうか。同じタイミングで、同じ血を引く二つの命が誕生する。その二つの命の間に、“回廊”が繋がる…………
そんなこと、あるのか?俺とエルリアーシェならいざ知らず。
いや…考えてみれば、俺と彼女も、同時に発生したんだっけ。
時を同じくして生まれた、同じ存在。
図らずも、マウレ卿とエルネスト司祭も、その模倣となってしまった、ということならば。
だが、所詮は魔族と人間。交わすことが出来るのは、声だけだったということか。
「分かりますか?異質な者として人々から拒まれ続けた私の気持ちが。母は、得体のしれない子供を産んだとして、家族からさえ疎まれて、困窮と迫害の末に死にました。まだ力を隠すことを知らなかった幼い私は、何処へ行っても化け物扱いです。誰一人、私に手を差し伸べる者はいなかった。……兄を除いて」
物心ついた頃から聞こえる、兄弟の声。それは彼ら二人にとっては当たり前のことで、彼らはずっと互いに寄り添い合い、支え合って生きてきた。
二人だけの世界にいる時だけが、安らぐことの出来る時間。
「兄は、どうやら先代の……父の死と当主継承に関して、苦悩を抱えているようでした。加えて、野心家で我が子を道具として使うことしか考えない母親と、重圧を押し付けてくる一族の存在も、彼の重荷になっていました。魔族の名門一族の嫡男として生まれた兄にも、本当の意味で味方と言える者は、いなかったのです」
「弟であるアンタを除いて……か」
「だから、二つの世界を繋ぐのです。地上界と、魔界を一つにしてしまえば、我らは救われる。私は、兄に会うことが出来る。その手を取ることが、出来るのです!」
何のことはない、行き過ぎた兄弟愛の結末が、これか。
無論、エルネスト司祭が異母兄であるマウレ卿に踊らされているだけ、という可能性も捨てられない。拒絶と迫害に苦しむ弟を言いくるめることなど、造作もないことだろう。
だが……謁見の際のマウレ卿の眼差しを思う。
どうにも、そういうタイプには見えないんだよなー……。
「とにかく、アンタらの企みは失敗だよ。“螺旋回廊”のための祭壇は、俺が破壊しておいた」
「…そうでしょうね。そんな気がしていました。しかし、そのようなことをしても、わずかな時間稼ぎにしかなりませんよ」
エルネスト司祭は落ち着いている。
「言ったでしょう?私と兄は、通じ合っているのだと。遠くにありながら、声を互いに届けることが出来るのだと。ここで、邪魔者である貴方を始末したあと、兄とゆっくり相談することにします。……まあ、時間を無駄遣いしてしまったかもしれませんが、我々にとって十年や二十年、然程の時間ではありませんよ」
ふむふむ。混血とは言え、寿命は魔族に近いのか。となると、それ以外の部分も……
「ずっと、誰かにお話ししたいと思っていました。抱えている思いを、自分たち以外の者にぶつけてみたい、とね。貴方のおかげでそれも叶い、とてもすっきりしました。お礼に、出来るだけ苦しまないように殺して差し上げます」
エルネスト司祭に、再び冷酷な笑みが戻る。
「ちょっと待ってくれ、司祭。そんなことしなくたって、あんたらは声の遣り取りは出来るんだろ?そんな、地上界と魔界とで戦争が起こりかねないようなことをするのは、やり過ぎじゃないのか?」
俺は一応、説得を試みる。なにしろ俺は、平和主義者だからな。いや、ほんと。
だが、エルネスト司祭にとってはそれはどうでもいいことらしく。
「だからどうだと言うのですか?戦争なんて、どちらの世界でもあちこちで起こっているものじゃありませんか。今さら大戦の一つや二つ起こったところで、何か問題でも?」
「いやいやいやいや、大有りだろう」
「……大丈夫です。貴方も勇者さまの関係者なら、もしかしたら聞き及んでるかもしれませんね。この度、魔王陛下がご復活あそばされたのです」
「……………………あ、うん、そうね」
ドヤ顔で言われても、俺はどう反応すればいいのやら。
司祭にしても、とっておきの情報に俺が期待どおりの反応を見せないものだから、拍子抜けのようだ。
「ふむ……ピンと来ないようですね。では分かりやすく説明して差し上げますと、魔王陛下が復活された以上、戦争など起こりようがないのですよ」
……おお?もしかしてこいつ、“魔王”の真意を汲んでいる?
「戦争に発展する余地など、ありません。魔族による一方的な虐殺が行われ、抵抗する術もなく廉族共は滅びるでしょう」
………違った。全然汲んでいなかった。
しかし、「廉族共」ときたか。魔族である兄に接しすぎたせいで、かなり魔族寄りの考え方になっているのかもな。
「それにしても、貴方は本当に不思議な方ですね。やけに状況に通じていらっしゃるようですし、勇者さま方とも立ち位置が異なるようですし……なるほど、聖教会の密使、といったところですか?」
………………。
魔王をつかまえて、こともあろうに、教会の人間と間違えるとは………。
俺の沈黙を勝手に肯定と受け止めて、司祭は得意げに頷いた。
「貴方としては、教会へこのことを報告するおつもりでしょうが、申し訳ございません。ここで死んでいただきますので」
言うなり、司祭の周囲の空気が渦を巻いた。解放された魔力のせいだ。なるほど、半分とは言え、魔界屈指の名門の血を引くだけのことはある。俺の幹部連中にも匹敵しそうな膨大な魔力だ。
さて、どうするか。出来ればこいつには自分の正体は伏せておきたい。“魔王”がここにいることをマウレ卿に知らされてしまうと、奴さんがどう動くのか読めないのだ。
となると、さっきみたいにヒルダの真似をするしかない、か。問題は、魔族に通用するかどうか、なのだが……
正直、魔導術式なんて使うのは今回が生まれて初めてなもんだから、威力がどんなものなのかよく把握してなかったりする。
石の祭壇と同じくらい、あっさりと砕けてしまう相手ならいいんだけどなー…。
考え込んでいる俺を見て、怯えているのだと勘違いしたのだろう。司祭はまるで宥めるように、
「安心してください。全ては、一瞬で終わりますから」
などと、慈悲深--いお言葉をかけてくれたりした。
司祭の背中から、法衣を突き破って翼が出現した。色と形は、マウレ卿そっくりだ。教えてやったら喜びそうなんだけどな。
辺りに、瘴気が立ち込める。かなりの濃度。弱い人間あたりだと、それだけで命を落としかねない。
その瘴気が集まり、まるで生き物のような動きを見せ始めた。
「それでは…さようなら、リュートさん」
司祭の別れの言葉と同時に、瘴気で生成された巨大な蛇が、俺へと襲い掛かった。
だが、司祭は大事なことを忘れてはいないだろうか。ここに、この村にいるのが、一体誰なのか。
善良な一市民が窮地に立たされたときに、決まって現れるのは、正義の味方。
そう、勇者一行がいるということを。
「そこまでよ!」
凛々しく勇ましく、テンプレの台詞と共に参上したアルセリアの聖剣が、瘴気の蛇を切り裂いた。
そのまま司祭に向かって剣を構える。
「………やはり、おいでになりましたか…」
予想はしていた、ということか。司祭はそれほど慌てた様子を見せない。おそらく、勇者たちもここで片付けるつもりだったんだろう。そうでなければ、俺相手にグダグダと時間を使わずに、さっさと終わらせようとしたはずだしな。
「同じ神官として、容赦するわけにはいきませんね」
珍しくベアトリクスが怒りを見せている。静かな表情の中の憤怒が怖い。一昨日の一件を思い出し、密かに身を震わせる俺。
「は!この姿も身分も、世を渡るための偽りですよ。愚かな連中は、神官だというだけで無条件にこちらの言うことを信じてくれますからね」
信仰心を蔑まれ、ベアトリクスはさらに怒気を強める。
ヒルダは、俺の横にひっつく。
「お兄ちゃん、あいつ敵?」
「あー、うん。そういうことになるんだろうな」
三人娘は臨戦態勢に入っているが、こいつらと司祭を戦わせるわけにはいかない。
何しろ、あのエルネ=マウレの直系だ。混血とは言え、彼女たちの敵う相手じゃない。
オロチやヒュドラとは、わけが違う。
「おい、下がってろ。お前らじゃ無理だ」
「何よ、私を誰だと思ってるわけ?」
いつぞや聞いた記憶がある言葉と共に、不敵に笑うアルセリア。こいつ、ヒュドラ退治が予想外に楽勝だったもんだから、調子に乗ってるんじゃないだろうな。
魔獣と魔族は別物だ。こいつらには、それが理解出来ていない。
「まあ、見てなさいって」
俺の制止を無視すると、アルセリアは駆け出す。背後で、ヒルダが【風舞迅雷】を発動させた。
雷をまとった風が、エルネストを取り囲む。
俺と戦ったときにも使った術式だ。あのときは、俺の“影”すら突破することが出来なかったが……
「ぐ……こしゃくな!!」
あれ?結構効いてる…?
エルネストが体勢を崩したところに、アルセリアが剣戟を叩きこむ。相変わらず鋭い。と言うか、前より鋭い。
「この…廉族がぁ!」
今までの柔和な雰囲気はどこへやら、余裕を失ったエルネストは雄たけびを上げると、さらに瘴気を放った。
流石にアルセリアも後ろへ下がる。既にベアトリクスの【聖守防壁】は発動しているが、これだけの濃度になると危険だ。
攻撃がやんだわずかな間に、エルネストの傷が見る間に癒えていく。魔族の中でも、ここまで回復スピードが速い者は少ない。
「ちょっと、自動回復なんて反則じゃない!!」
そう言われてもそういう能力なんだけどな。しかし気持ちは分からなくもない。どれだけダメージを与えても、ほんの少しの隙を与えるだけで回復されてしまっては、すぐに振り出しに戻ってしまう。
しかし……それにしても。
結構、いい勝負…に思えるんだけど、なんで?
さっきのヒュドラ戦でも思ったけど、こいつら、絶対強くなってる。俺と戦ったときのこいつらだったら、エルネストにダメージを負わせることなんてとても出来ない。
しかも…ヒュドラならまだしも、半魔族であるエルネストにここまで肉薄するなんて…一体どういうことなんだ??
俺が一人で首を傾げているのを尻目に、勇者たちは再び攻撃を開始する。基本的に、こいつらのパターンは俺と戦ったときと同じだ。
ヒルダが魔導術で牽制し(ただし俺のときと違ってそれだけで結構なダメージを与えている)、アルセリアが聖剣で攻撃(こちらも俺のときとは違い、エルネストにかなりの深手を負わせている)。ベアトリクスの法術は、エルネストの瘴気を阻み奴の攻撃手段を奪っている。
ただし、攻撃の手を休めるとエルネストの傷は癒えてしまう。一見、勇者たちが優勢に見えるが、結果として戦況は膠着していると言ってもよかった。範囲攻撃である瘴気の放出は流石に侮れないと見えて、彼女らは後ろへ下がらざるを得ない。
エルネストとしても、そう頻繁に膨大な瘴気を放出は出来ないようで、互いに決め手がないまま戦闘は続く。
エルネストの右腕に瘴気が絡みつき、鋭い刃へと形作られた。それはさながら、腕と剣が合体したかのよう。おそらくは、放出するより凝縮させた方が消耗が少ないのだろう。
エルネストの黒い刃と、アルセリアの剣がぶつかる。幾度か切り結んだのち、アルセリアは後ろへ飛んだ。そこに、
「【氷皇天剣】」
ヒルダの放った無数の氷の刃が、エルネストの躰を貫き、地面に縫い留める。
そこに追い打ちをかけるように、
「‘慈悲深き主よ 囚われし魂に安息を与え給え 久遠の絶望を救済へと導き給え 【来光断滅】!」
ベアトリクスの、攻撃術式。
天まで届く光の柱が、エルネストを包み込む。すさまじい光量だ。直視すると目がやられそう。
にしても、ベアトリクス、攻撃用の術持ってたんだ。これ、かなりの大技だな。
「が………あぁ……………こんな…こんな程度で………」
エルネストのタフさにも驚いた。これだけの破邪の光の中で、なお意識を保っていられるとは。
「こんな程度が……どうしたと…言うのだぁ!」
エルネストが吠えた。一際強い瘴気が彼の足元から噴出し、ベアトリクスの光に纏わりつく。
「そんな……!」
うん。瘴気で魔法の効果を打ち消すなんて、俺も聞いたことない。これはアレか?気合と根性的な?
やがて瘴気と光は互いを打ち消し合うように、消えていった。エルネストは、体中を爛れさせ、それでもなお倒れない。
しかし……傷が、回復しない。力尽きたのか、あるいはベアトリクスの法術の効果か。こうなったら、形勢は勇者たちに傾いたと言ってもいいだろう。
あとは、畳みかけるだけでいいのだから。
「認めない…認めるわけには…いかない………せっかく…せっかくここまで…………あと少しで、会えるのに…手が、届くのに…………僕は…あのひとに………」
食いしばる歯の間から漏れるような、エルネストの声。一人称が変わっている。おそらくこれが、包み隠さない彼の本当の姿。その必死の形相に、アルセリアたちは戦慄を覚えたのか、一瞬身を硬くする。
「まだだ…まだ、終わらない……全部、ここから始まるんだ!!!」
さらなる咆哮。そのとき、空気が震えた。
「え?な…何!?」
「妙な魔力の流れを感じます。気を付けてください!」
「…お兄ちゃん……怖い」
突然の異変に、アルセリアたちは警戒態勢を取った。俺の腕にしがみつくヒルダが可愛すぎたりするが、今はそんなこと言ってる場合じゃない。
音にならない音が、響いている。見えない力の奔流が、渦巻いている。生物であれば、本能的にそれが何か危険なものだと、察知するだろう。
「“霊脈”に、触れやがったな」
「何よ、それ!?」
俺の呟きを拾い上げて、アルセリアは噛みついてくる。って、俺に食ってかかってどうするんだよ。
「まあ、でっかい魔力の流れと思えばいい」
面倒なので、説明は割愛。この状況は、ちとマズい。
“魔王”と“創世神”の専売特許のように思われる“霊脈”だが、実はそうでもない。
“星霊核”であれば話は別だが、“霊脈”ならば生物でも接触が可能なのだ。
ただし、誰にでも出来る芸当ではない。膨大な魔力と生命力、“霊脈”に引きずられない強靭な魂、揺るぎない自我。それらを併せ持った者が、限界を超えた先に至る最果ての境地。そこにエルネストは至ったということになる。彼がどのような人生を歩んできたのかは知らないが、兄に会いたいというそれだけのことで限界を超えた、その執念は驚嘆に値する。
尤も、あくまで「接触」レベル。俺たちのように完全に「接続」することは出来ない。そんなことをすれば、逆に“霊脈”の奔流に吸収され、星の一部へと還っていくことだろう。
とは言え、世界の根幹を為す力の一端に触れたのだ。その危険度は、推して知るべし。
少なくとも、廉族レベルでどうこうなる相手ではない。魔族でも、限られたトップレベル…六武王とかでなければ太刀打ちは難しいな。
或いは、“霊脈”の落とし児である竜や、上位天使あたりでもなければ。
「ちょ…ちょっと…何か、ヤバくない……?」
流石のアルセリアも、事態のヤバさに気付いたようだ。少しは成長してくれているようで、嬉しいよ。まあ、正直言って俺も、今のままでこいつをどうにか出来る自信はない。
仕方ない、“星霊核”との同期を始めるか。“魔王”に戻ることになるけど、状況が状況だ、勇者たちもとやかく言うまい。
俺は決心すると、“星霊核”と接続しようと意識を向けた…その瞬間。
「があああああっ!?」
自身の中に吹き荒れる膨大な霊素を制御しようとしていたエルネストが、突如苦悶の叫びをあげた。
「な、今度は何!?」
アルセリアも、ベアトリクスも、ヒルダも、全く状況に付いていけていない。
俺もそうだ。一体お次は、何が起こったというんだ?
何故ならば、エルネストの胴体から、銀色の巨大な刃が生えていたのだから。
……いや、生えているんじゃない。後ろから、刺し貫かれている…!
「な…あ…あぁ………」
完全に不意を突かれた形で急所を破壊され、エルネストの声が小さくなっていく。
彼の背後にいたのは、彼の背を深々と貫いていたのは、
「おやおや、随分としぶといですねぇ。流石は混じりものの化け物、と言ったところですか?」
ふてぶてしい声と態度でそこに立っていたのは、
「……村長!?なんで、ここに……ってその姿は一体………?」
アルセリアが驚くのも無理はない。この村の長は、どこからどう見ても、既に人間をやめていた。
ルガイアとエルネストのエピソードはもう少し掘り下げたかったです。なんだか兄弟愛が中途半端な感じに…。




