第三百十一話 一件落着ということで浮かれるエドニスファミリーの面々。
その日、大陸南部リシャール地方で、大事件が勃発した。
一帯を治める領主である辺境伯ブラウリオ=エイヴリングの屋敷が、何者かの襲撃を受けたのだ。
押し入った賊は屋敷を破壊して回り、金目のものを根こそぎ奪い、ブラウリオの側近二名を殺害、周辺施設も破壊するなど、暴虐の限りを尽くした。
ブラウリオは、命こそ助かったものの、精神を破壊されてまるで廃人のようになってしまった。その他にも、重軽傷者多数。
そして賊はブラウリオの屋敷跡にアジトを作り居座ろうとした。
そこに立ち上がったのが、かつてブラウリオと共にこの地で英雄と呼ばれた彼の義弟、イライアス=エイヴリングであった。
彼は義兄の無念を晴らすために、エドニス・ファミリーと名乗るその賊らを自らの手で討伐することにしたのだ。
「そこまでだ、エドニスとやら!これ以上、お前の好きにはさせない!!」
僅かな手勢と共にエドニス・ファミリーのアジトに乗り込み、勇ましく告げるイライアス。猛々しいその姿は、正に英雄と呼ぶに相応しい。
イライアスの宣戦布告を受けた男…エドニス・ア・ラ・キュイエールは、マスクの下で不敵な笑みを浮かべた。
「ほう、まだ威勢のいいのが残っていたとはな。だが、たった一人で何が出来る?大人しく我が軍門に下るというのであれば、末端に加えてやらなくもないぞ」
「黙れ!義兄の守ったこの地、お前たちには決して渡しはしない!」
賊の甘言を一蹴すると、イライアスは剣をエドニスに突きつけた。
彼に服従の意思がないことを悟ったエドニスは、呆れたように背後の配下たちに向かって語りかけた。
「聞いたか?渡しはしない…だと。どうやらこの御仁は、我らがやんごとなき貴族様のお許しを得たがっていると勘違いしているらしい」
それを聞いたエドニスの六人の配下…そのどれもがマスクを付けている…が、イライアスを嘲笑った。
「これはこれは、自信過剰なお貴族様じゃねーか」
エドニスの弟分を自称するカインという少年…の割に少女にしか見えないのだが…が真っ先に言った。それに続くように、
「まあ、どのみちその人の屋敷も戴く予定だったのですから、手間が省けたのでは?」
いかにも参謀役、といった風の青年マーヴィン…これまたどう見ても女性なのだが…がエドニスに確認する。
エドニスにくっついている見習い少年カミロ…こちらも以下略…はその遣り取りには関心がないようで、「エド兄、早く終わらせようよ」とかねだっている。
「良いではないか、そ奴らにはせいぜい足搔いてもら」
「ダメでヤンスよミルドレッド嬢。このシーンじゃあっしらの出番はないでヤンスから」
妙齢の女性と影の薄い男が後ろの方で何やらごちゃごちゃやっているが、エドニス・ファミリーの他のメンバーはそれを黙殺することにした。何故か不自然なその二名を、イライアスも見逃してくれるらしい。
とは言え、これ以上モタモタしているとどんどんボロが出てきそうだ。エドニスとイライアスは同時にそれを危惧し、さっさと終わらせてしまおうと無言で頷き合った。
「覚悟することだな、卑劣な賊共よ!義兄の仇は取らせてもらう!そしてこの地の平穏は守って見せる!!」
「おもしろい、貴様の心意気、見せてみろ!!」
かくして、激しい(?)攻防が始まった。
「くらえ、我が怒りの炎を!【炎烈紅爆陣】!」
イライアスの攻撃!渦を巻く炎でエドニスに3000のダメージ!
「な、なにぃっ!この力は……!」
やや大げさに呻き、膝をつくエドニス。まだまだピンピンしてるじゃないか、というツッコミは誰も入れない。
「どうだ、これがこの地の全ての民の想いの力だ!!」
意外にノリノリなイライアス。そこまで細かい設定はしていなかったのだが、彼の中で「サンダース大尉」は確立しているようだ。
「く……くそ、覚えているがいい!私は必ずこの地に戻ってくる、その時が貴様の最後だ!」
面倒になったのか自棄になったのか分からないがとりあえず投げやりな捨て台詞を吐いて、エドニスはその場を逃げ出した。
あまりにあっさりし過ぎな引際に、エドニス・ファミリーのメンバーたちは何故か反対することもなく大人しくそれに従った。エドニスに続いて、アジトから逃げ出していく。
「なんだなんだ、もう終わりなのか?どうせならあ奴の力ももう少し…」
「はいはいいいから、行くでヤンスよー」
ただミルドレッドだけがブツブツ文句を言っているようだったが、ハティヴェがそれを引きずっていった。
肩透かしなくらいに呆気なかった戦いだが、イライアスの顔にはやりきった感が満ちていた。
話についていけてない供に向かって拳を振り上げ、勇ましく、
「皆、見てくれただろうか?これが、この地を愛する全ての人々の想いの力だ。そしてその力が、悪しき者をこの地より追放せしめたのだ!!」
そんな風に大仰に叫ぶものだから、彼の部下たちも思わずそのノリに乗っかってしまった。
「おお、イライアス様万歳!」
「あの恐ろしい連中が、手も足も出なかったじゃないか!」
「イライアス様」「イライアス様」「どうか我らをお導き下さい!」
すっかり高揚して、口々にイライアスを褒め称える。
(ああ、エドニス……こうして君はいつも、自分一人が汚名を被り人知れず民を救うのだな……)
部下たちは本気で騙されてくれているのだが、未だ演技の世界にどっぷり浸かっているイライアスは完全にサンダース大尉になりきって、存在しない自身のライバルに想いを馳せる。
(私には、これくらいしかしてやることが出来ない。だが忘れないでくれエドニス、私は常に君の中に正義の光を見ているということを……!)
部下の称賛を物悲しげな気持ちで聞くイライアスは、確かに一流の俳優と言っても差し支えないようだった。
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「おいリュートよ。あんなので良かったのか?」
未だ不満げなミルド…アリアが、俺に突っかかって来た。
「あれではまるで、茶番ではないか」
「いいんだよ、茶番なんだし」
アリアは一体何を期待していたのだろう。まさか俺がイライアスと本気の殺し合いをするとでも?
今回の茶番は、イライアスが俺たちとは敵対関係にあると、則ちブラウリオ邸襲撃とは無関係だとアピールするためだけのものなのだ。
ブラウリオ陣営はもう滅茶苦茶になっているのだし、黙っていればイライアスがここのリーダーに推されることは間違いなさそうだ。その上で彼に疑問を抱く彼の部下はいないだろうから、正直な話、一芝居打つ必要なんてなかったんじゃないかと思う。
が、そこは何故か勇者一行とイライアスの熱意に押し切られてしまった。
って、三人娘はまだしも、なんでイライアスがそこまで乗り気なんだよ。やっぱり天使って何考えてるのか分からない。
「ま、何はともあれこれで片はついたな。後はしばらく身を潜めて、ある程度成り行きを見届けたら俺たちもトルテノ・タウンに戻るぞ」
風天使からの依頼は達成した。イライアスが新しい領主に任じられるのも時間の問題だろう。そこのあたりはグリューファスを始め、ウルヴァルドやシグルキアスの後ろ盾も期待出来そうだ。
片田舎でしかない(失礼)リシャール地方の領主に、それだけの権力者からお墨付きがあれば十分すぎる。
これでべへモス召喚もおそらくは阻止出来ただろう。少なくとも、水天使の計画はご破算になったはず。ここから先は向こうの出方次第ということになるが、一安心くらいはしていいんじゃないだろうか。
今回の事態を受けて、地上界に要求した贄の件がどうなるのかはちょっと分からないな。
大人しく諦めてくれればいいんだけど……天使族って、頑固な上に諦め悪いんだよね。
「見届けたら…って、そんなすぐ帰っちゃうの?」
……なんでそこで不満げなんだよアルセリア。
見ると、ビビとヒルダも何か言いたそうにしてる。
「そこまですぐってわけじゃないけど……ほとぼりが冷めるまでっつーか」
「それってどのくらい?」
なんだかやけに気にしてる。
「へ?どのくらいって……どのくらい、だろう?」
思わずキアに視線を送ってしまった。
いや、だってこの中で一番建設的な意見を出してくれそうなのってキアなんだもん。
「んー、そうだねぇ。もう中央にこの一件は報せが行ってるだろうから……新領主の選任にそう時間がかかるとも思わないし、二週間くらい見積もっておけば充分じゃないかな?」
そして期待どおり、具体的な数字を出してくれるキア。
それを聞いた途端、アルセリアの瞳が輝いた。
「ねえ、それじゃあさ、その間はここでのんびりしててもいいのよね?」
………のんびりて。
「お前なぁ……休暇旅行で来たわけじゃないんだぞ?何遊ぶ気満々になってんだよ」
いや、気持ちは分からなくはないんだよ。
実際、俺としても一段落着いた感がある。
何せ、とりあえず俺が天界に来た目的ってのはこれで果たされたことになるのだ。
勇者一行の無事は確認出来たし、べへモス召喚もおそらくはもう不可能、従って地上界が生贄を要求されることもない。
このまま地上界へ戻ってしまってもいいんじゃないだろうか、とさえ考えたりもする。
……が、流石にそれは楽観に過ぎると言うか、少々無責任と言うか。
目的達成の為とは言え、“黎明の楔”にも首を突っ込んでしまったわけだし、自分たちの用が済んだからってそれで「はいお疲れ~」とばかりに定時帰宅は気が引ける。
なので、あと少しだけ、彼らの行く先を見届けようと思う。
…と、言うわけで、遊んでいる暇はないわけだが。
「だってぇー」
こんなときだけブリッ子するんじゃない。ちょっと可愛いと思ってしまった自分が腹立たしいじゃないか。
「お前あれだろ、もう少し湖で遊んでいきたいんだろ」
「……そ………そうだけど、悪い!?」
……開き直りやがった。
「どうせここで時間を潰すんだったら、少しくらい気晴らししたっていいじゃない。せっかくこんな綺麗なところに来たんだし……」
「そうですよ、リュートさん。私たちが僅かな時間を休息に充てたからって、どなたにもご迷惑はかけないじゃないですか」
……う、ビビの奴そういう正論で来るか。
まあ、別に反対してるってわけじゃ、ないんだけど…
「……お兄ちゃん、水遊び、楽しい……」
……ふむ。水遊び……か。なるほど、それは則ち湖水浴…というわけだな?
それは則ち、あれですか、水着というわけですか。
……ふむふむ。ふむ。ふーむふむ。
「……陛下、下心がスケスケでいらっしゃいます」
「バカ、お前エルネスト、そんなわけないだろ!俺はな、神託の勇者一行の補佐役として彼女らが常に心身を健やかに保つことが出来るように計らうことを求められてるんだ。そして適度な運動はストレス解消にはうってつけであり、水に浸かることによるリラックス効果は…」
「……ギル、それ以上墓穴掘り進んだら生き埋めになっちゃうよ?」
…………キアの冷静なツッコミのおかげで我に返ることが出来た。ふう、危ない危ない。
「ま、まあ、それはともかく、何が言いたいかっつーと、少しくらいの気分転換はいいんじゃないか、ってこと!」
ヒルダにはどんな水着が似合うだろうか、とか本気で思い悩んでいたことはバレないように、俺は慌てて提案する。
案の定、単細胞勇者たちはその提案の方に気を取られて俺の妄想には気付かないでいてくれた。
「ほんと?じゃあ、観光してもいい?」
「もっちろん。あ、と言っても人目につくのはNGだからな。一応俺たちは、逆賊エドニス・ファミリーってことになってるんだから」
面が割れてることはない…と思うけど、顔を隠したマスクが非常に心許ないアイマスクでしかないので、ちょっと心配だったり。
「わーかってるわよ。ビビ、ヒルダ、明日早速湖に行くわよ!」
「って、明日?準備とかはいいのかよ?」
アルセリアは相変わらずせっかちである。
「…準備?」
「いや、だって……泳ぐんなら、その恰好じゃマズいだろうし……」
「は?何言ってんのよ、泳ぐわけないじゃない」
…………なんですと?
「へ?あ……そうなの?」
「当ったり前でしょ。いくらなんでも泳ぐには寒いもの。風邪ひいちゃうわよ」
「あ……そう。風邪は、ダメだな、うん」
「……何ガッカリしてんのよ?」
……ぎく。見透かされたか?
「い、いやいや、ガッカリなんて、してない…よ?ただ、泳ぐのも楽しそうかなーって、ね、思っただけで…ね?」
かく言う俺は、泳ぎには興味ない。
まあ何と言うか…俺が興味あるのは、所謂一つの、景色である。美しい水辺と、そこに戯れる楽しげな少女たち…とかね。
ほら、平和そうでいいじゃないか。実に麗し…じゃなくて微笑ましい光景になることだろう。
「……ギル、残念だったね」
「陛下、お気を落とされずに」
……なんだよ、キアもエルネストも、その生温かい視線は。
「……ふむ、ワタシは泳ぐとしようかの」
「マママママ、マジですかアリアさん!?」
おお、ここで最終兵器が立ち上がった!
んもー、アリアさんてば分かってらっしゃる!!
しかも、アリアは間違いなくこの中で最も肉体的優美さにおいて優れている!
「うむ。何せ人型のときはそうでもないのだが、本来の姿に戻ると熱の排出が案外大変だったりするのだ。鱗も一度洗いたいと思っておったしの」
「………鱗?」
「うむ。……なんだリュート、何か言いたげな顔をしておるな」
「……いえ、何でもないデス」
……それじゃただの行水じゃないか!
イライアスさんのノリの良さが羨ましいです。




