第三百七話 「のくせに」って買いかぶってるのか見くびってるのかよく分からない言葉だ。
「えっと……お前ら、何やってんの?」
我ながら間抜けな質問だと思うが、分からないことは素直に聞いた方が早い。
いや、まあ、倒れてる天使たちを見れば大体は想像出来るんだけど。
「何って…あんたらが迷子になってる間に、敵の幹部っぽいのを倒したに決まってるじゃない」
そして案の定と言うべき答えがアルセリアから返って来た。
っつーか、迷子になったのは彼女らの方であって、俺じゃない。
そこのところの誤解は解きたいのだが、多分言っても分かってくれないということは学習済みなので、ちょっと理不尽だとは思うがここは一つ、俺が大人になるとしよう。いつの間にか彼女らが敵の術中に嵌められていたことに気付かなかったのは俺の責任なんだし。
「…悪かったな。で、問題は……なさそうだな」
消耗していることを除いて、彼女らは元気そうである。ヒルダなんてまた無茶して魔力枯渇を起こしてるんじゃないかと危惧していたのだが、予想に反して彼女の魔力残量はまだまだ余裕っぽい。
「まあ、私たちが本気を出したらざっとこんなものよ」
得意満面に語るアルセリアだが、確かに高位天使を負かすだなんて、いくらベアトリクスの“聖母の腕”があったからとは言え、こいつらも成長したもんである。
俺と出逢った当初のこいつらであれば、天使相手に秒殺…とまではいかなくても、確実に負けていただろう。
見ていないから断言は出来ないが、単純に力を増したというだけではなく、戦い方も工夫するようになったんじゃないかな。
アルセリアなんて、アスターシャのスパルタで相当勉強しただろうから。
「……で、あんたらは今まで何してたのよ」
「俺たち?…は、まあ……敵のボスを見付けてやり合ってたんだけど…」
問われたので、俺も答える。実際やり合ったのはエルネストだが。
「で?ちゃんと倒したんでしょうね?」
「いや、その…逃げられた」
エルネストと視線を交わして、正直に話す俺。
「はぁ?逃げられた、って……何してんのよリュートのくせに情けない」
「俺のくせにって何?なんか酷くない?」
その言われようこそ理不尽だ。
……ん?でも「のくせに情けない」ってことは、評価してもらってたってこと?
…いや、それは無いな。アルセリアのことだからそんな意図は込めてなかろう。
……………ん?
「…なんだよ、アリア」
アリアが、なんかソワソワしてる。でかい本体を揺らして、こちらをチラチラと見てきてる。
何か言いたげなのは分かるが、自分から言い出さないのは珍しい。
話を振ってやると、アリアはあからさまに嬉しそうな表情をする。竜の姿でも表情って分かるもんなんだな。
「ふっふっふ……聞きたいか?ワタシの大活躍を、聞きたいか?」
「あ、ゴメンやっぱいいわ」
「……早い!酷い!」
なんだか面倒臭そうだったから即答で却下したが、嘆きながらアリアが床に頭を打ち付ける。また地響きが起こって、脆くなった建物が軋んだ。
「まあまあ、リュートさん。アリアのおかげで私たちとても助かったんですよ」
「そ、そうであろう?そうであろう!どうだリュート、こやつらもこう言っているではないか!」
気を利かせたベアトリクスのフォローに力づけられて、アリアは頭を上げて訴えた。
「さあ、聞くがいい!尋ねるがいい!ワタシが如何にしてこやつらの窮地を救ったのかを!!」
……えぇー……めんどくさいなあ、もう。
けどまあ、補佐役としては、勇者一行に手を貸してくれた相手に対して一定の敬意くらい示すべきか。
でもでも、アリアのドヤ顔がなんかもう、なんっかもう……
ああ、めんどい。
「陛下、臣下の労をねぎらうのも主の大切な務めですよ」
とかエルネストが要らん事言い出すもんだから、
「む、聞き捨てならんな!いつこのワタシが魔王の臣下になっただと!?」
……ほら、もっとめんどくさいことに……
「言っておくがな、ワタシは貴様がそれなりに弁えているようだから協力してやっているのだぞ?それを言うに事欠いて、「臣下」だと?聞き捨てならん!これはワタシのみならず竜族全てに対する愚弄であ」
「あーーーーーー分かった分かった悪かった悪かった。エルネストの冗談は流しておいてくれ。で?お前の大活躍を聞かせてもらえるんじゃなかったのか?」
まくし立てるのを遮って聞いてやると、途端にアリアは嬉しそうに、しかしそれを隠しているつもりなのか、頬をにやかせつつしかめ面、という世にも不思議な表情で(ほんと竜のくせに表情豊かだ)またまたソワソワし始めた。
「そ…そうか?そんなに聞きたいか?魔王のくせにワタシの活躍を?そんなに聞きたいか?」
「あーーー聞きたい聞きたい。すっげー聞きたい。あー気になって夜も寝れないなぁ(棒読み)」
「ふ……ふふ……ふふふふふふふふふふふふふひっ」
………怖いな!
「そうかそうかーぁ。それほどまでに懇願するのであれば、やぶさかではないのう」
にやにやして尻尾をびったんびったんさせて、アリアは自分の活躍?を語り始めた。
……長かった。彼女の話は長かった、とても長かった。しかも長い上に中途半端に演出を凝らせるもんだから(一人芝居と言うのか)内容がイマイチ掴めない。
ものすごく要約すると、窮地に陥りそうになったけど竜の姿に戻って敵をあっさりやっつけちゃったよ…という感じ、だろうか。
「…と、まあ、言わばワタシがいてこその勝利だったわけだがな?…ああしかし、勇者共も役に立たなかったわけではないぞ?」
「わ…私たちのことはいいわよ別に…」
「まあ、ほとんど見ていなかったから分からんがな!」
「見てなかったのかよ!?」
…アルセリアとの遣り取りがなんか新鮮。
「いやはや、流石は天空竜。自己愛と自己主張が半端ないですねぇ」
エルネストは変な風に関心しているが、多分これは天空竜ってよりもアリアだから、なんだろう。なんてったって、こいつは一千年も……
……あ、そうか。
なんだか、分かったような気がした。
アリアは千年間もたった一人で…おそらく生まれてから間もないうちに…神殿の奥深くに閉じ込められて(彼女の意志だったのかそうでなかったのかはともかく)、孤独の中で過ごしてきたのだ。
当然、話し相手の一人もなく。
しかも、その間に仲間たちは全ていなくなってしまった。別れを告げることが出来たかどうかすら怪しい。そもそも他の天空竜たちは、幼いアリアが世界の番人に選ばれてしまったことを知っていたのだろうか。
家族も友もなく、荘厳だが無機質な神殿で、一千年間一人きり。眠りから目覚めてみても、一人きり。
いくら創世神から使命を託されたとは言っても、どんな気持ちで今までを生きて来たのか。
出逢った当初はただ忠実に創世神の言いつけを守り続けていた生真面目な奴…という印象だったのだが、こうして一緒に行動してみると俺たちと何ら変わらないことが分かる。
淋しがり屋のかまってちゃんで、面白いことが好きで、誰かとおしゃべりすることも好きで、唐揚げが大好きで。
そんな彼女は、千年の時を耐えてようやく光の当たる場所へと出てきたのだ。少しばかり調子に乗るのも、大目に見てやるべきかもしれない。
と、そーんな生温かい気持ちでアリアを見ていたら、
「……む。なんだその目は」
アリアのお気には召さなかったらしい。
「ん、いや……よしよし、頑張ったんだな偉いぞアリア」
「べ!別に貴様に褒められたくてやったわけではないのだからな!」
が、頭を撫でて褒めてやったらまんざらでもなかったようで、ちょっとデレてくれた。
なるほどアリアは、少し子供扱いしてやった方がいいのかもしれない。
唐揚げで釣るといい、という情報に加え、もう一つアリアの扱いについて学んだ俺である。
書いていて思ったんですけど、「労をねぎらう」って、「頭痛が痛い」みたいな言い回しですよね。




