第三百四話 合流
ハリセンというものは、ツッコミ専用に創造された最終兵器である。
すなわち、そこにボケがなければ無用の長物。
しかしながら、俺のハリセンはこのところ大活躍の向きであったりする。それもこれもエルネストのおかげと言うべきなのだろうか。
「……あの、へ…お館様、そうすっぱんすっぱん叩くのやめていただけないでしょうか…でヤンス」
その割に、エルネストの表情が憮然とした感じなのは何故だろう。こいつ、分かっててやってるんじゃないのか?
…まあいいや。
「だーかーらぁ。余計なこと口走ってるんじゃない。俺、何度言ったら分かってもらえるわけ?」
「しかしですね、あれらの勘違いは到底看過出来るものではなく」
「看過しなさい。構わないから。見過ごしまくっちゃって下さい」
「……はぁ、へ…お館様がそう仰せなら従いますけど…でヤンス」
あと、ついでに言っておきたいことも。
「それとさ、その語尾に鬱陶しいヤンスって付けるのも、もう良くない?」
「いえ、そうはいきません(キッパリ)」
……キリリとした顔でそこは拒絶されてしまったよ。何故だ?最初はハティヴェ役嫌がってたじゃないか。
「ここは徹底しておかないと、後で勇者殿が煩いですので。…でヤンス」
……あーーーー、納得。
どうやらエルネストにとっても、神託の勇者の言葉は無下に出来ないようだ。
…………魔王の言う事は無下にしまくってるくせに。
「えーーー、では、改めまして」
いいからさっさと誤解(半分くらい誤解じゃないけど)を解け、という俺の視線を受けて、エルネストは茫然とする兵士たちに向き直った。
なお、すわ対魔王戦か、と絶望に似た気分で暗澹としていた彼らではあったが、俺たちの緊迫感皆無の遣り取りのせいでどういうテンションを保ったらいいのか分からずに、その場でモタモタしていた。
「えー、私は魔王陛下ではありません。陛下の忠実なる下僕にして第一の側近、エルネ……………あ、これ、名乗っていいんでしたっけ?」
……だからこっち見て伺いを立てるのやめなさい。知らないよそんなの。
て言うか、何勝手に第一の側近名乗ってるのさ!流石にそれはギーヴレイの位置だぞ?あいつにバレたら半殺しじゃ済まないと思うぞ?
「魔王の……側近…だって……?」
「ダメだ……勝てるわけない」
中途半端なエルネストの名乗りの一部分を切り取って、兵士たちが再びざわざわし始めた。
そしてその中の一人が、後ろを振り返って、
「領主様、どうかご指示を………あれ?」
ブラウリオに呼びかけて、間抜けた声を出した。
それもそのはず。いつの間にか、彼らの一番後ろに隠れていたはずのブラウリオの姿が、何処にも見えなかったのだから。
「あいつ……逃げやがったな」
部下を見棄ててトンズラとか、いよいよ小物臭半端ない。一生懸命な兵士さんたちが可哀想なくらいだ。
「そ、そんな……領主様が………」
「逃げたのか…俺たちを見棄てて?」
「お、おい……どうするんだよ…………」
「逃げるに決まってるだろ、こんなの相手にいくつ命があったって足りやしない!」
ざわざわしながら兵士たちの結論はどうやら一つに帰結したようだ。
誰かの口から「逃げる」というフレーズが出た後は早かった。
「い……いやだ、俺はまだ、死にたくない…!」
「逃げろ、逃げろ!」
「う…わぁあああああ!」
最も賢明な考えの持ち主である一人がその場を離れたのを引き金に、叫びながら次々と俺たちに背を向けて走り去っていく。
振り返ったら死んでしまうとでも思っているのか、背後を確認する者すらいない。
喧騒が収まったときには、そこにいるのは俺とエルネストだけ。
「……あれ?逃げられてしまいましたね」
「しまいましたね、じゃないだろーが。どうすんだよ。外に救援とか求められたら厄介だぞ」
「……またまたぁ、何を仰ってるんですか陛下」
意地悪くエルネストを睨み付けてみたのだが、どうやら奴さんにはお見通しだったようだ。
「どうせ陛下のことですから、既にこの屋敷全体を外界から切り離していらっしゃるのでしょう?万が一取り逃がして中央殿へ報告でもされたら大変ですからね」
「…………………」
…いや、そのとおりだけど………なんか面白くない。ちょっと苛めてやろうと思ったのに。
「…ま、まあ、そのとおりだ、うん。お前もそろそろ俺の考えが分かってきたみたいだな」
「陛下のお考えはとても分かりやすいので」
「…………………」
……なんだろう、バカにされてるような気がしてならない。エルネストの表情はいつもと同じなんだけど。
「……ゴホン。とりあえず、逃げられたからには仕方ない、まずはアルセリアたちを探すぞ」
「御意。……でヤンス」
俺の指示に深々と腰を折るエルネストだが、御意にヤンスを付けるのはやめてほしいと思う。
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「さて、問題はあいつらの居場所なんだが、この屋敷内にいることは間違いない。と、言う事で、片っ端から調べてみようと思う」
「……勇者殿のことですから、お腹がすいたら帰ってきますよ」
……いや、迷子の小犬じゃないんだから。
ブラウリオの配下がどれほどの手練れかは知らない。主であるブラウリオ本人はお粗末なものだったけど、それは“権能”を行使したエルネストが相手だったからだ。仮に権能を禁じたとしたら、勝ち目があったかは分からない。
だから出来るだけ早く合流したいものだが……なにぶん城がやたらと広いので、探すのも一苦労である。
来た道を戻って、可能性のありそうな扉を片っ端から開けて可能性のありそうな廊下を片っ端から覗いて、俺たちは捜索を続けていたのだが。
「………おや?」
エルネストが突然立ち止まって、耳をそばだてた。
「今、何か地響きのようなものが………」
「…地響き?…………って、ほんとだ…?」
特別異変に敏感なエルネストに遅れること数秒で、俺も異変に気付く。
僅かにだが、地面が振動している。
……いや、振動しているのは地面だけじゃない、空気もだ。
様子を窺っているうちに、地響きは明らかに分かるくらいにはっきりしてきた。
ここまで来ると、最早地震と呼んでも差し支えないんじゃないだろうか。
……って、この魔力は………まさか、アリア?
そう気付いた刹那、爆発的な魔力の奔流と共に、正真正銘の大爆発が俺たちの足元で起こった。
抜け落ちる床、崩れる壁、吹き飛ばされた後に落っこちる俺とエルネスト。
「う、わわわわわわ!」
落ちる落ちる!なんか俺、やたらと落っこちること多くない?何それなんの暗喩ですか?
しかもなんか、下の階の天井やたらと高くありませんか?床に叩きつけられたら大怪我じゃ済まないかも!?
「ありゃりゃ、こいつぁ大変だぁ」
エルネストの気の抜けた声が聞こえた。どうせ落ちて怪我してもすぐに治るしーとか思ってるに違いない。
くっそ、こちとらお前ほど治癒能力に長けてないんだよ!
そしてしばしの……体感的にはしばしの、だが実際には物の数秒だろう……自由落下を満喫した俺たちは、何かの上に落っこちた。
「……ててて………なんだよ、微妙に柔らかいような柔らかくないような…………」
俺の手に触れるそれは、ひどく硬質だ。だが同時に弾力も感じる。まるで柔らかいものを硬いもので覆ったみたいな………
「……おい、リュートよ。断りなく雌の身体をそう撫でまわすのは、ちと不躾ではないかの?」
………下から、声がした。
偉そうな声、偉そうな口調。
「………………アリア?」
俺とエルネストは、アリアの上に落っこちていた。
どうやらそのおかげで、それほど痛い思いはせずに済んだらしい。
……って、これ、どういう状況だ?
慌ててアリアから降りた俺の目に映ったのは、既に片付いた後の情景。
昏倒している…生死までは分からない…四人の天使と、疲れているようだがピンピンしているアルセリアたち。
……どうやら、俺の助けは全く不要だったようである。
今日は朝から憂鬱です。だって仕事、一時的ですがめっちゃ人員不足なんですもん。
事前に分かってるならなんで上司は対処してくれないんでしょう。
以上、愚痴でした。
リュート氏はいいですね、そういう勤怠管理、ギーヴレイがきっちりやっててくれそう。




