第二十九話 尖兵
俺は、山中に降り立った。
場所は、ヒュドラの巣の目の前。確か、この先をさらに進むと、例の石組みが見えてくるはず。俺は怪しいと思われる方向へアタリを付けて、藪をかき分けた。
そうしてわずか数分ほど進んだところで、それを見つけた。
石造りの、祭壇。そのデザインも、出来上がり具合も、先ほどギーヴレイに見せられた映像の中のものと酷似している。
こうなってはもう、俺の考え過ぎ、では片付けられない。間違いなく、“螺旋回廊”だ。
祭壇から麓の方へと、俺たちが通ってきた道とは比べ物にならないくらい整備された登山道が続いている。こんな道があるのなら、最初から勇者たちに伝えるはず。そうでないからには、村長はマウレ卿とグルだということだ。
この登山道を使い、村人たちを動員し、おそらく長い時間をかけて少しずつ祭壇を完成させていったのだろう。
祭壇が完成していくにつれて、マウレ卿の見返りにより、村も発展を遂げていった……。
村人たちは、知らされていなかったのだろうか。それは……そうだろうな。魔族が地上界へ侵攻するための門を作れ、などと言われて従う人間がいるはずない。村人たちの朗らかな様子は、とてもじゃないが脅迫、強要を受けているようにも見えなかった。
おそらく、なんだかんだと適当にでっち上げられた理由を信じ込んでいたというところか。
何はともあれ、まずは祭壇を破壊することにする。どんなに建設が進んでいたとしても、片方を破壊してしまえばこの計画は振り出しへと戻る。
“星霊核”との接続は遮断したままだが、只の石組みを破壊するだけなら問題ないだろう。とは言え……“星霊核”にも“霊脈”にもアクセスせずに俺が出来る攻撃手段って、実はないんだよな。
まあ、肉体に蓄えた“神力”はたっぷりあるし、ヒルダの真似でもしてみようかな。
彼女が玉座の間で使用していた術式を思い出す。その仕組み、“魔力”の流れと制御、そこから省略された構成式を復元して……と。
「えっと……こう…かな。…【超重崩戟】!」
見よう見真似、ぶっつけ本番の初魔導は、まあ結果だけ見れば成功と言えた。
俺の放った魔導術は、石組みの祭壇を紙細工のようにあっさりと押しつぶし、周りの木々も巻き込んで、地面を半径二十メートルくらいに渡って陥没させた。穴の深さも、ざっと十メートルはある。
覗き込んでみると、石組みは既に石ですらなく、砂レベルにまで分解されていた。
「……って、大して魔力使ってないんだけど……これ、威力えげつなくないか…?」
そう言えば、術式というのは、魔力の乏しい生物が使うものだった。最小限の魔力で最大限の効果を生むために、効率を追求して発展した技術。
そりゃ、俺の神力で使えば、こうもなるわけだ。
…………うっかり炎熱系を使わなくて良かった。山火事なんて起こしたら大騒ぎになっていたところだ。
さて、これでとりあえず急は凌げたぞ。少なくとも、マウレ卿の子飼いの軍が地上界へ押し寄せる、という事態は避けられる。
あとは……村長か。
もともとマウレ卿の手下だったのか、騙されたのか唆されたのか……それは分からないが、魔界にいる卿と通じているからには、何も知らなかったはずはない。
魔界では、ギーヴレイがマウレ卿の動きをしっかり捕捉していることだろう。ならば俺は、村長をとっ捕まえて締め上げてやる。
理由はどうあれ、魔界と地上界を結ぼうなどと、今は時期尚早過ぎるのだ。
登山道は、おそらく石材の搬入のためだろう、非常に整備されていて歩きやすかった。おかげで縮域魔法を使うまでもなく、全速力で駆け下りた俺は、あっという間に村へと辿り着いた。
まだ、日が暮れるには時間がある。この時間、村長はどこにいるのだろう。考えてみれば、村長がどこに住んでるのかも知らない。
誰か適当につかまえて聞いてみるしかないか。
「おや、リュートさん。どうしたんですか、そんなに慌てて?」
折よく、エルネスト司祭に会うことが出来た。教会とは反対側だけれども、散歩でもしていたのだろうか?
「ちょうど良かった。エルネスト司祭、村長はどこですか?」
「え…?村長、ですか?さあ、この時間帯は、お仕事中だと思いますけど………村長が、どうかしましたか?」
呑気な司祭に、事情を話そうか一瞬迷う。下手に騒ぎを起こしたくはないが、相手は神に仕える聖職者。安易に吹聴することはないだろう。
何しろ、事情が事情だ。もう少しでこの近辺に魔族の大群が押し寄せるところだった…などと言われて村人が平静でいられるとは思えない。そこのところ、彼なら心配はない。
ルーディア教の司祭ならば、“門”や“螺旋回廊”の知識も持っているだろうし、上手く村人へ説明するにはうってつけの人材…………
………………あれ?
………何か、おかしい。
俺は、微笑を浮かべながら俺の言葉を待っている司祭を見た。
「……リュートさん?」
訝し気に、しかし司祭の笑みは崩れない。
「エルネスト司祭。アンタは……気付かなかったのか?」
「はい?なんのことで……」
その表情は、とぼけているようには見えない。しかし、
「“門”に関しては、ルーディア教の聖典にも詳しく記載されてるはずだよな」
だからこそ、“開門の儀式”で勇者一行を魔界へと送ることが出来たのだし。
「なのにアンタは、自分の目と鼻の先で何が行われているのか、全く気付かなかった…と?」
司祭は、まだ微笑んでいる。だが、その温度が、すうっと下がった。
慈愛の微笑みから、冷徹な微笑へと。
「勇者さま方が戻ってみえたとき、貴方の姿だけ見えなかったので気にはなっていたのですよ。どうも貴方は…随分と目端が利く方のようですし、ね」
お褒めにあずかり光栄だ。だが、比較対象があいつらだというのは複雑な気分。
なるほど、マウレ卿と通じていたのは、
「村長じゃなく、アンタだったんだな」
村に一人しかいない聖職者。しかも司祭ともなれば、辺境の村において絶大な信頼を得てもいるだろう。村長を唆し、村人たちを騙し、おそらく勇者たちまで利用して。
「おおかた、ヒュドラが現れたせいで作業が進まなくなって、慌てたってとこか。で、そんなところに単細胞な勇者一行が馬鹿面引っ提げてやって来たもんだから、利用してやろうって腹積もりだったんだな」
俺の表現に、司祭はくすくすと笑いだす。
「お友達に、馬鹿面なんて、失礼じゃないですか。面白い方ですね」
「お友達じゃねーよ。ただの腐れ縁だ」
ただの、魔王と勇者だ。内心で付け足す。
「……だけど、なんでだ?何故人間が、魔族に手を貸す?」
俺の疑問は当然のものだろう。地上界に魔族が攻め入ってきたとして、人間が利する要素はない。創世神亡き今、地上界に勝ち目などないのだ。
だからこそ、魔王が復活するまでは、魔界に対し静観を決め込んでいたのだろうに…。
「手を貸す…という表現は正しくありませんね。それは、私の悲願でもあるのですから」
「アンタ、自分が何を言っているのか、分かっているのか?」
それは、地上界の滅亡を望んでいると言っているに他ならない。
「当然ですよ。……ねぇリュートさん。これも何かの縁ですし、聞いてもらえませんか?私が、私たち兄弟が抱き続けた苦しみの、物語を」
冷酷な表情の中に垣間見える、これは…淋しさ、だろうか。
そして彼は、語り始めた。一人の人間と、一人の魔族の、ちっぽけな絆の物語を。
もう少しエルネストの出番を多くしておいた方が良かったかなー…と反省です。




