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世話焼き魔王の勇者育成日誌。  作者: 鬼まんぢう
天界騒乱編
309/492

第三百三話 最終兵器



 エルネスト=マウレという男は、良くも悪くもアクの弱い顔立ちの持ち主である。

 いつも穏やかな笑みを絶やさず、表情の変化も控えめ。のみならず目鼻立ちも控えめで、まあ言ってしまえば特徴のない…或いは影の薄い…顔をしているわけだ。


 だが、それは裏を返せば、見る者によって印象の大きく変わる顔とも言える。

 友好的な者は「優しげな顔」と言い、敵対している者は「腹の底で何を企んでいるのか読めない顔」と言い、どちらでもない者は「何も考えてなさそうな呑気な顔」と言う。


 …ちなみに、俺にとっては「おれのことを玩具か何かだと思ってる腹黒い顔」であったりする。



 さて、それでは相対するブラウリオの目にはどのように映っているのだろうか。


 深手を負ったはずなのに傷が跡形もなく消えているエルネストに驚愕を隠せないようだったが、それでも流石はこの地を統べる領主だけあって、無様に狼狽えたりはしない。

 強張った表情ながらも、すぐに表面上は落ち着きを取り戻していた。


 「…どういった手品かは分かりませんが……回復するというのであれば、何度でも引き裂いて差し上げましょう!」


 柔らかな口調でえげつないことを言い、ブラウリオは再び“移ろいの影”をエルネストへけしかけた。

 主の命令に忠実に、先ほどと同じように駆ける二体の精霊だが、先ほどとは違い瘴気の爪は沈黙しているためフェイントをかける必要すらなく、まっすぐにエルネストへ迫る。


 そして、まるで無抵抗に佇むエルネストを組み伏せ、無慈悲な牙を突き立てようとその顎を大きく開き………



 そのまま、動きを止めた。


 押し倒される形になったエルネストは、無言のまま。まるでやんちゃなペットを愛でる飼い主のような穏やかな表情で、二体の麒麟を見つめている。



 「な…何をしているのですか!今すぐその魔族を滅するのです!!」

 

 急に言うことをきかなくなった精霊に驚き、命令を重ねるブラウリオだが、精霊はなおも動かない。まるで、ブラウリオの声が聞こえなくなったかのように完全無視を決め込んでいる。


 「殺せ!さっさとそいつを殺せと言っている!!」


 自分が召喚し隷属させたはずの精霊の支配権が自分から失われたことに気付き、ブラウリオは愕然としながらもそれが信じられない…或いは信じたくない…のだろう、取り澄ました態度を忘れ、猛然と喚く。

 しかし精霊はその言葉に応じることはなく、ついにはエルネストに頬ずりまで始めてしまった。



 「どっ…どういうことだ!?何が起こった!?精霊が召喚主の制御を離れるなど、あるはずが……!」


 信じたかろうが信じたくなかろうが、それはもう疑念の余地はないほどに明らかだった。後ろで見ている兵士たちの目にも同様に映っただろう。


 …精霊“移ろいの影”の支配権は、既にエルネストに移っている。



 だが、信じられないブラウリオの気持ちも分からなくはないのだ。と言うか、信じられないのが当然と言うべきか。

 

 何故ならば、精霊が召喚主の制御を離れることなど普通ならばありえないからだ…召喚儀式に失敗したときを除いて。

 そしてブラウリオの召喚は誰がどう見ても見事に成功していた。そして一度主の指揮下に入った精霊が、途中で気を変えることなどありえない。


 そもそも、一般的な精霊は自我の希薄なものである。だからこそ突然呼び出した主に簡単に従いもするのだ。ましてや、“移ろいの影”は微小な精霊の集合体。強固な意思など持ち得ない。だからこそ絶対の主従関係であるはず…なのに。


 彼の目の前では、術式の理を超えた何らかの力が働かなければ考えられないような事態が、引き起こされたわけである。



 「…いやぁ、なかなか可愛いヤツらでヤンスね」

 すっかり精霊に懐かれたエルネストは上機嫌で立ち上がった。二匹の犬を従える訓練士に見えなくもない。が、彼は訓練でそれらを手懐けたわけではなく。そしてその体躯が僅かに色を暗く変化させていることに、果たしてブラウリオは気付いただろうか。



 「一体……どんな手品を………どうして私の精霊が…………いや、そんなはずはない…そんなはずは……!」

 

 ギリギリと歯軋りをしながら諦めの悪いブラウリオは、再び詠唱を始めた。エルネストは余裕の表情でそれをただ眺めている。


 「今度こそ……これならばどうだ!!」


 精霊術士としての自尊心プライドを木っ端みじんに砕かれたブラウリオが次に呼び出したのは、“移ろいの影”よりも巨大な精霊だった。炎属性なのだろうか、紅、朱、深紅と揺らめく色が特徴的な、赤い龍。


 「燃え尽きろ!」


 ブラウリオの咆哮に応えるように、龍から劫火が迸った。その熱量に、ブラウリオの背後に控えている兵士たちからも苦悶の声が上がる。が、ブラウリオはそれに全く頓着する様子はない。


 「これは、いと高き御方より賜った炎の最高位精霊!貴様如き、一瞬で消し炭も残さず蒸発させてくれる!!」


 炎の奔流が、エルネストを襲う。奴の防御力では、決して防ぎ得ない超高温の攻撃だ。

 

 しかしエルネストは、自分の前に出ようとした二体の精霊を下がらせて、その炎に手を伸ばした。何か、とても柔らかいものに触れるときのように静かな動きで。


 そしてその手に触れた瞬間、炎が色を変えた。“移ろいの影”の変化とは比べ物にならない、異常な変化。

 鮮やかな真紅から、黒い炎へと変わったのだ。



 「………な!?」

 

 その激烈な変化に、ブラウリオが間の抜けた声を出したのには笑ってしまった。いや、だって…今までで一番の間抜け面なんだもん。


 だが、驚くのも呆けるのもまだ早い。

 最初に黒く変色したのは精霊の一部に過ぎなかったのが、見る間に侵食が進んでいく。瞬き数回の間に、赤い龍は黒い龍へと変身してしまった。


 今度は言葉さえなく、自分の目の前の黒龍を見上げるブラウリオ。

 そして黒龍は、やはり主だったはずのブラウリオめがけて、黒炎を吐いた。


 「……ひっ…」

 

 しかしさすがは高位天使、見た感じは無様だがなんとかその炎を躱すと、慌てて兵士たちの後ろへと逃げ込んだ。


 ……部下の後ろに隠れるって……戦術的には間違ってないかもだけど、格好悪いことこの上ない。盾にされた兵士たちも、黒龍に怯えながらも主の醜態にドン引き顔だ。



 「…さて、皆さん。勝ち目がないことはお分かりいただけましたでしょうか…でヤンス」


 うっかり本来の口調に戻りかけて、あわててヤンスを付け足すエルネスト。もういい加減ハティヴェは捨ててもいいんじゃないかな。誰もそんなの求めてないよ。


 静かに問いかける(語尾は間抜けだが)エルネストに恐怖を隠し切れず、兵士たちはジリジリと下がり始める。脱兎の如く逃げ出さないのは褒めてやりたいが、肝心の領主が一番の逃げ腰だったりする。


 いやぁ、情けない主人を持つと苦労するねぇ。



 …それにしても。

 後ろで見ていて、ちょっとばかり自分の選択に危機感を抱いてなくもなく。


 エルネストが行使した力…俺が与えた理への干渉権限、“権能ファクルトゥス”。

 俺が奴に赦したのは、「分析・解析・改良」である。


 それは単純にこの世界エクスフィアでの食生活を豊かにしたかったがためなのだが、そして実際に奴はこの力で次々と食材の改良・開発を成し遂げているのだが。



 ……想定外の用途で使うと、めっちゃ怖いやん。


 それもそのはず、結局のところ奴の権能の本質は、「変化・変質」なのだ。

 尤も、「創造」ではなくあくまでも「変化・変質」なので無から有を生み出すことは出来ないし、対象の性質を否定するような変化を与えることも出来ない。

 例えば、炎を氷に変える…とか。


 けれども、精霊を変質させて自分の眷属にしてしまうことは出来るわけだ。

 理レベルで書き換えられてしまったために、ブラウリオの支配権は根こそぎ取っ払われてしまった。

 どれだけブラウリオが精霊を召喚しても、全てエルネストに支配を奪われてしまうことになるだろう。


 

 ……うーん……これ、悪用されたら非常にマズい力だよね…。

 幸い、行使するエルネスト自身と同等以上の存在値を持つ相手に対しては効力を発揮することはないけれど……こいつ、魔王の側近かつ数少ない眷属だからねー。

 戦闘力とか魔力とかとは別の話で、単純にエルネストと存在値でタメを張るヤツなんて、それこそ武王とかルガイアとか、四皇天使クァティーリエくらいなんじゃない…?


 いやいや、それを言うなら権能ファクルトゥスを与えた武王たち全員に同じことが言えるのだけども、なんつーか、エルネストの忠誠ってちょっと独特なんだよね……。



 ……うん、変なことを思いつく前に、後で釘を刺しておこう。



 「な、何をしているお前たち!さっさとその魔族を殺せ!!」


 扱いに困る部下の処遇に関して考え込んでいたのだが、ブラウリオが部下に怒鳴り散らす声で現実に引き戻されてしまった。


 「魔族は滅ぼさねばならんのだ!今こそ御神のご意思に忠誠を示すとき!!」


 なんか勇ましく喚いているけど、部下たちの後ろに隠れたままなので全然格好良くない。で、主であるブラウリオの命令ではあるけれどもエルネストが怖いのと、ブラウリオが情けないのとで兵士たちはなかなか動けない。


 おそらく、真っ先に逃げたら咎められるだろうから、誰か先に逃げ出してくれないかなー…とか考えているのだろう、兵士たちはざわつきながら互いに目配せし合っている。


 そんなとき。



 「………魔王だ……」


 ざわめきの中から、ぽつりと小さな呟きが漏れた。

 他の声にかき消されそうなくらい小さな声であったのにも関わらず、その短い単語の持つ重大性ゆえに、それはそこにいる全員の耳に容赦なく飛び込んできた。



 「……魔王、だって…?」

 「ああ……そうだ、間違いない……あれは魔王だ……」


 ざわざわざわと、呟きが一層の恐怖と共に波紋のように伝染していく。

 その場にいる誰もが驚愕に目を見開き慄いているが、多分この中で一番驚いているのは間違いなく俺だと断言出来る。


 だって……


 なんでバレた!?

 俺、何もしてないよね?動いたの全部エルネストだよね?

 まだ“星霊核アストラル・コア”に接続もしてなければ、術式の一つも使ってないよ?


 なのになんで……



 「領主様の精霊を奪うなんて……そんなこと、魔王でもなければ出来るハズがない!!」



 ………ん?



 「そうだ……触れただけで炎が黒く……あれは、魔王の業だ」

 「それに、傷が一瞬で治ったのも………」



 ………んん?



 気付けば、兵士たちの視線がエルネストに集中している。エルネストを指差し(人を指差しちゃいけません)、口々に「魔王だ」「魔王だ」「おお神よ、お助け下さい」と唱えている。



 ……ちょっと待てい。


 もしもーし、そいつは魔王じゃありませんよー。魔王、こっちにいますよー。



 ……とも言えず。

 エルネストにしても、まさかここで俺が魔王だとバラすわけにもいかず、困ってい…



 「いえいえ、そんな畏れ多い。私は魔王陛下ではありませんよ。こちらにおわ」


 っっすぱーーーーーーん!!!!



 間違いなく「こちらにおわす御方こそが魔王陛下にあらせられます」と口走りそうになった忠臣(?)に、ここ最近で一番のツッコミを入れてやった。

 勿論、使ったのは例のハリセンである。やはり夜なべして作っておいて正解だった。


 

 …今日この時ほど、備えあれば憂いなし、という言葉の意味を痛感したことはなかった。

 

 ハリセン、最終兵器である。

初めはエルネスト、ツッコミ役だったはず?なのですが、最近すっかりボケ役が板についてきました。

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