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世話焼き魔王の勇者育成日誌。  作者: 鬼まんぢう
天界騒乱編
307/492

第三百一話 伏兵






 神託の勇者一行と三名の天使族との戦いは、小一時間ほど続いていた。

 

 ノエと斬り結ぶアルセリア、アビゲイルと互いの技を打ち消し合うヒルダ、クェンティンの格闘に真向から対抗するアリア、そして要所要所で補助術式…回復や敵の牽制、防御…を繰り出す後衛のベアトリクス。

 その力は拮抗し、膠着状態はなかなか解消しない。


 だが、不意に事態は動いた。



 クェンティンと拳を交えるアリアには、四人(クォルスフィアはアルセリアの武器なので除外する)の中で最も余裕が見られた。

 人間形態である現在、本来の姿よりも攻撃力・防御力が大きく制限されている彼女ではあるが、反応速度が変わるわけではなく身のこなしに至っては身体が小さい分優れている。充分以上に、クェンティンの猛攻に対応出来ていた。


 「…ちょっとお姉さん、なんか、反則チックじゃない?」

 息の上がってきたクェンティンが、涼しい顔のアリアに抗議する。手数は同じくらいのはずなのに、自分だけが消耗しているようなのが不思議なのだ。


 「さて、強さを反則と言われてしまえば確かにワタシは存在そのものが反則やもしれぬのう…」

 クェンティンの抗議を称賛と捉え得意満面に頷くアリア。他の四人と違って、彼女は自分の勝利を確信している。


 だが。


 「それでは、力の差を知ってもらったところで、終わりにしようかの」

 獲物に飛び掛かる肉食獣の笑みで、アリアが最後の攻撃に出た。


 右、左、上…と、決して読み辛いわけではないが鋭い攻撃に、スタミナの切れかかったクェンティンは躱すのがやっとの体。覚束なくなった足元への攻撃に、とうとう彼はつんのめって床に手を突いた。


 「往生するがいい!」

 勝利の宣言と共に彼の顔面へ拳を繰り出すアリア。クェンティンが動けないことが分かっているので、やや大振りである。


 そのとき、乾いた音が空気を切り裂いた。


 それは、何かが弾けるような、何かを叩きつけたような、彼女らが今まで聞いたことのない音だった。


 アルセリアも、ヒルダも、ベアトリクスも、その音に一瞬動きを止める。

 そしてアリアは、


 「……なんだ、これは……?」

 その肩口を鮮血に染め、茫然と呟いた。



 生まれてからすぐに創世神の祝福を受け、一千年の時を神殿の奥底で眠り続けて来たアリアにとって、痛みはそう慣れたものではない。

 ましてや、自分の血を見る経験などほとんどなかった。


 魔王のような超常の存在であればともかく、天使族程度に自分が傷付けられるとはついぞ思っていなかった彼女は、まるで幼子のようなポカンとした表情で自分の手に付いた血を見た。



 「……アリア!」

 演技も忘れて、アルセリアが叫ぶ。ベアトリクスが、治療のために駆け寄ろうとしたが、再び乾いた破裂音が立て続けに二、三回鳴り響き、同時にベアトリクスの足元に小さな穴が穿たれた。


 

 「…遅いじゃないか、ソロウ」

 膝をついたまま、不敵に笑ってあらぬ方向へ声をかけるクェンティン。その声に応えるように、吹き抜けの上の二階廊下に、新たな影が現れた。


 「…………………」

 クェンティンの恨み節には答えず、ソロウと呼ばれた陰気臭い表情の男はアリアに向かって腕を突きつけた。その手には、見たことのない物体…状況からして武器には違いないが…が握られている。


 それは、筒に取っ手を付けたような形状をしていた。材質は黒光りする金属。取っ手の根元に小さな爪が付いていて、ソロウの人差し指はそれに添えられている。


 

 「それ…は、一体……?」

 痛みに耐えながら問うアリアの言葉を待たず、ソロウの人差し指が僅かに…離れている彼女らからは分からない程度に…動いた。立て続けに二回。


 それとほぼ同時に、アリアの腹部と大腿部に二つ目、三つ目の穴が穿たれる。



 「……ぅあ……」


 さしものアリアも身体に三つの穴を開けられては堪らない。苦悶の声を上げ、膝をついた。


 さきほどは阻まれたベアトリクスだったが、再びアリアへと駆け寄る。それは身の危険を顧みない行為ではあったが、何故かソロウは動かなかった。


 

 「今、治癒を……」

 アリアの身体に手をかざし、ベアトリクスが治癒術式を行使する。完全な治癒は望めないが、“聖母の腕クレイドル”の効果範囲内にいる以上は通常の術式よりも格段に効力を増すはず。


 しかし、ベアトリクスの表情は冴えなかった。

 傷が、一向に塞がらないのである。流血の勢いも、止まる様子がない。


 その表情に焦りと疑問を感じ取ったクェンティンが、何も言わないソロウの代わりに説明を始めた。

 「ああ、紹介が遅れちまったな。上にいるアイツはシプリアノ=ソロウ、オレたちの仲間。んで、アイツの持ってる武器が鋼筒はがねつつっつって、火と風の精霊を宿らせて魔導鋼の玉を撃ち出す特殊武器さ」


 「…さらに言えば、魔導鋼には術式阻害の特殊効果を付与してある。治癒術式は無駄だ」

 クェンティンの説明に付け加えるように、ソロウが初めて口を開いた。


 思わぬ伏兵に、アルセリア、ヒルダ、ベアトリクスの三人に緊張が走る。

 術式阻害の効果を持つということは、防御術式でそれを防ぐことが出来ないということ。


 ソロウの武器は、アビゲイルの鞭の速度を遥かに超えている。しかも動きが非常に小さいせいで、攻撃のタイミングが判別出来ない。


 いくら人間形態を取っているとは言え、“聖母の腕クレイドル”の恩恵を受けた状態でアリアに深手を負わせた攻撃だ、他の三人が受ければダメージはそれどころではないだろう。


 さらにソロウは、腰に付けた収納袋ホルスターからもう一つ同じ武器を抜き出した。

 両手にそれぞれを持ち、暗く陰湿な目で眼下を見遣る。



 そして、敵はソロウだけではない。



 「……気が逸れておるようだぞ、娘」

 アルセリアの狼狽を突くように、ノエが動いた。それでも不意を突かないのは彼の矜持のゆえか。

 心に焦りが生まれたアルセリアは反射的に応じるが、その反応に僅かながら翳りが見える。仲間が危険だという心理が、彼女に枷を嵌めてしまったのだ。


 『アルシー、落ち着いて!まずは目の前の敵を片付けることだけを考えよう!』

 手の中のクォルスフィアが、アルセリアにしか聞こえない声で呼びかけてくる。


 「わ…分かってる…わよ!」

 叱咤激励に答え(図らずもノエの呼びかけに答える形にもなった)、アルセリアはなんとか集中を取り戻そうとする。


 だが、アリアと、何よりベアトリクスへの危惧が心から去らない。

 

 ベアトリクスは、後衛専門だ。身体技能はヒルダと似たり寄ったり。それでも物理・魔導両方に対する防御手段を有しているため、補佐の無い状態での戦闘にはヒルダよりも向いている。


 だが、それもあくまで術式が有効であれば、の話だ。障壁が無効化されてしまうのであれば、ベアトリクスに身を守る術はない。


 早くノエを倒し、彼女らの支援に向かわなければ。

 そう逸る心が、逆に彼女の動きを鈍く単調にする。そしてその好機を見逃すノエではない。単調になったアルセリアの剣を捌く様子に、彼の余裕が戻って来たことが窺われた。


 「…私も、早く終わらせたいのに……」

 恨みがましく呟いたアビゲイルに、ヒルダは躊躇なく術式を連発する。その力技に押されてなかなか攻勢に出られないアビゲイルではあるが、同時にそのような無茶な攻撃が長く続くはずはないと悟っていた。

 目の前の幼い魔導士の魔力が尽きた瞬間が自分の勝利のときだと、その機会を辛抱強く待ちながら今は防御に専念している。



 「……このままでは……」


 形勢が敵側に傾きつつあることを察したベアトリクスは唇を噛みしめる。しかしこの状況でそれを打開する術を、彼女は持っていない。

 何か、何かないのか…事態を打破する妙案がないかと頭の中の引き出しを猛烈な勢いで開きまくるベアトリクスの腕の中で、アリアがピクリと動いた。



 「…駄目ですアリア!じっとしていて下さい」

 動けば出血が酷くなる。術式での治癒が不可能だと知らされたベアトリクスは、やらないよりはマシだと包帯での止血を施している真っ最中だった。


 見下ろすソロウは、余裕のためかまだ動かない。だがその感情の見えない冷たい泥を思わせる眼は油断なく彼女らを捉え、その殺意は健全であると彼女らに知らしめていた。



 「……く、くく……」

 アリアの口から洩れた声。ベアトリクスは初め、苦悶の呻きかと考えた。

 しかし密やかなその声は少しずつ大きくなり、それが笑い声であることに彼女は気付く。


 「ククク……面白い。実に面白い。このワタシに、傷を負わせるとは……実にやりがいのあることだ」

 顔を上げたアリアの双眸に未だ衰えを知らぬ闘志を見て取り、ソロウは自分の余裕が誤りであると知る。

 どうやらこの女は、身体に穴を開けられたくらいでは屈しないらしい。ならば頭を撃ち抜いてくれる、と照準をアリアの頭部に定めたソロウであったが。


 その人差し指が動く直前に、彼は狙いを見失った。



 ……否、見失ったわけではない。アリアは依然として彼の視界の中にいる。

 だが突然に膨張し変化したその姿に、ソロウはそれが今までの自分の標的と同じであるという考えを俄かには持てなかったのだ。


 アリアの変化は一瞬だった。

 一瞬にして体積が爆発的に増加し、ベアトリクスの巻いたばかりの包帯は膨張に耐え切れずあっさりと千切れ落ちた。



 「……………!」

 「…へ?……う、嘘だろ………?」


 今度は、クェンティンとソロウが茫然とする番だった。

 顕現した空色の巨躯を見上げ間抜けな声を出したクェンティンと、今まで見下ろしていたはずなのに目線が同じくらいになってしまったことに声も出ないソロウ。

 彼らは、先日の工場建設の管理者が保身のために報告を怠ったがために、天空竜アリアの存在を知らなかった。

 だが、それが特別な個体であることに気付かない程愚かでもない。



 「…忌々しい、忌々しいが、面白い。さあ、再び見せてみるがいい、我が肉体を撃ち抜いてみせろ!!」

 

 天空竜アリアが咆哮した。

 それは覇者の雄叫びにも似て、聞く者の魂を畏敬で縛り付ける威厳と重圧を兼ね揃えていた。

銃、出してみたかったんですよね。

最初は六武王フォルディクスの武器にする予定でしたが、ちょっと地味なので地味な人の武器にしちゃいました。

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