第二百九十九話 舞踏への招待
リュートとエルネストが、ブラウリオを探して屋敷中を駆けずり回っていた頃。
アルセリア、ベアトリクス、ヒルダ、キア、そしてアリアの5名は怪しげな扉を見付けていた。
何が怪しげかと言えば、その大きさも外見もさることながら、進んで来た長い通路には他に扉など一つも見当たらず、突き当たったところにこの扉だけが彼女らの行く手を阻んでいるというのが、怪しくないというはずもない。
「……なんだか、これ見よがしなドアだよね」
扉に近付いて、クォルスフィアがそれを調べながら言う。
「鍵は、かかっていないみたいだけど……どうする?」
「どうするって、開けてみるに決まってるじゃないか!」
クォルスフィアの問いかけに、未だ演技を続けている(周囲には彼女ら以外誰もいないのに)アルセリアが威勢よく答えて、扉に手を掛けた。
重厚そうな扉だったが、それはほとんど手ごたえもなくあっさりと開く。
そのまま誘われるように5人はその向こうへと足を踏み入れた。
「……舞踏場…?」
「えらく広い部屋だのう」
部屋を見渡して、アルセリアとアリアが呟いたそのとき、
「そのとおり。ここはお客人をもてなすためのパーティー会場さ」
予期せぬ答えが、返って来た。
そして直後、彼女たちの背後で扉が再び閉ざされる。
「…誰!?」
アルセリアの誰何に応えて、柱の影から現れたのは三人の天使。
明るい茶髪の軽薄そうな若者(おそらく先ほどの声の持ち主だろう)と、無骨な男、そしてその二人の背に隠れるようにしてこちらの様子を窺う気弱そうな女だった。
「やあやあ、いらっしゃいお客人。オレはこの屋敷の主に仕えるおもてなし隊長、クェンティン。何をトチ狂ったのかここに侵入した愚かで哀れな客を丁重にもてなして、楽しんでいただくのがオレの仕事さ」
軽薄な笑みの中に残忍さを隠しもせず、大仰に一礼する若者、クェンティン。
その横にいる仏頂面の男が、それを捕捉するように付け加えた。
「我らは、この地の領主エイヴリング卿に忠誠を誓う者。屋敷への侵入者は全て排除せよとの命を受けている。其方らには悪いが、ここで死んで戴きたい」
そして、さらに付け加えるように、
「…申し遅れた。我が名はノエ=ノークス。ブラウリオ=エイヴリングを主と仰ぐ者也」
と、律儀に名乗る。
名乗ってもらったのだから、こちらも名乗り返さないわけにはいかないだろう。
しかしここで名乗るべき名は、決まっている。
「俺はカイン。世の中の腐った連中の性根を叩き直すエドニス・ファミリーの特攻隊長さ。で、こっちは弟のアベル」
「…あ、ども」
いくら仮面を付けているとは言っても、鼻から上しか隠れないベネチアンアイマスクである。名乗ったのも弟と紹介されたのも少女であると分からないはずもないが、三人の天使はきっと何か訳アリなのだろうと勝手に解釈してそこにはツッコまなかった。
訳がないわけではない。一応、正体を隠すというれっきとした理由があったはずなのだ。
だがそれをほとんど忘れてしまった今となっては、ほとんど只の悪ノリである。
さらに、
「私は、エドニス・ファミリーの参謀をしております、マーヴィンと申します。どうぞよろしく」
「……カミロ、です。はじめまして……」
アルセリアやクォルスフィアよりも幾分自然な態度で、ベアトリクスとヒルダも続く。この二人は比較的自分に近いキャラを割り振られているので、アルセリアたちほど違和感はない。
しかし問題は……
「ふふふ、そしてこのワタシが、時に主人公を助け時に翻弄し、敵にもなれば切り札にもなる幻惑の美女、ミルドレッドであるぞ!!」
物語もキャラクターもイマイチ(どころか全く)理解していないアリアだった。
「ちょ…アリア…じゃなくてミルドレッド!なんでそこで説明台詞が入るの?しかも自分で美女とか言っちゃダメじゃない!!」
「アル…カイン兄さん、言葉戻っちゃってるよ……」
「何?何が問題だと言うのだ。ミルドレッドと名乗るように言ったのは貴様らではないか」
「いや…言ったけど、そうじゃなくてさー……」
「まあまあ皆さん、今はそんなことを話している状況ではありませんよ」
「………グダグダ…………」
「そうではない?だったらどうだと言うのだ?せっかく貴様らに合わせてやっているのにその言い草はないだろうが!」
「合わせてやってるって…何よアリアだってノリノリだったじゃない恩着せがましくしないでよね!」
「ねぇ、カイン兄さん…演技はもういいの?」
「ですから皆さん、それどころでは………」
「……グダグダ………話がすすまない………」
エドニス・ファミリーが何やら揉めている間、クェンティンたちは待ちぼうけを食らっていた。
が、やはり何か訳アリなのだろうと考えている。
「なあ、ノークスの旦那。オレたち、ここで待ってればいいのかな…?」
「ふむ、あやつらにも色々と事情があるようだな。どのみち死んでもらう相手ではあるが、ここは広い心で待つとしよう」
そしてそんな彼らの広い心に甘えるように、エドニス・ファミリーは未だにごちゃごちゃやっている。
「そもそも、ミルドレッドとはそういう人物であるとワタシに言って聞かせたのは貴様ではないか勇者よ!それなのに今さらケチを付けるとはどういう了見だ?」
「ちょっと、その前に勇者って呼ぶのやめてよね!」
「カイン兄さん、言葉…………はぁ、もういっか」
「ですから皆さん、今はそれどころでは………」
「………グダグダ…………もう、めんどい」
あわやエドニス・ファミリー絆崩壊か…と思われたところで、その危機を救ったのは意外な人物だった。
「………酷いです………………」
弱々しい、しかし恨みが目一杯含まれた嘆きの声に、思わずその場にいた全員が動きを止め、その声の持ち主を見た。
「酷い……私、まだ自己紹介してないのに…私だけ…まだなのに……みんな私のことなんか無視して……そう、私のことなんかどうでもいいんだ………」
今や全員の注目を浴びることが出来ているのにも気付かず、陰気な女はノエ=ノークスの背後に隠れたままでブツブツと嘆き続ける。
「どうせ、いつだってそう……私のことを置いてみんなで楽しそうに……私のことを気にしてくれる人なんて、誰もいない………」
ハラハラと涙を流しながら、恨みがましい表情と声で呟き続けるその姿はちょっとした妖怪のようにも見えた。
「あ……アビー、アビゲイル…?何を馬鹿なこと言ってるんだよ、オレが君のことを気にしないときがあったかい?」
しまった!という顔をして、クェンティンが慌ててその女を慰めにかかった。
ノエは気まずげながらも知らぬフリを決め込んでいる。
「ウソよ……あなたはいつも他の人のことばっかり。あの子らがちょっと可愛らしいからって、私を捨てるつもりなんでしょう…?」
「な、そんなわけないだろう!オレには君だけなんだって、何度言えば分かってくれるんだよ!」
「そんなの……そんなの信じられるわけないじゃない!!!」
それまでウジウジと泣いていた女…アビゲイルと呼ばれていた…は、突如声を荒上げた。
金切声で、クェンティンに詰め寄る。
「この前だって、知らない女の人と一緒にいたわよね!?私知ってるんだから!!」
「え!?……い、いや、それは君の気のせいだよ………そう!あれは、新しく入った女中が屋敷の中で迷ったって言うから、案内して……」
「案内がてらに良くないことしてたんでしょう!?」
…あ、この人もギルと似たようなゲスなんだ…とクォルスフィアは思ったが、何も言わないでおいた。
「それに、先週は一緒に出掛けてくれるって言ったのに!!」
「いや、だからそれは仕事で…」
「あなたいっつもそればっかりじゃない!仕事と私とどちらが大事なのよ!?」
「そ……そんなどちらがって、比べるなんて」
「もう、知らない!!!」
突如始まった男女バトルに、自分たちも揉めていたことをすっかり忘れて見入ってしまうエドニス・ファミリーの面々。
こういうのは見ていて(他人事であれば)面白くもあるが、気まずくないと言ったら嘘になる。
「……なぁ、アベル。俺たちいつまで待ってればいいのかな?」
「…うーん……なんか大変そうだし、もう少し待っていてあげようよ」
生温かい目でクェンティンとアビゲイルを見守ることにしたアルセリアは、ふと残りの一人、ノエと目が合った。
「………いや、何と言うか……お恥ずかしい」
「いえ、その……大変ですね」
居たたまれなさに身を小さくするノエが、不憫に思えるアルセリアであった。
こういうときに一人だけ常識的だと苦労するのよねー、と思う。
ただし、その常識人が自分たちの中に存在しないことには、気付いていなかった。
グダグダです。敵も味方もグダグダです。
人間味を出そうとすると何故かグダグダになる鬼まんぢうです。




