第二百九十七話 怪傑エドニス
「…な、なんだお前たちは!?」
突然玄関のドアを派手にブチ破り侵入してきた曲者に、屋敷の警備兵はごく当然の質問を投げかけた。
……もちろん、いつでも叩きのめせるよう、戦闘態勢で。
「…え……と、俺たちは、あー…なんて言うか…」
「ちょっとリュート!そこでもごもごしない!エドニスの口上はさっき教えたでしょ!?」
アルセリアが、こそこそと、しかし強い口調でプレッシャーを掛けてくる。
「え……マジでやんの?ちょっと勘弁してくれよ」
「何言ってんのよ。何のために練習したと思ってるの?いいから、ほら、早く!」
「あーーー、もう、仕方ないなー」
俺ことエドニスは、仕方ないので腹を括ることにした。こうなったらヤケだ。笑いたければ笑うがいい。
取り巻く兵士たちの前に一歩進み出ると、
「ハハハハハ、強欲な者よ、我が名を聞くか?ならば答えよう。…我が名はエドニス……エドニス=ア・ラ=キュイエール!貴殿らに破滅を与える者なり!!」
「…………………」
「…………………」
「…………………」
……ああ!沈黙が!沈黙が痛い!!
芝居がかった台詞に、兵士の皆さんポカーンとしてらっしゃる!
ほらぁ、だからイヤだったんだよ。こういうのって、相手もノッてくれなきゃ虚しい&恥ずかしいだけなんだからさあ!
……と、思ったんだけど。
「……エドニス…だと?怪しい奴め!」
「ここが、この地の英雄にして領主でもあるエイヴリング卿のお屋敷だと分かっての狼藉か!?」
「ええい、構わん。排除しろ!」
……あらら?あららら?なんか意外に反応が………
胡散臭いベネチアンアイマスクを装着して胡散臭い口上を述べた胡散臭い侵入者に対して、律儀に答えてくれる警備兵たち。思ったより人が好いのかもしれない。
「ふっふっふーん。良い感じに盛り上がって来たじゃない。それじゃリュー…じゃなくてエドニス、蹴散らすぞ!」
ノリノリなアルセリアが、何か変。
「おい、アルセリア。お前何だか口調おかしくない?」
「………チッ」
ああ、舌打ち!今、舌打ちした!!
「だーかーらー、私はエドニスの右腕、カインだって言ったでしょ?」
「…え、言ったっけ?」
「もぉー!最初に役どころの説明はしたじゃない!私がカインで、ビビが参謀のマーヴィンで、ヒルダが最年少の見習いカミロだって」
……そう言えば出発前にやたらと盛り上がってきゃいきゃいやってたような気がするが、そんな話をしてたのか……つか、どうでもいいじゃんそれ。
「そうですよ、エドニス。…ということで、わた…僕のことはマーヴィンと呼んでくれたまえ」
……ビビまでなりきっちゃってるし。
てことは、ヒルダも……?
「ボク、頑張るよエド兄」
……………………!
俺、悶絶。
兄って呼び方!兄って呼び方もいい!!
「ふっふっふ。そしてこのワタシはミルドレッドとかいう役らしいぞ!……いまいち掴みどころのない輩なのだが」
アリアもご満悦だが、どうも自分の役が理解出来ていないらしい。こいつは「怪傑エドニス」を知らないんだから仕方ないか。
「まあ、ミルドレッドはちょっと難しい役だからね。時と場合によっては味方になったり敵になったり、エドニスに協力したり罠に嵌めたり、けど決めるときにはバシッと決めるキャラなのよ。…まあ実はお色気担当なんだけど」
と、アルセリアの講釈なのだが、それはつまりル〇ン三世における不二子ちゃんみたいなものか?
それ、アリアに務まるのか?
そりゃあ、黙って立ってればこの中で一番妖艶な美女っぽいけど。
「ちなみに私は、カインの双子の弟のアベルだって。アルシーと一緒にいなくちゃいけないから、なし崩し的に双子になっちゃった」
キアはそう言いつつも、まんざらでもなさそうだ。武器である(現在はまだ人間形態だが)彼女も役をもらえて嬉しいのだろう。
……あれ?それじゃあ……
「エルネスト、お前はどんな役なんだよ?」
俺は、後ろに控えているエルネストを振り返った。
そして、奴にしてはひどく珍しい仏頂面を見る。
……機嫌の悪そうなエルネストなんて、初めて見るかも。
「……私は、御身にお仕えする小姓役だそうです」
そう、投げやりな口調で答えるエルネストだが……
え、何?俺の小姓役がそんなに嫌なの?
だって、いっつも御身に忠誠を~とか言ってくれてるじゃん!忠誠誓ってくれてるじゃん!
実は嫌だったりするわけ!?
「その小姓、ハティヴェですが、とにかくドジでおっちょこちょい、妙なことに首を突っ込んでは主のエドニスを困らせるキャラクターのようでして」
「あーーー、それは適役じゃないか」
「酷いですへい…じゃなかったお館様!!」
……なんだよ結局ノリノリじゃねーか。
ドジでおっちょこちょい……ああなるほど、ご老公一行のうっかりが口癖の人ね。
ま、道化としてはエルネストにぴったりの配役……
「お、おい!貴様らいつまで遊んでいる!!」
あ、兵士の人に怒られた。
俺たちがわいわいやってる間にすっかり臨戦態勢で、でも俺たちがいつまでもわいわいやってるもんだから飛び掛かるタイミングを逸していたようだ。
「あー、悪い悪い。それじゃ、仕切り直しということで……ゴホン」
俺は改めて、エドニス=ア・ラ=キュイエールになりきることにした。
「…悪逆の徒よ。命が惜しくば立ち去るがいい。さもなくば、我が刃の露となれ!」
腰の剣を抜き放ち高らかに告げる俺。
警備兵たちは一瞬怯んだようだが(付き合いのいい連中である)、すぐに態勢を立て直すと、
「構わん、領主様から侵入者は全て排除しろと仰せつかっている!全員生きて返すな!!」
リーダー格と思しき男の号令と共に、一斉に襲い掛かって来た。
……と、まあ、ここでの戦闘描写は割愛させていただく。
さすがにまともな勝負にならなかった。
ここの警備兵たちは、お世辞にも高位とは言い難い。加えて、魔王の加護を得た上で各種パラメータを大幅に向上させた神託の勇者一行に、単独で高位天使とガチンコ勝負が出来る神格武装、竜族最強種、そして魔王の側近。
瞬殺というほどではないが、暴れん坊な征夷大将軍が曲者をやっつけ終わるのと同じくらいの時間…テーマソングが1コーラス流れるくらい…で片がついてしまった。
「君たち、分かっているとは思うが…」
「もちろんさエドニス。殺しはオレたちの主義じゃないからな!」
相手を殺していないかを確認するエドニス(俺)に、自信たっぷりにカイン(アルセリア)が答えた。
そしてエドニス(俺)は自分の仲間たちに怪我がないことも確認する。
「…よし。ならば進もう、悪辣な独裁者に苦しむ民のためにも!」
『おう!!』
芝居がかった大げさな口調に、全員が一丸となって拳を振り上げる。
そう、ここにいるのはエドニスファミリー、人知れず悪を討つ正義の徒。
我々の刃により、弱き人々の安寧は守られる。
立ち塞がるのが如何に強大な悪だったとしても、この背中に憂える人々がいる限り、立ち止まることは許されない。
全ての悪が滅び、正義の光が世界に満ちるまで、この私、エドニスはただ前へと突き進むのだ、たとえこの身が朽ち果てようとも!!
……あ、ちょっと楽しくなってきたかも。




