第二百九十五話 何事にも遊び心は大事だけど時と場合にもよると思う。
「問題は、中央殿の出方だ」
食後のお茶を飲みながら。
俺たちは、サロンへ移動してこれからのことを話し合っていた。
「確かに、ブラウリオ=エイヴリングが中央殿と繋がっている以上、彼に対する一揆が黙認されるとも思えませんね」
「何らかの介入、或いは報復措置があると考えた方がいいでしょう」
ビビの発言に、エルネストが付け加える。なんとなく面白がっている様子は相変わらず。
が、それは事実だ。
ブラウリオが辺境で民を苦しめて好き勝手やっているただの小悪党であれば、正当な理由を持ち出して領主をイライアス…もしくはグラナティスに挿げ替える、というのも不可能ではない。
民に対する過剰な重税、住環境の汚染、おそらく真っ当ではない手段で私腹も肥やしているだろう。
そういった情報を直接中央殿に持ち込めば、彼を失脚させることも出来る。
なにしろこちらには、風天使と執政官、元・執政官が付いているのだから。
しかし、中央殿が奴の背後に付いているとなれば話は別だ。
どれだけ正当な理由を持ち出したとしても、「そんなの捏造だ、はい却下」となって終わりである。
そして逆に、イライアスをリーダーにして領民たちが一揆なんて起こそうものなら、彼らの方が逆賊。下手すると中央から討伐隊が送られてきかねない。
そしてその可能性は、イライアスにも分かっている。
分かってるからこその、「後戻りは出来ない」発言だ。
「中央殿が本腰を入れれば、我々に勝ち目はありません。しかし、現在中央殿は執政官評議長の選挙を控え、こんな辺境に関わっている場合ではないはずです。そこを突くことが出来れば…」
「けど選挙が終わったら?」
「それまでに片を付けて、中央殿の立ち会いのもとで和解に持っていければ…と思っています。幸い、こちらには口利きをしてくださる方もいらっしゃるので」
なるほどイライアスの計画としては、中央がゴタゴタしている隙をついて一揆を成功させてこの地を占拠し、その後中央殿とはやりあわず、グリューファスあたりの力添えで領主側との和平交渉の席を設けよう、というわけか。
確かに、一番穏便に済ませられる方法…かもしれない。
が、果たして……
「それ、上手くいきますかねぇ…?」
ニコニコしながら懐疑的なことを口にするエルネスト。どうもこいつは、エイヴリング夫妻を怒らせたい一心らしい。
が、鈍感なのか人が好いのか、彼らには一向に伝わっていないっぽい。
因みに、意見そのものは俺もエルネストに同意である。
「同感だ。中央殿からしてみれば、ブラウリオは手駒であると同時に、月照石の重要な供給元だ」
そしてそれは、べへモス召喚には欠かせない。
「ブラウリオと月照石の精製が中央殿の実利になる以上、連中はブラウリオの肩を持つことは間違いない」
それに、イライアスが頼りにしているのはおそらく風天使なのだろうが…
「月照石に関しては、水天使が絡んでる。となると、四皇天使連中は、少なくとも表向きはそれに賛成せざるを得ないだろ。天界のトップを敵に回して、それでもまだ和平交渉とか言っていられるか?」
「…それは…………」
俺の言い方は少しばかりキツかったかもしれない。だが、これも事実だ。
クーデターなんてのは、事実を無視して希望的観測に基づいて推し進めるものじゃない。
「しかしのう、リュート。どのみちこやつらに後がないのは変わらないであろう?であれば徒花を咲かせるのもまた一興ではないか」
「徒花とか言うな」
アリアが縁起でもないことを言い出した。まるで失敗することが決定してるみたいじゃないか。
……まあ、言いたいことは分かるけど。
「もういっそ、徹底的に抗ってレジスタンスにでも入ってしまえばいいのではないですか?」
エルネストも無責任なことを。ここの領民は大半が農業や牧畜業だぞ。地下に潜って抵抗運動なんて、生活が成り立たないだろうが。
それに、正直言って戦力的にも頼りにならない。
……が、確かにアリアの言うとおり、民衆は立ち上がっても立ち上がらなくても、行き着く先は変わらない。
極端な表現をしてしまえば、死に急ぐか生き地獄を味わうか、の違いくらいで。
「だったらさ、第三勢力の介入ってのはどう?」
……?
アルセリアが変なことを言い出した。単細胞のくせに第三勢力って…
………第三勢力?
「私たち、「怪傑エドニス」になっちゃうとか」
「……!それは、いいかもしれませんね」
「……まことーのほーまーれー♪…?」
なになに、君たち何言い出したの?
ビビはなんか分かってるっぽいし、ヒルダに至っては変なの歌い出したし。
真の誉れ?
???
三人娘はそれだけの遣り取りで分かり合っているようだが、俺含めそれ以外の面々はついていけてない。
顔に?を浮かべている俺たちに気付いて、アルセリアが説明をしてくれた。
「怪傑エドニスっていうのはね、地上界で有名なお芝居のタイトルなの」
「……お芝居?」
「そ。貴族出身の義賊エドニスが、悪い役人とか王様とかを懲らしめるって話」
……あー……ウィリアム・テルみたいな?
「…で、俺たちに義賊になれって?」
「大事なのは、エドニスの姿勢なのよ。彼は義賊だけど、決して民衆と慣れ合おうとはしないの。そんなことをすれば、民衆が自分の味方なんだと思われて彼らに害が及ぶかもしれないから」
ほうほう、なかなか思慮深い御仁のようだ。
「で、悪い奴から取り上げたお金をこっそり貧しい病院とか孤児院とかに置いていったり、民衆を苦しめる偉いヤツを取っちめたりはするんだけど、それが自分たちの仕業だとは絶対に言わないのね。で、普段は素知らぬ顔で山賊とかやってるわけ」
……しかも、かなり徹底した御仁のようだ。
「民衆の中には、それに気付いている人もいるの。でも、彼の心意気を無駄にしないために、ワザと知らないフリをしてるの。サンダース大尉との遣り取りとか、すっごく格好良いんだから」
「大尉?軍曹じゃなくて?」
「…は?何よそれ。サンダースって言えば大尉でしょ?」
………いやいやいやいや、サンダースって言えば軍曹でしょう!地球侵略に来たカエル似の宇宙人と同じくらい、軍曹でしょう!
……こっちじゃ通じないか。
「サンダース大尉は、エドニスのライバルでね、彼のことを理解してるし応援してるんだけど、立場上は彼を追わなくちゃならないの。エドニスが、民衆のために自分を義賊だとは言わないってことを知っていて、敢えて彼を只の犯罪者だって公衆の面前で罵倒するシーンがあるんだけどね」
「あれは良いシーンですよねぇ。テッド=モーリスの熱演がもう…」
「……たいいの役は、ヒューゴ=ミラーのほうがいい」
「あら、ヒルダはミラー派ですか?」
……ちょっとちょっとお嬢さんたち。自分たちだけで盛り上がらないでくれ。
「悪いが、もう少し分かりやすく、で、出来れば結論だけ言ってくれ」
「えー…せっかく面白い話なのに」
……今はお芝居談義してる場合じゃないだろ。
「ま、いいけどね。……とにかく、私たちがエドニスみたいにここの領主をとっちめればいいのよ。イライアスさんとかここの人たちには全く関わりなく、ね」
「そして、サンダース大尉の役割はイライアスさんにお願いすることにしましょう」
アルセリアと、続いてビビが言う。
なんとなく、分かったような気がした。
「要するに、第三勢力ってのは俺たちのことだな?で、悪党のフリをしてここの領主をとっちめて、ついでに月照石の工場も適当な理由で破壊して、イライアスがその悪党を撃退する……って筋書きか?」
「そうそう、そんなとこ」
……ふむ、悪くない。
中央殿は騙されてくれるだろうか。仮に疑ったとしても、証拠がなければ何も出来ない…か。
ブラウリオがいなくなって領主が変わったとしても、中央殿が月照石を諦める可能性は低い。が、採掘不能なまでに鉱山を破壊し尽くしてしまえば……
「いける…か。やってみる価値は、ありそうだな」
と、言うよりも、やってみたい。
だって……面白そうじゃないか。
「決まりね!じゃあ、詳しい配役のために、もう少しストーリーをおさらいしておくと…」
「ってちょい待ち。別にお芝居のストーリーはどうでもいいだろ」
別に「怪傑エドニス」を参考にするだけで、俺たちは芝居をするわけじゃないんだから…。
「何言ってんのよリュート。どうせなら、なりきっちゃった方が面白いじゃない」
「いや面白いってお前、遊びじゃないんだからさぁ…」
さっき面白そうだと思った手前言いづらいが、はしゃぐ三人娘がちょっと不謹慎に見えてしまう。
「……いや、リュートよ。何事にも遊び心は大切だとワタシは思うぞ」
……千年規模の引き籠もりが遊び心とか言うんじゃないよ…。
「そのお芝居、ヒロインはきちんとエドニスと結ばれるのですよね?」
……結ばれるところまで再現する必要はありません。つか自分がヒロインやるつもりかよマナファリア。
「ふふっ。まさか皆さんとお芝居が出来るなんて思いませんでした」
……いやいやビビ、お芝居をするんじゃなくて、領主討伐なんですけど?
「……おにいちゃん、エドニス、かっこいい…………」
……あ、そう?ヒルダが言うなら悪い気はしなくもない………じゃなくて。
「そう言えばギル、物語とかけっこう好きだったよね?しょっちゅう本読んでたし。お芝居も気に入るんじゃない?」
……そう言えばキアとは小説談義で盛り上がったこともあったっけ……っていつの話だよ。
女性陣はすっかりやる気になっている。唯一の男性仲間で魔族組の、エルネストはどうだろう?
あんまり期待は出来ないけど………
「へ…じゃなくてリュートさま。ぜひ録画してギーヴレイ閣下にもお見せし」
「断固却下する!!」
……やっぱり面白がるだけだった。




