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世話焼き魔王の勇者育成日誌。  作者: 鬼まんぢう
天界騒乱編
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第二百九十四話 英雄の本性



 その日の夕飯の席で、俺は早速尋ねてみることにした。


 「あの、エイヴリングさん…」

 「イライアス、と呼んでください、リュート殿」

 「あ、どうも。…それじゃ、イライアス。さっき湖の近くに行ってきたんだけど…」


 俺が気になっていたのは、あの男の「エイヴリング卿の指示」「この地一帯を治める領主」という表現。

 それを聞かされたイライアスは、恥ずかしそうに項垂れた。見ると、隣の奥さん…グラナティスも同様だ。


 「そうでしたか、そんなことが……。ご説明いたしますが、まず、その男の言っていた領主とは、ブラウリオ=エイヴリング。私の義兄です」


 ……へ?義兄?身内?


 「彼は、グラナティスの兄なんです」

 「あ…そう、なんですか…」


 何と言うか、コメントに困る。

 だって、領主が兄だってことは……



 「それでは、貴方はお身内と争うというわけですか?」


 この話題、ブラコンのエルネストが食いつかないわけがなかった。俺も大概そうだが、シスコンとかブラコンの奴って、兄弟姉妹の仲が悪いってことを理解出来なかったりする。


 「…そうですね、私も、出来ることなら対話で解決したいと思っていましたが……」

 

 言葉を濁し、妻と顔を見合わせるイライアス。その様子から、おそらく既に対話は試みた後なのだと分かった。彼らと領主との間にも、色々とあったのだろう。



 「元々は、私も彼女も、そしてブラウリオも、余所者だったのです」


 イライアスは、最初から説明を始めた。

 彼らが、この地に流れ着いた頃の出来事から、現在に至るまで。



 「私たちは、流浪の傭兵でした。私とブラウリオ、そしてあと四人の仲間たちです。私たちがこの地へ来たのは、かれこれ三十年程前のことでした」


 ブラウリオをリーダーに、五人の仲間たち、そしてブラウリオの妹であるグラナティス。彼らがリシャール地方を訪れたとき、この地は混乱の真っ只中にあった。



 中央から遠く離れ、四皇天使や執政官の目も届かない僻地であるがゆえの、混乱。

 この地域に昔からある豪族同士が領地を巡って激しく争っていたのだという。


 民もどちらかの陣営に二分され、反目しあうように仕向けられ、人々の間には猜疑心が蔓延した。

 どちらかが村を襲えば、その報復としてもう一方も同じことをし返す。その繰り返しで、今は美しいこの一帯には争いが絶えなかった。


 そんな折、この地方の惨状を気に病んでいた有志からの依頼を受け、彼らはやって来た。

 悪逆の限りを尽くす豪族と戦い、反目しあっていた民衆を一つに纏め、彼らを率いてそして導き、この地を平定した。


 平和になった地で人々は彼らを賞賛し、その功績を認められて中央殿はリーダーであるブラウリオをこの地の領主へと任じた。彼の仲間たちも、要職に就いた。


 悪しき豪族を倒した彼らは英雄と呼ばれ、その統治の元にリシャール湖水地方には平和が訪れた……のも、束の間。



 権力を持てば人は変わってしまうのか、或いは本性を隠していただけだったのか。

 理知的で公正な英雄ブラウリオ=エイヴリングは、計算高く冷酷な領主へと変貌してしまった。


 中央殿からのお墨付きもある彼には、向かうところ敵なし。人々に課せられる税は年々高くなり、人々に与えられたはずの権限は年々小さくなり。


 逆らおうにも、六英傑と呼ばれた彼らとその配下の兵たちに睨まれ、民は自分たちを取り巻く環境はかつてと何も変わっていないことに気付いた。


 ただ、争いの代わりに圧政が訪れただけで。



 「私は、彼らの中で一番の新参でした。各地で活躍するブラウリオに憧れて、必死に努力して、そしてようやく仲間にしてもらえたんです。グラナティスとも知り合って、一緒になれて、最初は本当に幸せでした」


 しかしブラウリオが領主となり、自身もまた要職と爵位を手にし、平和になったはずなのに翳りの消えないこの地に違和感を感じたイライアスは、やがて気付いてしまった。


 ブラウリオの本性と、その狙いを。



 「この地域の窮状を救いたいという有志に依頼を受けたことは確かです。が、ブラウリオは同時に、中央殿からも指令を受けていたのでした」


 最初から、決められていたことだった。

 中央殿は、思うようにならない地方にブラウリオを送り込み、内乱を平定した後は自分たちの傀儡としてブラウリオを領主に据える。

 対価としてブラウリオには、地位と権限と富が与えられる。


 勝手な振舞いをする豪族を消したかっただけの中央殿は、ブラウリオの圧政を黙認し、放置した。適切な管理と税収さえあれば、民衆の暮らしなどはどうでも良かったのだ。



 「こんなことは間違ってる、信じてくれた人々のためにも、彼らに寄り添った領地経営をするべきだ…と、僕は何度も彼に言いました。けど、まったく聞く耳を持ってくれなくて…」


 イライアスの一人称がいつの間にか変わっている。昔のことを思い出して、素が出てしまったのか。


 「他の四人も、彼の遣り方に口を挟みませんでした。孤立した僕は、グラナティスを連れてブラウリオのところを出ました。それからは、ほとんど彼には会っていません」



 ……なるほど、お粗末な英雄譚だな。

 まあ、ナポレオン然りロベスピエール然り、英雄から独裁者ってのは案外王道パターンなのかもしれない。



 「ところで、中央殿がブラウリオをここに派遣したってのも、やっぱ月照石が目当てだったり?」

 「…おそらくは。中央殿は、採掘権を欲していたのでしょう。だからこそ、ブラウリオを派遣した…」


 なるほど月照石ってのはやはり貴重なものらしい。


 「現在、形式的には採掘権を持っているのはブラウリオですが…」

 「実質的には中央殿が全権を持ってるってわけだな」


 だったら最初から中央殿が採掘権を取り上げてればいいじゃないかと一瞬思ったが、それはそれで他の地方豪族が煩いのだろう。こういう問題は地上界や魔界も無縁ではないからなんとなく想像出来る。

 内乱を収めた英雄だからこそ、ブラウリオには正当な理由があるのだ。



 「しかし、身内相手にクーデターとは穏やかではないのう」


 人の姿に変化して晩餐を堪能しつつ、アリアが言った。

 その言葉に、イライアスもグラナティスも、辛そうな顔で俯いてしまった。


 「確かに、正しいことではないかもしれません。僕たちも、なんとか対話で解決できないかと手を尽くしてきました…が、もうそんなことを言っていられる状況ではなくなってしまったんです」

 

 圧政だけでも充分に厄介な状況だとは思うが、それ以上のことが起こったということか。

 何がしか急を要するような、悠長に構えていられない事態が。



 「……麓で建設中の建物を見たでしょう?あれは、新たな月照石の精製施設です」

 「ああ、あの不細工な建物、施設なんですか。どうりで…」

 

 住居にしても店舗にしても、景観にそぐわないと思った。やっぱり工場だったのか。


 「で、その施設の何が問題なんですか」

 「施設と言うよりも、月照石の精製が問題なんです。ブラウリオと配下は、従来の精製法と異なる新たなプロセスを開発したのですが、その遣り方は大量の汚染水を発生させてしまうのです」

 「…汚染水?」


 なんだか不穏な響きだ。汚染というくらいだから、飲み水には適さなくなってしまうのだろう。

 そしてあの美しい湖にそれが垂れ流された場合……単純に景観だけの問題ではなくなる。



 「もとより、月照石の精製途中では多少の水質汚染が見られるものなんですけど、新しい方法ではその排出量がとても浄化に追いつかないそうなんです。本来は、精製そのものよりも浄化の方に力を入れなければならないはずなんですが……」

 「ブラウリオは、そんなことに手間も金もかけるつもりはないってことか」


 独裁の権力者なんてそんなものである。

 長期的視点で考えれば、ここで目先の金を出し渋ったせいで後々もっと甚大な損害を出すことはすぐ分かりそうなものなのに。


 そこまで考えが回らないのか、或いはそうなった…具体的には水質汚染が酷くなり民に健康被害が出る…としてもお構いなしなのか。


 出来れば前者であってほしいと思うが、多分後者だろう。

 たとえ美しい景観が失われ、湖水地方としての価値がラシャ・エルドから失われたとしても、月照石がそれを補って余りある富をもたらすのであれば、奴にとっては些末事だろうから。



 「もし彼の計画がこのまま進めば、湖の汚染は取り返しのつかないものになってしまいます。ここの民は飲料水を始め生活の大半を湖と周辺の河川に頼っていますから……」


 「その、ここの方たちはそれについて何も声を上げないのですか?」

 

 ビビが口を挟んだ。

 自分たちの住環境が損害を受けると分かっていれば、反対運動だって出るだろう。

 日本でだって、例えば大規模発電所だとか工場だとかが自分たちの領域に建設されるとなったら住人は当然、行政に対して反対の意を示す。

 それはそこに住む者の当たり前の権利であり、その是非や結果はともかくとして、行為自体は何ら制約を受ける謂れはない。


 ビビの口振りからすると、地上界にも似たような事例があるのだろう。

 おそらく、国によって差異はあるだろうが……タレイラあたりの人権意識が高い都市であれば、あのグリードのことだ、民にそのくらいの権利は与えていてもおかしくない。


 …あいつの場合、人道的観点というよりも色々と打算が働いてのことだろうとは思うけど………。



 まあとにかく、しかしそれは地上界や日本での話。

 問題は、天界にそういった権利意識が存在するのかどうか。


 …なにしろ、江戸時代の日本以上に、「お上の言うことは絶対!」な場所なのだから。



 「精製所の建設を知った民の幾人かは、私のところに陳情に来ました。義兄あにのところでは門前払いなので」


 領民たちも、自分たちに圧政を敷く領主よりもイライアスの方が頼れると思ったわけか。


 しかし、残念なことにイライアス自身は最早権力者ではない。

 この地を救った英傑の一人として不自由のない暮らしは送っているものの、領主の決定に対して異を唱える権限は持っていないだろう。


 …持っていれば、彼が義兄ブラウリオの元を離れることはなかったのだから。



 案の定、イライアスの表情は冴えなかった。


 「私は、民らの陳情書を携えて義兄のところを何度も訪れました。が、話は平行線です。月照石の大量精製は中央殿からの指示である、その迅速な提供に努めることが何よりも優先だ…と突っぱねられてしまいました」


 ……ほーらね。

 なんだか、お約束どおりにコテコテな悪徳領主じゃないか。

 この分だと、中央殿の腐敗した役人と密室で「黄金色の菓子でございます」とかやってるんじゃないだろうな。


 「しかしこのまま引き下がるわけにもいかないのでしょう?」


 意地が悪いとも言える質問をしたのはエルネストだ。

 こいつ自身は、天使族であるイライアスに対して同情的でも何でもない。俺が敵意を持っていないから相応に接しているだけで、今も僅かに事の次第を面白がっているような気配がある。


 自分の態度を取り繕えないはずはないんだよ、こいつ。ただ、その必要はないと考えているだけで。


 ……もう少し、礼儀作法というものを叩きこんでおいた方がいいかもしれない。



 エルネストの質問に、イライアスは頷いた。…ただし、弱々しく。


 「もちろん、このまま座視するわけにはいきません。が、中央殿の指示の下で領主が決定したことなので、我々には打つ手がないのが事実です」


 魔界において魔王おれの命令が絶対であるように、天界においては中央殿の意志が絶対視される。辺境の一市民が声を上げたところで、黙殺されるのがオチだ。



 「そうしているうちに、業を煮やした一部の民が過激な手段も辞さないようになってきまして…」

 「なるほど、それが一揆クーデターってわけか」


 そして、そのために俺たちはここに寄越されたってわけか。

 風天使の奴、俺たちを中央殿の息の掛かった領主を討つための尖兵にするつもりだな。



 「なあ、その過激な手段ってのはどこまで行ってるんだ?」

 「今はまだ、建設作業の妨害程度ですが……」


 なるほど、だからあの管理者はピリピリしてたのか。



 「そのうち、領主の館へ殴り込みでもしそうですね」


 ……こらエルネスト。煽るのはやめなさい。


 イライアスは困った表情で頷いた。

 「はい、私もそれを危惧しています。もしそうなれば、我々は後戻り出来ないでしょう」


 そう言って、横の妻を見る。

 

 「…そうか、グラナティスはブラウリオの妹なんだもんな。そんなことになったら、兄と妹が引き剥がされてしまうわけだもんな」


 それはゆゆしき問題である。

 である、が。



 「いえ、それに関しては構いません。元々、血縁以上のものはない関係でしたから」


 ……グラナティスに、あっさりと否定されてしまった。


 ……あれ?

 兄と妹の仲が良くないのって、ラムゼン兄妹限定の超特殊事例じゃなかったわけ?

 だって、妹だよ?仲が悪いとかちょっと理解出来ない……



 「寧ろ、イライアスが兄を慕っていましたからね。……今となっては、袂を分かってしまいましたが」

 「やり直せるなら、そうしたいです。けど、そのために民を見棄てることは出来ません」


 エイヴリング夫妻は淋しげに、しかしきっぱりと言い切った。



 穏やかだが、強い眼差しを持つ二人を見ていると、彼らこそがここの領主に相応しいのではないか、という気がした。


 

 

ナポレオンだとかロベスピエールの名前を出したところで、自分が如何に世界史を知らないかに愕然としました。かといって日本史もよく分かりませんけど。


因みに天界は夫婦同姓です。日本みたいに男性側が慣例的に優先されるのとは違い、一般的には身分の高い方の姓を名乗ります。が、気分によって変わることも。けっこう自由です。

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