第二十八話 点と線
「お待ちしておりました、陛下」
魔王城に戻るなり、ギーヴレイから出迎えを受けた。
その表情を見る限り、一刻をも争う状況、というわけではなさそうだ。俺は少し胸を撫でおろす。
執務室へ入ると、前置きも何もなく、ギーヴレイは報告を始めた。
「マウレ卿は、地上界への侵攻を画策しております」
推測でも伝聞でもない、断定する口調。ギーヴレイは確信を得ている、ということだ。
「それは、間違いのないことであろうな」
俺は、確かに地上界への手出しを禁じた。玉座の間で、マウレ卿に直接そう宣言もした。そして彼は、その俺に忠誠を誓うと言った。
にも関わらず、彼が地上界に侵攻しようとしているのであれば、それが事実であれば、看過することは出来ない。
俺の命に反したこと。俺への忠誠を、偽ったこと。
面従腹背。それは、相手に悟られてしまえばただの造反だ。
「は。貼り付けてあった間者が、卿による“螺旋回廊”の建設を確認いたしました」
「“螺旋回廊”だと?常設門を設置しようという腹積もりか」
“螺旋回廊”は、異空間を渡るための“門”の一種だ。一般的な“門”と違い、一度開いてしまえば半永久的に二つの空間は繋がることとなる。
則ち、“螺旋回廊”を通り抜ければ、いつでも自由に地上界と魔界の間を行き来できるということだ。
非常に便利に思われるものではあるが、その実現は極めて難しい。満たさなければならない条件が、厳しいのである。
まず、同じ“霊脈”が通る地域でなければ結べない。“霊素”の奔流を利用して回廊を繋げるためだ。
そして、これが最も難関なのだが、魔界と地上界を結ぼうとした場合、その両方で門を建設しなければならないのだ。しかも、同じタイミングで。
門の建設も、回廊を繋ぐための儀式も、同じタイミングで始め、同じタイミングで終わらせる。そうすることにより、二つの空間は結ばれるのだ。
だが、それは果たして可能だろうか。俺とエルリアーシェのように、どこにいても意思の遣り取りが出来る存在であれば別だが、それであれば、そもそも回廊など必要としない。
どうにかして配下を地上界へと送り(それも難しいこととは思われるが)、魔界と同時に門を作らせるにしても、余程事前の段取りを完璧にしていなければ、タイミングを合わせることなど不可能だ。
もしその条件をクリア出来た場合、最後には物理的な障害が立ちはだかる。
それは、竜。
“霊脈”は時に、“龍脈”とも呼ばれることがある。それは、“霊素”の豊富なその場所に竜が生まれるからだ。
竜とは、地上界最強の生物。否、種族としてならば、魔族より強力かもしれない。
“霊脈”上に回廊を建設するのであれば、そこに生まれた竜がそれを見逃すはずがない。竜は創世神の恩恵を受けた地上界の生命体であり、そうである以上、魔族とは相容れない存在なのだ。
ただし…全ての“霊脈”に、竜が生まれるとは限らない。竜の個体数は極めて少なく、また、発現条件も不安定なためだ。
「こちらをご覧ください。間者より送られてきた映像でございます」
ギーヴレイが、魔力により空中に映像を投影させる。
それは、石組みの祭壇。大部分が、出来上がっているように見える。
「完成間近、といったところか。…魔界がそうであるならば、今頃は地上界でも同程度には出来上がっているのだろうな」
どうやってかは分からないが、マウレ卿は地上界と意思を遣り取りする何らかの手段を得ていると考えるべきか。
そして、ここまで状況が進んでいるということは、
「この“霊脈”に、竜はいないということか」
「地上界のことですので確認は取れておりませんが、何ら妨害を受けていないところを見ると、そのようかと。尤も、まだ幼体である可能性も考えられますが」
「それは、考えても仕方あるまい。竜がいるかどうか判断する材料などないのだからな」
“霊脈”の落とし児である竜は、“霊素”の扱いにも長けている。完全に気配を断つことくらい、造作もないだろう。
いるかどうかも分からない竜の存在に怯えながらも、連中はここまで計画を進めていたわけだ。
「左様でございますね。守護者の存在でも確認出来ればよいのですが」
いるかどうかも分からない竜の存在を当てにすることも出来ないので、とにかく一刻も早くマウレ卿を締め上げようと考えた俺だったが、
「……守護者?」
聞きなれない言葉に、思考が中断する。
「はい。竜は、孵化前と直後は非常に無防備で脆弱なため、他の魔獣に自分を守らせるのだといいます」
「他の……魔獣?」
「一般的なのは、ヒュドラでしょうか」
……………………………………!
不意打ちのような単語に、俺は思わず椅子から立ち上がった。
「へ、陛下、どうなさいましたか」
あまり見ることのない俺の有様に、ギーヴレイはひどく驚いたようだ。
が、それどころではない。
「ヒュドラが、竜の守護者だと!?」
「はい。ただ、ヒュドラと言っても特別な個体です」
ギーヴレイは、俺が何に対し慌てているのかが分からず、戸惑いながらも俺の質問に答える。
「三つ首や四つ首のような普通のヒュドラではなく、竜の守護者たるヒュドラは双頭であると、聞き及んだことがございます」
「……………………………………………………………………」
「あの…陛下……?」
俺は、再び椅子にどっかりと座りこんだ。
……落ち着こう。落ち着いて、考えてみよう。
石組みの祭壇。俺は、よく似たものをこの目で見たばかりじゃなかったか?
遠目ではあったが、よく似たシルエットを。
“霊脈”上に生まれる竜の守護者である、双頭のヒュドラ。
外部からは隔絶された辺境のはずなのに、やけに発展している…ここ十年で目覚ましい発展を遂げた…村。
痕跡のない、山仕事。
やけにヒュドラ退治を急いてくる村長。
バラバラだった違和感が、一つに繋がる。
思い返せば、勇者たちを地上界へ送り返すため座標も決めずに適当に開いた“門”があの場所へと繋がったのも、建設途中の“螺旋回廊”の影響を受けたためだったのか。
間違いない。あの村と……少なくとも、村長とマウレ卿は、繋がっている。
エルネスト司祭は、あの村に余所者が来ることは滅多にないと言っていた。だが、あそこまで発展した集落に、外部から人が来ないなんてありえるか?
物資の流通にしても、商人が出入りしなければ話にならない。あの村で、活発な商取引が行われているところを見たことがない。なら、どうやって?
十年前までは、食べていくのもやっとだった貧しい村が、今や都市部のベッドタウンさながらに豊かになった背景には、何が?
…あの村の発展は、一般的ではない形でなされたものだったのだ。回廊建設の見返りとして。
推測に過ぎない。これもやはり、「たまたま」が重なって、俺の考えすぎを誘発しているだけなのかもしれない。
だが、俺はこれ以上自分の中のもやもやを放置する気にはなれなかった。
「ギーヴレイ、留守を任せた。すぐに戻るゆえ、うかつに動くなよ」
言うなり立ち上がった俺だが、ギーヴレイはもはやそれに疑問を呈さない。ここしばらくの俺の様子から、今の俺への適切な接し方……要するに今の俺はかつてと比べると突拍子もないことを言ったりやらかしたりするからいちいち驚いていたらキリがないということ……を学んだようだ。
「いってらっしゃいませ。こちらでも、武王軍をいつでも動かせるよう準備してお待ちしております」
最悪の場合、西方諸国連合との戦になる。そうなれば、魔界の混乱は必至だ。だから、本当ならば、俺は直ちにマウレ卿を招聘し、その真意を正さなければならない。卿がそれに応じないのであれば、相応の制裁を加えなければならない。
だが、俺はギーヴレイに簡単な指示を与え、地上界へと向かった。
多分、俺は間違っているのだろう。
俺は“魔王”で、魔族の長で、俺が最優先するべきは魔界で、地上界と天界へ不干渉を決めた以上、自分の領域以外に目を向ける必要など、どこにもない。
ましてや、勇者たちと関わる理由は、既にない。彼女らもすっかり回復し、義理も果たした。
だったら、もういいじゃないか。地上界のことは地上界の住人に任せ、魔界のことだけを考えればいい。緊急度で言えば、マウレ卿の方が高いはずだ。
卿の配下が地上界に渡っていることは確実で、今の未熟な勇者たちが渡り合うには無理があるはず。しかし、それは彼女らの問題であり、俺には関係のない話……
けど、あいつらとの約束が残ってる。
俺はまだ、あいつらにローストビーフも、テリーヌも、パエリアも、アイスクリームも、食べさせていない。
御馳走は「延期」だと、自分でそう言ったじゃないか。
いや……そうだな、言い訳はやめよう。そんな必要もない。
俺はただ、あいつらに死んでほしくないだけだ。
あいつらを、守りたいと思っただけだ。
魔王とか勇者とか関係なく、あの、食い意地が張っていて単細胞で計画性がなくてポンコツで、まっすぐ前に進むことしか知らない、どうしようもなく愚直な少女たちを。
もともとヒュドラが竜の守護者とかいう設定は考えてなかったんですけど、そう言えばヒュドラって普通首三つじゃね?ということに思い至り(うっかり双頭って書いちゃってました)、じゃあなんか特別な役割を持たせるか、みたいな流れでこうなりました。




