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世話焼き魔王の勇者育成日誌。  作者: 鬼まんぢう
天界騒乱編
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第二百九十三話 湖水地方



 俺たちがリシャール地方へ出発したのは、それから三日後。時間が惜しいので、縮域術式を使った。

 向かう先は、ラシャ・エルドという湖畔の集落で、月照石の採れるレプス鉱山の目と鼻の先である。


 今回の件でも、ウルヴァルドの手助けが非常に助かった。なんでも、ラシャ・エルドには彼の知り合いが住んでいるらしく、そこに口利きをしてくれたのだ。


 そして、そのウルヴァルドの知り合いというのは、リシャール辺境伯…すなわち領民に圧政を敷いている張本人…に反抗しているのだという。


 


 「へー、綺麗なところね」

 馬車の中から外の景色を覗くアルセリアの声は弾んでいる。


 確かに、なかなか風光明媚な場所ではあった。


 広がる丘陵地帯、点在する森、山並みを映す湖。御伽噺に出てくるような可愛らしい家々。

 いつだったかテレビで見た、イギリスの湖水地方とかいうところを思い出した。

 それか、ワーズワースの詩とか。



 余談だが、ウルヴァルドがくれたこの幌馬車は、けっこう大きなものである。が、流石に八人はちょっと窮屈。

 御者は、エルネストが務めている。他の連中も含めて、サファニールの力を解除して姿を元通りにしておいた。ロセイールから遠く離れることだし、大丈夫かな、と思って。

 なんだか、いつもと姿が違うとやっぱり落ち着かないのだ。



 「……見えてきました。あれが、ローデン卿が言っていた山査子邸ですね」


 エルネストが、目的の屋敷を発見する。

 その呼び名の由来となった山査子が、垣根のように屋敷をぐるりと囲んでいた。


 歴史を感じさせる石造りの建物だが、どことなく温かみを感じる。

 家というのは、住んでいる人間を映す鏡のようなものだと俺は常々思っているので、ここの住人であるウルヴァルドの知り合いとやらは、きっと好感の持てる相手なのだろうな、と勝手に想像した。



 実際、なかなかに印象のいい天使だった。年齢は…ウルヴァルドよりは若い。



 「初めまして、ローデン卿から話は伺っております。私はこの屋敷の主、イライアス=エイヴリングといいます。こちらは妻のグラナティスです」

 「お初にお目にかかります。長旅でお疲れでしょう、今日はひとまずゆっくり休んでください」


 初めて会う俺たち(しかも廉族れんぞくばっか)に、にこやかに挨拶をするエイヴリング夫妻。


 「あ、ご丁寧にどうも。少しの間、ご厄介になります」


 何と言うか、物腰柔らかな中に上品さが感じられて、ちょっと気後れしてしまう。

 屋敷の中も、素朴ながら垢抜けていて、飾られているのも季節の花々や伝統工芸品。少しも気取ったところがない。


 「まずは、旅の疲れを癒してください。詳しいことは、明日お話しましょう」


 イライアスが、俺たちに気を回してくれた。お言葉に甘えて、今日はゆっくりさせてもらうことにする。


 …なにしろ。



 「ねぇねぇ、後で湖の方に行ってみましょうよ!」

 「ええ、是非」

 「……水浴び、できる?」

 「今はちょっと寒くないかなぁ?足を浸けるくらいにしておいたら?」


 勇者組も、



 「ふむ、ここの風は心地よいな。一っ飛びしてきても構わぬだろうか」

 「リュートさま、来る途中で遊歩道を見たのですが……」


 アリアもマナファリアも、観光気分丸出しなのである。



 「全く…お前ら、遊びに来たわけじゃないんだぞ?」

 「何よ、じゃあアンタは行かないのね?」

 「ば、馬鹿、何もそんなことは言ってないだろ。色々偵察…つーか敵情視察ってのは重要だからな」

 「…ふぅーん。敵情視察……ねぇ」


 何故かアルセリアの視線が疑わしげだ。俺は遊び気分じゃなくて、大真面目にこの地域の様子を見て回るつもりなんだからな。お前らと一緒にするなっての。



 さて。ではまず、湖に行ってみるとしますか。



 山査子邸から湖までは、徒歩で十分もかからない。長閑な景色を見ながら歩いているうちに、あっという間に着いてしまった。



 「うわーっ、うわーっ、ほんと綺麗!すっごく綺麗!!」

 

 年頃の少女らしくはしゃぐアルセリア。だが、年頃の少女でなくてもはしゃぎたくなる気持ちは理解出来る。



 陽光を反射して煌めく水面は時折そよ風にさざめいて、水鳥が飛来し、また飛び去って行く。遠くの山々の峰にはまだ雪が残っていて、そこから吹き降ろしてくる風は清涼だ。

 澄み切った水は覗き込めば底が見えるほどだし、銀色の鱗を輝かせて泳ぐ魚の群れは生命の躍動に満ちている。


 しかも、浮かれたアリアが竜の姿に戻って空を舞っている。威厳と優美さを兼ね揃えたその姿は実に神々しく、景色ともベストマッチだ。まさかあれが食い意地の張った唐揚げ竜だとは誰も思うまい。



 あーー、ここにカメラがあったらなー………って、アレだよ、記録用に…だよ?

 ……けど、ここのハルジオンを前景にしてちょっとボケ味を出して……いっそ望遠使って水面と切り取るか…。



 …………じゃなくて。

 いかんいかん、あまりに心奪われる光景なもんだから、つい。

 これ、N〇Kのドキュメンタリー班とかの手にかかったら、相当美しい映像になるに違いない。


 

 こうしていると、領主の圧政なんて無縁のようにも見える。が、鉱山と思しき山に目を移したとき、無粋なものが視界に入った。


 それが鉱山だと分かったのは、山肌が切り崩されているからだ。所々に、採掘用の坑道の出入り口なのだろう横穴が開けられてもいる。


 そして、その麓近くは、何やら工事中だった。

 景観にそぐわない無機質な建物が、半分くらい出来上がっている。



 「あれ…何かしら?」


 アルセリアも気付いた。せっかくの景色を台無しにしている灰色の建築物に、明らかに不快感を示している。


 「住居…のようには見えませんね」

 「工場…っぽい?」


 ビビとヒルダも、その異質さが気になるようだ。

 確かに住居ではなさそう。観光用にしてはセンスの欠片もないデザインだし、何か必要があって建てるにしても、もう少し周りの景観に合わせたものにすればいいのに。



 「行ってみれば分かるんじゃない?」


 キアの一言で、俺たちはその建物の傍まで行くことにした。

 なおも飛び回っているアリアは放置。気付けばそのうち追いかけてくるだろう。



 すぐ傍まで行ってみると、遠くから見ていた以上に大きな建物なのだと分かった。まだ外観が作られている最中で、どういう用途なのかは分からない。

 が、現在進行形で工事中。身なりから、下層階級と思しき天使族や廉族れんぞくの労働者が、切り出された石を運んだり石膏を練ったり木材で足場を組んだりしている。



 「あの、すみません。ここは一体…」


 近くにいた労働者の一人に、アルセリアが問いかけたときだった。



 「おい、そこで何をしている!」


 鋭い叱責が飛んできた。管理者らしき天使(こちらの身なりはそれなりだ)がやってきて、俺たちと建物の間に割って入る。



 「お前ら、見ない顔だな。廉族れんぞく共が、何をしに来た?」


 明らかに場違いな俺たちに、その天使は不信感たっぷりに問う。


 何しに来た、と言われても……。



 流石に、クーデターの手助けをしに来ました…とは、言えないよね。



 とりあえず、観光ということにしておこう。そう思って言い訳を始めようとしたところで、


 「何をしにって、目的がなかったら来ちゃ駄目なんですか?」


 喧嘩腰の相手に対し、同じく喧嘩腰でアルセリアが前へ出てしまった。

 相手が怯んだ隙に、さらにまくしたてる。



 「こんな綺麗な場所なんだから、見てみたいって思うのは普通でしょ?それなのにこんな邪魔くさい建物があったら何だろうって思うのも普通でしょ?気になったから来ただけの話よ。それが嫌ならこの辺り全体を立ち入り禁止にしておけばよかったじゃない」



 …あー、もう。天使族相手に喧嘩売ってどうするよ。…いや、アルセリアに言わせれば売ってきたのは向こうなのかもしれないが、それをわざわざ買ってどうするよ。

 余計な揉め事は避けるに越したことないのに……。



 「な…貴様、廉族れんぞくの分際で生意気な!我々はエイヴリング卿のご指示で働いているのだぞ!」


 ………ん?

 あれ、エイヴリング…?って、イライアスのこと?

 あの温厚な御仁と、目の前の権高な奴がどうもイメージ合わないと言うか……



 「何処のどなたのご指示でもいいわよ、そんなこと。私たちには関係ないんだから」

 「アルシー、行きましょう。ここでこの方と揉めても意味がありませんよ」

 「だってビビ……」



 俺が考え込んでいる間にヒートアップするアルセリアだが、見かねたビビが止めてくれた。が、少しばかり遅かったらしい。


 俺たちが(多分)大慌てで許しを乞うと思ってお偉いさんの名前を出したのに、誰もまったく動じないもんだから、その天使は気分を害したようだ。



 「き、貴様ら、不敬にも程があるぞ、この地一帯を治めておられる辺境伯に対し、そのような態度は見過ごすことが出来ん!!」



 あーあ、ムキになっちゃった。どうしてくれんのさアルセリア。どう見てもタダで帰してくれなさそうなんですけど?


  

 「まあまあまあ。ちょっと落ち着きましょうよ。こっちも確かに失礼な態度だったかもだけど、そちらも不躾だったんだから、ここはおあいこってことで…ね?」


 一応宥めてみたのだが。


 「廉族れんぞくふぜいが、舐めおって!!」



 …あれ?余計に怒らせた……?



 「なーんでギルって、人の神経逆撫でするような物言いするかなー?」

 「何故もなにも、それが我が主ですからねぇ」

 「何者にもおもねることのないリュートさま、素敵です…♡」



 ちょっと後ろの人たち五月蝿い!



 「ええい、領主さまのお裁きを待つまでもない!貴様らこの場で……」

 「おい、何をちんたらやっておる」



 激高した男が俺たちを指差して喚き散らす中、不意に陽が陰った。

 頭上から降って来たのは、アリアの声。


 見ると、アリアの巨体が太陽を背にして俺たちの前に舞い降りた。



 「な……な…んだ……お前は…………」


 ここの管理者と思しき男は、すっかり青ざめている。

 天界にも竜はいないわけではないのだが、アリアが並みの竜ではないことくらいは感じ取ったのだろうか。


 「…ふむ。己は名乗らずに相手にだけ尋ねるとは不作法な輩だのう。…まあよい、我が名はアリア=ラハード。天空竜の最後の生き残りにして創世神のさい」

 「はーーーい、ストップ!!」


 俺は慌ててアリアを遮った。ここでアリアが正体を明かしたら、絶対に目を付けられるに決まってる!

 一揆クーデターの手伝いをしに来たってのに、却って俺たちが火種になるわけにはいかないだろう。


 ありがたいことに、男は完全に震えあがっていて不自然さを気にする余裕はないようだった。アリアはそこまで敵意を露わにしているわけではないのだが、その威圧感たっぷりの姿は男の戦意を折るのに十分すぎる役割を果たしてくれた。

 


 「まあまあまあまあ、ここは手打ちってことで、ね。お互い争ってもなーんにもいいことないし、ね。……ね?」


 アリアの眼光に晒されながら俺に念押しされて、男はコクコクと頷いた。


 「はーい、このおにーさんも広い心で見逃してくれるので、俺たちはありがたくこの場を去りましょう!」


 遠足の引率をする新米教師みたいな気分で、俺は他の連中を促す。


 ヒルダとキア、マナファリアは大人しく従ってくれたんだけど、アルセリアはまだ面白くなさそうだ。ビビがしっかり捕まえているので、いきなり殴りかかったりはしないだろうけど。


 …で、エルネストの笑顔がなんか気になる。というか怖い。

 しょっちゅうおちょくられたりコケにされたりするのでうっかり忘れがちだが、こいつもまた魔族、俺の臣下なのだった。


 その穏やかな笑みに凄みさえ湛えながら、奴は立ち去ろうとした俺たちを尻目に、


 「皆さんは先に行っていて下さい。私はこの愚か者に少し社会の厳しさというものを教え」



 すぱーーーん!



 「帰るっつってんだろ!グダグダ言ってないでさっさと来い!」

 「……酷いですこの間からすぱすぱ叩いてばかりじゃないですか」

 「叩かれる方が悪いだろこの場合は!!」


 俺に思い切りどつかれて悲しげに抗議するエルネストの首根っこを捕まえて、俺は強引に引き摺る。

 まったく、社会の厳しさとか、俺がお前に教えてやりたいくらいだよ。


 「じゃ、すいません。お邪魔しましたー」


 アリアに対する恐怖なのか俺たちの遣り取りに対して呆れているのか分からないが茫然とする男を置いて、俺たちはその場を立ち去る。


 男が、俺たちを追ってくる様子はなかった。

 実害はなかったわけだし、見逃してくれる気になったんだろう、きっと。



 「……おにいちゃん、それ…何?」

 

 ヒルダが目ざとく俺の手の中のものを見付けて聞いて来た。

 それは、さきほどエルネストをどつくのに使った道具である。


 しなやかな厚紙を蛇腹折りにして作った、三十センチくらいの畳んだ扇状のそれは…



 「ん?これはな、ハリセンっていうんだよ。こんなこともあろうかと、昨日夜なべで作っておいた」


 

 …関西人ならば一人一つは持っていると言われる、至高のコミュニケーションツールであった。

 

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