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世話焼き魔王の勇者育成日誌。  作者: 鬼まんぢう
天界騒乱編
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第二百九十一話 vs.風天使




 

 俺が本体との接続を完了させた瞬間、グリューファスの狭隙結界は、俺の領域へと変わった。


 

 「な……なんだと!?」


 即座にそのことに気付き、驚愕の声を上げるグリューファス。

 そして、俺がただの魔族ではないことにも気付いたようだった。


 ……って、魔族じゃないんだけどさ。



 「貴様……取るに足らぬ雑魚かと思っていたが、名のある魔族のようだな」

 「俺の名前は知らない方がいいと思うよ?ま、名乗るつもりもないけどね」


 揶揄うように言ってやると、グリューファスもまた俺を挑発するように笑みを浮かべた。


 「ならば、受けてみるがいい、神聖なる主の刃を!……【導きの光槍リーデランサ】!!」


 

 …おお、初めて見る術式だ。

 頭上にも周囲にも、俺を取り囲むように幾千もの光の刃が生まれる。

 確かイヴリエールも光線を発生させて攻撃してきたけど、それとは密度が桁違いだな。


 光刃は、容赦なく俺に降り注ぐ。

 ちょっと眩しい。【来光断滅ディミオ・ネメシス】ほどじゃないけど、目くらましには使えるかもしれない。



 やがて、光はまとまり、一つの巨大な槍を形成する。


 「滅びよ!」


 高らかなグリューファスの声と共に、光槍が俺へと叩きつけられた。

 聖属性特有の、不快な軋み音。黒板を思いっきりギーーーーっとやったときと同じような、生理的にぞわぞわーってくる音が耳を襲う。


 はっきり言って、光の威力よりそっちの方が効いてるんですけど。



 光が、弾けた。

 視界が戻り、俺の目の前には驚愕に目を見開き立ち尽くすグリューファスの姿が。



 

 「……貴様………まさか、これを耐えきるとは……」


 呻くように呟く奴の表情からは、余裕と嘲りが消えていた。

 見たところ、今の神法は超位術式ってあたりだろう。奴からすれば、ロクに防御もせずこれに耐えるなんて想定外だったんじゃないかな。



 「なるほど、大口を叩くだけのことはあるのだな。……ならば、これならばどうだ…【炎神紅霊滅クリムゾエクリプス】!!」



 あ、これは知ってる。ルガイアが使ってた炎熱系超位術式だ。

 そっかー。風天使って言うから風系が得意なのかなって思ったけど、そう言えばこれはあくまで称号で、属性とは関係ないんだっけ。そんなようなことを魔界の情報屋、ミルド爺さんに聞いていたことを思い出した。


 あーーー、ミルド爺さん元気かな。確か彼、元・天使なんだよね。天使に元もクソもないと思うけど。でもあの様子を見ると、若い頃色々あったっぽいよね。ここに彼のことを知ってる天使もいるのかな?



 どうでもいいことを考えているうちに、炎も止んだ。

 

 そしてやっぱり、唖然とするグリューファス。



 「あ、終わった?じゃあ…」

 「まだ……まだだ!これならば耐えきることは出来まい!!」


 グリューファスが叫び、その霊力マナがさらに膨れ上がる。


 「裁きの音を聴くがいい………【断罪の鐘アポカリプス】!!」



 奴の繰り出したのは、天使族の最終奥義とも言える極位術式、【断罪の鐘アポカリプス】。たった一撃でサン・エイルヴを壊滅させた、聖属性最強の術である。


 本来ならば、高位天使が複数で行使する術を、単独でしかも無詠唱で発動させる力と技量は、確かに四皇天使の名に相応しい。



 高く低く、荘厳な音が空間に満ちた。

 鐘の音にも似たそれは、黙示録の合図。それを前にして、裁きを逃れうる生命は存在しない。



 オーロラの如き光のカーテンが生まれた。

 思わず目を奪われるほどに綺麗な光の奔流。それ自体が命を持っているかのように、神々しく艶めかしく蠢いている。


 原初の光を模して造られた術だけあって、その光景は俺にとって懐かしいとも言えた。

 エルリアーシェの奴は、無邪気にその光を追いかけては捕まえようとしていたっけ。


 

 光と共に舞い踊る彼女の姿を見ているのが好きだった。

 あの頃は、その時間が永遠に続くと思っていた。

 俺と彼女だけで世界は続いていくと、思っていたんだ。


 記憶の中のエルリアーシェが俺に何かを語りかけて……そして彼女の声を思い出せないことに、愕然とする。


 それは、俺の中で彼女が過去になりかけているということなのか。



 無慈悲に、そして柔らかく自分を包み込む光の奔流の中で、俺は必死に記憶を探る。

 アルシェと過ごした、永い永い時間。彼女が俺だけを見ていた頃。

 

 けれども記憶の中は、音を失っていて。


 どこか…どこかに残滓はないのだろうか。僅かでもいい、欠片さえあれば、きっと思い出せる。

 きっと、覚えていられる。



 ……どうか、私の子どもたちも慈しんであげてください。



 不意に、彼女の声が蘇った。

 彼女が、最期に残した言葉。最後にくれた声。



 ………ああ、大丈夫。覚えていられる。

 だから俺は、お前の願いを果たすよ、アルシェ。



 いつの間にか、光も消えていた。

 初心を思い出した俺は、さっきよりも穏やかな気持ちで、茫然と絶句するグリューファスを見遣る。



 アルシェは、天界だけでなく地上界のことも大好きだった。天使族に強い加護を与えていたことは確かだけど、弱々しい廉族れんぞくのことは特に気にかけていた。


 …あの頃の俺は、それも気に入らなかったんだけど。



 けど今は、そんなあいつの気持ちが分かる気もする。なんて言うか、放っておけないんだよね。

 俺はまだ、廉族れんぞく全てに対してその境地に至れていないけど、いつかはアルシェみたいに全ての命を愛おしいと思える日が来るのかもしれない。


 だから、天使族はなんとか止めないと。




 「…今度こそ、終わったな?」

 

 最後の切り札も無効に終わり、打つ手がなくなったグリューファスに俺は問いかける。

 奴は、返事すら出来ないでいた。



 術式の威力というものは、位階が上がるごとに累進的に増していく。低位術式と中位術式の差より、中位と上位の差の方が大きい。そしてそれよりも、上位術式と特位術式の差の方が、また。その最高位にある極位術式の威力たるや、推して知るべし。


 常識的に考えて、百万人都市を一瞬で壊滅させる力をまともに受けて、平気でいられる生命体など存在しない。

 

 グリューファスが絶望に言葉を失っているのも、無理のない話だ。




 さて、ようやく俺のターンだ。とは言え、俺にグリューファスを傷付ける意図はない。

 だから、央天使の十八番オハコを使わせてもらうことにした。


 俺は、奴の精神に直接働きかけてその認識を弄ってやる。

 ただし、認識操作においては本来ありえないはずの、


 「ああ、今からお前が見るのは、ただの幻だから。現実の光景じゃないから。…んじゃ頑張れよ」


 …声掛け付きである。



 そんなことをすれば、すなわち相手が「これは幻だ」と思えば、幻など消えるものである…普通なら。

 だが、しかし。



 俺は、グリューファスを炎の濁流の中に突き落とした。勿論、幻の炎である。その炎を見ているのは奴だけで、俺にも見えていない。


 「う…うわあああああああ!」


 幻痛と恐怖に叫ぶグリューファスは、自身を舐め尽くす炎が幻であると、実在しないと知っているはずである。俺がそう告げたのだから。


 しかし、彼はその幻の中から抜け出すことが出来ない。彼の意思よりも、俺の干渉力の方が強いためだ。


 幻だと分かっているはずなのに、抜け出せない。それは、奴が完全に俺の支配下に置かれていることを意味している。


 他者からの干渉に滅法強いはずの自分自身の精神を外部から簡単に制圧され、グリューファスは理解したはずだ。

 自分と、俺との力の差を。

 


 奴が悲鳴すら上げなくなってうずくまったところで、俺は認識支配を解いた。

 大丈夫、浅い階層で留めてあるから、認識に引っ張られて実際に奴の体が燃えるということはない。



 「………………」

 「因みに、今のは幻だけど……実際にお前を灼くことも出来るわけだが」


 俺の言葉に、グリューファスが身を強張らせるのが分かった。

 そのまま待っていると、奴はゆっくりと顔を上げて、俺を見た。


 敵意と、警戒が消えたわけではない。

 だが、その瞳にはそれよりも強く、恐怖と諦めが宿っていた。



 「分かってくれたかな?お前と俺とでは、勝負にならない。俺に太刀打ち出来なきゃ、魔王を斃すなんて到底無理な話だってこと」

 「……………………」

 「言っとくけど、四皇天使クァティーリエ全員揃ってだったら…とか考えても無駄だからな…分かってるとは思うけど」

 「……………貴様は……いや、貴様の狙いは何だ?」


 掠れる声を絞り出すグリューファス。どうやら、実戦経験に乏しい身には相当堪えたようだ。


 「いや、狙いって……さっき話さなかったっけ?」


 話したよな、俺。べへモス召喚なんて、地上界に生贄を求めるなんて、やめておけって。


 「それほどの力を持ちながら……望みがそれだけだと?」

 「……悪いかよ」


 別に強い力を持ってたら望みまでご大層なものじゃなきゃいけないって道理もないだろう。


 「とにかく、俺はべへモス召喚をやめてもらえればそれでいいの。他には何も望まないの。そうすれば魔王も天界や地上界に手出ししないし、お前らも無駄に死ぬ必要もないし」

 「私に……何を求める?」


 おお、やーっとその気になってくれたか。良かった良かった。これでもまだ意地を張られたら、ちょっと再起不能なくらいに痛めつけなきゃならないところだった。


 「だから、さっきから言ってるだろ。べへモス召喚を阻止してもらいたい。四皇天使のお前なら、出来るだろ?」

 「……………それは、難しい…」

 「え、何で!?」


 だって、四皇天使って天界で一番偉いんだよね?最高権力者だよね?そいつが「やっぱやめようよ」って言えば、みんな従うんじゃないの?



 「べへモス召喚は、水天使の発案により執政官の議決を以て決定されたものだ。それを覆すには、私一人の意見では不足している」

 「え……ええー…」


 …認識が甘かったのは俺の方か?


 「天界は、独裁体制を取っているわけではない。一度下された決定を覆すには、相応の理由と手順プロセスが必要だ。……しかし、今の流れを、どう執政官たちに示せと?」

 「え……あ、いやー……」


 流石に、四皇天使と執政官全員に今と同じことをやるのは……マズいな。いくらなんでも正体がバレる。と言うか、それこそ魔王が天界の支配を目論んだー!とかって、戦争になりかねない。



 「貴様が……いや、魔王が事を穏便に進めたいということは分かった。が、それをどう実現する?」


 ……えー、そんなの俺に聞かれても困るー……。

 


 うーん……困ったな。どうやらグリューファスは(不本意ながらも)俺に協力してくれる気になったみたいだ。けど、問題はその手段なわけで………



 「………まあいいや。とりあえず、本部に戻って一服しようぜ」


 ここで突っ立って考え込んでいても、アイディアなんて出てこない。なんだっけ、確かリラックスしてる時の方がアイディアって浮かびやすいんじゃなかったか?


 俺は結界を解いて裏口から建物の中へ。

 呆けるグリューファスも、我に返って慌てて俺を追いかけて来た。



 「おい、貴様………」

 「リュウトだよ。リュウト=サクラバ。…で、何?」

 「…………………いや、貴様の仲間とやらも、目的は同じなのか?確か、地上界から渡って来たのだろう?」

 「うん、そう。これから紹介する。で、今後のことを話し合おう」


 俺は、アルセリアたちが待つ部屋へ、風天使グリューファスを連れて行った。

はい、久々の魔王チートです。状況的にも精神的にも制約を与えないとこうなります。

傍から見てると地味~な光景です。すっごくやりにくいです。

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