第二百八十四話 魔王、牽制する。
「ご主人さまー、お茶とかいかがっスかー?」
「い……いえ、お気遣いなく……」
「そんなこと言わないでくださいよ、やることないんスから」
「いえ、ほんと、お気持ちだけで……」
「……チッ」
「あああああ!いえ!いただきますお願いします!!」
ウェイルード邸の厨房に来た。
臨時ご主人がお茶をご所望なのである。
ご所望なので、淹れに来たのである。
…ええっと……なんかやたらと茶葉の種類が多いな。似たようなパッケージの似たような名前のもあるし…何が違うんだ?
どれがどれだかよく分からないので、とりあえず片っ端から蓋を開けて香りを確かめてみる。
その中に、発酵させていない緑の茶葉を見つけた。
……おおー、これ緑茶?
まさかこんなところでお目にかかるとは。
イアンの話だと、高位天使(上流階級)の間では世界各地(地上界も含めて)から高級だったり珍しかったりする食材を取り寄せてるとのことなので、これももしかしたら地上界産かもしれない。
……あとで一箱貰っちゃおうかな。
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“黎明の楔”本部に行った俺たちは、無事に上層部との対面も果たせた。
とは言っても、「閣下」こと風天使グリューファスはその場にいなかったけど、それはやむを得ないだろう。
四皇天使である風天使がレジスタンスに加担…というか首謀してるなんて、ウルヴァルド以上にバレたらヤバい秘密だったりする。
幸運なことに、連中が重視しているのは天空竜(創世神の最後の祝福付き)であるアリアだけだった。なので、アリアを自分たちの手元に置いておけるとなったら、後の俺たちのことは結構適当だった。
勿論、勝手に動くと言っても必ず事前に本部へ活動内容を伝えること、という注釈は付いてる。あと、以前に付けられた追跡用魔導装置もそのままだ。
「本部の在処を見つけましたー」とか中央殿に駆け込まれたら堪ったもんじゃないだろうしね。
で、俺がまず向かったのは、ウルヴァルドのところ。
何はともあれ、中央殿との繋がりを得なければ始まらないと思ったのだ。
そこで紹介されたのは、中央殿で執政官をしているシグルキアス=ウェイルード。
……正確には既に先日紹介済みなので、「改めて」紹介…と言う方がいいのかも。
できればウルヴァルドにくっついて中央殿に入れれば良かったんだけど、既に引退している彼ではそれは無理だということで、現役のシグルキアスに秘書として雇ってもらおうということになったのだ。
先日のこともあったわけだし、シグルキアスは承諾してくれるだろうかと一瞬不安になったが、ウルヴァルドと共に彼の屋敷に行ったら、二つ返事で頷いてくれた。
シグルキアスにとってウルヴァルドは尊敬する元・上司ということらしいから、そのおかげだろう。やっぱり人格者は何かとお得だね。
……シグルキアスの態度がやけにビクビクしている理由は、分からない。きっと何か怖いことでもあったんだろう、うん。
ウルヴァルドのおかげで、俺は「シグルキアスの手で天界に招聘された廉族」という身分で、秘書として雇われることになった。
なお、シグルキアスには当初の嘘…時空の歪みのせいで偶然天界に紛れ込んでしまった不運な廉族…を説明してある。
秘書ということで、彼の仕事の補佐のために中央殿にちょくちょく出入りできそうだし、非常にうってつけのポジションである。
唯一の問題と言えば……全体的に、暇なこと。
中央殿に出入り…と言っても、秘書でしかない俺が毎日入り浸るのも不自然。せいぜいシグルキアスの仕事が忙しいときに同行するくらいなので、それ以外の日は屋敷でお留守番。さらにここ数日は奴さんずっと屋敷にいるので、俺も外に出られない。
しかも。
「お待たせっしたー。緑茶でございまーす」
「あ…ありがとうございます」
「なんか他にご用件は?」
「いえいえ、結構です!のんびりしていて下さい!」
……こんな調子で。
なんでか知らないけどこいつ、俺に他人行儀というか怯えているというか、せっかくの秘書だってのに何も命令しようとしない。
仕方ないからお茶を淹れたりちょっとした片付けをしたりするんだけど、それも遠慮されてしまう始末。
俺としても、実はこの天使、気に喰わない。理由は分からないが、なんだか気に喰わない。
気に喰わないが、それを表に出すってのも大人げないことだし、最低限お仕事をしてやろうと思ったのに。
……考えてみれば、秘書ってどんな仕事をするのかまるで知らなかったりする。
聞こうにも、シグルキアスは何もしなくていいって言うし、有り余った時間をどう潰すか考えるのが、今の俺の日課になってしまっている。
で、一緒に連れて来たビビはもともとここの厨房の下働きとして潜入してたっていうから、引き続きその仕事を。シグルキアスは俺と彼女らの関係をひどく気にしているようだが、ウルヴァルドが良い感じに誤魔化してくれてるみたいだ。
さらにエルネス…エルニャストは猫らしく好き勝手ウロチョロしている。猫なので暇つぶしはお手の物なのだろうか、羨ましい限りだ。
いえ陛下私は本来猫ではないんですけど…とか言ってたけど、もうこの馴染みっぷりは猫ってことでいいじゃないかという気がしなくもない。
さらにさらにマナファリアは、もともと活動的じゃない生活を続けて来たとあって、やることのない状況には全く抵抗を感じていない。日がな一日お祈りしたり俺に付きまとったりお祈りしたり付きまとったり付きまとったり。
と言うことで、まあ何が言いたいのかと言うと、暇なわけである。以上。
…流石に一流の料理人を押しのけて厨房を占拠するわけにもいかないしなー。世界各地の美味珍味は非常に気になるが。
………つか、地上界と天界って別に交易とかしてないよな?どうやって地上界の食材を入手してるんだろう?
ま、秘密のルートとかあるのかな。金持ちって独自のツテとか持ってたりするらしいし。
さて、お茶を淹れたのはいいが、これでまたやることがなくなってしまった。
秘書らしく執務室をウロウロしてようかな。後ろでシグルキアスがビクついてるけど、別にいいや。
「と……ところでリュート殿」
ビクついてると思ったら、話しかけてきた。
「呼び捨てでいいっスよ呼び捨てで」
「え、あ……そ、それじゃあ、リュート……………さん」
……結局さん付けかよ。いいけど。
「その、リュートさんとアルシーは、お知り合い…なんですよね……?」
「敬語も要らないっスよご主人さま」
秘書に遜る主とか、ちょっと不自然じゃないか。
「……いや!そこは、親しき中にも礼儀あり、ということで…」
「……親しい?」
「ああごめんなさい調子に乗りました!!」
……なんなんだよもう。めんどいな、こいつ。
「そ…それで、ですね……」
まだ続ける気か。聞きたいことは想像ついてるけど。
「……俺とあいつの関係なんて聞いてどうするんスか?あんたにゃ関係ないでしょーが」
「ご、ごめんなさい!!」
じろりと睨み付けてやれば、引っ込むには引っ込むんだけど……
「………で、お知り合い…なんですよね?」
……すぐに出てきやがるんだよ。
「…知り合いだけど?つか、腐れ縁ってやつだけど?それが何?それを聞いてアンタはどーしたいわけ?」
イラっとしたせいか、言ってから敬語を忘れてたことに気付く。が、俺以上に相手が気にしてないっぽい。
「いえ、どうする……と、言いますか……その、あの、私は、彼女のことを、その………もにょもにょ」
………………イラッ
「何?アンタあいつに惚れてんの?やめとけやめとけ、ロクなことにならねーぞ」
そう、神託の勇者に惚れたって、絶対ロクなことにならない。あいつを取り巻く状況は過酷極まりないし、あいつ自身は単細胞だしポンコツだしガサツだし我儘だし頑固だし理不尽だし怒りっぽいし。
それに……魔王に目を付けられているという時点で、そこいらの男が迂闊に手を出せるような奴じゃない。
…………ん?
……………いやいや、目を付けるってアレね、宿敵として目をかけてる…的な、ね?
「その……リュート…さん、は………彼女のこと…………」
「………あァ?」
「………すみませんごめんなさい何でもないです」
……全く、第三位階の士天使だっつーからどんなもんかと思ってたけど(だって士天使っていったらイヴリエールとかと一緒じゃん)、とんだ腰抜け野郎じゃないか。
こいつがアルセリアに懸想していることは見ていて確実だが、こんなヘタレ野郎に勇者を任せられるはずがないだろう。補佐役として、それは断じて認めない。
そう、ルーディア聖教会から(正しくは枢機卿グリード=ハイデマンから)正式に補佐役に任じられた身としては、勇者に群がる虫を払うのも立派な仕事なのである、うん。
そういうことなのである、うん。
魔王、独占欲パねぇです。子供ですね全く。
天界の美食事情は、どこぞの小太りチョビ髭オヤジ(オネエ)が絡んでいそうですね。




