第二百八十三話 あみだくじってアレなんでダブったりしないのか仕組みが不思議でたまらない。
“黎明の楔”本部は、意外と言えば意外な場所にあった。
それは、ロセイール・シティから程近い、宿場町。
都市と呼ぶほどには大きくないが、集落と呼ぶほど小さくもない。交易路のど真ん中にあるせいで、常に賑わっている。
人と物の往来がとても盛んで、なるほど定住には向かないかもしれないが、見慣れない風体の者がいたとしても不自然ではない。
てっきり、ロセイールだとか大きな都市の地下に潜っているのかと思っていたが、寧ろこっちの方がレジスタンス組織には向いているのかもしれない。
「さて、と。トルテノ・タウンに着いたことだし、早速本部とやらに……って、何むくれてんだよ、アリア」
馬車を降りて目的地に向かおうとしたのだが、未だにアリアが不貞腐れているのに気付いた。
道中、ずーーーっとこうだったのだ。
と、言うのも。
「……留守番なぞ、つまらぬぞ」
「別に留守番なんて言ってないだろ、ここの連中のところで指示に従ってくれって言ってるだけじゃん」
馬車の中で、班分けをしたのである。
何しろ、現在俺たちは総勢八名。随分と大所帯になってしまった。
これだけいると、動くにしても何かとやりづらい。なので、二手に分かれることにしたのだ。
一組は、べへモス召喚を阻止する組。もう一組は、“黎明の楔”の指示どおりに動いて彼らに全面的に協力する組。
で、馬車の中であみだクジをやってみた結果。
A:べへモス阻止組…俺、ビビ、エルネスト、マナファリア。
B:“黎明の楔”組…アルセリア、ヒルダ、キア、アリア。
……となった。
臨機応変に動かすつもりではあるが、基本的にはこれでいく。なんだかバランスがおかしいような気もしなくないが…特にB組。脳筋率が酷すぎる。いや、ヒルダは魔導士だから頭脳派だと言えるかもしれないが、攻撃力と思考回路がそっち系だ。
まあ、B組の方は基本“黎明の楔”が指示を飛ばしてくれるだろうから、心配いらないだろう。
しかしアリアは、言うなれば後方待機に近い組になってしまったのが、面白くないらしい。
「あのさ、別に遊びに行くわけじゃないんだからな?」
「そんなこと分かっておる」
分かっていると言いながらも機嫌を直す気配のないアリア。また唐揚げで釣るしかなさそうだ。
……俺は俺で、面子的にちょっとキツイ気もする…けど。
「うふふふふ、これからもリュートさまとご一緒出来るなんて、なんて幸せなのでしょう」
「姫巫女、なりませんよ。巫女たる貴女が異性に触れるなんて」
夢心地のマナファリアを、ビビが冷ややかに牽制する。
が、それが通じるような暴走超特急ではなかった。
「まあそんな、トルディス修道会の方々のようなことを仰らないでくださいませ、ベアトリクスさま」
さりげなーく、嫌味。聖央教会の一員であるビビにとって、トルディス修道会と同列視されることは我慢ならないことだったりする。
「……貴女の振舞いは、エスティント教会でさえも許容していただけないと思いますけど?」
…と、きっちり反撃を忘れない。
で、何が辛いって、俺を挟んで両側でこれをやり合うもんだから、俺は針のムシロなわけである。
さらに、エルネストがニヤニヤしながら(猫のくせに)その様子を見物しているのがまた、気に喰わない。
すると、意外にも意外過ぎるところから助け船が出た。
「まあまあ、二人とも。私たちには大事な使命が課せられてるんだから、下らないことで争わない!まずは、本部とかいうところに行って、挨拶だけ済ませちゃいましょ」
ビビとマナファリアを諫めたのは、なんとアルセリア。
こういうときに率先して腹を立てたりヘソを曲げたり不貞腐れたりする彼女が、まるでリーダーの如くに場の収拾に出たのだ。
……いや、リーダーなんだけどね、本当は。
「……そう、ですね。こんなことしている場合ではありませんでしたね」
「私にとっては、こんなことなんかではないのですけど……勇者さまが仰せであれば、今のところは引き下がりますわ」
そんな頼り甲斐のある(?)アルセリアの姿に、火花を散らしかけていたビビとマナファリアもあっさり休戦。
いやはや、勇者ってのもどうしてなかなか、捨てたもんじゃないな。流石に姫巫女も、神託の勇者には我儘が言えないらしい。
それに、アルセリアに自覚が芽生えてきたってのは実にすばら…
「ちょっとリュート」
実に素晴らしい、と思った直後、アルセリアは俺の首に腕を回してがっちりホールドし、耳元で囁いた。勇者と言うよりは、山賊か海賊の親分みたいな重厚かつ凶悪な声で。
「言っておくけど、私の大事なビビと、聖教会の宝の姫巫女さまに手を出したりなんかしたら……切り落とすわよ」
………だから怖いって!何を切り落とすつもりだよ!?
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「確かに、ピーリア支部長のサインですね。間違いありません」
トルテノ・タウンの地下水道(現在は使われていない)に隠された“黎明の楔”本部。そこにいるメンバーにレメディとイラリオからもらった紹介状を手渡して、俺たちは無事、彼らの仲間だと認めてもらえた。
応対してくれたのは、本部長補佐だという壮年の紳士。驚いたことに、人間種である。
「申し遅れました、私はイアン=アデルノと申します。それで、この紹介状には、極力貴方たちを自由に動けるようにしてやってほしいとあるのですが…」
……なんと!それは驚きである。
まさかレメディたち、俺たちの希望を察してくれたってのか。
「しかし我々は組織です。個々人で勝手に動かれては、全体に危険が及ぶ可能性もあります。それはピーリア支部長も分かっているとは思いますが……具体的に、どのように動くつもりですか?」
イアン本部長補佐の言うことも尤もだ。俺は、かいつまんで自分たちの事情と希望を説明することにした。
そして。
「………地上界に、生贄を…………」
思ったとおり、廉族であるイアンはべへモス召喚の一件に絶句していた。
「貴方たちは、それを阻止するつもりなんですね?」
「そう。ついでに言うなら、出来るだけ穏便に…ってのが頭に付くけど」
「…………そうですか…」
イアンはそのまま考え込む。
しばらくしてから、
「分かりました。ご要望が叶うように、出来るだけのことはやってみましょう」
…と、言ってくれた。
正直、もっとゴネられると思っていたから、拍子抜けである。
「いいんですか?その……自分で言うのも何だけど、けっこう無理なお願いですよね?」
だって、組織で動いてるレジスタンスなのに「自分だけ好き勝手やりたい」なんて、危険云々以前に、他のメンバーにだって示しが付かないだろう。
「…そうですね、確かにそうです。が、中央殿…いえ、天界の地上界蔑視に関しては、いい加減手を打たなければなりません。閣下もそれを深く憂慮していらっしゃいます」
「あの、閣下って…?」
アルセリアが尋ねた。俺にはなんとなく想像がついてるけど…
「うちは、一応のリーダーとして本部長がおりますが、さらにその上に全ての意思決定をなさる御方がいらっしゃいます。流石にお名前を明かすわけにはいきませんが、うちの真の指導者だと思っていただければ」
と、イアンは濁したが、多分それは風天使グリューファスだろう。
「に、しても…天使族でもそういうことを気にしてくれる人っているんですね。その、地上界蔑視とか軽視とか」
俺の言葉に、イアンは表情を曇らせた。
悩むとか困るとかいうのではなくて、どことなく辛そうな顔である。
……なんか俺、悪いこと言っちゃったかな…?
一瞬、彼を傷付けるようなことを言ってしまったのかと思ったが、イアンは淋しげに微笑んで、
「貴方たちは…自分の意志で天界に来たのですよね?」
と、尋ねて来た。
「はい、それは勿論……」
「天界にいるほとんどの廉族が、そうではないことを知ってますか?」
唐突な質問。
が、そのくらいは知っている。というか、ギーヴレイに教えてもらってる。
「あ、はい。地上界から徳の高い者が天使の目に留まって、招かれる…みたいな話は聞いたことがありますけど」
俺のそんな返事に、イアンはさらに淋しさを強めた表情で首を振った。
「確かに、その表現は間違いではありません。が、その後そういった人々がどうなったかを聞いたことは?」
「………いえ」
俺は素直に否定する。
確かに、天界に来てから目にする廉族は、徳が高くて重用されている…ようには見えなかったけど。
「天使族は非常に気まぐれかつ軽い気持ちで、廉族を手元に連れてきます。その中には勿論、徳が高いから…というものもあるでしょうが、実際にはなんとなく見目が気に入ったから、とか、安易に使い捨てられる労働力が欲しくなったとか。そういう理由で訳も分からないうちに招聘されて、飽きたからと捨てられたり売られたりする廉族が少なくないのです」
……わーお。天使族の下衆な一面を知ってしまったぞ。
大戦時から見てきた俺にとっては、ビックリだけど連中ならなくもないかなーって程度の話だったのだが、他の面々は違ったようだ。
魔族であるエルネストと竜族のアリア、天使族の本性を知るキアは別として、三人娘とマナファリアは絶句している。
ルーディア聖教を絶対の教えだと言い聞かされて育った彼女らにとって、天使族は創世神に最も近しい尊い存在。
清らかで、慈愛に溢れ、秩序を重んじる。
そんな天使を信じてきた彼女らの耳に、イアンの言葉はどのように響いたのだろう。
信じられない、といった表情の彼女らを見て、イアンは追加情報を投入。
「かく言う私も、そんな一人です。そのときは、高位天使の方々数人が、無作為に廉族を引っ張ってきて、それが男か女かを当てるゲームをしていたそうで」
…………おいおい、それはいくらなんでもアレでしょう。
確かに天使族は廉族を蔑視…と言うか取るに足らない存在だと思ってるから、ものすごくぞんざいに扱ってはいるけど…
ゲームて。
もう、ちょっとどうしちゃったんだろう。創世神がいなくなって、おかしくなってしまったのだろうか?
「イアンさんは、それでどうしたんですか?」
「どうしたも何も、ゲームが終わったら用済みですからね。処分されなかっただけでも有難いことですが、そのまま市場に連れていかれてしまいましたよ」
……ドナドナか。
「しかし幸運なことに、そこで私を救って下さった方がいらっしゃいまして、その縁で今私はここにいます。その方への御恩を返すためならば、如何なる所業でも為してみせましょう」
イアンの表情に、力強さが戻って来た。しかし彼の言うとおり、それはあくまで幸運な一例でしかない。不運だった大多数は、その後どうなったのだろうか。
……そう言えば、最初の集落で見たボロボロの老婆。それに、あちらこちらで働かされている、お世辞にも身なりがいいとは言えない廉族労働者たち。
そして、エヴァレイドが集めていたという廉族たち。
……うん、この件を考えるのはひとまず置いておこう。なんかダークサイドに落ちていきそうだ。
「問題は、天使族のほとんどが、そのことを何とも思っていないことです。彼らにとって廉族は、獣と同等の…家畜かペットのどちらかでしかないので…特に権力者階級、上級市民にとっては」
「なんかそのままだと、天使族とそれ以外とで争いが起きそうですね」
「そのとおりです。それは天界の秩序を著しく乱すでしょう。それに、慈悲深き神が、このようなことを望んでいるはずもありません」
まあ、確かに……創世神は、自分の世界の全生命体が大好きだったからな。いくら一番贔屓していた天使族だからって、他の種族を虐げるのを容認するとは思えない。
「閣下は、このことを深く憂慮しておいでです。このままでは、自分たちも悪しき魔族と同じところに堕ちてしまうのではないか…と。ですから、皆さんの気持ちや立場も理解して出来うるかぎりの便宜を図ってくださるでしょう」
「それは聞き捨てな」
「それは心強い!よろしくお願いします!!」
魔族をディスられたのが面白くないエルネストが要らん一言を言い出すのを無理矢理遮って、俺は誤魔化す。
よりによって、天界で魔族アピールはやめて欲しい。ほんと、やめて欲しい。
と言うかそれ以前に、猫の姿で話に参加するの、やめて欲しい。
かなり不自然かつ不可解な状況に関わらず、イアンは一瞬怪訝そうな顔をしただけで、そのままスルーしてくれた。
度量が大きいのか大雑把なのかは、分からない。
そんなこんなで、イアンは明日、本部長(と閣下)に話を通してくれるとのこと。
とりあえずは第一関門突破である。
そして、次に現れた第二関門は、と言うと……
「今日は遅いので、みなさんもう休んでください。部屋は用意しておきましたので」
…って、イアンは言ってくれたんだけど。
………ねぇ待って何で一部屋だけなの?男女混合グループだよ?道徳的に良くなくない?
広さは十分にありますからとか、そういう問題じゃないよね?ね?
「………あのさエルネスト。横で寝てくれる?」
「おやおや私が、ですか?御身がよろしければ…」
「ダメだよギル。エルにゃんは私と寝るんだから」
「…あっ…………」
連れ去られるエルニャスト。連れ去るキア。茫然とする俺。
長い夜に、なりそうだった。
なんか気付いたらキアとエルニャストが仲いいですね。
そりゃあ、猫を抱いて寝るのは至福でしょうけど(やったことない)。




