第二百八十二話 男だろうと女だろうと、とにかく胃袋を掴んでおけば勝ちである。
「えー、と、言うわけで、こちら地上界の希望の星、神託の勇者さまご一行でーす」
“黎明の楔”ピーリア支部。
俺は、合流した勇者一行を、レジスタンスの面々に紹介していた。
既に、ウルヴァルドには全て伝えてある。全てとは言っても、彼女らが地上界で神託の勇者と呼ばれる存在だということ、天使たちから狙われていること、そしてべへモス召喚を阻止すべくこれから俺と一緒に行動するということ…くらい。
それ以上の詳細を説明すると、俺の正体にも触れることになりかねないので……それにしても、魔王として地上界に干渉することを極力避けてきて正解だった。おかげで、ウルヴァルドにも怪しまれることなく自然に自分の正体を隠すことが出来た。
で、同じ説明を“黎明の楔”メンバーにもしたわけだ。
「神託の勇者…ねぇ。随分と大仰な呼び名だが、そいつら使えるんだろうな?」
予想どおり、レメディが突っかかって来た。確かに彼女らは廉族だし(一名は神格武装で一名は半魔族だけど)、実力の程を知らない時点で信用できないのも仕方ない。
「まあ、アリアを基準にされたりしたら困るけど、それでもこいつらの腕は俺が保証する」
「テメーに保証されても信用ならねーんだが」
「……じゃあ、アリアが保証する」
「だったら、いいけどよ」
……俺、もしかして信用がなかったりするかも。
「それでさ、ちょっと頼みがあるんだけど」
「何だよ?」
俺は、ちょっとだけ言い淀む。お願いしたところで、即座にOKが出るとも思えない内容なんだよなー。
けど、このままここで仲良しレジスタンスごっこを繰り広げている時間的余裕はなかったりする。
思ったより、ウルヴァルドの一件で時間を食ってしまった。まだ五か月くらい猶予は残っていると言っても、これからのことを考えれば無駄な時間は全て削ぎ落したい。
「…本部に行かせてもらえないかな?で、トップと話がしたい」
俺の発言に、レメディもイラリオも、その他の幹部連中も表情を一変させた。
「本部……トップって、テメー自分が何を言ってるのか分かってるのか?余所者でしかないテメーらが、おいそれと会えるような相手じゃねーんだぞ?」
「うん、それは分かってる。けど、分かった上で頼んでる」
難色を示すレメディに、俺は食い下がる。
「もしダメだっていうなら、自分の足で会いに行く。多少強引な手を使ってもな」
「…………!」
レメディの警戒は、俺に対してではなく、会ったばかりの勇者一行に対してでもなく、間違いなくアリアに対してのものだ。
彼女が俺に付いている(従っているかどうかは別として)のは明らかで、俺と共に勝手な振舞いをされては困る…といったところだろう。
「テメー、そんな勝手が許されると…」
「いいんじゃないか、レメディ」
俺の言い分に腹を立てかけたレメディを、イラリオが静かに止めた。
「どのみち、天空竜のことについては本部に任せる予定だったんだし、このまま活動を続けていけば、いずれリュートにも本部と遣り取りしてもらうこともあっただろうし、予定が前倒しになっただけだと思えば」
「で…でもよ」
「少なくとも、ここで飼い殺しにするよりもいいと思う」
…見ていると、主導権はイラリオにあるようだ。
いつも先頭に出るのはレメディで、偉そうにしてるのも彼女なので、てっきりレメディがここの支部長でイラリオはその補佐だと思ってたんだけど、案外そうでもなかったりするかもしれない。
「…………………チッ、仕方ねーな。紹介状書くから待ってやがれ」
しばらく考え込んだ後、とうとう観念したのかそう言ってレメディは席を外した。
彼女は多分、俺たちのことをまだ完全には信用していないのだろう。
利害が一致したといっても、天使族と廉族、完全に理解しあって手を取り合うのには時間がかかるものなのかもしれない。
気まずげな俺をフォローするかのように、イラリオが苦笑しながら補足した。
「悪いな、リュート。レメディの奴、食事の質が良くなったもんだからお前を手放したくないんだよ」
……………そんな高尚な話でもなかったようだ。
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「そう言えばさ、央天使…サファニールの奴って、どこまで知ってるんだ?」
レメディからの紹介状を持って本部へ向かう馬車(乗合馬車ではない。これから必要になるだろうとウルヴァルドがくれた。ありがたいことである。)の中で、俺はアルセリアに訊ねた。
彼女らはサファニールに匿われてたって言うけど、一体どういう背景なんだろう。
「どこまで…って?」
「だから、今回のゴタゴタに関してだよ。天界の、中央殿の動きとかべへモス召喚の件とか」
しかし尋ねられたアルセリアは難しい顔をして首を傾げるばかり。
「んーーーー、よく分かんない。べへモスのことは何も聞かなかったし、多分知らないと思うけど」
「分かんないってお前……じゃあ、なんであいつはお前らを助けたんだ?」
こいつらの話だと、白サフィーとやらは悪い奴ではないらしい。
しかし、だからと言って天界に狙われた勇者一行を助ける目的は?と言うか、助けてどうするつもりだったんだろう。
「………さあ?」
本気で分からなさそうなアルセリアの答えに、俺は脱力。
一番大事なことなのに、なんで確認しておかないんだよこいつは。
念のため、他の面々に視線を送ってみた。
が、全員揃って気まずげに目を逸らしやがる。
「なんだか、創世神さまのお心に従っただけだ…みたいなことは仰ってましたよ」
辛うじて情報らしい情報を伝えてくれたのはビビ。だが、そんな曖昧な表現でこいつらは納得したっていうのか?
二つに分かたれた央天使。しかも、片方は封じられ、天界からは存在そのものが抹消された。
……それだけでも、なんだかキナ臭さ全開じゃないか。陰謀とか謀略とかなんか面倒臭い背景がありそうな予感。
「エルリアーシェの心にって、あいつがそういう遺言でも残してたって?いつの日か勇者がエライ目に遭うからその時は助けろって?」
「知らないわよそんなこと。助けてくれたんだし、それが創世神さまのお心に沿うものだって話だし、だったら別にいいかなって思うじゃない」
呆れた俺に少々逆ギレ気味で、アルセリアが突っかかってきた。
「良くないだろ何一つ。もし央天使が妙な企みを持ってたらどうするんだよ?」
「サフィーはそんなの持ってないわよ」
きっぱりと言い切るアルセリアの、根拠は何なんだ?
天使族は別に、慈善精神に溢れているわけではない。何の見返りも求めずに勇者を匿うとも思えないし、既に滅びて久しい主の命を守ったというのも、俄かには信じがたい。
それに…もしそうだったとしたら、二千年前に創世神は、既に今回みたいなことを予見してたってことになる。
……いくらなんでも、それはない。
俺たちは神なんて呼ばれてはいるが、自分たちの認識できることなんてタカが知れてる。自分が滅びたずーーーっと後のことまで計算するなんて、そんな全知全能の存在じゃないんだ。
今まで地上界で色々経験してきたことと、フォルディクス絡みのあれやこれやとサン・エイルヴの一件で、確かに俺は少しばかり疑心暗鬼になっているのかもしれない。
だが、流石にこいつらは無条件に他人を信じすぎだろう。
…なのに。
「そうですね、サフィーに関しては信用できると思いますよ?」
「……サフィー、いい奴。きっとだいじょぶ」
腹黒い(失礼)ビビのみならず、他人にあまり懐かないヒルダまでもが、サファニールを擁護する。
……キアと、エルネストは……?
「んー、あんまり神経質にならない方が良くない?」
「天使族の割には、話の分かる御仁だと思いましたよ」
……ええー、何それ。何その信用。
一人で疑ってる俺が馬鹿みたいじゃん。
おかしいな、単細胞のアルセリアはともかく、他の連中までってのが、腑に落ちない。
……まさかとは思うが。
「なあ、お前ら……もしかして食い物に釣られたとか言わないよな」
エルネストはともかく、勇者一行はそれ、充分にありうる。
「な、何を言ってるのかしら、この私は勇者なのよ?そんな、じゃがバターとかシチューとかオムレットなんかで、自分の意見を曲げるわけないでしょ?これはあれよ、私の中の勇者の血が、サフィーは信用出来るって囁いたのよ」
……やっぱりな。
なーにが、「私の中の勇者の血」だよ。ただの食いしん坊の遺伝子だろうが。
それにしても……
俺以外の奴の料理でこいつらが懐柔されたのが、非常に面白くなかったりする。
天界編に入ってからつくづく思うんですけどね。
……この魔王、めんどくせーな。




