第二百七十九話 一件落着…と思いきや。
エウリスが屋敷に帰って来たのは、アリアとマナファリアが大量のお菓子を(深夜にも関わらず)全て平らげて、満足して仮眠を取り、朝方にお腹がすいたと起き出してきた頃だった。
あれだけ甘味を腹に詰め込んだのに、なんでもう空腹なんだよおかしいだろ。
……ってツッコミは置いといて。
「お帰り……あれ、ミシェイラは?」
二人揃って帰ってくるものだとばかり思っていた俺は、一瞬何かあったのかと懸念する。
が、エウリスの表情から、首尾は上々だったということは一目瞭然だった。
「お嬢様は、旦那様と共にザナルド・シティへと戻られた。今は、旦那様に付き添っていたいとのことだ」
エウリスは、心底安堵したような、そのせいかどこか脱力したような表情をしていた。
「……上手くいったんだな?」
「ああ、お前のおかげだ、リュート。この恩は、一生をかけてでも必ず返すと誓おう」
エウリスはやっぱり生真面目だ。
今回の件、俺だけの力で解決したわけじゃない。確かに神笏を取り戻したのは俺(とマナファリア)だけど、そもそも神笏の奪還を以てウルヴァルドの潔白を証明することを中央殿に認めさせたのはエウリスなのだ。
「大げさだなー」
「私だけではない。お嬢様も、そして何より旦那様はお前の尽力にそれは感激していらした。近々、改めて礼をしたいと」
「お礼…ねぇ」
本音を言えば、エウリスやミシェイラよりもウルヴァルドの「お礼」ってのには期待している。
“黎明の楔”にとって利になるもののみならず、べへモス召喚阻止についても力になってくれるかもしれない。
エウリスからは、中央殿での簡単な経緯を説明してもらった。
エウリスは、立ち並ぶ執政官たちに取り戻した神笏を提示し、それが何処にあったのか、そこで何があったのか、俺の存在を巧みに誤魔化しながら伝えた。
黒幕だと暴露されたパスクアル=エヴァレイドは当然それを否定した。それは自分を陥れる陰謀なのだ、と。
そして、彼と裏で繋がる数人はそれに同調する。
が、エウリスがもう一つの包みを開けたとき、エヴァレイドの表情が一変したという。
動揺、狼狽、そして恐怖。
見るからに取り乱したエヴァレイドは、追及する執政官たちに釈明を続ける余裕を失っていた。
「そっか…。やっぱり、エヴァレイドはイデのことを可愛がってたんだな」
俺がエウリスに渡したもう一つの包み…その中身は、折り取ったイデの角だった。もしエヴァレイドがイデに対し親愛の情を抱いているのであれば、彼を突き崩す切り札になり得ると思って。
イデがエヴァレイドにとって単なる道具に過ぎないのであれば、俺の目論見は失敗するところだった。
けど、とても居心地良さそうな部屋でエヴァレイドをパッさんと呼んでいた少しおバカな魔族の姿からは、彼が大切に慈しまれているということが感じられたのである。
政敵を陥れておいて、大勢の廉族を魔獣の餌にしておいて、それでもパッさんはイデのことを大切にしていたのだ。
俺も、もし彼らが敵でなければ、少しばかりの罪悪感を抱いていたかもしれない。
「エヴァレイドは拘束された。今後、詳細な捜査が行われることだろう。そして奴の所業が明らかになれば、旦那様の潔白は完全に証明されることになる」
晴れ晴れとした表情で語るエウリス。中央殿の中にはまともな奴もいるみたいだし、後は彼らに任せてしまってもいいだろう。
そうなれば、エヴァレイドは厳罰に処されることになるだろうが…ま、自業自得ってことで。
「ま、これで一件落着ってことでいいのかな?お前もおつかれさん、エウリス。…朝飯食ってくか?」
「いや、私もこの後すぐに本邸へ戻るつもりだ。…近いうちに、また連絡する」
色々と事後処理もあったりするのだろう、エウリスはそのままザナルド・シティへ戻っていった。
俺たちも同時に、ピーリア・シティへと帰ることにする。
「あーーー、終わった終わった。お前らも、色々ごくろーさんだったな」
「ふむ、ワタシは留守番ばかりで少しばかり退屈だったぞ」
「私は、リュートさまとご一緒できて幸せでした。ほとんどお役には立てませんでしたけど」
……いや、それなり…十分に役に立ってたと思うよマナファリア。口には出さんけど。
「ゴタゴタも済んだし、心強い協力者も確保できたし、そろそろ俺たちも本格的に動くぞ、二人とも」
「ほう、とうとう天界を手中に収めるか」
「世界統一の第一歩ですわね、ご一緒いたします」
………………。
……………………………。
……………いや、違う!!
なんでそう嬉しそうなんだよ二人とも。アリアなんて、俺を見張るんじゃなかったの?
なに「待ってました」な顔になってるわけ?
あと、マナファリアも。
ご一緒しちゃ駄目でしょ。君、創世神の姫巫女でしょ。
こいつらと一緒にいると、自分の行き先を見誤りそうでちょっと怖い。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
数日後。
俺たちはローデン邸に招待された。
ウルヴァルドの無罪放免を祝って、内輪だけでちょっとした宴を催すらしい。
「……って、ちょっとした……?」
テラスパーティーということで大庭園に案内された俺は、思わずそう呟いていた。
だって、小さなホームパーティーを想像してたんだもん。
こんな、大富豪の宴会みたいなの想像してなかったんだもん。
広い庭園は見事に飾り付けられ、テーブルには贅を凝らした料理が所狭しと並べられ、大勢の使用人たちが右へ左へ忙しく立ち回る。
「リュートさま、ようこそおいで下さいました!」
俺の姿をいち早く見つけて、ミシェイラが足早にやって来る。
「え…と、今日って、そんな沢山お客さんが来たり……?」
正直、見知らぬ天使たちに囲まれるのはあまり嬉しくない。
だが、ミシェイラは首を横に振った。
「いいえ、今日はリュートさまたちと、あとは今回の件でお世話になった執政官の方を一組お招きしているだけですけど?」
……お客二組でこの規模って。
お金持ちの思考って、ちょっとついていけない。
話している俺たちに気付いて、ウルヴァルドも近付いてきた。その後ろには、もう二度と離れるものかとばかりにエウリスがぴったりと控えている。
「リュート殿、今回のこと、何と言って礼を申し上げればいいか……私といい娘といい、貴殿には救われてばかりだ」
「いえいえ、お構いなく。俺は俺の利になることしかしてませんよ」
俺の率直な物言いに、ウルヴァルドは意味深な顔をしてみせた。
「心得ているよ。…その件については、のちほど詳しく話そう」
「それは助かります」
いやほんと、話が早くて助かるよ。
ウルヴァルドは、俺の本来の目的も知っているし、それに関して俺が求めるものも理解している。
確かな手ごたえを感じ、俺はアリアと顔を見合わせて頷いた。
その表情のままアリアは、
「リュート……向こうのテーブルに、見たことのない食物があるのだが……」
…食い気全開の頭の中身を披露してくれた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
料理に手を付けるのは、招待客が全員揃って乾杯が終わってから。
そんな基本的な礼儀も知らないアリアを諭し、しかし待ちきれないと騒ぎ出したアリアを見かねて…正しくはそんな彼女を持て余している俺を見かねて…ミシェイラが、こっそりアリアを厨房に連れ出してくれた。
厨房には、まだまだ予備の料理がたくさんあるらしい。
「…お恥ずかしい」
赤面する俺に、ウルヴァルドは苦笑していた。普段の俺の苦労を察してくれたのかもしれない。
そうこうしているうちに、もう一組の招待客とやらも到着したらしい。使用人に案内されて、天使族の青年と、お付きの者らしい獣人の女性が庭園へとやって来た。
……あ、このイケメン、見覚えがある。ここで屋敷の警護をしていた指揮官だ。
なるほど、公明正大だとエウリスは評価していたが、やはりウルヴァルドの味方だったのか。
従者の女性は…珍しいな、獣人族が天使に仕えてるなんて……………
「リュート殿、紹介する。彼はシグルキアス=ウェイルード。私の知己で今回の件でも……」
ウルヴァルドの声が遠くで聞こえる。
けど、その内容はまるで頭に入ってこない。
紹介されたイケメン天使も何かを話しているようだったけど、そんなことどうでもいい。
俺は、その虎型の獣人から目が離せなかった。
そして、彼女もまた。
姿形が変わったって、髪や瞳の色が違ったって、すぐに分かる。
魔王の宿敵で、究極の腐れ縁。
やたらと手が掛かって、ちょっと目を離すと何を仕出かすか分からなくて、猪突猛進で考え無しの単細胞で。
きっと生きているはずと信じて、でも確証は何処にもなくて、考えるのが怖くて目を逸らしてしまおうかと思ったこともあるくらい俺の心を苛んでいた存在。
「アル…セリア……なの、か……?」
自分の声すら、ひどく遠くに聞こえる。
自分の目が、俄かには信じられない。
しかし、紛れもなく。
俺の目の前にいるのは……稀代のポンコツ勇者、アルセリア=セルデンその人だった。
ようやく再会~!




