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世話焼き魔王の勇者育成日誌。  作者: 鬼まんぢう
天界騒乱編
280/492

第二百七十四話 比較対象がポンコツだと全てが素晴らしく思えてくる。




 ヴァイア・シティ。

 天界の中央都市であるロセイールやザナルドに比べると、幾分小規模な都市である。

 取り立てて風光明媚な観光名所があるわけでもなし、リゾート別荘地が広がるわけでもなし、珍しい文化風習があるわけでもなし、美味珍味な名産品があるわけでもなし。


 何の変哲もない、これと言った特徴のない街だ。


 多分、大都市のベッドタウン的な扱いなんじゃないかな。ピーリア・シティのような雑多さはないが、似たような構えの家々がただ並んでいる。


 はっきり言って、執政官のような超エリートがわざわざ別邸を持つような場所じゃない。

 天界のことはほとんど知らないが、それでももっと別荘地に相応しい場所は他にいくらでもあるだろう。


 そして。



 「こういう、何の変哲もないところってのが余計に怪しいよな」

 エヴァレイドの別邸の前で、俺は独り言ちていた。

 

 奴の別邸は、本宅やローデン邸に比べると非常に地味である。敷地面積はそれなりだが、それでも上流階級としては寧ろ狭い部類に入る。

 建物も庭も、趣向を凝らしているようには見えない。荒れ果てているわけでも殺風景なわけでもないが、何と言うか…すごくテキトーな感じだ。


 テキトーに屋敷を建てて、テキトーに草を植えてみました…みたいな。


 素敵な時間を過ごすために作ったものではないことは、明白。


 「やっぱ、ビンゴか」

 番兵どころか誰もいない門扉をくぐり、庭に入っても人影は見えない。

 ここまで不用心だと、一瞬罠ではないかと勘ぐってもみたのだが…



 別に罠でもいっか。


 …という結論に達したので、気にすることなく歩を進める。


 「随分と静かな所なのですね」

 今のところ、マナファリアは大人しくついてきていた。

 ……今のところも何も、別に反抗的なわけじゃないんだよ。ただ、突拍子もないことを仕出かしそうで、ちょっと怖い。


 「油断するなよ。あと、絶対に勝手に動くな。少しでも怖いと思ったり危ないと思ったら、俺の後ろで隠れてろ」

 「リュートさま……なんてお優しいお言葉なんでしょう(うっとり)」


 ……始終こんな調子なもんだから、精神的に疲れる。

 が、そんな彼女も全く役に立たないわけではなく。



 「とりあえずは、メインの建物から…だよな」

 俺たちは、屋敷の裏手に回る。

 人の気配は感じられないが、流石に表玄関から堂々と入るのは憚られたのだ。


 裏口の、表に比べるとかなり貧相な扉に手をかけてみる。

 ……が、やっぱり施錠されていて開かない。


 力づくでこじ開けることも出来そうな造りではあったが。



 「……マナファリア」

 「はい、お任せを」


 短く命じると、マナファリアはすぐに俺の意を悟ったのか、ピッキングセット(ギーヴレイが持たせてくれた例のやつ)を手に扉の前に屈みこんだ。



 かちゃ、かちゃかちゃ、がちゃん。



 「…開きましたわ」

 「お、おう………(相変わらずスゴイ手際だな……)」


 いくら簡素な鍵とは言え、ものの数秒で解錠してしまう彼女の特技は、一体どのように培われたものなんだろうか…。


 俺たちは、開いた扉から屋敷の中へと入る。

 一応、抜き足差し足恐る恐る…だったのだが、そんなのが馬鹿らしくなるくらい内部には…内部に()人影はなかった。



 「……妙だな」

 「連れてこられた方々というのは、何処にいらっしゃるのでしょう?」

 「……………」

 「……どうかなさいましたか、リュートさま?」


 思わず、感心してマナファリアを凝視してしまった。


 ……いやいや、これが普通なんだよ?別に特別スゴイことじゃないんだよ?ただ、同じようなシチュエーションで「何が?」とか呑気に宣った我らが勇者殿が、規格外にポンコツなだけで。



 「…いや、何でもない。気にはなるが、目撃される怖れが少ないってのは好都合だな。時間をかけずにさっさと調べるぞ」

 「御意」


 マナファリアの反応が、魔界の臣下みたいになってたりするのが怖い。



 屋敷は、二階建てだった。

 まずは、侵入した一階を調べる。そして、何もめぼしい物が見当たらないまま、二階へ。


 二階にも、取り立てて何もなかった。



 「……やっぱり、妙だな」

 「これだけのお屋敷ですのに、生活感がまるでありませんわね。それなのに、取って付けたような調度品がとりあえず、といった感じに置かれているのも不自然さを感じます」

 「………………」

 「…どうかなさいましたか、リュートさま?」


 騙されるな、俺。これが普通だっつったろ。誰だって気付くんだよこの程度。こいつをポンコツ勇者と比較して買いかぶるのだけはやめておけ。



 しかし、マナファリアの言う通りなのである。


 室内は、生活するのに不自由しない程度には設えてあった。その印象は、庭や屋敷の外観と同じ。

 テキトーに準備して、テキトーに並べてみました…みたいな。


 実際、ここで誰かが生活しているような空気は感じられない。

 まるで、訪問者があったときに不自然に思われないように、体裁だけは整えてみました…と言わんばかりの、よそよそしい空間。


 ここに目指す神笏はなかったが、残念でした帰りましょう…って思えないような、引っ掛かりを感じる。



 「もう少し、詳しく調べるぞ」

 「かしこまりました」


 これに関しては幸いにも、時間をかけてじっくり調べても見咎められる恐れはない。なにしろ、一階にも二階にも、人っ子一人見当たらなかったからだ。


 その不自然さ、理由に思いを馳せるのは後回しにして、俺とマナファリアは再び一階へと戻った。



 そして、数分後。



 「リュートさま、こちらへ来ていただけますか?」


 敵影もないので安心だと、俺とマナファリアは別々に調べていたのだが、廊下の向こうでマナファリアが俺を呼ぶ声が聞こえた。


 何か見つけたのかと、彼女のいる部屋に入ってみると。



 「こんな仕掛けがありましたわ」

 「マジかよ……よく気付いたな…」



 そこは、来客をもてなす(という名目で設えられた)娯楽室だった。バーカウンターと、なんかルーレットみたいな台座とかボードゲーム用のテーブルとかが、設置されている。


 マナファリアは、そのルーレット似のゲーム台座の傍らに立っていた。

 そして彼女のすぐ脇には、地下へと続く穴がぽっかりと。



 「これ、さっき見たときはなかった…よな?」

 「はい。ただ、この台座の上…円状のボードに並んでいる数字がやけに規則じみているような気がしまして、色々と弄っていたら台座が移動しましたの。それで、この穴が出て来たのですわ」


 ……言われて見てみるが、並んでいる数字にも数字の色の配置にも、特に規則性は感じられない…俺には。

 なんか、数列的な公式に当てはめたら分かるのだろうか……ちょっと自信ないけど。


 これを見ただけで悟るマナファリアの頭の中身が、今さらながら怖い。



 「なんか……スゴイな、お前って」

 だから、思わずそう口走ってしまったのも仕方ないと言える。

 今まで俺が抱いていた彼女の評価ってのが、かなり地べたを這いつくばってる状況だったんだから。


 「……!お褒めに預かり、光栄ですわ!!」


 ……マズい、感激させてしまった。

 変に暴走しなければいいんだけど………


 「さあリュートさま、参りましょう!目指す物は、きっとこの先です!!」

 「おい待て、先走るな!」



 あーーー、もう。調子に乗ってきやがったぞこいつ。俺の制止を振り切って、穴の下へと続く階段をどんどん降りていく。


 

 こんな隠し通路がある時点で、怪しさMAXである。はぐれたらどんな危険があるか知れないので、俺も慌てて彼女を追いかけた。



 階段は、それほど長くはなかった。せいぜい、建物二階分…くらいか。

 降りた先は、今度こそ掛け値なしの殺風景な空間。誰かの目を誤魔化すための調度品なんて何処にも見当たらない。


 石造りの壁、石造りの廊下が先へと続いている。

 光源は、壁に取り付けられたヒカリゴケのランプ。やや薄暗いが、行動に支障はない程度の明るさはある。


 明らかに、普段から使われている空間だということは確かだ。そして…



 俺は、耳を澄ませるように意識を集中させた。この通路の奥、目では見えない暗がりの先に。

 そこに感じられた、微かな、本当に微かな気配。


 聖骸よりももっと小さくて、一瞬気のせいかと思ってしまうくらいに弱々しい、けれどもひどく懐かしい気配。



 「……思ったとおりだな」

 「この先に、神笏がありますのね?」


 俺の言葉をまるで疑わないマナファリアだが、お前は創世神の姫巫女だろうが、このくらい気付けなくてどうするよ。


 ……俺に近付き過ぎて、創世神の姫巫女じゃなくて魔王の姫巫女になっちゃってたりしないよな…?


 それが事実なら…ってほとんど違いはないんだけど…グリードにどう釈明すればいいのやら。心配ではあるのだが、今さらどうにも出来ないことだし、今はそんなことに構ってる場合じゃないし、俺は後々のトラブルを予感しながらもそれを無視して先へと進む。

 そのトラブルの渦中になるであろうマナファリアは、俺とは真逆のあっけらかんとした表情でそれに続く。



 …が、俺たちはすぐに足を止めることになった。



 「……今、何か聞こえたな?」

 「聞こえましたね」


 どこからか、低くくぐもった唸り声が聞こえて来たからだ。

 狭い空間に反響するせいで方角は分からないが、それほどの距離を感じる音量ではない。


 今さらこんなところで獅子とか狼とかが出てくるわけもないので、この声の持ち主は俺たちの想像どおりなのだろう。



 近くに、魔獣がいる。しかも、俺たちの侵入に気付いて、警戒している。

 

 動きを止めて様子を窺う俺の耳に、唸り声とともに足音らしきものも届き始めた。ドスッドスッという重量を感じさせる音に、時折鋭い(と思われる)爪が床を掻く音が混じる。


 音からすると、四足歩行タイプ。大きさは…グリフォンあたりと同程度…かな。特殊スキル持ちじゃなければ助かるんだけど…



 やがて、待ち構える俺たちの目の前に、魔獣が姿を現した。


 予想どおり、四足歩行の獣型である。地面から肩までの体高は二メートルくらい、尾を除いた体長は三メートルくらいの、魔獣としてはごくごく平均的な大きさ。


 山羊の頭に、熊の身体。後ろ足二本だけ、猛禽類の爪を持っている。猫のような尻尾が二本。非常に統一感がなく、ちぐはぐな印象を受ける外見だが、魔獣にはこういう個体は珍しくない。

 地上界の生物とは違い、異種間での交配も可能なため、しょっちゅう新種じみた奇妙な風体の魔獣が誕生しているのだ。


  

 「マナファリア、こっちはいいから、後ろにだけ集中しとけよ」


 幸運なことに、ここは狭い通路。魔獣が俺を抜けて彼女へ向かう恐れはまずない。注意するべきは背後からの挟撃だけなので、そう伝えたのだが。



 「いいえ、私はリュートさまの雄姿をしっかりとこの目に焼き付けとうございます!」


 ……なんだか最近、マナファリアが全然言うこと聞いてくれない………。



 まあ、言うこと聞かなかったんだから万が一のことがあったらそれはそれで仕方ない。悪いけどそこまで責任は持てないからな。

 それに、案外彼女は放っておいても大丈夫な気がする。



 さて、肝心の魔獣だが。


 天使族であるエヴァレイドに飼われ、廉族れんぞくたちに世話されているというのだから、それほどの強力な個体ではないだろう。


 と、思ったのだが。




 魔獣が、炎を吐いた。

 俺は真正面からそれをまともに受ける。


 

 ………全然、熱くない。



 影の自動迎撃は有効オンになってるはずなのに、反応すらしない程度の弱火。

 ご家庭用ガスコンロの強火程度の火力しかないんじゃないだろうか。



 …おかしいな?

 そりゃ、廉族れんぞくや戦闘能力を持たない民間の天使族であれば十分怖い相手かもしれないが、多分このレベルだったら、地上界の高位遊撃士にでも対処可能だと思う。


 天界の執政官たるエヴァレイドが、神笏の守り手とするには、いくらなんでも力不足じゃ…?



 ……それとも、神笏は関係なく、本当にただの愛玩動物ペットだったりして。



 これが人懐こいわんこやにゃんこであれば、軽くよしよしして終わりなのだが、いかんせん弱かろうがれっきとした魔獣、敵意だけは一丁前である。

 侵入者である俺たちになびく様子は、一切ない。



 まともに炎を浴びたはずなのに、そして防御らしい防御もしていないはずなのにケロッとしている俺に、魔獣の警戒はさらに強まる。

 遠距離攻撃では埒が明かないと判断したのか、次はその熊のような太い腕を、その手のナイフのような鋭い爪を、俺に振り下ろした。


 流石に、今度はきちんと影が反応した。俺の影は魔獣の攻撃を阻み、そのまま攻撃へと移る。

 攻撃…と言うか、受け止めた魔獣の腕を、そのまま斬り飛ばした。



 ガアァアアッ、と叫ぶ魔獣に去来したのは痛みか恐怖か。()()()()()()と判断した奴は距離を取ろうと後ろへ跳んだが、すかさず黒い刃がそれを追撃し、魔獣が着地するよりも早くその胴体を両断してしまった。


 真っ二つになった魔獣は、ドサドサっと地に落ちた後、起き上がってくる様子はなかった。



 「お見事です、リュートさま!」


 背後でマナファリアがはしゃいでいるが、彼女、俺が魔王だって分かって言ってるんだろうか。この程度で褒められても、嫌味か侮辱にしか聞こえないんだけど。

 


 うーーーーん、呆気ない。いくらなんでも、呆気なさ過ぎる。

 いつぞやのキラーグリズリーと、それほどの差を感じない。


 仮に愛玩動物ペットだったとしても、いや、そうだったらなおのこと、もっと価値のある魔獣を選ぶんじゃないか?

 すごく強かったり、姿が美しかったり、珍しかったり、愛嬌があったり。


 確かに外見上は珍しい部類に入るかもしれないけど、作ろうと思えば同じような魔獣はいくらでも作れるはず。気に入った種同士を交配させればいいんだから。



 …なんでまた、エヴァレイドはこんなの(失礼)を飼おうと思ったんだ?

 



 「さあ、リュートさま。先へ急ぎましょう!」

 浮かれついでにマナファリアに促され、考え込んでいた俺は我に返った。


 ……そうだな、エヴァレイドの好みに関してはどうでもいいことだ。

 今は一刻も早くミシェイラのところへ神笏を持って帰らないと。



 俺たちは魔獣の死骸を跨いで、さらに先へと進む。

 もしかしたら他にも魔獣がいるかもと思ったが、それらしき姿は見えなかった。


 通路には、途中でいくつもの扉がある。倉庫か抜け道にでも繋がっているのだろうか。神笏の気配とは無縁なので、そこはそのままスルー。


 そして、行き止まりの少し手前で、俺は足を止めた。



 「……ここですか?」

 心なしか声を潜めて、マナファリアが尋ねてくる。扉の形状はそれまでのものと全く同じなので、何か特別な場所を想像していた彼女には意外だったのか。


 俺は、それには答えず扉を開ける。

 開けた先は、思いのほか広い部屋だった。




 広いと言っても、大体15畳くらい…だろうか。

 そこは、意外にも意外過ぎることだが、普通の部屋だった。普通の部屋、と言う以上に相応しい形容がちょっと見当たらないくらい、普通の部屋だった。



 小さなキッチンと、食卓。居心地の良さそうなソファと、小振りのサイドテーブル。壁には棚が設えてあって、中身は分からないけど沢山の本が整然と並んでいる。棚の開いた部分やテーブルの上には、実用性というよりも装飾の役割の方が大きい、可愛らしい置物が。


 別の壁に掛かっているのは、絵画ではなく魔導式映像投射装置(超薄型)。窓のない代わりに、外の景色を映し出している。



 その、窓が一つもない(地下だから)ことともう一つだけ、この部屋で奇妙なもの。


 それは、俺たちの目の前で寛ぎまくっている、部屋の主だった。

姫巫女のスペックが、そのうちとんでもないことになりそうで怖いです。

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