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世話焼き魔王の勇者育成日誌。  作者: 鬼まんぢう
復活と出逢い編
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第二十六話 遭遇


 翌日。

 俺たちは、さらに高度を上げ、稜線上にまで来ていた。

 森林限界には達していないため、視界が開けているということはないが、時折木々のまばらなところからは眼下の景色を見下ろすことが出来る。


 遠くに、集落と畑と川。こうして見ると、長閑のどかな風景である。

 相変わらず憎まれ口の応酬をしつつ歩いていた俺たちだったが、


 「……ん?なんだ、あれ」

 俺の視界の隅に、奇妙なものが映り込んだ。いくつかのコルを超えた稜線近くに、それはある。目を凝らして見ると、どうも石組みの建造物のように思えるのだが……。



 「自然物……では、なさそうですね」

 「こんなところに、建物?変じゃない?」


 ベアトリクスとアルセリアも、口々に疑問を呈する。


 「どうする?多分ヒュドラとは関係ないとは思うが…」

 「いいじゃない、行ってみましょ。どーせ当てはないんだし」


 アルセリアは、奇妙な石組みに興味を惹かれたようだ。確かに、自然しかないところでぽつんと人工物の姿が見えると、ついついそっちへ行きたくなる気持ちはよく分かる。


 当てはない、というのも事実。どのみち、この辺り一帯をしらみつぶしに探さないといけないだろうしなー…。


 ベアトリクスとヒルダにも異論はないようで、俺たちはひとまずその建造物を目指すことにした。

 そしてその判断は、間違っていなかったのである。






 『……あ』


 全員がハモった。

 あれからしばらく歩き続け、そろそろ例の石組みが目の前に現れるんじゃないか、という頃。


 剥き出しの巨岩が壁のようにそびえ立ち、洞穴がぱっくりと口を開けている場所へたどり着いた。

 その洞穴は幅だけでなく奥行きもありそうで、例えばヒュドラの巣とかがあってもおかしくないような不気味さを醸し出していた。


 おかしくないどころか、ずばりそのとおりだった。


 俺たちの目の前には、洞穴を守護するかのように、威嚇行動を取る巨大な双頭の魔獣。形状は、ほとんど蛇。申し訳程度の手足が生えている。


 ヒュドラだ。


 「ようやくお出ましね!こっちに来て正解だったじゃない!」


 剣を抜き放ちながら、嬉しそうなアルセリア。これから戦闘だというのに、あまり緊張感は感じられない。

 表情も、体も、臨戦態勢ではあるのだがリラックスしているようにも見える。


 ベアトリクスも、落ち着いたものだ。そしてヒルダは、相変わらずの無表情。だが、二人の表情にも硬さはない。


 …………前回はやられそうになってたくせに、いやに余裕じゃないか。

 それとも、これが彼女らの本領というわけか。


 ヒュドラは、縄張りを侵したのみならず寝床にまで攻め入ってきた敵に、怒髪天だ。眼は爛々と輝き、フシューフシューと、うなりともつかない音を立てて首を揺らめかせている。


 「じゃ、行くわよ二人とも。リベンジってことで」

 「やっぱり負けてたって自覚あるんじゃねーか」

 「ううううるさいわね、後ろでガチャガチャ言わないでよ!!」


 …アルセリアがあまりに調子がいいものだから、思わず突っ込んでしまった。

 いかんいかん、彼女らの戦いを邪魔しちゃいけないな。俺は後ろでおとなしく見守っているとしよう。


 まあ、一応心の中で応援しておいてやるよ。



 ここから、死闘が始まった。


 


 …………と言いたいところなのだが、実は死闘なんて始まらなかった。

 決着は、驚くほどあっさりと付いてしまったのである。


 口火を切ったのは、ヒルダの魔術。

 「【炎獄舞踏フレアロンド】」

 相変わらずの、無詠唱。ヒルダの前に出現した魔法陣から無数の炎球が生まれ、螺旋を描きながらヒュドラを取り囲んだ。

 文字どおりの、炎の舞踊。まるで意志を持っているかのような炎球は、叩き落そうとするヒュドラの首を、尾をすり抜け、その死角から襲い掛かる。

 避けようにも、炎にまとわりつかれ、思うようにいかない。

 一つ一つの炎球は、ヒュドラの巨体からすれば小さなものだ。だが、その躰は繰り返し繰り返し炎を受け、徐々に焼け爛れていく。


 ………けっこう、グロい光景だ。


 ヒルダにばかり任せきりにする勇者ではない。ベアトリクスの【聖守防壁プロテクション】を待つのももどかしく、アルセリアは地を駆け抜けた。


 ………速い。魔王おれと戦ったときよりも、スピードアップしてないか!?


 一瞬でヒュドラに肉薄すると、そのまま斬りかかる。

 …………って、えええ!?まだ【炎獄舞踏フレアロンド】は発動中だろ!あれじゃ、味方であるはずのヒルダの術に巻き込まれてしまう!


 俺はそう危惧したのだが。


 …杞憂だった。アルセリアは踊り狂う炎球をかいくぐり、ヒュドラへと正確に攻撃を叩きこんでいく。

 それは、彼女自身もまるで踊っているかのよう。一瞬、これは殺し合いなのだということを忘れてしまいそうになるくらい、艶やかな姿。


 炎と少女の競演。俺は、その光景に見惚れていた。



 だからということもないのだが、気付いたときにはほとんど戦いは終わっていた。勇者の剣戟と魔導士の術式を受け、だんだん動かなくなっていく魔獣。

 【炎獄舞踏フレアロンド】の炎が消える頃、アルセリアの聖剣が、ヒュドラの双頭を斬り飛ばした。


 頭を失った魔獣は、そのまま地響きを立てて崩れ落ちる。


 

 こうして、地上界では最強クラスの魔獣は、一度も己のターンを迎えることなく、息絶えたのだった。



 



 

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