第二百七十三話 助けて勇者さま
花祭りを目前に控えたロセイール・シティは、街中がいつになく浮ついた雰囲気に包まれていた。
既に街角には色とりどりの花が飾られ、露店商たちが集まり、気の早い若者たちは一足早く贈り合った花を髪に挿したり胸に飾ったり。
そんな浮かれ気味の喧騒の中を脇目もふらず戻って来た俺とエウリスは、ミシェイラに事の経緯を説明していた。
「…でも、そんなリュートさまお一人だなんて危険過ぎます!」
案の定、ミシェイラは俺の単独行に猛反対だった。
「ただでさえ、私どもの勝手なお願いを聞いていただいているのに、肝心の私やエウリスが安全な場所で待つ一方でリュートさまに危険を押し付けるだなんて、そんなこと出来るはずありません!」
「落ち着いてくれ、ミシェイラ。説明しただろ、天使族を瘴気の濃い場所に連れていくわけには」
「種族なんて関係ありません!!」
……力いっぱい、怒られてしまった。
小柄で儚げな少女なのに、迫力だけはどこぞの勇者にも負けてない。
「出来る出来ないの話ではありません、誰がやらなくてはならないか、ということなんです」
その心意気はとても立派だ。だが、
「いや、誰ならば出来るか…って話だよ」
後ろにミシェイラがくっついてきたりなんかしたら、まともに動けないこと請け合いである。なんとかして納得してもらわないと。
「冷静に、合理的に考えるんだ。そもそも、そこに神笏が隠されてるってことも、魔獣が飼われているってことも、俺は確信してるけど結局は憶測に過ぎないんだ。もし予想が外れてたら、こっちは単なる不法侵入者ってことになる」
その場合は、そうならないように目撃者の口を封じるつもりではあるけれども、彼女らにそんなこと言えるはずがない。
「それは……そうかもしれませんが………」
「そして、そこにミシェイラやエウリスがいるって知られたら、ローデン卿の立場が一層悪くなるだろ?中央殿の奴らもどこで君たちを見張ってるか知れたものじゃない」
俺は尾行だとかを察知する索敵能力には欠けている。一応、集中して辺りの霊素の流れをチェックすれば近くに誰がいるのかくらいは分かるし、今もそれで監視者がいないことは確認済みだが、これは常時発動スキルではないのが弱点なのだ。
「だけど……魔獣のいるかもしれないところに、リュートさまお一人だなんて…」
「案ずるな、娘」
「ご心配無用ですわ」
なおも食い下がるミシェイラを力強く遮ったのは、俺ではない。
横で話を聞いていた、創世神に世界の行く末を委ねられた天空竜の最後の生き残り(正体は気位の高い食いしん坊)と、創世神の遺した言葉の欠片を拾い集める託宣の姫巫女(正体はただの暴走ストーカー)の二人だった。
……って、何を言い出すつもりだこいつら。まさか……
「このワタシが同行するのだからな!」
「リュートさまの御身は、私が命に代えてもお守りしてみせますので!」
………余計なお世話じゃーーーい!
「ちょっと待てお前ら。誰がんなこと許可したよ?」
俺は、アリアもマナファリアもここに置いていくつもりなんだけど!?
「…む、何故貴様の赦しを得る必要がある?」
「え?……いや、それは………ない、けど…………」
アリアの言うことも尤も…なのか?
いやいやしかし、なんかここで折れたらこの先ずっとこいつにペースを握られそうな気がするよ?
「……いや!やっぱり、アリアにはここに残ってもらいたい」
「むむ、だから、何故貴様の言うことに従わねば」
「保険の為だ」
どうしてアリアはこう、反抗してばっかりなんだろう。
そりゃあ、魔王の言うことに大人しく従いたくないってんなら話は分かるけど、だったら最初から俺についてこなけりゃ良かったんだし。
「エウリスもかなりの腕の持ち主だけど、エヴァレイドってのが噂どおり狡猾で用心深い奴なら、どういう手を使ってくるか分からない。向こうの想定にない戦力があった方が、安心出来る」
「…む、むむ……」
「頼むよ、アリア。お前の力を、アテにさせてくれ」
結局、なんだかんだと理屈を並べるよりも素直に頼んだ方がアリアには効果があったようだ。
俺の懇願に、渋々ながらも頷いてくれたのだから。
「……仕方ないのう、貴様にそこまで言われては、無下にするのも憚られる。……その代わり、分かっておるだろうな?」
意味深な視線を送ってくるアリアだが………
あ、そういうことね。
…って、まだ対価が足りないってのかこの食いしん坊め。
「…分かった分かった。プティ・フールにショートケーキも追加してやる」
「ショート…なんだそれは?旨いのか?美味なのか?」
落ち着きなさいよ天空竜。みっともないったら。
「旨いよ、旨いから、頼んだぞ?」
「うむ!任せるがよい!!」
…これでアリアは片付いた。
で、残るは……
「マナファリア、お前もアリ」
「ご一緒いたします♡」
………………。
「アリアと一緒にるすば」
「ご一緒いたします♡」
………………。
「魔獣の巣窟に、お前を連れていくわけにはいか」
「ご一緒いたします♡」
………………。
ちょっと、何この子!怖いんですけど!!
もうストーカー通り越して、ホラーなんだけど!俺、取り憑かれてたりする!?
「あのな、マナファリア。これから行くところは、とっても危険なの。お前は足手まといにしかならないの。だから連れていけないの。……分かる?」
噛んで含めるように、幼児に言い聞かせるように、ゆっくりと伝える。
が、そんなことで了承してくれるストー…もとい、姫巫女ではなかった。
「リュートさま、以前に約束して下さいましたよね?」
「……へ?」
約束?……なんてしたっけ…?
「ザナルド・シティから戻ってきたら、可愛がってくださると仰っていたじゃありませんか」
「…………へ?」
可愛がる?俺が、マナファリアを?
……いやいやいやいや、そんなこと言うはずないじゃん。何かの間違い…
「そう言えば、確かに言っておったのう」
アリアの援護射撃!
「え、ちょ、嘘だろ?可愛がるだなんて一言も………」
あああ、エウリスとミシェイラの表情が、表情が!
特にミシェイラの表層温度が氷点下を突破した…ような気がする!
「いいえ、ちゃんと仰ってました」
「ワタシも聞いていたぞ。確かに、戻ったら構ってやると貴様は言っておった」
………そう言えば、そんな感じでマナファリアの追撃をやり過ごしたような……
って、
「いや、構うと可愛がるは別物だろ?紛らわしい言い方やめろって!」
「同じですわ」
「同じだな」
マナファリア・アリア連合軍が俺をとことん追い詰めてくる。援軍は期待出来そうにない。
「とにかく、構って下さるとお約束を戴いたのですから、私は今、その履行を要求いたしますわ」
超箱入りで世間知らず且つ純粋培養のお姫様のくせに、この押しの強さは何なんだ?
「観念せい、リュート。貴様ならば、この娘の足手まといくらい然程の障害ではなかろう?それに、創世神の託宣の受け皿たる姫巫女なのだ、瘴気への耐性くらい持っているだろう」
「ええ、ドラゴンゾンビ程度の瘴気でしたら無効化出来ますわ」
……くそ、退路を断たれた…………って、
「マジ?マジでドラゴンゾンビレベル?無効化!?」
それ、多分勇者一行の後衛担当、ベアトリクスでも難しいと思うよ!?
ドラゴンゾンビって、全魔獣の中でも一、二を争う瘴気の持ち主じゃないか!
……やばい、却下する理由がなくなってしまった。
「………………」
「ご一緒いたします♡」
………仕方ない、観念するしかないか。
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「それでは、リュートさま。くれぐれも、お気をつけて…」
屋敷の前で、ミシェイラは今にも泣き出しそうなくらいに心配そうだ。
「分かった。きっとローデン卿の無実は証明してみせるから、安心して待っててくれ」
「はい、ご無事をお祈りしながら、待っております」
俺は、晴れない表情のエウリスとミシェイラ、そしてまだ見ぬスイーツに心躍らせているアリアを残し、俺を独り占め出来て舞い上がっているマナファリアを連れて、ロセイール・シティを後にした。
目指すはヴァイア・シティ。エヴァレイドの別邸とやらがある中規模都市である。
鬼が出るか蛇が出るか。
どちらにせよ、俺が(多分)この世で最も苦手とする相手はすぐ隣にいるわけだし、怖いものなど他にはない!
……と言うことでマナファリアさん、少し離れてください。
「ウフフ、リュートさまと一緒、リュートさまと一緒……ウフフフフフフフフフ…………」
怖い、怖いよマナファリア!
こんなとき思い浮かべるのは何故かポンコツ勇者ご一行。
魔王が勇者に助けを求めるなんて矜持もくそったれもない話だが、しかし心の中で叫んでしまう。
助けて、勇者さま!!
勇者がいないとほんっと話が進んでいかないので、自分としても「助けて勇者さま!」って言いたくなります。
けどその勇者さまは今頃、恋愛スパルタ講座に勤しんでらっしゃいます。




