第二百七十一話 コミュニケーション手段って……色々だよね、ほら、うん。
執政官パスクアル=エヴァレイド。
代々執政官を務める名家の現当主…らしい。
そして、ウルヴァルド=ローデンを陥れようと画策する張本人(多分)。
俺は、エウリスの案内で彼の屋敷の近辺まで来ていた。
「問題はここからだ」
遠目に屋敷を睨みつつ、エウリスは厳しい表情で切り出した。
「奴は抜け目ない性格をしている。おそらく警備も厳重だろう。神笏を探そうにも、見つからずに潜入するのは至難の業だ」
だからと言って、エウリスには諦めるつもりはさらさらなさそうだ。逸る気持ちを必死に抑えているのが分かる。
「それなんだけどさ…」
さて、どう説明すればいいだろうか。変に疑われずに、自然に信じてもらえるには………
「……ん?なんだ、リュート?」
……上手い説明が思いつかない。
「ただの勘なんだけどさ、多分、ここには神笏はない…と思う」
結局、勘という便利な言葉に頼ることにしてしまった。
が、当然のことながらエウリスはそれだけでは納得しない。
「それは何故だ?ここがエヴァレイドの本邸なんだぞ。重要なものを隠すならば…」
「いや、だからだってば」
「…………?」
俺には、確信がある。この場所には、神笏はない。創世神の気配を微塵も感じないのだ。
けれども、それをそのまま話すわけにもいかず、上手く誤魔化しながら彼を説得しなければならない。
「えっと……そいつ、抜け目のない…慎重な奴なんだろ?そんな、自分の家に神笏を置いといたりして、もし調査が入ったらどうするんだよ?」
「……そ、そうか………」
「確かに容疑者はローデン卿だけど、告発したエヴァレイドだって当事者なんだ。中にはお前と同じで、彼がローデン卿を嵌めたって疑う奴もいるかもしれない。そしたら、公平を期すためにエヴァレイドの屋敷も調べるって案が出てもおかしくないだろ?」
……うん、これは我ながらいい説明だ。実に尤もらしく聞こえる。
「確かに…言われてみれば、そう…だな」
よしよし、エウリスもそんな気になってくれた。
「しかし、ならば神笏は一体何処に……?」
………流石にそれは、俺にも分からない。が、屋敷に入らなくても情報を得る方法はいくらでもあったりするのだ。
「とりあえず、奴のところに出入りする業者や使用人を当たってみるよ。エウリスはちょっとここで待っててくれないか?」
「別にそれは構わないが……一人で大丈夫なのか?」
「へーきへーき。つか、寧ろ一人の方が動きやすいし」
「そ………そうか、分かった。無理はするなよ」
戦力外扱いされたと思ったのか、エウリスの表情が若干曇った。が、これから俺がすることに関しては彼は確かに戦力外だと思う。
…だって、生真面目そうなんだもん。
俺は、エウリスを置いて一人でエヴァレイド邸へと向かう。俺の面は割れていないので、近付くだけならそんなに警戒されない。
そして、表門が見えるところで一旦植え込みに姿を隠す。
そこで屋敷に出入りする人々を観察。
出入りと言ってもそれほど多いわけではないが、お使いの使用人だとかお抱え商人っぽいのとか、複数人が屋敷から出たり屋敷を訪れてたりする。
俺は、その中でおそらくこの屋敷の下働きと思しき娘に目を付けた。
その娘は、屋敷の周辺を掃除しているのだろう。門のあたりを出たり入ったりしている。
その娘が、ごみを捨てるために完全に屋敷の外に出たところで、俺は彼女に声をかけた。
「あの、すみません」
「え……は、はい」
完璧に作り上げた声色と笑顔で、娘の警戒を解く。
狙ったとおり、彼女は少し戸惑いながらも足を止めてくれた。
「こちらは、エヴァレイドさまのお屋敷ですよね?」
「はい……そうですけど…」
「貴女は、ここで働いていらっしゃる?」
「は…はい」
我ながら性悪だと思うが、爽やかな笑顔と柔らかい声色と穏やかな仕草を前面に押し出せば、大抵の相手は引っかかってくれるものだ。
その娘も例に漏れず、完全に毒気を抜かれて自分から俺に近付いてきた。
「ここに、何か御用ですか?」
「用、と言うか……ええ、そうですね。実は今、働き口を探していまして」
大嘘である。
時間さえあれば料理人としてここに潜入する手もあったが、今は悠長に働いている暇なんてない。なんせ、評議会選挙までに神笏を見つけなければならないのだから。
「働き口…ですか?」
「はい。僕は最近天界に来たばかりなのですが、なかなか良い縁がなくて……そんな折、エヴァレイド卿は天界屈指の名門で、さらに素晴らしい方だと伺ったものですから……」
実際には、虚栄心が強くてライバルに敵意剥き出しでその娘にまで嫌がらせをする小物だと聞かされているのだが。
「それで、もし出来ればここで働かせていただくことが出来れば…と思いまして」
俺の一言に、娘さんは困ったような顔になる。
そりゃそうだ。下働きの彼女に言ったところで、どうにかなるものでなし。
けれど、俺の狙いはそこじゃない。
「…すみません、私にはそういうことは分からなくて……」
「いえ、こちらこそ申し訳ありません。急にこんなこと言われても困ってしまいますよね」
「そんなことは、ないですけど………」
娘さんは、勝手にこちらに対して申し訳ない気持ちになってくれた。
これだから、善良な民ってのは御しやすくて助かる。
………おっといけない魔王な本音が。
「…そうだ、もしよろしければ、お屋敷の様子を教えていただけませんか?どんな方々がどんな仕事をしているか…とか、労働環境はどうなのか…とか」
「え……ええ?」
「やはり、噂よりも実際に働いている方からお聞きした方が正確なことが分かりますし。……お願い出来ませんか……?」
ここでとっておきのおねだり視線。ギーヴレイとディアルディオを参考にしてみました。
予想どおり、娘さんはかなりグラついている。
「ええと……でも私、まだ仕事が……」
「お時間は取らせません。ほんの少しの間だけです」
「…そ……そうですか………?」
「お礼もしますよ。是非お願いします」
「…そ……そうですね………」
話しながら、さりげなーく娘さんを屋敷から引き離す。
優しくエスコートしながら、物陰の方へ。
ほい、一丁上がり。
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「やー、悪い悪い、待たせちまったな」
「別にそれは構わんが………」
数時間後、俺はエウリスの元へ戻ってきていた。
きっちり、情報もゲットしている。
「……なんだか随分とすっきりしたような顔をしているようだが……?」
「へ?あー、まぁ、ね。気にすんなって」
そう、エウリスが気にすることではないのだ…断じて。
「一体何をしてきたんだ?」
……え、それ聞く?聞いちゃう?
まあ……いいけど。
「エヴァレイドの屋敷で働いてる女中さんと仲良くなってさ、色々と話を聞いてきた」
……嘘じゃない。
「仲良く……?この短期間で?……大した社交術の持ち主だな」
エウリス、疑いもせずに素直に関心している。どうやらこいつの生真面目さは、俺の想像を遥かに超えていたらしい。
……自分の汚れっぷりが、少し恥ずかしくなったりならなかったり。
………ま、いいよね。娘さんにはちゃんとお礼もしたんだし。
一体俺がどんな手段で女中さんと仲良くなったのか…どういう風に仲良くなったのかも含めて…理解出来ないエウリスはしかし、それ以上ツッコんではこなかった。
「それで、何が分かった?」
「ああ。ちょーっと、エヴァレイドのヤバげな秘密に近付けたと思うぞ」
下働きに過ぎない娘から得られる情報など、タカが知れている。だが、そこから推察出来ることは大きかった。
これで奴の尻尾を掴めれば、ローデン卿を救うことが出来る。
エヴァレイドのヤバげな秘密。
それは、
「どうやら奴さん、とんでもないペットを飼ってるらしい」
天使族にとっては個人的な趣味嗜好の問題だけでは済まされない事実だった。
「……ペット…?まさか………」
エウリスの表情が硬くなる。
もしかしたら、人身売買とかを懸念したのだろうか。
けど、厳密な階級社会である天界において、奴隷じみたペットを飼育していたってそれほどのヤバ案件ではない…道徳的な話は置いておいて。
そのまさかは外れだと思う。
「おそらくエヴァレイドは、魔獣を飼っている……それも、けっこうデカい奴を」
それは、神笏泥棒なんかよりもよっぽどヤバい所業である。
そして、俺たちにとっては、勝利のための切り札になるかもしれない所業だった。
久々に下衆リュートが書けました。鬼畜リュートと下衆リュートは書くの好きなんですよね。ヘタレリュートは…正直、書き飽きました。




