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世話焼き魔王の勇者育成日誌。  作者: 鬼まんぢう
天界騒乱編
273/492

第二百六十七話 トラブル勃発




 天界のレジスタンス組織、“黎明の楔”の懐事情は、思ったほど緊迫していない。

 どうやら、現在の強権的な中央殿のやり方に危機感を抱いている高位天使は少なくないらしく、そういった連中から資金が集まるそうだ。


 勿論、贅沢三昧出来るようなレベルではない。が、明日のパンにも困る…というような貧窮からは無縁でいられた。



 俺は、その日の夕飯に出すビーフシチューの下準備をしながら、食費を気にしなくていいことに心底安堵していた。

 実を言うと、料理は得意だが節約やら遣り繰りやらは苦手なのだ。スーパーに行ってお買い得品を探したり限られた材料で出来るだけ多くの品数を作る、といったことは出来るのだが、一日の食費を一人当たり200円に抑えなさいと言われたら、途方に暮れてしまう。

 …つーか、金のことをちまちま考えながら料理したくない。


 なので、申請すれば深く追及されることなく厨房に予算を回してもらえるのは非常にありがたい(常識的な金額だから…というのもあるだろう)。



 金がなければ美味しいものを作れないわけじゃないが、美味しいものを作ろうとしたらそれなりに金がかかるのだ。




 大量の…ざっと二十人分のタマネギとニンジンとジャガイモを切り終わり、次は葡萄酒に浸けて寝かせておいた牛肉に取り掛かろうと、貯蔵庫へ向かおうとしたその時だった。


 厨房の前の廊下を、誰かが慌ただしくバタバタと通り過ぎる音を聞いた。



 ……なんだろう?随分と慌ててたみたいだけど……


 気になって厨房から顔を出してみたら、バタついているのは一人や二人ではなかった。

 何やら険しい顔で話し合ったり、部屋を出たり入ったり。


 なんだか、嫌な感じだ。



 「なあ、レメディ。何かあったのか?」

 そこにレメディの顔を見つけたので、訊ねてみる。俺も伝令役としてそれなりに役に立てているので、重要な機密とかでなければ、そこそこ情報を回してもらえたりするのだ。


 「ああ、リュートか。……ちょっと、厄介なことに………いや、テメーが気にすることじゃない」


 ……誤魔化せてないよ、レメディ。思いっきり、「厄介なこと」って言っちゃってるじゃん。そのあとでシラを切られても、すっごく気になるんですけど。


 「いや、気になるって。なんかヤバい感じに見えるし」

 

 俺の追及に、レメディは一瞬考え込んだ。少し考えて、そして何かを決心したようだった。


 「…まあ、構わねーか。テメーにも動いてもらうことになるかもしれないしな。…つっても、アタシらも詳しいことが分かってるわけじゃねーんだが…」

 「何か、トラブルでも?」

 

 レメディ、一呼吸分言い淀んで、


 「…本部の連中が、騒いでやがる。有力な後援パトロンが一人、当局に捕まったらしいって話だ」

 「後援者が?」


 それは、ゆゆしき事態だ。その捕まったという後援者がどれだけ“黎明の楔”に協力しているかは知らないが、少なからぬ情報が洩れることだろう。それに、もし力ある貴族だったりすれば、“黎明の楔”自体の戦力にも大きく影響してくるはずだ。


 「今は、情報の確認を急いでる最中だ。いずれにせよ、大っぴらに動くことが出来ない現状では、それすらも時間がかかる。…今は、不測の事態に備えるしかない」


 イラリオが姿を見せて、レメディの後を引き継いだ。


 「リュートには、本部との連絡に動いてもらうかもしれない」

 「お安いご用だ」


 そう言えば、俺はまだ“黎明の楔”の本部に行ったことがなかった。つい最近まで、ここがそうだと思っていたくらいで。


 本部っつったら、もしかして風天使グリューファスもいるのかな?まさか捕まったってのが奴さんじゃないよな。


 

 そんな縁起でもないことを考えたりもしたのだが、事態は俺の予想を絶妙に外してきたのだった。

 不運なのか、幸運なのかは分からない。どちらとも言えないというのが正しいのだが、最悪の事態ではなかった、ということは確かなのである。


 と、言うのも。



 浮足立つ団員メンバーたちを尻目に、食事の準備を進めつつ(腹が減ってはなんとやら。如何なるときも食べることは疎かに出来ないのである)、いつ伝令の仕事が降ってくるかと身構えていた俺のところに、その客人はやって来た。


 俺を名指しで…と、イラリオに連れてこられたのは、ローデン家の家令、エウリス。


 彼の姿を見たとき、正しくは彼の表情を見たとき、俺は察した。

 エウリスの表情…思い詰めたような、追い詰められたような。


 捕らえられた後援者というのは……ウルヴァルド=ローデンなのか。



 「……恥を忍んで頼む。……旦那様を助けるために、力を貸してほしい…」


 俺に対するわだかまりも完全には解けていないだろうに、エウリスはそんな態度はおくびにも出さずに頭を下げた。


 「やっぱり……捕まったのは、ローデン卿…か」

 「そうだ……だが、捕まった…というのは正確ではない」


 ……?どういうことだ、それ?


 「旦那様とお前たちの繋がりは、未だ中央殿には知られていない。不幸中の幸い…と言ってもいいのか…」

 「?でも、だったら助けるってどういう意味だ?」


 どうも、俺の想像とは違う事態が起こっているらしい。

 俺は、エウリスから詳しいことを聞きだすことにした。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 「まず最初に伝えておくが、今回の件、“黎明の楔”は関係していないはずだ……少なくとも、今のところは」


 エウリスは、説明を始めた。

 この場にいるのは、エウリスと俺、レメディとイラリオ、そしてアリアとマナファリア(部屋で待ってろと言ったのに無理やり首を突っ込んできた)。


 ウルヴァルドと“黎明の楔”の関係は、本部でもごく一部の者しかしらない機密だった。したがって、レメディもイラリオもそれを知らなかったし、エウリスとしても知られたくないと思っていたのだろうが、事が事だけにそうも言っていられなくなった。



 「旦那様は、政敵に嵌められたのだ」


 そしてエウリスが語ったのは、以下のとおり。




 ローデン卿ウルヴァルドは、元・執政官である。だが、その人徳と手腕により未だ中央殿での影響力も強く、次の選挙では再び執政官に返り咲くのではないかとの噂も絶えなかった。

 本人もまた、現在の中央殿のやり方には疑問を感じており、それもやぶさかではなかった、という。

 

 だが、当然そんなウルヴァルドを面白く思わない面子も中央殿には存在するわけで。


 例えば、清廉かもしれないが融通の利かないウルヴァルドのやり方が目障りだったり、ウルヴァルドが執政官になることにより席を失うことになる者。


 「旦那様を嵌めたのは、執政官の一人パスクアル=エヴァレイド。以前より、旦那様を目の敵にしていた」

 

 断言するエウリスだが…


 「証拠はあるのか?」


 その俺の質問には、項垂れてしまった。


 「証拠は…ない。が、確信はある」


 ……それを言っても、何の解決にもならないよなー…。

 まあいいや、続きを聞こう。



 もうじき、執政官の長である評議長を決定する選挙があるそうだ。

 選挙と言っても、投票権を持つのは四皇天使クァティーリエと執政官12人のみ。その16名が、執政官の中から評議長を選ぶことになっている。


 そして、評議長に選ばれた者には、四皇天使クァティーリエに次ぐ権力が与えられる。


 「その儀式の際に用いられるのが、神笏だ」

 「……神笏?」


 初耳な単語である。魔導具か何かか?


 「あくまで、象徴的な意味合いしか持たない儀式だが、中央殿…いや、天界にとっては大きな意味を持つ象徴だ。それは、偉大なる創世神の遺産なのだから」

 「…………!」


 それを聞いて、心中穏やかではいられなかった。だが、それをグッと飲み込んで俺は何気ない顔を作る。


 エルリアーシェの遺産。ひどく気になる言葉ではあるが、今はそれに拘っているわけにいかない。

 全てが終わったらちょっと拝借しよっかなーとか、思わなかったわけではないが。


 

 「重要な決定の際には、必ず神笏が用いられる。神笏があることで、創世神の赦しを得られるとの考えからだ。逆に言えば、神笏がなければ重要な決定は為されない。…為されたとしても、正当性を持ち得ない」


 ……んんん?それじゃ、もしかしたら、神笏を奪うことが出来れば…べへモス召喚も覆せるんじゃないか?


 「なあ、それって、例えば神笏がなくなったりしたら、それ以前に決まったことがご破算になるとかそういうこともあったりするのか?」

 「何を言っている。そのようなことがあるわけないだろう。創世神のお赦しを得て一度為された決定は、それ自体が神聖にして不可侵。余程の不正や悪が存在せぬ限り、覆ることはない」


 ………そっかー。やっぱりそう上手くはいかないか。ちょっと残念。



 俺が何を考えたのか、イラリオも察したのだろう。ドンマイ、といった感じに軽く肩を叩かれてしまった。



 「まあとにかく、評議長の任命にも神笏が必要なのだが……」

 「無くなった…とか?」


 話の流れから、想像は出来た。そしてエウリスの表情から、それが正解であると分かる。


 「厄介なことに、神笏の納められている宝物殿を管理する執政官は、旦那様の後釜と呼ばれている者だ。そして、かつては旦那様も同じお役目に就いておられた」


 それを理由に、エヴァレイドなるウルヴァルドの政敵が、声高に主張したのだ。


 神笏を持ち出すことが出来るのは、宝物殿の内情に詳しい者、そしてそれに近しい者のみである。そしてウルヴァルド=ローデンはその条件に該当する…と。


 運の悪いことに、ウルヴァルドは最近中央殿に足を運ぶことが多かった。それは表向き後輩たちの陣中見舞い、実際には“黎明の楔”(と、俺)のために中央殿の動きを探るためだったのだが、いざ追及された際に、既に引退した元・職場を足繁く訪れる尤もらしい理由をウルヴァルドは挙げることが出来なかった。

 彼の、不器用なまでの実直さが仇となったのかもしれない。


 エヴァレイドは、ウルヴァルドを糾弾し罪人として罰せよと主張した。彼に追従する、ウルヴァルドを目障りに思う他の執政官も幾人か、それに賛同した。



 「私は、それを黙って見ていることが出来なかった。だから、申し出たのだ。私が、神笏の行方を捜してみせる、評議長選挙の前に無事それを見つけ出してみせる…と」


 エヴァレイドは、評議長候補でもあった。彼は、自分を評議長にしたくないがためにウルヴァルドが神笏を隠匿したのではないかと疑い、エウリスは、主がそのようなことをするはずがない、神笏は必ずどこかにあるはずだ…と食い下がった。

 だったら見つけ出してみせろ、いいだろう見つけ出してみせる…と、その後は売り言葉に買い言葉。


 気付けばエウリスは、自分が神笏を見つけ出すことで主の潔白を証明することになってしまったのだ。



 「私を挑発したときの奴の顔を見れば分かる。これは全て、奴が仕組んだことだ。ならば、神笏も奴のところにあるはず。だが…」

 「おいそれと持ち出されるような馬鹿じゃない…ってか?」

 「そのとおりだ。こういう事態も想定しているだろう。対策も練っているはずだ。……私一人の力では、足りない…」


 そしてエウリスは俺をまっすぐに見つめた。


 「事情を知っていて、信頼出来るのは…そして戦力になるのは、お前しか思いつかなかった。私と互角以上に渡り合えるお前ならば…」


 なるほど、それで救援要請に来たってわけなのか。



 「頼む。このようなことを頼める立場ではないと分かってはいる。…が、何としてでも旦那様を救わねばならん。なりふり構っていられないのだ」


 そして頭を下げるエウリスに対し、俺の返事は決まり切っていた。


 「いいよ、協力する」

 「……!本当か!?」


 俺があまりにもあっさり了承したもんだから、エウリスは肩透かしを食らったみたいに目を丸くした。

 彼としては、危険極まりない(ことになるであろう)状況に俺を巻き込むことに躊躇いを持っているのかもしれないが、俺としても、ここでウルヴァルドに退場されたら非常に困る。


 何せ、貴重な情報源。グリューファスはあんまりこっちに好意的な感じじゃなかったから、俺がアテに出来るのはウルヴァルドだけなのだ。

 ここで彼を見棄てれば、大きな損失となる。



 「ローデン卿にはお世話になったし、出来る限りのことはするつもりだよ」

 「………感謝する……!」


 感極まるエウリス。けど、まだ何も始めてないから泣くのは無事解決してからにした方がいいと思う。


 「とにかく、行き当たりばったりでどうにかなる問題じゃなさそうだ」

 「ああ。とりあえず、ロセイール・シティのミシェイラお嬢様の邸宅へ来て欲しい。詳しいことは、そこで」


 エウリスに言われ、俺はそのままロセイール・シティへと行くことになった。

 その場にいたイラリオとレメディは、俺がエウリスに同行することを許してくれた。


 多分、二人とも「捕まった有力な後援者パトロン」というのが、エウリスの主であるウルヴァルド=ローデンなのだということを、話の流れで察したのだろう。

 それでも深く追及してこないあたり、自分の立場というものを弁えているからか。



 なお、調理途中のビーフシチューは残念なことに放置せざるを得なかった。下準備は全て終わり、野菜も良い具合に煮えてきていたのだが、肝心の肉にまだ火が入っていない。

 材料が勿体ないから、いいように使って適当に作っておいてくれとイラリオには伝えておいたが、その表情からすると期待は出来なさそうだ。


 ……せっかく良い肉が手に入ったのに。

 今度絶対、リベンジしてやる。

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