第二百六十六話 花祭り
俺たちが“黎明の楔”に参加して、一か月が経った。
その間、俺は粛々?と伝令役に徹した。イラリオやレメディに言われるがまま、西へ東へ奔走し、その中で何度かザナルド・シティにも足を運ぶことがあった。
そんなときは必ずローデン家を訪ね、ウルヴァルドやミシェイラと親交を深めた。
ウルヴァルド=ローデンは、現在こそザナルド・シティの領主に収まっているが、かつては中央殿で執政官を務めていたらしい。大物中の大物である。
引退したとは言えその影響力は未だ大きく、俺にとってはこの上ない貴重な人脈だったりするのだ。
最初の出逢いが出逢いだったので、家令のエウリスとはちょっとギクシャクしているが、ローデン父子とはすっかり茶飲み友達みたいになっている。
そんなある日。
「そう言えばリュートさま、もうすぐ花祭り…という祭祀が行われると聞きましたわ」
ピーリア・シティの拠点で、マナファリアがそんなことを言い出した。
「…花祭り?」
なんか、似たような響きの祭りは日本にいるときにも聞いたことがあるような気がする。が、天界のと同じなのかどうかは分からない。
と言うかそもそも、俺は天界の祭りなんか全く知らない。
「はい。ここの方にお話を伺ったのですけども、遥か昔にこんな言い伝えがあるそうです」
そして、マナファリアは(別に頼んでないのに)その言い伝えとやらを披露してくれた。
遥か昔。天と魔が激しく争い合う時代。
天界に、一人の優秀な戦士がいた。
その戦士は、戦場に立てば並ぶ者のいないと言われるほどの猛者で、銀の翼で敵陣を駆け、数多の悪しき魔族を屠ったのだという。
戦士には、恋人がいた。
病弱な恋人は、共に戦場に立つことが出来ないことを嘆き、戦士の無事を祈り続けた。
戦士は、いつも泣きながら自分の帰りを待つ恋人を不憫に思い、ある時、長い長い遠征へと出る前に、彼女に花の種を渡した。
春…この花が、丘一面に咲き乱れる頃には、必ず戻ってくる。
そう、約束と共に。
恋人は、言われたとおりに種を蒔いた。祈りの言葉と共に、蒔いた。
そして季節が過ぎ、春が来た。
しかし、戦士は帰らなかった。
恋人は、戦士を待ち続けた。
二つ目の春も、三つ目の春も、ただ信じて待ち続けた。
そして四つ目の春が訪れる頃、ようやく戦士は帰って来た。
翼は折れ、全身に深い傷を負い、息も絶え絶えに、それでもせめて愛しい人の元で眠りたいと、動かぬ身体を引きずりながら、帰って来た。
そして知った。
愛しい娘は、もうどこにもいないことを。
先の冬、彼の名を呼びながら、永久の眠りについたことを。
恋人の死を知った戦士は嘆き、咲き乱れる花々に埋もれるように息絶えた。
そこは、恋人が埋葬された場所だったと言う。
「…悲しい、とても悲しいお話ですわ……」
マナファリア、語り終えて涙ぐんでいる。
で、横で聞いていたアリアは、と言うと…
「解せんな。それほど会いたければ、その娘も戦場へ赴けば良かっただろうに」
「ですから、病弱でそれが叶わなかったというのですよ」
「病くらい、気合でなんとでもなるだろう!」
…んな無茶苦茶な。
……に、しても……戦士…ねぇ。天地大戦の頃ったら、もしかして俺とも会ってたりして。
まあ、戦場も広かったからそんな偶然はないだろうけど……。
………ん?
銀の…翼?
そう言えば……銀色の翼を持った奴で、やたらと諦め悪くてしぶといのがいた…ような気が……
なんで覚えているかと言うと、俺と直に相対して生き延びた天使はほぼ皆無だからだ。そいつは、とにかくしぶとかった。
吹っ飛ばしても斬り飛ばしても翼を千切っても、何度も何度も立ち上がって……
…帰るんだ、帰らなくちゃ。
………みたいなこと、言ってた……よなーーー?
…ううーん……まさか、ね。うん、気にしないでおこう。
「で、その話と祭りと、どう関係あるんだ?」
「そこから、愛しい相手に花を贈る風習が出来たのですよ。その戦士が亡くなった日、想いを伝えたい人に花を一輪渡すのです。堂々と、想い人に告白出来る日なのだと、皆さま仰ってました」
……ふーん。それはアレか、花が咲くまで待ってられないから、種じゃなくて花を渡そうってことか?
「…こじつけではないのか?」
アリアさん、ロマンチックとは程遠い発言だけど、俺もそう思う。
バレンタインと同じで、何かにかこつけて意中の相手にアタックしよう、ってことね。
「……で、なんでいきなり花祭り?」
「その、花祭りの日はあちらこちらに花が綺麗に飾られて、いたるところで音楽が演奏されて、街中が舞踏会場みたいになるのだそうです。それはとても美しくて賑やかな光景だということで…」
「…で?」
「………私も、行ってみたいと思うのです」
…………相変わらず、頭の中がお花畑なマナファリアである。
こいつ、分かってるのか?俺たちは遊びで天界に来ているわけじゃない。神託の勇者一行と、地上界の命運を背負ってきているわけだぞ?
そんな、惚れた腫れたの浮かれ騒ぎに便乗してどうする。
「…あっそ。ま、行きたいなら勝手にすれば?」
我ながら意地悪だとは思うが(だって彼女の狙いは分かってるもん)、俺は冷たく言い放った。
「そんな、リュートさまが一緒でなければ、お祭りなど何の価値もありません!」
「…んじゃ、行くのやめれば?言っとくけど、俺は行かないからな」
「ひ……酷いです!!」
シクシク言い始めたマナファリアを置いて部屋を出ると、俺は夕飯の下拵えのために台所へ向かった。
と、そこに何故かアリアがついてくる。
まさかマナファリアを泣かせたことに対して抗議でもしてくるのか、と思ったが(そもそもあれ、嘘泣きだし)、そうではなかった。
「…のう、リュート。いつまでこうしているつもりだ?」
「……それは、どういう意味だ?」
こうして…ってのは、“黎明の楔”に協力して…ってことだよな。
アリアは、周囲に誰もいないことを確認すると、それでもトーンを落として、
「貴様の目的は、天使による幻獣召喚を阻止することであろう?であれば、さっさと敵の頭を刈り取ってやればいい」
…などと、物騒極まりないことを言い出した。
「…ってお前、簡単に言うけどさぁ」
「簡単であろう?…貴様であれば、な」
さらりと、言われてしまった。
確かに、難しいことではない。
べへモス召喚の黒幕…おそらくそれも水天使だろう…の排除は、俺にとって容易い。
だが、そんなことをすれば…
「けどさ、そしたらイラリオたちに俺の正体がバレちまうんじゃないか?」
イラリオたちだけではない。おそらく、ウルヴァルドやグリューファスら、力ある高位天使にも。
「目的さえ達成出来れば、別に構わなかろう?」
不思議そうに言うアリアは、分かっていない。
「そういうわけにもいかんだろ。もし俺の正体がバレたとしたら、どうなると思う?」
「どうもならんさ。天界の連中に、貴様をどうこうする力などあるまい。貴様の障害となる天使を狩り、支配体制は変わるかもしれんが、それで終わりだ」
「それって、見方によっては魔王が天界の体制転覆を謀った…ってことになるんだけど」
「……む?」
魔王による体制転覆。
結局のところ、ただの侵略行為である。
そして、“黎明の楔”及びその協力者・支援者は、魔王の息のかかった者だ…と認識される。
「それのどこに問題がある?」
「だからさ、余計な火種を抱えるつもりはないんだって。別に天界を支配しようとか思うこともないし」
それに出来れば、天界のことは天使たちの手でどうにかしていってほしいとも思う。
「ならば、貴様は魔王としてではなく、人間としてこの問題を解決するつもりか?そのようなこと、出来ると思っておるのか?」
……アリアさん、手厳しい。
「んー…まあ、極力は。それも状況に依るけど」
今も俺は、イラリオやウルヴァルドたちを裏切り続けている。
魔王でありながら、それを黙って彼らの同志のフリをしているという点で。
だから、彼らには黙ったままでいたい。
信頼を寄せてくれた連中に、裏切り者ー!って、責められたくないし。
勿論、何よりも優先すべき目的のために必要とあれば、その限りではない。けど、出来れば、もう少し状況を見極めたい。
そんな俺の言葉に、アリアは呆れたような顔をしていた。
「…やはり、貴様は分からんな。なぜそこまで頑なに、世界への干渉を嫌う?」
「嫌ってるわけじゃないけど、俺が干渉すると世界の在り方が変わってしまうかもしれないんだよ」
創世神の構築した理が。
俺は、彼女の世界を否定したいわけじゃない。
「……やれやれ、面倒な魔王だのう、貴様は」
溜息をついてそう言いながらも、アリアの声に棘はなかった。
しっかしまあ、ここまで露骨にアプローチかけてくるマナファリアとは一向にフラグが立ちませんねぇ。
そういう意味では、魔王にとって姫巫女は特別(特殊?)な存在なのかも、です。




