第二百六十四話 フラグは知らないうちに立っている。
「それでは、お世話になりました」
翌朝。俺は、屋敷の玄関で見送ってくれるウルヴァルドに挨拶をした。
「いや、こちらこそ迷惑をかけたな。…武運を祈っているよ」
「ありがとうございます」
俺は、ウルヴァルドに自分の本当の目的を話した。
“神託の勇者”の行方を捜していること。天界が、地上界に多くの贄を要求していること。それを回避すべく天界に来たこと。
だからこそ、“黎明の楔”の活動に協力しているのだ、ということ。
賭けに近かったと思う。
いくら抵抗運動に援助を行っているとは言え、ウルヴァルドもまたイラリオのように地上界の境遇に対して同情的とは限らない。
だが、ウルヴァルドとミシェイラは理解を示してくれた。
「貴殿の往く道程は、並大抵のものではないだろう。だが、祖国と愛する者たちのために身命を賭すその姿に私は感銘を受けた。何かあれば、遠慮なく訪ねてきなさい」
「ローデン卿……重ね重ね、ありがとうございます」
「……今の天界は、自浄能力を失ってしまったかのように思える。だからこそ我々は、間違った方向へと進みゆく中央殿を止めなければならない。……目的は同じなのだ、これからもよろしく頼むよ」
力強いウルヴァルドの佇まいを見ていると、なんだか安心出来る。彼が味方してくれているなんて、“黎明の楔”も運がいい。
…と言うよりも、風天使グリューファスといい、ザナルド・シティの領主であるウルヴァルドといい、思いのほか権力者たちの支持を得られてたりするんじゃないか、“黎明の楔”。
そうだとすれば、体制転覆というのもあながち夢物語ではないのかもしれない。
ウルヴァルドは明言こそしなかったが、昨日話していた感じだと、彼の貴族仲間にもちらほら協力者がいそうだ。
それだけ、今の中央殿がイカれているということか、貴族の中にも良識を持った者が少なくないということか。
本音を言えば、べへモス召喚を諦めさせることさえ出来ればそれ以上を求めてはいなかった。中央殿が変わらず権力を独占し続けようが、支配体制がひっくり返ろうが。
けれど、イラリオやレメディ、ウルヴァルドたちと色々話をしてみて、彼らの目的も無事に果たされればいいと今は思う。
自分の目的を妨げるものでなければ、出来うる限り力を貸してやりたい、とも。
「お互い、前途は多難ですが…頑張りましょう」
「うむ。我らが母、創世神は正しき行いを見守ってくれていることだろう」
「………そう、ですね……」
ちょっとそれ、コメントし辛い。
「そ、それじゃ、俺は行きます」
「リュートさま、街の外までお送りいたします」
歩き出した俺の横に、ミシェイラが並んだ。
わざわざ街の外までってことは、何か俺に話したいことでもあるのかな?
ウルヴァルドは、何やら複雑そうな顔で娘を見ていたが、何も言わなかった。
街門まで並んで歩きながら、ミシェイラは簡単に街の様子を案内してくれた。
嬉しそうに、誇らしそうに街を語る彼女からは、ザナルド・シティに対する深い愛情が存分に伝わって来た。
確かに、彼女がこの街を気に入るのは分かる気がする。
ここは、ピーリア・シティや俺たちが天界に来て最初に辿り着いた集落とは違い、とても華やかで穏やかで活気に満ちていた。
通りのあちこちには花が咲き乱れ、広く緑豊かな公園では人々が憩い、あちらこちらで笑顔がさざめいている。
おそらく、領主であるウルヴァルドの尽力の賜物だろう。
余所者である俺に自分の故郷を紹介出来るのが嬉しいのか、はしゃぐミシェイラが愛らしくて、俺は思わず笑いを漏らしてしまった。
「……?なんですか、リュートさま」
「いや、別に……ミシェイラは、この街がすごく好きなんだなーって思ってさ」
俺の指摘に、彼女は一瞬顔を赤く染めたが、紅潮した頬のまま、勢いよく頷いた。
「はい。私は、父の治めるこの街をとても愛しておりますし、誇りにも思ってます!この平穏を守り続けることが、ローデン家のお役目なのです」
……なるほど。そしてそんなローデン家に、現在の中央殿の強権的なやり方は受け容れ難い…ということか。
「……あの、リュートさま。一つ聞いてもいいですか?」
街門が見えてきたところで、ミシェイラが改まったように尋ねてきた。
「…ん、何?」
「その……何故、私を助けて下さったのでしょう?」
……へ?何を今さら……?
「なんでって……どうしてそんなことを?」
「確かに私たちは、同じ目的を持つ同志と言えますけど、あの時はまだリュートさまは知らなかったのですよね?下手に私たちに関わったら、立場上面倒なことになるとは思わなかったのですか?」
あー、確かに。
結果オーライだから良かったけど、もし彼女らがバリバリ中央殿派だったりなんかしたら、ものすごく厄介なことになっていただろう。
そうじゃなくても、レメディには他者と不用意に関わるなと念を押されていたのだし。
「…うーん。別にそんな難しいこと考えてたわけじゃないんだけどさ。困ってる人がいたら助けてあげなさいって教えられて育ったし、それに…」
「…それに?」
「……この世界で、大切な相手が沢山出来たんだけどさ、連中はえらくお人好しでね。…そいつらに、胸を張って会いたいって思ったんだよ」
あいつらだったら、迷うことも理由を考えることもなく、俺と同じことをしただろう。で、当然のことのように俺も自分たちと同様だと信じ込んでいるフシがある。
…俺、魔王なのに。お人好しがデフォルトって、どういうことですか?
まあそんなわけで、もし俺があそこでミシェイラを見棄てていたら、そしてそのことを彼女らに知られてしまったら、単細胞勇者とその随行者の逆鱗に触れること間違いなし、なのだ。
多分、スマキじゃ済まされない。
と言うか、あいつらに幻滅されたくないってのが、素直な気持ちだったりする。
「そうなんですか。きっと、とても素敵な方々なんですね」
話を聞くだけなら、そう思うだろう。だが、素敵なんていうキラキラした言葉だけで言い表せるような連中でもなかったりする。
「んーーー、素敵かどうかは分からないけど……」
正義感が強いことは認める。誰かを守るために危険も厭わないということも、使命感に溢れているということも。
…けど、魔王相手にはけっこう容赦なく理不尽な仕打ちをしてくれたりするんだな。
「素敵だと、私は思います。その方たちだけじゃなくって…………」
「………ん?何か言った?」
彼女の言葉の最後が、よく聞き取れなかった。
だから聞き返したのだけど。
「……いえ、なんでもありません!あ、ほら、街門に着きました。これ以上はご一緒出来ませんが、近くにおいでの際は、是非我が家にも立ち寄ってくださいね!」
なんだか不自然に話を打ち切られてしまった。
が、ここでいつまでも彼女とお喋りしているわけにはいかない。ただでさえ、予定を若干過ぎてしまっているのだ。急いでピーリア・シティに戻らないと、下手すると裏切り者扱いされてしまう。
「うん、それじゃあ、色々とありがとう。跡継ぎの勉強も大変だろうけど、無理はしないようにね。あと、エウリスにもよろしく。あんまり叱らないでやってくれよ?」
「彼の忠心は、父も私も分かっておりますわ、ご心配なく。……お気をつけてくださいね」
そしてミシェイラは、胸の前で指を組んだ。
「……慈悲深き女神の祝福が貴方にあらんことを」
他意はなかったに違いない。おそらくそれは、別れの際の決まり文句のようなもので。
「……ありがとう」
だから俺は気の利いた言葉の一つも返すことが出来ず、気まずさを隠して礼を言うことしか出来なかったのである。
何と言うか、シグルキアスは完全に当て馬ですね、少し可哀想。
けどまあ、これも一応考えがあったりなかったり…?




