第二百六十二話 vs家令
おいおーい、またこの展開ですか。
つか、俺ってば学習能力ないのかな?ないんだね、きっと。自分で言ってて悲しくなるけど。
何もない空間で、俺は自分に悪態をついてみたり。
「……貴様には悪いが、このまま帰すわけにはいかない」
俺の背後で、俺を狭隙結界に押し込んだ張本人が、静かにそう言った。
って、狭隙結界を敷けるということは、それなりの高位なんだな、こいつも。
俺は、背後のエウリスを振り返り、とりあえず敵意はないことを伝える。
「あのさ、この際だから聞くけど、あんたは“黎明の楔”の一員?それとも協力者?後援?どれにしたって、俺は敵じゃないって分かるだろ?」
しかし、エウリスは俺に対する敵意を引っ込めようとはしない。
「……確かに、貴様は私の敵ではない。……が、知られてしまったからには、仕方ないのだ」
……って、何それ。
「いやいやいやいや、別にいいじゃん!お互い同じ立場なんだしさ!そりゃ、匿名でレジスタンスに協力したいって人もいるかもだけど、知られたからってそこまで実害ないだろ?別にお前のこと吹聴する気もないしさ」
なんとか説得しようとしてみるのだが、エウリスの表情は変わらない。
………待てよ?
もしかして、“黎明の楔”の協力者って……
「…あんたじゃなくて、ローデン卿…か?」
使用人である彼ではなく、権力者側にいるウルヴァルド=ローデンであれば、例え反乱組織に協力していたとしても、その身分や素性は隠したいだろう。
それに、ミシェイラの前衛的な考え方。ローデン父子の、天使族にしては珍しい偏見の無さ。
エウリスが隠したいのは、自分ではなく主の正体…?
そう思って、カマをかけてみたのだが。
「……貴様、やはり勘づいていたか……!」
ばっちり、図星だったようである。
何かを決心したかのように、エウリスは霊力を高めた。
この状況で、彼が何をしようとしているのかなんて誰にでも分かる。
……俺の口を、封じるつもりだ。
「ちょっと待った!ローデン卿は、このことを知ってるのか!?」
あの父子の態度には、俺に対する警戒も敵意もなかった。それに、こんな騙し討ちみたいなことを許すような輩には思えない。
「……旦那様のお手を煩わせるようなことではない。これは、私の独断だ」
「お嬢さんの恩人を独断で殺すのかあんたは!」
思わずツッコむと、彼の表情がやや曇った。どうやら、良心の呵責くらいはあるらしい。
「貴様には、悪いと思っている。…が、旦那様が抵抗運動に援助をなさっていることを知る者は、“黎明の楔”の中にもほとんどいない。常に動くのは私だったからな。これは、たとえ同志と言えども、決して知られるわけにはいかんのだ」
「だからってお前…」
「旦那様とお嬢様には、貴様は急用が出来て帰ったとだけ伝えておく。お優しいお二人には、これから私のすることを知ってほしくない」
「いやだから、知ってほしくないことならやめとこーよ!」
俺の当然の抗議を無視し、エウリスは霊素で作り上げた剣を構えた。そしてそのまま、斬りかかってくる。
あー、もう!仕方ない、応戦するしかないか。
俺も、腰の剣を抜き放ち、それを迎え撃とうとした…瞬間。
エウリスが、いきなり動きを止めた。
その視線は、俺の剣に釘付けになっている。
「……貴様………その剣は、一体…?」
…おお、まさかこいつ、俺の剣…その名も「ギーヴレイが持たせてくれた見た目は地味だけどスペックだけは地味に凄かったりする魔剣」…の凄さに気付いたっていうのか?
まあ、アルセリアも気にしていたし、見る人が見れば分かっちゃうものなのかな。
「……やはり貴様、ただの廉族ではないようだな」
あ、エウリスの警戒レベルがまた一段階上がった。
「それほどの霊素を保有する武器を扱えるとは……まさか、貴様は…!」
げげ、ヤバい!もしかしてもしかしたら、バレた!?
「地上界にて、神託の勇者などと呼ばれている存在か!」
……違った、バレてなかった。
ええと…訂正するのは簡単だけど、ここはそういうことにしておいた方がいいのかな?とは言え、魔王が勇者を詐称するのはいくらなんでも節操がなさ過ぎる。
「……勇者本人じゃないけど、その同行者ってやつだよ」
……嘘じゃない。嘘じゃないもーん。
ありがたいことに、地上界の勇者事情に疎いエウリスは、俺の言葉を鵜呑みにしてくれた。
「……そうか、噂には聞いていたが…思っていた以上に、侮れない存在と言うことか…」
とかなんとか、一人で合点してる。
そして、合点ついでに、
「ならばこそ、なおさら生かして帰すわけにはいかない。僅かでも我が主の脅威になりうる者は、須らく排除するのが私の使命だ」
「いや、だからさ、寧ろ味方なんだから脅威になるわけないだろ!」
もう、この分からず屋!なんでそこまで秘密主義なんだよ!!
「問答は、この辺で終わりにさせてもらう。覚悟してもらおうか」
エウリスは、再び剣を構えた。
そして、今度こそ躊躇せず、俺に斬りかかってきた。
これ以上何を言っても無駄なようだ。
仕方ないから、少しばかり痛い目に遭わせて黙らせるか。
見たところ、エウリスの剣技はアルセリアほどではない。魔力総量は廉族とは比べ物にならないが、天使族の身体能力はそこまで化け物じみているわけではないのだ。
だから、彼の剣を受けるのはそう難しいことではなかった。
……が。
俺の魔剣と彼の剣がぶつかりあった瞬間。
俺の両腕から、鮮血が噴き出した。
彼の剣を受け止めただけで、皮膚が裂けたのだ。
「……なっ!?」
そんな、受け止めただけで腕がやられるほどの衝撃波が起こったというのか?
……いや、そうじゃない。そんな重い攻撃じゃなかった。
これは……かまいたち?
エウリスの野郎、斬撃に風を纏わせてるのか…厄介な!
そう何度も斬り結んでいたら、こっちの腕がズタボロになってしまう。俺は慌てて、後ろへ跳んだ。
追撃してくるかと思ったが、エウリスはその場に佇んで俺の出方を見計らっている。
こんにゃろう。随分と余裕じゃないか。
それとも……冷静なだけか。だとすると余計に厄介だ。
傷はそれほど深くない。が、“星霊核”との接続を最小限にしている現在、即座に治癒するほど浅いものでもなさそうだ。
出血が続けば体力が落ちるし、何より、俺は痛みにはそんなに強くない。
さて、どうしようか。
受け止めてもダメージを食らうなんて、そんなのズルいじゃないか。どうしろってんだよ、もう。
俺が動きかねていると、業を煮やしたのか再びエウリスの攻撃。今度は、受け止めずに躱してみた。
そして彼の攻撃を何度か躱して、気付く。
どうやら、彼の風はそれほど射程が広くない。紙一重で斬撃を躱した場合は風の刃で傷を受けるが、距離を空けた場合はノーダメージ。
だったら、遠距離から魔導術式を食らわせてやる!
………と、思ったけど…手加減、どのくらいすればいいんだろう?
多分、加減なしの極位術式だと、殺してしまう。それは避けなくては。
本来、俺は天使族が自分に歯向かった場合、一切容赦はしないことにしている。道理がどちらにあろうとも、だ。
しかし、今はそういう気分にもなれなかった。
それは、エウリス自身に何の恨みもないから…というよりも、地上界とアルセリアたちを助ける一端に、僅かながら彼も絡んでいるから。
だから、出来れば彼とは和解したい。でもって、彼らには是非とも、レジスタンス運動を成功させてもらわなくてはならないのだ。
だが、和解したいとは言っても彼は聞く耳を持ってくれないし、ある程度力の差を見せつけて黙らせるしかないのだけれど……
丁度いい術式のレパートリーって、あったかなー?
最近、【天破来戟】ばっかり使ってたから…。
エウリスの攻撃を、風刃を食らわないように避けながら俺は記憶を引っ張り出す。
ルガイアの術はやめておこう。極位とか超位ばっかりだから。出来れば、特位あたりがいいんだけど…
あ、そうだ。一つ、特位術式で知ってるのがある。
俺は、エウリスから大きく距離を取った。相変わらず、深追いはしてこない。
廉族相手だから自分の優位を確信しているのか、慎重なだけなのか。
だがまさか、特位術式を無詠唱で発動できる廉族がいることを、彼は知るまい。
俺は、すばやく神力を練り上げると、術式起動に気付いたエウリスが慌てて距離を詰めてくるのを待たず、盛大にぶっ放してやった。
「【来光断滅】!」
俺が解き放った秩序ある力は、目を灼かんばかりの真っ白い光の柱を形作り、エウリスを飲み込んだ。
狭隙結界の中を、まばゆい光が埋め尽くす。術を放った俺ですら、目を開けていられない。
…って、ベアトリクスはこれ使ったとき平気そうな顔してたけど、なんか遮光術式とか併用してたのかな?
音の無い光の奔流が消え去ったあと、エウリスはその場に片膝をついて激しく息を切らしていた。
「……貴様……まさか、これほどの高位術式を………」
忌々しげに呻く彼の身体は、あちこちが焼け爛れて見るも無残な姿になっている。
だが、その瞳の力強さを見ると、致命傷には程遠いようだ。
殺す気はなかったとは言え、もう少し弱ってくれると思ってたんだけど……かなりの魔導耐性持ちのようだ。
或いは、属性のせいもあるのかもしれない。なんてったって、【来光断滅】は聖属性だし。
「やはり、貴様は危険だ……なんとしてでも、この場で消えてもらう!」
エウリスが叫び、再び俺に向かってくる。
驚いたことに、そのスピードは全く落ちていない。あれだけのダメージを負って、痛みも相当だろうに、どんな精神力をしているんだ、こいつは。
その戦いぶりを素直に称賛したくなった俺だが、しかしここで負けてやるわけにもいかない。と言うか、彼は俺と違って殺す気満々なので、負けたら俺、殺されちゃうし。
彼の勢いは衰え知らずだが、それでも深手のせいか、徐々に斬撃は鈍ってきている。
ここは、そろそろ終わらせておいた方がいいだろう。
俺は、彼の渾身の突きを、敢えて避けなかった。
肉を切らせて骨を断つ。彼の剣と風刃が俺の肩をかすめて血しぶきが飛ぶ中、俺は彼の喉元に刃を突きつけていた。
「…………!」
怒りに燃える目で、エウリスが俺を睨み付ける。どう見ても勝負はついたのに、戦意は全く衰えていないようだ。
「あー…えっとさ。とりあえず……話し合おうぜ?」
なので、すぐに剣を下ろすわけにもいかず、俺は彼に刃を向けたまま、その代わり口調だけはとにかく和らげて語りかける。
「…話し合う…だと?」
「そうそう。俺は、あんたを殺す気もないし、ローデン卿のことを口外するつもりもない。俺はただ、“黎明の楔”が頑張って中央殿を引っ掻きまわしてくれれば、それでいいんだよ」
……うーん、エウリスの視線は、全然和らいでくれない。
とことん、俺を敵と認識している。
「あんたが主を大切に想う気持ちは分かるつもりだし、だからこそあんたが心配するようなことは何もしないって、約束する。だから、この辺で手打ちってことにしようじゃないか」
「……私に、情けをかけると言うのか?」
エウリスの声が、ほんの僅かだが柔らかくなった…ような気がした。
少しは、頭が冷えてきたかな。
「うん、まあ、俺にはあんたを殺す理由はないしね」
「…………そうか」
おお、ようやく分かってくれたみたいだ。よかったよかった。
一時はどうなることかと……
「貴様は、自分が勝ったと思っているのだろうがな」
………え?
思うも何も、俺の勝ちには違いない。彼は一体、何を……
その瞬間、彼の喉元に突きつけていたはずの俺の剣が、跳ね飛んだ。
一体、何が起こった?
彼は、指一本動かしてはいない。
まさか…こいつ、圧縮した空気の塊で……!
彼が何をしたのか理解したときには既に遅かった。
剣を弾かれた勢いで、俺の腕は高く跳ね上げられている。
がら空きになった俺の胴体に、エウリスの刃がまるで吸い込まれるかのように………
「やめんか、愚か者!!」
空気をつんざく鋭い声。
エウリスの剣は、俺の胴を薙ぐ寸前で、止められていた。
それは、彼の意志ではない。
彼の攻撃を止めさせたのは………
「だ、旦那様…!」
俺の窮地を救ってくれたのは、ウルヴァルド=ローデンだった。




