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世話焼き魔王の勇者育成日誌。  作者: 鬼まんぢう
天界騒乱編
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第二百六十一話 政経は地味だけど実はとても大切だ。



 「我が娘、ミシェイラが危ないところを助けていただいたこと、改めて深くお礼申し上げる」

 「あ、いえいえそんな、頭を上げてください」



 ローデン家の応接間で。

 ザナルド・シティの領主にしてローデン家の当主、ウルヴァルド=ローデン卿は差し向って座る俺に、深々と頭を下げた。


 こちらとしては鍛錬ついでにやったことなので、そんなに恐縮されては逆に気が引けてしまう。



 ミシェイラに紹介された父親は、確かに高位天使、しかも上流貴族に相応しい貫禄の持ち主だった。

 

 柔和な表情。だが、眼差しは力強い。顔に刻まれた皺は、彼が歩んできた艱難辛苦を容易く想像させる。穏やかな物腰と口調の中に、揺るぎない芯が一本通っている、そんな印象の壮年の紳士だ。


 これは俺の想像だけど、多分娘と違ってかなり使()()()と見た。



 「しかし、廉族れんぞくでありながら霊獣を斃すとは、かなり見込みのある若者だ」

 「ええ、私も本当に驚きました。リュートさまの剣捌きは、それはそれは見惚れてしまうほどで」



 ……ごめんなさい付け焼刃ですそんなに褒められたら気まずいデス………。



 「それにしても、時空の裂け目に巻き込まれてしまうとは何と不運な。娘のこともあるし、出来る限り力になって差し上げたいものだが…」

 「ああ、いえ、お気になさらず。なんとか生活出来ていますしお手を煩わせるようなことでは」


 親切なウルヴァルドにそう答えながら、俺自身は気になって堪らなかった。


 何がって……ウルヴァルドとミシェイラの背後に控えてる、家令のエウリスのことが…である。



 俺と二人が話している間も、ずーーーっと油断なく俺のことを睨み付けている。

 俺が、余計なことを口走らないようにと見張っているつもりなのだろう。


 そりゃ、中央殿とも密接な地位にいる主に知られるわけにはいかないからな、家令の自分が反体制派に与している…だなんて。


 

 封書を渡したときも、友好的な態度なんて見せてこなかった。

 が、今は友好的どころの話じゃない。


 こう、なんてーか……



 私の素性を知られたからには、ここから生きて返すわけにはいかない。



 ……みたいな。



 まあ、同じレジスタンスの協力者(彼がメンバーなのか外部協力者なのかは知らない)なんだし、お互いの立場を考えれば、二人とも何も知らないていでいるのがベストだろう。


 うん、俺は彼と会うのはこれが初めてだし、彼もまたそうだ。


 …ってことでどうだ?と目配せをしてみたのだが、通じたかどうか……。



 「リュート殿は、こちらにお住まいなのかな?」

 そんな俺の胸中を知ってか知らずか(いや、確実に知らない)、呑気に訊ねてくるウルヴァルド。出来れば早く退散したいんだけど、そしてその質問には非常に答えにくいんだけど、俺、どうしよう。


 「え…と、そういうわけじゃないんですけど」

 …これ、ピーリア・シティ…って答えちゃってもいいのかな?マズいかな?けど、嘘をつこうにもこっちの地理には全く詳しくない。下手なことを言うとすぐにボロが出ちゃいそうだし…。


 言い淀んでたら察してくれないかなーと思ってみたのだが、どうやらウルヴァルド氏は物事をはっきりさせないと気が済まない性質たちのお方のようだ。俺の答えを待ってくれている(待ってくれなくていいのに…)。


 しかも、モゴモゴやってたらエウリスの視線がさらにキツくなった。もう勘弁してよ。


 「その、特に決めてないんですけど、知り合いが近くの街にいるので厄介になろうと思ってます」

 …お願いだから、その街とは何処かね?とか聞かないでくれよ…。


 「ほう、そうなのかね。だったら是非、今夜は我が家に滞在してくれたまえ」

 「……へぁ?」


 …変な声が出た。だって変な事言うんだもん。


 「え、いや、滞在って……そこまでしていただくわけには」

 「何を仰るか。娘の命という、私にとって世界で最も大切な宝を君は守ってくれたのだよ。本来ならば、このくらいでは足りないほどだ。出来れば、ザナルド・シティの市民を救った功績で叙勲も」

 「いえいえいえいえ、そんなとんでもない!」


 叙勲なんて冗談じゃない。つか、冗談にしか思えない。

 天使に叙勲される魔王ってもう、何をどうツッコめばいいのやら。


 しかも、悪目立ちすること請け合い…である。


 

 「その、本当に気にしないでください。それに、そんなことになったらこれから色々とやっていきにくくなりそうで……お言葉だけ、有難く頂戴しておきます」

 「む……そうか、無欲な若者だな」

 「ご厚意を無下にしてしまい、申し訳ありません」


 無欲なんじゃなくって、色々企んでいるからこその辞退なんだってば。


 「いや、こちらも少々強引だった、すまない。…しかし、もう時間も遅い。せめて今晩は屋敷でゆっくりしていってもらいたい」


 ウルヴァルドの申し出に、俺は少し考える。

 確かにそろそろ夕暮れ時。今からピーリア・シティに帰るとしても、ここを出てすぐに日が暮れてしまう。

 だったらここで一泊してから帰路についても同じことだと思うが、それだったら彼のお言葉に甘えてしまってもいいのかな。


 ……けど、家令エウリスの視線が怖い。



 ……いや、ちょっと待て。

 だったら、ウルヴァルドだけでなくエウリスともお近付きになってしまえばいいのか。

 同じ“黎明の楔”の一員なのだ(俺は暫定的に、だが)、色々と、情報交換とか出来るし。


 もしかしたらこれからもちょくちょく彼に接触するかもしれないんだし、だったら仲良くなっておいた方がいいんじゃね?


 敵の中枢に近いウルヴァルドと、レジスタンス仲間のエウリスの両方とコネをつくる大チャンスじゃないか。


 ……いやいや、可愛い女の子とお近付きになりたいとかそういう下心があるわけじゃないからね。



 「そうですね……それでは、不躾ではありますが、お言葉に甘えさせていただきます」

 「それは良かった。では、すぐに部屋の支度をさせましょう。…私は仕事があるのでこれで失礼するが、夕飯の席でまた色々とお話を聞かせていただきたい」

 「…え、ええ……(やばーい)」


 ウルヴァルドは立ち上がると、家令と娘に指示を出す。

 「エウリス、お客人の部屋を用意してくれ。ミシェイラは、その間リュート殿のお相手を頼むよ」

 「……かしこまりました」

 「はい、お父様」


 エウリスは無表情で、ミシェイラは明るく、返事をする。

 

 ……なんか、ややこしいことになっちゃったかな。

 けど、チャンスであることには変わりないよね。

 

 頑張れ、俺。ここで有用な情報を持って帰ったりすれば、俺だけ戦力外みたいな扱いはされなくなるぞ、きっと。


 …多分、飯炊き係からは卒業出来ないだろうけど。





 「リュートさま、リュートさまのお話を聞かせてもらえませんか?」


 刺々しい態度を隠そうとしつつ隠し切れないエウリスが引っ込んだあと、ミシェイラが俺の隣に移動してきてそう言った。


 この、いやに好意的だよな。普通はもうちょっと廉族れんぞくに対して偏見があってもよさそうなのに。



 「えっと…俺の、話?」

 「はい!地上界のこととか、教えて下さい。私、生まれてからここザナルドとロセイール・シティしか知らないんです」


 ……ああ、超箱入りっぽいもんなー。やっぱり、外の世界に対する憧れとかあるのかな?


 「地上界…か。どんなことが知りたい?」

 地上界の面白話って、どんなのがあるだろうか。

 実際には魔界サイドの俺なので、そこまで詳しいわけじゃないが、アルセリアたちと旅をしている最中にそれなりの出来事は目にしてきている。

 

 地上界の観光名所だとか、文化だとか、食生活だとか、そんな感じでいいかなー。


 「そうですね……地上界の政治形態は、どうなっているのですか?」

 「…………へ?」

 「それと、地上界にはいくつもの主権国家が存在していると聞きました。そういった場合、経済や流通の標準化というのは行われているのでしょうか。それと、統治機構に関しても…」

 「ちょ、ちょっと待ってちょっと待って」


 ……それ、お年頃の女の子が興味持つ内容じゃないよね!?


 「…?どうかなさいましたか?」

 「いや、どうも何も……えっと、ミシェイラは政治とか経済とかに興味があるの?」


 彼女のことを、世間知らずのお嬢様だと思っていたのだが…俺の早とちりだっただろうか。


 「はい、私はいずれ父の跡を継いでこのザナルド・シティを任されることになっておりますし、父にも常日頃、学びは怠るなと言われてます」

 「……あ、そうなの…………」


 ……どこぞの無責任魔王なんかより、よっぽどエライなこの


 「今は、この天界も色々と問題を抱えていると聞きます。それはこの街でも同じこと。けれど、今の私の狭い知識では、それに対応することが出来ません。書物での勉強も限界がありますし…。ですから、今はどんなことでも学びたいんです。天界だけじゃなくて、地上界や、ま………」


 「……ま?」


 もしかしてこの、「魔界」って言いかけた?

 天使族の、しかも高位貴族の娘が?

 って、他に聞かれたらかなりヤバげな発言なんですけど……。


 つーか、見た目と第一印象に反して相当アバンギャルドな性格してるなー。


 「あ、え、その、なんでもありません!…それで、地上界のお話なんですけど!」


 ……むりやり誤魔化したな。


 「うーん……地上界…の、………政治…形態………ねぇ」


 やばい。俺、そういうことに疎いんですけど。

 ごくごく表層的な基礎知識は持ってるが、詳しいことはなーんにも知らない。


 ……魔界の話なら、してあげられるんだけど………やっぱりそれはマズいか。

 


 「えっと……」


 しかしミシェイラが目を輝かせて俺の言葉を待っている以上、今さら分かりませんだなんて言えない。

 とりあえず、知ってる限りのことを…


 「確かに地上界には国がたくさんあって、そのそれぞれに王様とか国の代表とかがいる」

 「王が何人もいるのですね。しかし、それでは権力が衝突してしまいませんか?」

 「あ、うん。だから、戦争とかも起こったりするし…」


 俺からすればごく普通のことなのだが、ミシェイラはそのことにひどく驚いたようだった。


 「戦争?同族同士で、ですか!?反乱分子による抵抗活動などではなく?」


 で、俺はと言うと彼女の何気ない「反乱分子」という言葉に過剰反応を見せてしまいそうになったり。


 「へ?あ、う、うん。戦争とか、紛争……内乱…とか?」

 「しかし、それではどちらに正当性があるのか、誰が決めるのですか?」


 ……ちょっとどうしよう。ミシェイラの猛追が止まらない。俺、もうそろそろ限界なんですけど。

 こんなことなら、もう少し地上界のことをしっかり勉強しておけば良かった。或いは、前世で歴史を真面目にやってれば多少はマシなことが言えたのかも。


 「え……正当性……?それは………勝てば官軍という言葉がありまして」

 「…………?」

 「要は、勝った方が正義ってわけ」


 その理屈に関しては、疑問を抱く者も多いだろう。かく言うこの俺もそうだ。そしてミシェイラもまた、それには納得出来ないらしい。


 「そんな…!では、例え間違っていても勝てばその者の言い分が正しいということになるのですか?」


 気持ちは分かるが、俺に腹を立てられても困る……。


 「うーん、理不尽かもしれないけど、それは天界だって同じことじゃないの?」

 「……いいえ!天界は、創世神は、そのような不条理をお認めにはなりません!」

 「その創世神にしたってさ」


 これは、彼女に言うべきことではないのかもしれない。が、勢いというのは恐ろしいもので。


 「もし天地大戦で魔王が創世神に勝っていたら…とか、考えたことはない?」

 「………リュートさま、それは……許されざる考えです」


 …うん、分かってる。歴史に()()()を持ち出す愚かさはさておき、「魔王が勝利していたら」だなんて、創世神絶対のこの世界では決して口にしていいことじゃない。

 


 ……どのみち、創世神エルリアーシェの理の上で魔王おれが勝利することなんて、あるはずがなかったのだけれども。



 「まあまあ。あくまでも、仮に…の話だよ。そうすると、今君たちが創世神と呼んでいるものがそのままそっくり魔王に置き換わることになる。そうしたら、価値観なんて簡単に逆転してしまうと思わないか?」

 「………それは…………私には、よく分かりません…」


 そう言いつつ、ミシェイラは俺の言いたいことを理解しているに違いなかった。かなり聡明な娘だ。貪欲な知識欲が、彼女を柔軟にしているのだろう。


 とは言え、これ以上不穏な話題を続けるのはマズいな。さっさと話題を変えて……


 …って、他に話せるようなこと、ないんだけど。

 

 経済のことは完全に門外漢だし、民族とか民俗とか文化とか風習とか、魔界のことですら完全には把握してないってのに(ダメ君主じゃん)。


 しかし、ミシェイラは俺の知識を過信している。他にもまだまだ、自分の知らないことを聞かせてもらえると、期待に満ちた目で見上げてきている。


 ……それを裏切るような非道な真似は、俺には出来ない……けど……



 

 しかしそんなとき、救いの手が差し伸べられた…差し伸べた本人にはそんなつもりはなかっただろうけど。


  

 「お嬢様、お客人のお部屋の支度が整いました」

 エウリスが、再び応接間に戻って来たのだ。


 「あら、ありがとうございます、エウリス。それでは、案内をお願い出来ますか?」

 「…かしこまりました」



 エウリスは、無表情なまま俺を促した。

 「お部屋へご案内します。こちらへどうぞ」


 丁度良かった。これなら、エウリスと二人きりになれそうだ。

 色々と話してみたかったけど、流石にウルヴァルドやミシェイラの前で“黎明の楔”の話題は出来ないしな。


 「それではリュートさま、お夕飯のときにまた色々聞かせて下さいね」

 「あ……うん」


 夕飯まで、猶予が出来た。何とか彼女に満足してもらえるような話題を考えておこう。





 ローデン邸の長い廊下を、エウリスの後に続いて進む。

 話をしたいのだけど、その背中がめっちゃ「話しかけるんじゃねーよ」オーラを発していて、どうも声をかけづらい。


 …俺、こいつに嫌われるようなことしたっけかなー?

 同じ陣営にいるんだし、そこまで警戒しなくってもいいじゃないか。



 「…こちらです、どうぞ中へ」

 促され、示された扉の中に入る。


 だが、そこは客間ではなかった。

学生時代、政経って主要科目の中で断トツに地味だった印象があります。

でも、ある意味最も実生活に深く関わってるんですよね。

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