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世話焼き魔王の勇者育成日誌。  作者: 鬼まんぢう
天界騒乱編
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第二百五十九話 合言葉ってなんだか気恥ずかしい。



 ザナルドへの道のりは、それほど労苦もなく進めた。

 天界には、魔獣などの危険生物がほとんど生息していないということが大きい。


 時折すれ違う旅人たちは、廉族れんぞくである俺の姿に少しばかり目を見開くが、何か事情があるものと、然程深く考えずにスルーしてくれる。


 おかげで、危険な目に遭うことも怪しまれることもなく、俺は目的の街に到着出来た。



 しかし、それはあくまで身体的な面において。

 考えてみれば、封印から復活して以来、俺は今まで一人で行動することがなかった。

 

 いつだって、傍らには喧しい連中がうろちょろしていて、それに辟易としつつも賑やかに、孤独なんて感じる余裕もなく騒がしい毎日を過ごしていた。


 周りに誰もいなくなって初めて、世界はこんなにも静かなものなのかと気付く。



 いや、物音がしないのではない。

 耳を澄ませば…或いは澄まさなくとも、世界は音で満ちている。


 風の音、風が木々を揺らす音、虫や獣の声、遠くの雷鳴、せせらぎの水音、自分の足が大地を踏みしめる音。



 しかしそれらの音は、俺の表面に留まるだけで、その内部にまで染み込むことはない。

 それが、俺がそれらの音に価値を見い出していないからなのか、世界が俺にそっぽを向いているからなのかは、分からない。


 分からないが、こうして独りでいると、つくづく自分はこの世界エクスフィアにとって部外者なのだと感じる。



 俺の片割れ、創世神エルリアーシェが構築した理の上に成り立つ世界。俺の与り知らぬところで生まれ、育ち、繁栄するに至った世界。

 創世期から今に至るまで、俺を必要とすることのなかった世界。


 ここでは、俺が何をしようと何を成そうと、結局のところ俺は()()()()なわけだ。



 そんなことを歩きながらつらつらと考えていると、言いようのない寂しさが襲ってくる。

 こんなとき帰りたくなるのは、魔界でもルシア・デ・アルシェでもタレイラでもなく、やっぱり日本の桜庭家だったりするのは何故だろうか。


 もう吹っ切ったはずなのに。やっぱりまだ、引きずってるのかなー。



 ああ、いかんいかん。感傷的になってしまった。

 一人でいると、余計なことを考えてしまうのがいけない。


 ささっと用事を終わらせて、ささっと目的を果たして、早く()()()()を探しに行こう。

 で、今までどおりの騒がしい生活に戻ろう。



 油断するとすぐにしんみりモードになってしまう自分を叱咤激励しつつ、俺はザナルドの街へ入った。


 ザナルド・シティは、イラリオたちの拠点アジトのある街(ピーリアというらしい)に比べると、随分と落ち着いた雰囲気だった。


 重厚な石造りの歴史を感じさせる建物が並び、通りも街路樹も綺麗に整えられ、心なしか行き交う人々も上品に見える。

 何と言うか、とても統一感のある街だ。



 さて、これから俺は、指定された場所に行き、そこにいる“黎明の楔”のメンバー(なのか協力者なのか知らない)にこの封書を渡さなくてはならない。

 当然、そこへ向かうための地図やメモも渡されていないので、俺はレメディから伝えられた道順を思い出しながら、通りを進む。

 迷って現在位置を見失ってしまったら一巻の終わりだ。慎重に、脇道や目印を見落とさないようにしないと。



 そうして俺が辿り着いたのは、何の変哲もない通り沿いのカフェ。お客はほとんど天使族だが、従業員の中には廉族れんぞくもチラホラ。


 ……って、確か地上界から天界に迎えられるのって、すっごく徳の高い聖人とかじゃなかったっけ?なんでそんな連中がギャルソンやってるの?

 それとも、そういう連中の子孫とか?迷い込んだ不運な身の上か?


 本人たちに聞いてみたい気持ちはとても大きいが、今はそんなことをしている暇はない。俺は、店内に入るとカウンターへ近付いた。



 お客として来店する廉族れんぞくはほとんどいないのだろう。入って来た俺の姿を見た店内のお客たちは、それぞれに反応を見せた。

 純粋に驚く者から、眉を顰める者まで。


 ……もしかしたら、レメディから教えられた合言葉ってのは、そこのところも考慮してるのかな。



 カウンターには、教えられていたとおり、灰青色の翼を持つ男がいた。態度からすると、多分彼が店主。

 その男は俺の方をちらり、と見ると、すぐに興味を失ったようにグラス磨きを続ける。


 俺はそこに近付き、


 「すみません、マデリーンお嬢さんの注文の件ですが…」


 と、その男に伝えた。


 それを聞いた瞬間、店主はグラスを磨く手を止める。それから俺をまじまじと見て、一言。


 「青いカップは手に入らなかった」

 「それなら、緑のもので結構です」


 俺の返事を聞くと、店主はカウンターから出た。


 「……ついてこい」


 言われるがままに彼の後をついていく。一旦店の外へ出て、外階段を上り二階へと。そして渡り廊下を通り、隣の建物へと。



 「ここで待っていろ」


 そう言われたので、俺は大人しくその部屋で待つことにした。

 俺が伝えられたのは合言葉までで、そこから先は何も知らない。後は、相手の指示に従うしかないのだ。



 しばらく待っていると、俺が入って来たのとは別のドアが開いた。

 そこに現れたのは、店主ではない他の男。


 

 その男は平服だったが、歩き方や仕草にどことなく上品さが見て取れた。だがしかしそれは、高貴な生まれに特有の優雅さというよりは、訓練された形跡を残している。


 どこか希薄な気配。控えめで、自己主張のない無表情。


 なんとなくだが、偉い人に仕える従者のようなイメージだ。



 俺は、近付いてきたその男に問いかける。


 「カップの数は、五つでしょうか?」

 「いや、それは半ダースのセットだ」


 …これで合言葉は全て確認。

 俺は男に、レメディたちから託された封書を手渡した。



 男は封書を受け取ると、無言で…俺に挨拶すらせず…その場を去って行った。余計なお喋りは厳禁だと伝えられていたのだが、それは相手も同じらしい。


 

 相手の素性も分からず、封書の中身も分からず、自分のしたことがどのようなことに役立つのかも分からないというのは、なんとも奇妙な感覚である。


 全体を見通すことが許されない歯車の気分。


 だが、それに関してはレメディに釘を刺されていたので仕方ない。連絡役はあくまで連絡役。それ以上でもそれ以下でもないので、自分の領分以外に首を突っ込んではいけないのだ。



 もしかしたら、相手と少しくらい話したり情報交換出来たりするかなーと期待してたんだけど…な。

 

 まあいいや。この調子でレメディたちに協力しつつ、中央殿に近付く方法を考えよう。

 四皇天使クァティーリエ…この場合特に、水天使リュシオーンと火天使セレニエレ…に接触することさえ出来れば、後はどうとでもなるのだ。

 勿論、天界VS地上界…或いはVS魔界の全面戦争は避けたいので、派手なことは出来ないのだけれど。



 ……理想は、レメディたちの抵抗運動…いずれはクーデターとかやるのかな?…のどさくさに紛れて、べへモス召喚だけを失敗に追い込むことなんだよなー……。

 そこんとこ、頑張ってくれないかな“黎明の楔”。



 俺は建物を出ると、すぐに帰路につく。追跡装置が付いているので、意味もなく一か所に留まるとレメディたちに要らん心配をかけることになってしまうのだ。

 幸い、持参した物資は復路分も十分に賄えるわけだし、補充も必要ないので、このままピーリア・シティに帰ってしまおう。


 ……と、思ったのだが。



 街はずれの外門に来たところで、番兵に呼び止められてしまった。

 声をかけられた瞬間、もしや勘づかれたか、と一瞬ビクっとなってしまう。が、それは俺の考えすぎであったようで。



 「おいそこのお前。これから何処へ行く予定だ?」

 「へ?あ…ピーリア・シティ…ですけど」


 番兵の問いかけに正直に答えると、うだつの上がらない風貌の中年天使は首を振った。


 「今は少し待った方がいい。ピーリア・シティに向かう道中で、霊獣が目撃されたとの報告があった。襲われたくなけりゃ、しばらくここに滞在するんだな」

 「……霊獣、ですか?」



 基本的に、天界には危険生物は少ない。

 魔獣はいないし、幻獣は召喚されない限り出現しないし、いるとしたら野生の獣…ユニコーンとかグリフォンとか地上界と似た種が生息している…くらい。


 だが、霊獣はそれらとは違う。


 幻獣が、人工的に依り代に精霊体を憑依させたものだとすると、霊獣は精霊体が自然に実体化した存在。

 実体化出来るほどの精霊なんてそうそういるはずないので稀な現象ではあるのだが、時折、まるで自然災害のように霊獣が出現することがある……らしい。

 すっごい昔にエルリアーシェに聞いた話だから、詳しいことは覚えてないけど。



 で、問題はその性質である。

 実体化した精霊体そのものが穏やかな性質のものであればいいのだが、精霊ってのはそもそもほとんど自然現象みたいなもの。

 炎だとか嵐だとかから生まれたものであれば、それなりに過激な性質を持ってたりする。


 さらに厄介なことに、知性はあるが理性はない。要は、賢いけど感情的で我儘なのだ。これも個体差はあるが、自然相手には道理が通じないのと同じことである。

 


 …うーん、霊獣…かぁ。

 ここで時間を潰してやり過ごすのもいいけど、そしたら帰りが遅くなるからなー。

 それほど怖れる必要のない相手のために、無駄な時間を過ごすのも面白くない。



 「あ、おい坊主!行かない方がいいって言ってるだろ!」


 俺は、背中に番兵のおっちゃんの慌てた声を聞きつつ、それを無視して外へ出た。



 …霊獣。考えてみれば俺、霊獣を相手にしたことないんだった。

 幻獣のように人為的に発生する存在じゃないから、戦力にはならないのだ。そしてその制御の難しさは、幻獣なんて目じゃない。

 つーか、制御なんてハナから無理。


 ある日突然発生して、暴れるだけ暴れたら勝手に消えていく。竜巻のような存在だからな。



 楽しみじゃないと言ったらウソになる。

 ここしばらく大人しくし過ぎていて、少々欲求不満なのだ。気晴らしが出来たのって、サン・エイルヴで天使たちを排除したとき以来だし。


 周囲に誰もいなければ、好きに鬱憤を晴らすことが出来る。たまにはそうやってガス抜きしないとやってらんないよな。



 …と、思っていたのだが。


 やっぱり事態は、俺の思うようには動いてくれないらしい。

 それもこれも、創世神の呪いか何かだろうか。エルリアーシェの奴がそこまで粘質だとは思いたくないけど。




 確かに霊獣はいた。


 緑を基調に虹色に輝く翼を持った、巨大な鳥。

 霊素マナの流れから派生した存在であるため、生命体と違ってそれそのものは霊力マナを生み出していない。それが、霊獣の特徴。


 俺の目の前で、煌めく翼をはためかせている。

 その視線の先には……俺じゃない連中の姿が。



 どこぞのお貴族様だろうか、清楚だが豪華な馬車が横倒しになっている。

 繋がれていたユニコーンは、一頭は息絶え、もう一頭は逃げ出したようだ。


 横転した馬車から這い出したのだろうか、天使が三人、横になった馬車の陰に隠れて霊獣の攻撃から身を守ろうとしている。

 


 …どうやら霊獣の奴、俺より他に獲物を見つけてしまったようだ。



 襲われてる連中も、貴族であればそれなりの高位天使のはず。死ぬ気で頑張れば霊獣の一体くらいなんとか退けられそうなものだが、全ての天使が実戦向きというわけでもない。

 現に、怯えたように馬車に隠れようとしている少女なんて、多分戦ったことなんてないだろう。他者を傷付けることに慣れていなければ、どんなに強い力を持っていてもそれを生かすことは出来ない。



 ……ここはやっぱり、アレか?助けるってのがお約束なのか?


 レメディからは、不用意に他者と接触するなと言われている。それに従うならば、彼らが襲われている横を何食わぬ顔で通り過ぎるのが一番だ。


 ………けど…なぁ。

 ひたすら怯える女の子を見捨てるってのも、ちょっと気が引けるし……。



 まあ、レメディには黙ってれば分からない…よな。

 困ってる人を見たら助けてあげなさいって、桜庭舞香(42歳、イベントプランナー。桜庭柳人の母である)にもよく言われてたし。


 それに、もし俺がこの場を見捨てたことを()()()()に知られでもしたら、俺の株は大暴落である。リーマンショックである。暗黒の月曜日ブラックマンデーである。


 

 ……うん、それはマズいな。

 バレなきゃいいって話だが、後ろめたい気持ちを引きずってあいつらに再会したくないし。



 仕方ない。俺も補佐役とは言え、神託の勇者の関係者だしな。

 少しくらいは善行を積んでみるとしますか。

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