第二百五十七話 伝令役って地味な割に危険だよね。
「あんたには、連絡役を頼みたいと思ってるんだが…」
夕飯の片付けをしていると、イラリオが話しかけてきた。
この拠点にいるメンバーたちの胃袋はすっかり掴んでしまったので、もう誰も俺たちのことを警戒しないし、結構気さくに接してくれたりする。
が、協力者となった俺たちに何をやらせるか…という点については、メンバー内で意見が割れたらしい。
アリアに関しては、全員一致で、切り札として温存という結論になった。迂闊にアリアに動かれて、万が一その存在を中央殿に知られでもしたら厄介なことになる。
現在、中央殿はレジスタンスをそれほど重要視していない。彼我の組織力も戦力も差が大きすぎるためだ。
しかし、創世神の最後の祝福を受けた天空竜が現れた…なんてことが知られたら、間違いなく中央殿は血眼になってそれの確保に動くだろう。
そしてその障害としてレジスタンスが立ち塞がれば、総力を以て叩き潰しにかかるに違いない。
すなわち、“黎明の楔”にとってアリアは、重要な切り札であると同時に取り扱い要注意の劇物でもあるのだ。
マナファリアは、それほど悩むことなく拠点の防衛戦力に組み込まれてしまった。勿論、彼女は魔導も得意ではないし、通常の戦闘では足手まとい以外の何物でもない。
が、そのふわわんとした雰囲気は敵の不意を突くのに持って来いだということで、拠点に敵の襲撃があった場合はその排除にあたるように、と指示を受けた。
当然のことながら、それを指示するのは俺である。彼女、人当たりはすごくいいのだが、俺以外の命令を一切聞こうとしない。
仕方ないから、「敵が来たらこっそり背後から忍び寄って、相手を行動不能にしておきなさい」って言い聞かせておいた。
躊躇いも戸惑いもせずに満面の笑みで頷かれるのもちょっと怖い。
で、問題は俺ってわけで。
「テメーの戦力は確認出来てねーしよ。つか、廉族にゃそこまで期待してねぇ。…あの天然娘は別だけどな」
と、レメディが付け足した。なんだかマナファリアの評価がやけに高い。
「けれど、必要なのは戦闘要員だけじゃない。各後援者たちや協力者たちとの遣り取りも、大切な仕事だ。その点、あんたは中央殿に顔も割れてないし、天使族と違って廉族は警戒されにくい」
レメディの後を引き継いで、イラリオが説明。
確かに、覆面連中が襲撃してきたってことは、少なくともイラリオは連中に目を付けられている。そうそう簡単に外をうろつくわけにもいかないわけか。
その点、俺だったら然程警戒されずに伝令役が出来る…と。
まあ、理には適ってるよな。
「分かった。具体的には、何をすればいいんだ?」
俺にしても、連絡役ともなれば情報を入手しやすいし、願ったり叶ったりだ。拒否する理由はない。
「そうだな…まずは、各地に点在する拠点間の連絡が主な任務になる。後援者たちへの連絡は、こっちが適宜指示するからそれに従ってくれ」
「了解。……けど、自分で言うのもなんだけどさ……俺でいいの?」
連絡役には、当然各拠点の場所が明かされる。そのうち、後援者の居所も教えられることだろう。
もし俺が捕まったり裏切ったりすれば、彼らは一巻の終わりじゃないか。
俺の懸念は、イラリオたちも当然承知の上だったようで、
「ま、テメーがヘマして中央殿に捕まった場合、その時点でアタシたちに分かるように魔導追跡装置を付けさせてもらう。万が一のことがあれば、アタシたちは関係者にすぐ伝えてトンずらこくさ。これはテメーだけじゃなくて他の連絡役も同じだけどな」
…なるほど手は打ってあるのか。
「言っとくが、助けが来るとかは期待しねーでくれよ。アタシらにゃ、そこまでの余裕も義理もねぇ」
「あ…うん」
助けはもともと期待していなかったが、面と向かって言われるとちょっと悲しい。
「で、そんなこたありえねーと信じてるけどよ、万が一テメーがアタシらを裏切った場合…あの天然娘も裏切り者として処遇することになる。……分かるな?」
……分かるな?って……それ、マナファリアを人質にしてるってこと…?
それ、俺に対して効果あるのかなぁ……?まあ裏切るつもりはないから黙っとくけど。
つーか、こいつら俺とマナファリアの関係をどう勘違いしてるんだろう…。
しかも、アリアは人質に取らないんだ。自分たちでは手に負えないって分かってるのか。
「おっけーおっけー、それで問題ないよ」
俺は気楽に了承。その気楽さがレメディには不可解なようで、
「てめー、本当に分かってるんだろうな?生半可な役目じゃねーんだぜ」
とか牽制してくる。
分かってるって。連絡役ってことは、敵に情報目当てで狙われる可能性も高いし、捕まったら尋問とか拷問とかされちゃったりする恐れもあるんだろ?
どうせ俺には、連絡内容までは教えてもらえないんだろうけどさ。
「ああ、うん。大丈夫大丈夫。ちゃんと分かってる。ヘマはしないように細心の注意を払うよ」
「危険な役目ではあるけど……頼んだ。俺たちもこれから、活動量を増やしていかなくてはならない時機に来てるからね」
……ふぅん。今までどんな活動してたのか知らないけど、もっと活発に動くってことか。何か契機になるようなことがあったのかな?
まさか、俺たちの出現じゃないだろうけど……。
「何せ、天空竜が手に入ったんだ。この機に体制をひっくり返してやる」
……違った。アリアのせいだった。
「つーわけで、リュート。早速テメーに仕事だ。こいつを、ザナルドって街に届けてもらいたい」
レメディが、俺に封書を渡してきた。蝋で封印がしてあって、中身は見られないようになっている。
「中身に関しては、テメーが知る必要はない。万が一敵に奪われそうになったら、すぐに焼却処分しろ。合言葉を教えておくから、それを知ってる奴以外には渡すんじゃねーぞ。それから、道中では出来るだけ他者との接触は避けろよ」
「あ………うん、分かった」
矢継ぎ早に指示を出されてちょっと焦る俺。覚えきれただろうか。
……えっと、中身は見ないこと。奪われそうになったら燃やすこと。合言葉を知ってる相手に渡すこと。……それから、他人との接触は避けること。
よし、覚えた。
俺はそれから、魔導式の追跡装置を手首に嵌めてもらう。これで、俺が何処にいるのかがレメディたちには分かるようになってるらしい。あと、生体反応が途切れた場合も。
………“星霊核”に接続した場合は、どう反応しちゃうんだろう…。
………………ま、そのときはそのとき、か。
他に渡されたのは、道中の旅に必要な物資。なんでも、ザナルドってのはここから徒歩で三日ほどかかるらしい。
が、地図は渡してもらえなかった。俺が敵に殺された場合、地図から目的地を推測されるのを避けるためだと言う。
その代わり、きっちりと道程を叩きこまれた。土地勘がまるでないのが不安だが、それほど複雑な道じゃないから多分大丈夫…だろう。
あれよあれよと言う間に準備が整えられ、気付くと出発の時間になっていた。スピードが必要な仕事なのは分かるけど、ちょっと忙しない。
「リュートさま、何処へいらっしゃるのですか?」
マナファリアには伝えないようにしておいたはずなのに、どこから聞きつけたのか、出発前に騒ぎ出した。
「私は、どこまでもお傍にお仕えすると誓ったではありませんか、同行させて下さい!」
「ダメ」
すがるようなマナファリアを一言で拒むと、次は泣き落としとばかりに瞳に涙を溜めはじめた。が、なんかウソ泣き臭いのでそれもガン無視。
「酷いですリュートさま。なぜ私の想いを受け取ってくださらないのですか」
「受け取るわけにいくか阿呆」
彼女は創世神の姫巫女なんだぞ、魔王が受け止めてどうする。
「嫌です絶対にお傍を離れませ」
「はいはいはいはい、分かったから良い子で留守番してような。帰ってきたら構ってやるから」
普段だったら俺の言うことに絶対服従のはずなのに、こういうことに関してはやたらと駄々をこねまくるマナファリアを大人しくさせるための一言だったのだが。
……ちょっと、早まったかもしれない。
「……!本当ですか?本当ですね!それでは、お早いお帰りをお待ちしております!!」
いきなり掌を返すが如く、あっさりと引き下がりやがった。
期待に満ちた表情で、俺を見送る気満々である。
………もう、なんなんだよこの娘。ちょっと怖すぎる。
「……だから言ったであろう、こやつを連れて行くと苦労するのは貴様だと」
…………アリアさんの、それ見たことか的視線が、冷たくて堪らない……。




